Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 88(5): 657-659 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880657

みにれびゅうMini Review

抗炎症薬による細胞内シグナルフィードバックの制御Regulation of feedback signaling by anti-inflammatory drugs

関西学院大学理工学部生命医化学科Department of Biomedical Chemistry, Graduate School of Science and Technology, Kwansei Gakuin University ◇ 〒669–1337 兵庫県三田市学園2–1 ◇ 2–1 Gakuen, Sanda, Hyogo 669–1337, Japan

発行日:2016年10月25日Published: October 25, 2016
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

恒常性はさまざまなストレスに適応するため,生物が持つ生体防御システムである.細胞内あるいは細胞間における自己抑制機構,すなわちフィードバック制御は,生体反応の異常な活性化および質的変化を抑制することで恒常性を維持する.たとえば,炎症性シグナルが自身を抑制する抗炎症分子の発現を誘導することがこれにあたる.フィードバック制御は外来刺激に応じて,その強度や反応時間が決まるため,生体を過剰に障害せず保護的に機能する.致死的な病原体感染や毒物などの外的因子,加齢や遺伝子変異などの内的因子によりフィードバック制御が害されると,個体は恒常性を維持できなくなり,結果として疾患が生じる.

慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)は喫煙,大気汚染,病原体感染および加齢が原因で発症する.根治療法はなく,薬物療法として去痰調整薬,気管支拡張剤,抗生物質および抗炎症薬が処方される.重度COPD患者に適用されている抗炎症薬グルココルチコイド(glucocorticoids:GCs)およびホスホジエステラーゼ4(phosphodiesterase 4:PDE4)阻害剤は一定の治療効果を示すが,副作用や耐性などの問題がある.この原因の一つとして,抗炎症薬が炎症反応へのフィードバック制御に影響することが考えられる.本稿では,COPD治療薬GCsおよびPDE4阻害剤の使用時における,細胞内フィードバック制御機構について概説したい(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 88(5): 657-659 (2016)

図1 GCsおよびPDE4阻害剤における宿主–薬物間反応

破線はフィードバック制御を示す.

2. GCsによるフィードバック制御

最近,我々はGCsがネガティブフィードバック機構を増強し,炎症を効率的に抑制することを示した1).GCsは核内受容体であるグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor:GR)を介して炎症抑制効果を示す.GRは,GCsの結合により細胞質から核内へと局在変化し,転写因子として機能する2, 3).GRは,抗炎症作用分子の発現誘導あるいは炎症性サイトカインの発現抑制を介して,炎症を抑制する.GR単独による転写制御に加え,複数の転写因子がGRと複合体を形成することにより,GRによる転写を制御する2, 3).しかしながら,これらのGRによる転写制御は外的刺激および細胞種によって異なっており,その分子機構の詳細は解明されていない.

GCsは重度COPDへ使用され,強力な抗炎症作用を示す.重症COPDおよび急性増悪の原因菌として,非莢膜型インフルエンザ菌(nontypeable Haemophilus influenzae: NTHi)4)が報告されている.NTHiはToll様受容体2(Toll-like receptor:TLR2)によって認識される.TLR2はMyD88を介して下流タンパク質を活性化し,炎症を惹起する5).MyD88はTLRs(TLR3以外)やインターロイキン1受容体(interleukin-1 receptor:IL-1R)ファミリーの炎症応答に必須である.MyD88の欠損マウスでは炎症応答の顕著な減弱が認められること,GCsが強力な抗炎症作用を示すことから,我々はGCsがMyD88経路を抑制する可能性を思案した.

我々は,NTHiの標的細胞であるヒト肺上皮細胞およびマウス肺組織を用いて,COPD急性増悪モデルにおけるGCsの作用機序の解明を試みた.ヒト気管支上皮細胞にNTHiの感染およびGCsの処理を行い,MyD88経路阻害分子のmRNA発現量をリアルタイムPCR(qPCR)法によって検出した.その結果,NTHiの感染およびGCsの処理により,非処理時と比較しIRAK-M(interleukin-1 receptor associated kinase M)発現の顕著な増加が認められた.IRAK-MはTIR, kinase, deathの3ドメインを持つIRAKファミリーであるが,キナーゼ活性がない.IRAK-MはMyD88の下流分子であるIRAK1あるいはIRAK4へ競合することでMyD88経路を阻害することが知られていた6)

我々は,NTHi感染あるいはGCs単処理に比べ,NTHiとGCsの共処理により相乗的にIRAK-Mの発現が誘導されることを見いだした.このIRAK-Mの相乗的発現誘導は,ヒト正常初代気管支上皮細胞,ヒト末梢血由来CD14単球およびマウス肺上皮細胞において認められた.これまでにリポ多糖(LPS)や腫瘍壊死因子α(TNFα)などの炎症性物質が,ネガティブフィードバック機構としてIRAK-Mの発現を誘導することはわかっていたが,抗炎症薬によるIRAK-Mの発現制御の報告はなかった.そこで,GCsによるIRAK-M発現誘導の生理学的意義を解析するため,野生型およびIRAK-M欠損マウスにNTHiを経気管感染させGCsの抗炎症効果を比較した.その結果,IRAK-M欠損によりGCsの炎症抑制効果が減弱した.このことから,IRAK-Mの発現誘導がGCsによる抗炎症効果の一端を担っていることが示唆された1)

次に,我々はNTHiおよびGCsによるIRAK-M発現誘導機構の解明を試みた.種々の阻害剤および低分子干渉RNA(siRNA)を用いた検討により,NF-κB p65およびGRの関与が示唆された.我々はレポーターアッセイにより,IRAK-Mプロモーター上のκB結合サイトおよびglucocorticoid response element(GRE)を同定した.クロマチン免疫沈降法によりNTHiおよびGCs単独処理において内因性のIRAK-Mプロモーターへのp65およびGRの結合がそれぞれ認められた.さらに,共処理により両転写因子の同領域への結合は顕著に増加した.この結合はNF-κBの活性化酵素inhibitor of nuclear factor κB kinase subunit β(IKKβ)の阻害剤およびGRアンタゴニストRU486により抑制されたことから,GRおよびp65は協働してIRAK-Mプロモーターへ結合し,その発現を誘導することが明らかになった.これらの結果はGRがp65によるネガティブフィードバック機能を一部利用することで,GCsは強力な抗炎症作用を発揮することを示唆している.

3. PDE4阻害剤によるフィードバック制御

細胞内セカンドメッセンジャーである環状アデノシン3′,5′-一リン酸(cyclic adenosine 3′,5′-monophosphate:cAMP)は炎症抑制および気管支拡張など多彩な生体反応を行う.PDE4はcAMPを分解する酵素であり,cAMPによる過度な生体反応の変化を抑制する7).PDE4は四つのサブタイプ(PDE4A~D)があり,肺を含む全組織において発現が認められる.野生型と比較しPDE4Bを欠損したマウスは,肺組織においてLPSによる免疫応答が減弱すること,COPD患者由来マクロファージにおいてPDE4の発現および酵素活性が上昇していることから,PDE4(特にPDE4B)が呼吸器疾患に関与すると考えられている8, 9).現在,PDE4の酵素活性を阻害するロフルミラストが,重度COPD患者へ適用されている10).PDE4阻害は,細胞内のcAMP濃度の上昇ならびに下流のプロテインキナーゼA(protein kinase A:PKA)の活性化により抗炎症効果を示す7).これらに加え我々は,種々の抗炎症性分子がPDE4阻害により上昇することを報告してきた11)

一方,長期投与によりPDE4阻害剤への薬剤耐性が報告されている12).原因の一つとして,PDE4Bの発現増加が示唆されていた.これまでに,cAMPがPDE4の発現を増加させることが明らかになっていたが,その分子機構は未解明であった.我々はNTHiおよびロフルミラストをヒト正常気管支細胞およびマウス肺に処理し,PDE4の発現量をqPCR法およびウエスタンブロット法により検証した.その結果,NTHi感染あるいはロフルミラスト単独処理によりPDE4Bの発現増加,共処理により相乗的な発現上昇が認められた13)

ロフルミラストによる炎症抑制効果とPDE4Bの発現誘導との関連性を解析するため,ヒト肺気管支細胞にNTHiを感染させ,COPD関連サイトカインのmRNA発現量をqPCR法によって調べた.その結果,高濃度のロフルミラスト(10 μM, IC50<1 nM)処理にも関わらず,NTHi誘導性のサイトカイン(CCL5, CCL7, CXCL10, CXCL11)の発現抑制効果に抵抗性がみられた.一方,siRNAを用いたPDE4Bの発現抑制により,ロフルミラストに抵抗性を示すサイトカイン発現を抑制できた.このことから,PDE4Bの発現誘導はロフルミラストの抗炎症効果を減弱させることが示唆された.また,高濃度のロフルミラストはPDE4Bの酵素活性をほぼすべて阻害していることを考慮すると,PDE4Bの酵素活性に加え,その発現自体が炎症を増悪する可能性が示唆された.これを検証するため,我々は酵素活性を欠失したPDE4B変異体D392Aを作製した.PDE4B野生型に劣るものの,PDE4B D392A変異体の過剰発現は,炎症性刺激による上述のロフルミラスト抵抗性サイトカイン発現を増強した.つまり,PDE4は酵素活性非依存的な機構によっても,炎症を増悪することが明らかになった.

PDE4Bの発現制御機構を解明するため,siRNAを用いてNTHiおよびcAMPの下流分子の同定を試みた.その結果,NF-κB p65およびPKA触媒サブユニットβ(PKA-Cβ)の関与が判明した.PKA-CβはNF-κB p65の276番目のセリン残基を直接リン酸化することで,PDE4Bの発現を誘導していることが示唆された.つまり,ロフルミラストによって増加したcAMPは抗炎症作用を有する一方,それ自身へのネガティブフィードバック機構が働きPDE4Bの発現を誘導した.その結果,PDE4B酵素活性依存的なcAMPの分解および酵素活性非依存的なPDE4B発現上昇によって炎症は増悪され,ロフルミラストへの耐性を生じる可能性が示唆された.

4. おわりに

現在GCsおよびPDE4阻害剤はCOPD治療に使用されているが,副作用や耐性などの問題を生じている.解決法の一つとして,COPD治療薬による細胞内シグナルフィードバック制御に着目した(図1).我々は,GCsがNF-κB p65-GR複合体によりIRAK-Mを発現誘導することを見いだした.各組織におけるIRAK-Mの発現とGCsの副作用および耐性との関連性は不明であるため,今後,解明していく必要があるだろう.また,GCsの副作用を軽減する方法として,GRの二量体化阻害が報告されている14).selective glucocorticoid receptor agonists(SEGRAs)はGR二量体化を介さず抗炎症効果を発揮することが報告されている15).今後は,SEGRAsやNF-κB p65-GR複合体による転写制御機構の解明および制御法の確立が必要であろう.また,我々はPDE4阻害剤がNF-κB p65およびPKA-Cβを介してPDE4Bの発現を誘導することを明らかにした.さらに,PDE4Bの酵素活性非依存的な炎症増強作用が認められた.PDE4阻害剤の耐性を改善するためには,PDE4Bの炎症惹起機構の解明およびその発現制御法の開発が今後の課題であろう.恒常性を担うフィードバック機構を解明,応用することで,安全で効果的な新規治療戦略を開発できると期待している.

謝辞Acknowledgments

本研究はジョージア州立大学(米国)生物医学研究所Jian-Dong Li研究室で行われたものであり,Li教授およびラボメンバー,共同研究者のイェール大学のRichard A. Flavell教授,テキサスA&Mヘルス・サイエンス・センターのKoichi Kobayashi教授,ロチェスター大学(米国)のChen Yan准教授および熊本大学大学院医学薬学研究部の甲斐広文教授に心より感謝申し上げます.

引用文献References

1) Miyata, M., Lee, J.Y., Susuki-Miyata, S., Wang, W.Y., Xu, H., Kai, H., Kobayashi, K.S., Flavell, R.A., & Li, J.D. (2015) Nat. Commun., 6, 6062.

2) Luecke, H.F. & Yamamoto, K.R. (2005) Genes Dev., 19, 1116–1127.

3) Surjit, M., Ganti, K.P., Mukherji, A., Ye, T., Hua, G., Metzger, D., Li, M., & Chambon, P. (2011) Cell, 145, 224–241.

4) Erwin, A.L. & Smith, A.L. (2007) Trends Microbiol., 15, 355–362.

5) Akira, S. & Takeda, K. (2004) Nat. Rev. Immunol., 4, 499–511.

6) Kobayashi, K., Hernandez, L.D., Galan, J.E., Janeway, C.A. Jr., Medzhitov, R., & Flavell, R.A. (2002) Cell, 110, 191–202.

7) Conti, M. & Beavo, J. (2007) Annu. Rev. Biochem., 76, 481–511.

8) Barber, R., Baillie, G.S., Bergmann, R., Shepherd, M.C., Sepper, R., Houslay, M.D., & Heeke, G.V. (2004) Am. J. Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol., 287, L332–L343.

9) Jin, S.L., Lan, L., Zoudilova, M., & Conti, M. (2005) J. Immunol., 175, 1523–1531.

10) Rennard, S.I., Calverley, P.M., Goehring, U.M., Bredenbroker, D., & Martinez, F.J. (2011) Respir. Res., 12, 18.

11) Komatsu, K., Lee, J.Y., Miyata, M., Hyang Lim, J., Jono, H., Koga, T., Xu, H., Yan, C., Kai, H., & Li, J.D. (2013) Nat. Commun., 4, 1684.

12) Vestbo, J., Tan, L., Atkinson, G., & Ward, J., UK-500, 001 Global Study Team (2009) Eur. Respir. J., 33, 1039–1044.

13) Susuki-Miyata, S., Miyata, M., Lee, B.C., Xu, H., Kai, H., Yan, C., & Li, J.D. (2015) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1800–E1809.

14) Reichardt, H.M., Tuckermann, J.P., Gottlicher, M., Vujic, M., Weih, F., Angel, P., Herrlich, P., & Schutz, G. (2001) EMBO J., 20, 7168–7173.

15) Schacke, H., Schottelius, A., Docke, W.D., Strehlke, P., Jaroch, S., Schmees, N., Rehwinkel, H., Hennekes, H., & Asadullah, K. (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 227–232.

著者紹介Author Profile

宮田 将徳(みやた まさのり)

関西学院大学理工学部生命医化学科助教(沖米田研究室).博士(薬学,熊本大学).

略歴

1982年熊本県に生る.2005年熊本大学薬学部卒業.10年同大学院薬学部修了.同年ロチェスター大学医療センター(米国)博士研究員,11年ジョージア州立大学生物医学研究所(米国)博士研究員.15年より現職.

研究テーマと抱負

細胞内シグナル制御による恒常性維持機構の解明および創薬研究.フィードバック機構により精密に制御されている生命システムを理解し,難病の予防および新規治療戦略の創出につなげたい.

ウェブサイト

http://sci-tech.ksc.kwansei.ac.jp/~okiyoneda/okilab.html

趣味

水泳,靴磨き.

This page was created on 2016-09-07T11:17:27.882+09:00
This page was last modified on 2016-10-14T11:49:29.859+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。