キトサンの尻尾を捕らえるタンパク質Proteins capturing the tail of chitosan
近畿大学大学院農学研究科バイオサイエンス専攻バイオ分子化学研究室Graduate School of Agriculture, Kinki University ◇ 〒631–8505 奈良市中町3327–204 ◇ 3327–204 Nakamachi, Nara 631–8505, Japan
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糖質結合モジュール(carbohydrate-binding module:CBM)は,複数の機能モジュールからなるモジューラ型の糖質関連タンパク質中に存在し,標的糖質に対する親和性を高めることによって,それぞれのタンパク質の機能を向上させている1).現在,CBMはアミノ酸配列に基づき74のファミリーに分類されているが(http://www.cazy.org),その数はさらに増えつつあり,新たな結合特性や機能を持つCBMファミリーが次々に見いだされている2, 3).中には,同じファミリーに属するCBMメンバーであったとしても,かなり構造の異なる糖質に対して特異性を示すものも見いだされている.特に,CBM32ファミリーに属するCBMメンバーにそのような傾向がみられ4),それらのリガンド認識機構の違いには興味がもたれる.
一方,キチンの脱アセチル化によって生産されるキトサンは,グルコサミンがβ-1,4-グリコシド結合で連なった多糖であり,図1に示すように,セルロースに類似した構造を持つ.しかし,各糖残基が遊離のアミノ基を持つがゆえに非結晶性であり,キチンやセルロースとはまったく異なる物性を持つ.天然において,キトサンは真菌類の細胞壁に存在しており,その成長過程において細胞壁キチンの一部がキチン脱アセチル化酵素の作用によりキトサンへと変換される.このようなキトサンへの酵素的変換は細胞分裂や細胞壁のリモデリングに必須であると考えられている5).これまでキチンやセルロースなどの結晶性の多糖に結合特異性を持つCBMの構造と機能については多くの知見が集積されてきたが6, 7),キトサンに対して結合特異性を示すCBMについては,その存在さえも最近まで明らかではなかった.本稿では,キトサン特異的CBMの発見とそのリガンド認識機構について,筆者らの研究成果を中心に紹介する.
土壌細菌Paenibacillus sp. IK-5株は効率よくキトサンを資化することができ,モジューラ構造を持ちキトサン加水分解活性を有するキトサナーゼ(CsnIK-5)を菌体外に分泌生産する.興味深いことに,このCsnIK-5はキトサンだけではなくβ-1,4-グルカンをも加水分解することがわかっている8).病原性真菌類の細胞壁がキチンやグルカンなどの多様なホモ多糖からなっていることを考慮すると,このように二つ以上の多糖に加水分解活性をもつ酵素は,ヒトにおける病原性真菌類に対する防御においてより有効なツールとなりうるものと考えられる.CsnIK-5の全長の構造を図2Aに示す.本酵素は,N末端側にGH8ファミリー(http://www.cazy.org)に属する触媒モジュール(GH8)を持ち,C末端側にはフィブロネクチンType IIIモジュール(FnIII)を介して,CBM32ファミリー(http://www.cazy.org)に属する二つのCBMが連なる.これら二つのCBMは,キイロタマホコリカビDictyostelium discoideum由来のレクチン,ディスコイジンと相同性が見いだされることから,ディスコイジン・ドメイン(DD1とDD2)と名づけられた.両者のアミノ酸残基数はそれぞれ130と131,アミノ酸配列の相同性は74%もあり,構造的には高い類似性がある(図2B).KimotoらはDD1およびDD2の欠失によって,本酵素の加水分解活性が大きく低下することを見いだしており9),これらDD1とDD2はキトサンあるいはグルカンに対する結合性を持つものと推察された.しかし,DD1とDD2の糖結合特性の詳細が明らかになったのはごく最近のことであった.
2013年,ShinyaらはDD1とDD2それぞれの組換えタンパク質を作製し,糖結合特性を詳細に調べた10).15N標識されたタンパク質を用いて,3種のオリゴ糖(キトサンオリゴ糖,セロオリゴ糖,およびラミナリオリゴ糖)でNMR滴定実験を行ったところ,DD1の1H-15N HSQCスペクトルはキトサンオリゴ糖の滴定によって有意に変化したが,セロオリゴ糖およびラミナリオリゴ糖ではほとんど変化しなかった.一方,DD2の場合,いずれのオリゴ糖でもスペクトル変化を確認できた.これらの結果より,DD1はキトサンに対して特異的に結合し,DD2では結合特異性が低く,種々の糖質に対して結合能を持つことがわかった.DD1とDD2が両方ともに結合しうるのはキトサンのみであったので,キトサン四糖を用いてDD1とDD2に対する結合を,等温滴定型熱量計(isothermal titration calorimetry:ITC)によって定量的に測定し,結合の熱力学定数を算出した.pH 5.0, 25°Cで滴定を行い,DD1は−7.8 kcal/mol, DD2は−5.2 kcal/molという結合自由エネルギー変化(ΔG°)の値を得た.すなわちキトサンに対する親和性はDD1の方がDD2に比べ明らかに高いのである.これらのΔG°の内訳をみると,静電的相互作用や水素結合が関係するΔH°がそれぞれ−8.9と−11.0 kcal/mol,疎水性相互作用や水和,コンフォメーションの自由度が関係する−TΔS°がそれぞれ1.1と5.8 kcal/molであった.この結果からわかるように,DD1とDD2のキトサンに対する親和性の差異は主として−TΔS°の違いによるものであり,静電的相互作用や水素結合の違い(ΔH°)は大きな要因ではないことがわかった.このようにDD1とDD2は,高い構造的な類似性があるにも関わらず,キトサンに対する結合の分子機構には明確な違いがみられた.
このようなDD1とDD2の結合性の相違を構造に基づいて説明するために,我々はNMRによってDD1とDD2の溶液構造を得ることを試みた.その結果,図3Bおよび3Dに示すような溶液構造を得た11).DD1とDD2は両者ともにβ-サンドイッチ・フォールドをコア構造として持ち,いくつかのループがコアの上部と下部に突き出していた.次に,キトサン四糖を用いてNMR滴定実験を行い,1H-15N HSQCシグナルの化学シフト変化あるいはシグナル強度の変化を調べた(図3Aおよび3C).DD1と比べるとDD2ではより多くのアミノ酸残基がキトサンに対して応答することがわかった.HSQCスペクトルの帰属結果に基づいて,これら応答するアミノ酸残基を特定し,溶液構造上にそれらのアミノ酸残基の位置を表示した(図3Bおよび3D).その結果,化学シフトあるいはシグナル強度に有意な変化がみられたアミノ酸残基は,DD1およびDD2ともにコア構造の上部に存在するループ上に位置しており,リガンドとして加えたキトサン四糖は,これらの位置に結合するものと推定できた.
(A)キトサン四糖存在下あるいは非存在下におけるDD1の1H-15N HSQCスペクトル.滴定は50 mM酢酸ナトリウム緩衝液pH 5.0 (10% D2O), 300 Kで行った.キトサン四糖:DD1のモル比は0 : 1(マゼンタ)および5 : 1(ブルー).(B)DD1のNMR溶液構造.(左)β-サンドイッチ構造を横から見た図,(右)β-サンドイッチ構造を上から見た図.キトサン四糖の添加に伴いシグナル応答を示したアミノ酸残基を赤(化学シフト変化)および青(シグナル強度変化)で示している.(C)キトサン四糖存在下あるいは非存在下におけるDD2の1H-15N HSQCスペクトル.実験条件は(A)と同じ.キトサン四糖:DD2のモル比は,0 : 1(マゼンタ)および10 : 1(ブルー).(D)DD2のNMR溶液構造.表示の仕方は(B)と同じ.
まず,セレノメチオニンを導入したDD1(SeMet-DD1-V110M)の結晶を用いて回折データを得,単波長異常分散法によって1.2 Åの分解能で結晶構造を得た.その後,リガンドフリーの野生型DD1およびDD2について,SeMet-DD1-V110Mの構造を鋳型とした分子置換法によって,結晶構造を得た11).種々の鎖長のキトサンオリゴ糖を用いて,DD1およびDD2との複合体結晶を得ることを試みたが,唯一,DD2とキトサン三糖との複合体結晶が得られ,分子置換法によってその結晶構造を得ることができた11).その構造を図4に示す.キトサン三糖はNMR滴定実験で推定した結合部位とほぼ同様の位置に非還元末端糖残基(G3)を接触させながら直立して結合していた.CBM32に属するCBMが非還元末端糖残基を認識することはすでに知られてはいたが,このようにリニアなホモ多糖が直立して結合するという様式はきわめて珍しい.実際,結合したキトサン三糖の電子密度マップをみてみると,G3が最も高い電子密度を示し,逆に還元末端糖残基(G1)の電子密度は低くなっていた.糖残基ごとに算出した平均のB-factorの値は,G1からG3まで,それぞれ30.7, 25.0, 14.5 Å2となり,これらの値からも,DD2が主にG3と相互作用を行っていることがわかる.確かにこのDD2はキトサンの“尻尾”を捕らえているのである.DD2のGlu14, Arg31, Tyr36,およびGlu61の側鎖がG3のC-2アミノ基およびC-3からC-6のヒドロキシ基と静電的相互作用および水素結合ネットワークを形成していた.また,Tyr120の芳香環もCH–πスタッキング相互作用を形成しているようである.これら五つのアミノ酸残基のDD1とDD2における保存性を調べてみると,DD2のTyr36がDD1ではグルタミン酸に置換されており,その他はすべて保存されていた(図2B).以上より,DD1とDD2の結合特性の違いを引き起こしているのは,36番目のアミノ酸置換であると予測した.
前述の構造情報に基づき,我々はDD1とDD2の36番目のアミノ酸残基に部位特異的変異を導入し,変異タンパク質の結合特性を調べた11).すなわち,DD1のGlu36をチロシンに(DD1-E36Y),またDD2のTyr36をグルタミン酸に変異させた(DD2-Y36E)タンパク質を作製し,ITCによってキトサン四糖との相互作用に伴う熱力学定数を測定した.その結果,DD1-E36Yは野生型DD1に比べ,著しく負のΔG°値が減少し(ΔG°=−5.1 kcal/mol),キトサンとの親和性が低下したことがわかった.逆に,DD2-Y36Eは野生型DD2に比べると負のΔG°値が増大し(ΔG°=−6.0 kcal/mol),親和性の向上がみられた.このことは,36番目のアミノ酸残基がこれらCBMのキトサン親和性を支配していることを支持するものである.36番目のアミノ酸がグルタミン酸であることは近傍に存在するG3のアミノ基との静電的相互作用を引き起こし,親和性を高めるものと思われる.しかし,両者の変異に伴うΔH°および−TΔS°値の変化に注目してみると,ΔH°よりも−TΔS°の方にその影響が強く現れていた.この結果は3節の前半で述べたDD1とDD2のキトサン結合性の差異と完全に一致しており,これらの変異によるΔG°の変化を,単純に静電的相互作用の有無だけで説明すべきではないことを示唆している11).DD1においてGlu14の側鎖の配向を詳細に調べてみると,DD2(図4)とは異なり,G3のアミノ基とは離れるように逆向きに配向することがわかった.よって,DD1やDD2-Y36Eにおいては,Glu14はG3アミノ基と相互作用をせずに,むしろGlu36のカルボキシル基がG3アミノ基との静電的相互作用に関わるものと思われる.このような変異に伴う静電的相互作用の再配置が−TΔS°へのより強い影響を引き起こしているのかもしれない.
以上,CsnIK-5に存在するDD1とDD2はキトサンの尻尾,つまり非還元末端だけを認識し結合するという構造的な確証が得られた(図4).非還元末端糖残基のC-2からC-6の限られた領域だけの相互作用ではあるが,密な水素結合ネットワークおよび静電的相互作用を通して,その親和性を高めているものと思われる.CsnIK-5が非還元末端から逐次的に二糖単位を切り出していくプロセッシブ酵素として機能すると考えるならば,CBMによってキトサンの非還元末端が捕らえられた際,隣接する触媒モジュールの触媒中心はうまく非還元末端から二つ目のグリコシド結合を捕らえるように配置しているのかもしれない.実際に,本酵素が多糖キトサンを加水分解した場合,二糖が最も多く生成されることはすでに明らかになっている.タンパク質と塩基性ホモ多糖との相互作用においては,静電的相互作用の関与が大きく,アミノ酸置換に伴う相互作用の熱力学定数の変化は単純に説明できるものではない.上で述べたように静電的相互作用の再配置を含めた複雑な結合様式の変化を考慮しながら論理的に説明する必要がある.いずれにしろ,図4のようなCBMの糖鎖結合様式および相互作用の熱力学定数に関して明瞭な説明を与えるためには,少なくとも以上のような可能性を考えながら,今後,全長酵素の構造と機能の解析あるいは理論計算がなされるべきであろう.このような糖リガンド認識機構の解明は,病原性真菌類に対するより効果的な防除方策を考案するにあたり,有用な情報を提供するものと思われる.
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