ガングリオシドと膜タンパク質の静電的相互作用
大阪大学大学院理学研究科化学専攻 ◇ 〒560–0043 大阪府豊中市待兼山町1–1
© 2016 公益社団法人日本生化学会
細胞膜の構成および機能分子として,スフィンゴ糖脂質があげられることは,もはや疑いようもない事実であるが,解析ロジックに遺伝子やタンパク質で用いる相互作用の概念をそのまま当てはめてしまうと,両親媒性分子であるスフィンゴ糖脂質が細胞膜上で環境場として機能する際の本質的な役割を見失ってしまう恐れがある.そこで筆者は,生化学・分子生物学的手法の他に,蛍光顕微鏡によるライブセルイメージング,電子顕微鏡による局在および構造観察,質量分析による詳細な脂質構造解析を体系的に組み合わせて,スフィンゴ糖脂質を含む細胞膜組成の変化が起こすさまざまな現象を捉えていこうと考えている.本稿ではスフィンゴ糖脂質の機能および構造解析に対して行ってきたこれまでの研究から,光学技術を用いる生体膜研究に至った経緯とともに,糖脂質が集積して機能する環境場として注目されている「脂質ラフト」に対する最近の報告も踏まえてご紹介したい.
スフィンゴ糖脂質が膜受容体のシグナルに影響を与えるという研究は,今から20年ほど前より盛んに報告されている.糖脂質を外因的に細胞へ添加する検討に加え,当時トレンドであった糖転移酵素遺伝子のクローニングにより,糖脂質組成を内因的に変化させた再構成細胞の構築が可能になり,それらの細胞における膜受容体分子の活性比較が活発に行われた.詳細に関しては,筆者らの以前の総説1)を参照されたい.2000年初頭に筆者らは,肥満モデル動物の脂肪組織において顕著に増加するスフィンゴ糖脂質の一種である,ガングリオシドGM3の作用機序解明を行っており,100 pMの生理的低濃度TNFαで処理した3T3-L1脂肪細胞ではGM3含量が2倍に増加するとともに,インスリン受容体の下流シグナルが抑制されること,さらにGM3含量を減らすことができるグルコシルセラミド合成酵素阻害剤(D-PDMP)で上記状態の細胞を処理すると,インスリンシグナルが回復することを実証した2).このとき,筆者は上述のGM3が増加するとなぜインスリン抵抗性が起こるのかという“仕組み”に興味を持った.GM3は細胞膜の外膜に存在するため,GM3がインスリンシグナルに接点を持つとすれば相手はインスリン受容体(IR)であろうとあたりをつけ,糖脂質が形成する脂質ラフト[生化学的には界面活性剤不溶性画分(detergent resistance microdomain:DRM)を指す]にIRが集積するかを,ショ糖密度勾配遠心法で検討した.その結果,インスリン抵抗性状態でGM3が増加している脂肪細胞において,IRはシグナル伝達場のカベオラから解離していることを実証できた3).しかし,まだ謎は残っている.なぜGM3が増えるとIRがカベオラから外れるのか?である.これがガングリオシドGM3とIRの直接的な相互作用を,真剣に考えるきっかけとなった.
脂肪細胞に特化すれば,IRはカベオラに多く局在している.それはカベオラの主成分がカベオリン-1であることと,IRの細胞質側にはカベオリン結合モチーフ[ϕXXXXϕXXϕ(ϕ:芳香族アミノ酸,X:任意のアミノ酸)]が存在することからも支持されている4).このようにカベオリン-1とIRの直接的な相互作用が示されたにも関わらず,IRのDRM/カベオラへの局在に関してはこれまでに相反する多くの報告がなされた.その理由としては詰まるところ,多くの検討で界面活性剤を用いていることが大きく影響している.そこで我々は,IRをカベオラに「弱く」結合しているタンパク質と捉え,Triton X-100の濃度を0.01%ずつ刻み,0.01~0.1%(v/v)の範囲でショ糖密度勾配遠心サンプルを作製してIRのカベオラへの結合性に関する詳細な検討を行った.その結果0.08%以下のTriton X-100でDRMを調製することで,初めて正常脂肪細胞のDRMにIRが集積できることを確認した3).そしてこの濃度条件においてTNFα処理によってGM3含量を増やしたサンプルを作製するとIRはDRMから解離すること,さらにD-PDMPを用いたグルコシルセラミド合成阻害によってGM3含量を低下させることによりIRは再びDRM画分に回収されることも確認した.これらの検討が示すことは,IRはカベオラに弱い結合で集積し,GM3が増加することで生じたIRとの相互作用が,IRをカベオラから解離させたという事実である.そしてこの作用は,界面活性剤により簡単に解消されてしまう性質であることを示しており,細胞を溶解することで分子複合体を抽出し検出する従来の生化学的手法のみでは,このような相互作用の詳細を明らかにすることは困難であるように思えた.
界面活性剤によって減弱される分子間力の一つとして,筆者は静電的相互作用を考えた.脂質とタンパク質の静電的相互作用に関しては,これまでに細胞の脂質二重膜内側に存在する酸性脂質ホスファチジルセリン(PS)とMARCKSと呼ばれるCキナーゼの基質タンパク質が持つ塩基性アミノ酸リシンのクラスターとの検証報告がある5).筆者はこのような脂質とタンパク質の静電的相互作用が,細胞膜外側においては糖脂質と膜貫通タンパク質の間で起こりうるのではないかと考えた.また成長因子受容体はMARCKSとは異なり,膜上での動きが側方拡散に限定されるため,膜直上に塩基性アミノ酸が一つでも十分に静電的相互作用を発揮できる可能性がある.このときGM3が脂質ラフトを構成するならば,飽和型脂質のセラミド骨格による液体秩序相の形成とは裏腹に,非還元末端糖鎖のシアル酸により,細胞膜の外側では負電荷の反発が起こっていると考えられる.この負電荷を緩和するように,膜直上に塩基性アミノ酸を持つ膜貫通タンパク質が捕捉される.これが,GM3がIRをカベオラから解離させる作用機序であると筆者は考えた.このような理由から,膜貫通タンパク質の細胞膜付近のアミノ酸配列をヒト,マウス,ラットについてそれぞれ並べてみると,興味あることに細胞外ドメインの膜近傍には塩基性アミノ酸が存在することがわかる(図1).図中のチロシンキナーゼ型受容体はいずれも,細胞膜上のガングリオシドとの関連性が報告されている分子である1).
では,これらの相互作用を実証するためにはどのような実験を行えばよいのだろうか.筆者らは,生細胞のまま界面活性剤をまったく使わない方法で分子の相互作用を検討することを考えた.それが蛍光顕微鏡を用いた分子動態解析技術の一つ,FRAP(fluorescence recovery after photobleaching)法である.FRAP法ではターゲットとなる分子に蛍光標識を施すことが必要である.その標識分子を発現させた生細胞において解析したい領域に強いレーザーを短時間照射し,分子の機能を壊すことなく蛍光のみを退色させる.もし目的分子が不動ならば,退色領域の蛍光は回復しない.動的な分子ならば,拡散することで,周囲の未退色分子が混ざり合い,退色領域の蛍光は回復していく.この時間経過に伴う蛍光回復率をグラフにプロットすることで,目的分子の動的成分比率や拡散速度を算出することができる(図2).筆者は,IRの膜直上にあるリシンを中性アミノ酸のセリンおよびグリシンに変異させたGFP融合タンパク質を作製し,FRAP計測を行った.その結果,変異型IRを用いた検討においては,蛍光回復率が野生型と比べて有意に減少した.すなわち,不動化しているカベオラに結合したIRがGM3のシアル酸との静電的相互作用により解離することが示唆された6)(図3).このような現象は,界面活性剤を用いた実験では捉えることができなかったため,従来は報告されなかった糖脂質と膜タンパク質の新たな相互作用として注目されている.
“脂質ラフト”を提唱したKai Simonsらは,筆者らの報告6)に基づいて,上皮成長因子受容体EGFRの細胞膜直上の642番目のリシンをグリシンに変異させたタンパク質を昆虫細胞で作製し,これをGM3含有リポソームに取り込ませてEGFR活性化を検討した結果,GM3に依存した変化がまったくみられないことを報告した7).このことからもGM3のような酸性糖脂質と成長因子受容体の間で静電的相互作用が生じており,膜受容体の局在や多量体化を調節していることが推察される.さらに最近ではガングリオシドの脂質ラフト形成を損なわない糖鎖部分に蛍光標識を施し,1分子追尾解析ができる系も確立している8).筆者らも現在,GM3を液体秩序相に集積させたリポソームと合成膜貫通ペプチドを用いて静電的相互作用の実態を明らかにすべく検討を行っている.上記のような顕微技術を動態解析機器として用いる検討法は,これまでの細胞をすり潰して解析する膜分子研究から脱却し,流動的な脂質膜の本質的な機能を検証していくための強力な手法となることは間違いない.
さらに筆者らは,DRM画分に集まるガングリオシドの分子構造を知ることで,ラフト形成メカニズムを解明したいと考え,DRM画分に集積する糖脂質の質量分析による構造解析を試みた.ところが,DRMの調製に必要なTriton X-100が糖脂質の質量分析フラグメント解析の邪魔をすることが判明し,有機溶媒による精製の検討を行ったところ,ジクロロエタンを用いた洗浄操作により,Triton X-100を含む各種界面活性剤と糖脂質を簡便かつ完全に分離できることを発見した9).この手法は糖鎖解析における質量分析の前処理法の一つとして定着しつつあり10, 11),顕微鏡による動態解析を組み合わせることで,脂質ラフトのより詳細な機能解析が進んでいくものと考えられる.
本研究を遂行するにあたり,糖脂質に関するご指導を賜りました東北医科薬科大学分子生体膜研究所長井ノ口仁一教授他,関係各位に深く御礼申し上げます.また本研究の継続をご支持いただいている大阪大学理学研究科深瀬浩一教授ならびに研究室スタッフ,学生の皆様に深く感謝申し上げます.
1) Inokuchi, J. & Kabayama, K. (2008) Trends Glycosci. Glycotechnol., 116, 353–371.
2) Tagami, S., Inokuchi, J., Kabayama, K., Yoshimura, H., Kitamura, F., Uemura, S., Ogawa, C., Ishii, A., Saito, M., Ohtsuka, Y., Sakaue, S., & Igarashi, Y. (2002) J. Biol. Chem., 277, 3085–3092.
3) Kabayama, K., Sato, T., Kitamura, F., Uemura, S., Kang, B.W., Igarashi, Y., & Inokuchi, J. (2005) Glycobiology, 15, 21–29.
4) Couet, J., Li, S., Okamoto, T., Ikezu, T., & Lisanti, M.P. (1997) J. Biol. Chem., 272, 6525–6533.
5) McLaughlin, S. & Murray, D. (2005) Nature, 438, 605–611.
6) Kabayama, K., Sato, T., Saito, K., Loberto, N., Prinetti, A., Sonnino, S., Kinjo, M., Igarashi, Y., & Inokuchi, J. (2007) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 13678–13683.
7) Coskun, U., Grzybek, M., Drechsel, D., & Simons, K. (2011) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 9044–9048.
8) Komura, N., Suzuki, K.G., Ando, H., Konishi, M., Koikeda, M., Imamura, A., Chadda, R., Fujiwara, T.K., Tsuboi, H., Sheng, R., Cho, W., Furukawa, K., Furukawa, K., Yamauchi, Y., Ishida, H., Kusumi, A., & Kiso, M. (2016) Nat. Chem. Biol., 12, 402–410.
9) Suzuki, Y. & Kabayama, K. (2012) J. Lipid Res., 53, 599–608.
10) Kojima, H., Suzuki, Y., Ito, M., & Kabayama, K. (2015) Lipids, 50, 913–917.
11) Suzuki, Y., Okano, A., Kabayama, K., Nishina, A., Tanigawa, M., Nishimura, K., & Kushi, Y. (2016) Anal. Sci., 32, 487–490.
This page was created on 2016-11-08T14:50:20.55+09:00
This page was last modified on 2016-12-16T14:54:17.723+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。