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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(1): 44-50 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890044

特集Special Review

テイラード・アプリケーションを目指したがん細胞選択的吸収性ペプチドの開発Development of tumor-lineage homing peptide for their tailored application to diverse malignancies

新潟大学大学院医歯学総合研究科・分子細胞病理学Division of Molecular and Cellular Pathology, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences ◇ 951–8510 新潟市中央区旭町通1–757 ◇ 1–757 Asahimachi-dori, Chuo-ku, Niigata 951–8510, Japan

発行日:2017年2月25日Published: February 25, 2017
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細胞透過性ペプチド(cell-penetrating peptide:CPP)は最初HIV-1 Tatアミノ酸配列に見いだされた特殊機能を持つペプチドである.CPPには,生理学的機序を介して細胞内に取り込まれるため,細胞や組織を損傷しない“生体低侵襲性”という大きな長所がある.我々はこの利点に注目し,悪性腫瘍への応用展開を企図し,正常細胞・組織に比較し標的腫瘍に高度にシフトした吸収性を発揮する各種CPP(“腫瘍ホーミングペプチド”と命名)の開発を行っている.これら特定の系統の悪性腫瘍に効率的に取り込まれるCPPは,生体腫瘍の非侵襲性検出技術や抗がん剤などの腫瘍への集中的デリバリー技術に応用できるものと考えて現在研究を進めている.将来的には,次世代制がん医療として,患者の罹患する多様な悪性腫瘍系統に対応した個別の検査・治療技術の開発を目指している.

1. 細胞膜透過ペプチドとは?

ペプチドは数個から数十個のアミノ酸の連続体からなる小分子であるが,体内でも実際に産生されており,きわめて多彩な生理機能を担う生体の恒常性維持に必須の分子群である.たとえば,ペプチドホルモンの代表であるインスリンは21アミノ酸残基のペプチドA鎖と30アミノ酸残基のB鎖の二量体からなり血糖の抑制に,また,29アミノ酸残基からなるグルカゴンは肝グリコーゲン分解と糖新生に作用し,いずれも生体内糖質制御に協調して働いている.また,心房性ナトリウム利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide:ANP)は28アミノ酸からなる血圧降下作用物質であり,利尿と血管拡張制御により,やはり恒常性の維持に機能することがよく知られている.さらに,近年のペプチド分野における注目の発見では,成長ホルモン分泌促進作用を果たすグレリン(Ghrelin, 28アミノ酸残基)があげられよう1).以上のように,いずれもアミノ酸数わずか30前後の短鎖ペプチドであるが体内の生理活動において必須の機能分子群であり,それらペプチドの産生や機能の破綻は深刻な病態を引き起こすものである.また,基礎医学研究から細胞内遺伝子(タンパク質)機能を制御可能な機能性ペプチドの報告も相次いでいる(表1参照).一方,生理的に体内で産生されるこれらペプチドとは別に,新たにここ15年の研究の進展により大きく注目されているのが,細胞膜透過ペプチド(cell-penetrating peptide:CPP)である.CPPの決定的な機能の発見は,1999年のDowdyらによるTatペプチドの報告が基盤となっており2),同報告を起爆剤として現在まで多種多様なCPPの発見の報告がなされている(表2参照).CPPの由来は多岐の生物種にわたっており,Tatやペネトラチン(Penetratin)3)などウイルスやショウジョウバエで発見されたもの,または人工的に合成された配列であるポリアルギニン4)が今日でも実験学的応用性の高さから多分野の研究で頻繁に用いられている.これらのCPP一般にほぼ共通した性質としては,生体を構成する多種類の正常細胞系および腫瘍細胞系への取り込みが起こること,マクロピノサイトーシスやエンドサイトーシスという細胞生理学的分子機序を介して認められること(図1),すなわち,細胞内への吸収に際しては有意な細胞傷害性を惹起しないということ,また,生化学的な特徴としてはアミノ酸配列にアルギニンやリシンなどの塩基性アミノ酸残基の構成比が高いことなどであろう.

表1 さまざまな細胞内タンパク質(遺伝子)機能を制御するペプチドの報告例
機能性ペプチドアミノ酸配列
p53-activating peptideKKHRSTSQGKKSKLHSSHARSG
Cdk2 antagonist peptidePVKRRLFG
BH3 peptideQVGRQLAIIGDDINR
BIRD-2 (Bcl-2 IP3R Disruptor2)RKKRRQRRRGGNVYTEIKCNSLLPLAAIVRV
SMAC peptide (TRAIL activator)AVPIAQK
AKT inhibitory peptide (CTMP4)LDPKLMKEEQMSQAQLFTRSFDDGL
Polo-like kinase1 inhibitory peptidePLHSpT
RasGAP317–326 (GTPase-activating protein)WMWVTNLRTD
表2 既知の汎用的な細胞膜透過性ペプチド(CPP)の代表例
CPPアミノ酸配列由来
TatYGRKKRPQRRRHIV 1 Tat
gp41 fusion seq.GALFLGWLGAAGSTMGAHIV 1 env. gp41
PenetratinRQIKIWFQNRR MKWKKPAntp (43–58)
TransportanGWTLNSAGYLLGKINKALAALAKKIL人工配列CPP
MAPKLALKLALKALKAALKLAmodel amphipathic peptide
SynB1RGGRLSYSRRRFSTSTGR人工配列CPP
PrionMANLGYWLLALFVTMWTDVGLCKKRPKPN-term (1–28) of prion protein
SV40PKKKRKVSV40 NLS
ポリアルギニンR4–16アルギニン連続体
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図1 CPPの細胞生理学的な取り込み機序

一方,制がんを目的とするCPPの応用においては,これら多分野で有用なCPPは逆に不都合となる.すなわち,標的とする細胞・組織が必然的に腫瘍限定的であるために,非腫瘍組織(正常組織系)への吸収性を併せ持つことは回避したいためである.このような観点から,我々は制がん医療に向けた新たなCPPの必要性を考え,悪性腫瘍を特異的に標的可能なCPPの開発を企図する一連の研究に着手した.

2. 腫瘍ホーミングペプチドの分離

従来のCPPは表2に示したように,ポリアルギニンなどの人工配列ペプチドを除いて,その大半がウイルスなどの微生物あるいはショウジョウバエなどの既知のタンパク質の部分配列に由来している.可溶性リガンドやサイトカインなどを含めて既知のタンパク質の部分配列では要求する性能を達成することが困難であると予想されたため,我々は人工的なランダムペプチドライブラリーから目的性能を持つものを新規に分離することを方針として実験を行うことにした.ランダムペプチドライブラリーの作製には数種類の方法が考えられるが,CPPを分離するには小分子量核酸-ペプチド・キメラ分子より構成されるmRNAディスプレイ法が最適であると考えた.この方法により作製されるランダムペプチドライブラリーをソースに用いて,図2に示すような工程で標的とするヒト悪性腫瘍細胞(がん細胞)を設定し,この細胞への吸収を反復することにより,目的物を含むペプチド群が濃縮されたCPPライブラリーから最終的に候補ペプチド配列を複数得ることができる.通常我々は核酸クローニングから解析する候補ペプチド配列を数十種類にしているが,ニーズに応じてクローン解析規模を数百に拡大することも可能である.次に,合成した候補ペプチド配列をFITC(あるいはFLC)で蛍光標識を施した合成ペプチド単体に戻して,標的腫瘍および非腫瘍性(正常)細胞系を含めた培養細胞パネルを用意し,細胞透過アッセイにて良好な選択的吸収を示すもの数種類に絞る(図3).さらに最終的に,標的腫瘍を移植した担がんマウスモデルへのin vivo投与の結果から最適なペプチドを同定する,という多段階の労力を要するステップを踏んで最も優秀な性能のCPPを選び出す5).当初我々は三菱化学(株)との共同研究の段階で,反復サイクル作業に用いるキメラ分子吸収対象細胞をHeLa, Jurkatに固定したライブラリー構築によるCPPペプチド分離法を実施していたが,現在は標的腫瘍系統を設定した上で吸収に用いる腫瘍細胞をその系統にマッチしたものから選び,以上の各プロセスを一連の作業として実施している.旧法では最終段階でシークエンシング情報から得られた候補ペプチド配列を50~100種類ほど合成し,これらについて多種類(約20種類)の培養細胞パネルを準備して細胞透過アッセイを実施し,特徴的な細胞吸収性を発揮するものをピックアップしていくという一種の偶然性によるペプチド探索を行っていたが,これでは効率が悪いため現在の方法をとることにした.このようにして多様な悪性腫瘍系統に個別に対応してシフトした吸収性を発揮する腫瘍系統別細胞膜透過ペプチドの分離・同定が可能となった.

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図2 mRNAディスプレイによる腫瘍ホーミングペプチドの分離の流れ

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図3 腫瘍ホーミングペプチドの細胞透過アッセイによる候補の絞り込み

なお,ペプチドを構成するアミノ酸残基数については,ライブラリー設計時に自由に調節できるが,我々はこれまで最長15アミノ酸から最短9アミノ酸までの短鎖ペプチドとしている.これは,これぐらいの鎖長のものがその後配列の改変を要した場合にも再デザインに際して取り組みやすいこと,また,生体に投与した場合に抗原性の点でも顕著な生体二次免疫応答の惹起や組織障害の可能性が低いであろうと考えたためである.

3. 腫瘍ホーミングペプチドのユーティリティ

さて,このような手法でこれまでに獲得した腫瘍ホーミングペプチドの応用例をいくつかあげる.一つは,生体における特定系統の悪性腫瘍の検知技術への応用,すなわち,PET, SPECT装置などによる画像イメージング検査や多様な部位に応用される各種内視鏡(腹腔鏡,消化管内視鏡,胸腔鏡,気管支鏡,喉頭鏡など)検査時の腫瘍病巣可視化への応用が考えられる(図4参照).多様な各系統のヒト悪性腫瘍移植による異所性マウスモデルに対して,それぞれの腫瘍系統に最適の高吸収を示す腫瘍ホーミングペプチドの中から,移植腫瘍系統にマッチする蛍光標識(FITC標識)型のホーミングペプチドを尾静脈から投与し体内腫瘍への集積性・描出性を検証した.蛍光ペプチド投与1時間~2時間後に各担がんマウスを安楽死させ,実体顕微鏡下で解剖し蛍光の分布を調べた結果を図4に示す.結果,腫瘍系統に対応して最適の選択的高吸収性を発揮するホーミングペプチドを適用すると,各種悪性腫瘍が形成した多発性の転移巣をほぼ網羅的に可視化できた.ヒト急性骨髄球性白血病(AML)細胞を異所性移植した急性白血病移植モデルマウスでは,白血病ホーミングペプチド(CPP44, KRPTMRFRYTWNPMK)は,マウスの体内レベルで腹膜播種を起こした1 mm以下200~300 µm径の腫瘍病変の描出まで良好であった(図4).また,ヒト患者由来初代培養大腸腺がん細胞移植マウスにおいては,蛍光標識大腸がんホーミングペプチド(CPP2, DSLKSYWYLQKFSWR)の集積を証明する局在的蛍光シグナルが,横隔膜多発転移巣とともに,転移の初期形成部位である大網部に発生した約10 mm径の腫瘍部および1 mm以下の小腫瘍病巣においても認められた.この他,ヒト胃がん(MKN28)移植モデルにおける胃を包含するがん浸潤巣,肝細胞がん(KYN-2)の肝門部微小転移巣,膵がん(浸潤性膵管がんBxPC3)の膵~胃周囲浸潤巣が,それぞれのがん系統に最適の吸収性を示すホーミングペプチドを投与することによって描出可能であった.これらの各腫瘍ホーミングペプチドの性能上の一つの特徴として,標的とする腫瘍病巣をいずれも周囲非腫瘍組織と一定のコントラストを保持しながら検出できた点があげられる(図4).

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図4 各腫瘍系統に最適のホーミングペプチドを用いた生体内腫瘍病巣のイメージング

Kondo, E., et al. (2012) Nat. Commun., 3, 951–963より図を改変.

なお,このような検証系を通じてホーミングペプチドとして選定するものについては,in vitroおよびin vivoマウス実験において,いずれも同系統の由来である3~5種類以上のヒト腫瘍細胞株への透過・集積アッセイを行い,由来する個体の異なるがん細胞株複数についてほぼ同等の特異的吸収を認めたCPPである.また,これらのCPPの標的組織内への吸収性は重要なポイントであるが,in vivo投与実験で腫瘍組織の割面(横断面)を作製しこれらCPPの蛍光シグナルの分布を検索したところ,腫瘍組織の表面にとどまらず深部にまで十分にみられ,CPPの吸収がほぼ腫瘍組織全体に波及していると考えられた.

もう一つのユーティリティは,これらペプチドを各種分子のキャリアとするドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用である.我々はこのコンセプトを予備的に実証するために,特定の腫瘍系統にシフトした効率的吸収性を発揮する腫瘍ホーミングペプチドと増殖抑制性に働くオリゴペプチド配列を連続した抗腫瘍ペプチドを試作し,体内で標的腫瘍の抑制が可能であるかを検証してみた.具体例として,生体内で非常に増殖活性の高いヒト急性骨髄球性白血病(AML)を標的として,AML細胞透過性ホーミングペプチドに,がん抑制遺伝子p16INK4aの機能を代償する短いアミノ酸配列6)を融合したがん抑制遺伝子機能回復型の増殖抑制ペプチドCPP44-p16MIS(KRPTMRFRYTWNPMK-GPG-FLDTLVVLHR-GP-RRRR)の生体投与実験を行った5).なお,ペプチド配列の“KRPTMRFRYTWNPMK”部分は急性骨髄性白血病に高透過性を示すホーミング配列部分,GPGはスペーサー,FLDTLVVLHR部分はD. Laneらが同定したがん抑制遺伝子p16INK4aの機能を代償する配列部分,RRRR部分はそれ自身の透過性が非常に低い親水化配列である.このペプチドは,まずBIACOREによる分子間結合親和性解析で,細胞内でのp16の本来の標的タンパク質であるCdk4/CyclinD1複合体に特異的な結合能を保持していることが確認された.モデルとして尾静脈経由で異所性にヒト患者由来AML細胞を移植した全身播種型のAML担がんマウスを作製した.移植後7日を経過して十分に全身各臓器に浸潤を開始した同マウスにCPP44-p16MISペプチドを1回300 µgの用量で間歇的に計4回反復して静脈投与した実験では,肺浸潤・転移巣や心筋浸潤巣の有意な抑制結果を得た(図5,注:GFP恒常発現型AML細胞を移植したため,蛍光励起下で,体内の転移・増殖病巣の形成を可視化し評価できる)5).これは,体内で上記の抗腫瘍ペプチドがCPP部分の機能を活かしAML病巣に高度に集積した状態が反映されたものと考えられる.病理組織学的評価では,腫瘍細胞巣の駆逐とともに,脳・肝・腎・消化管などを含めた各種臓器における非腫瘍性(正常)の組織部に対する傷害性はほとんどみられなかったことが重要である.同様の手法で,ヒト大腸腺がん細胞にホーミング性能を持つCPPとして分離したCPP2をp16機能性アミノ酸配列と融合した抗大腸がんペプチドCPP2-p16MIS(DSLKSYWYLQKFSWR-GPG-FLDTLVVLHR)も作製したが,これは患者初代培養大腸がん細胞の増殖抑制に効果的であった.さらに,増殖抑制機能配列p16MIS部分は同一で,細胞浸透性に関しては腫瘍群の中でもAMLにシフトした性能を持つCPP44と大腸がん吸収にシフトしたCPP2をそれぞれN末端に持つCPP44-p16MISとCPP2-p16MISを,それぞれ導入対象細胞を入れ替えてCPP44-p16MISを大腸がん細胞に,CPP2-p16MISをAML細胞に投与したところ,それぞれの抗腫瘍ペプチドの示す増殖抑制性(アポトーシス誘導能)が本来の標的細胞に比較して減弱した.したがって,我々の開発した腫瘍ホーミングペプチドの利用法として,標的とする腫瘍細胞に最適の吸収性を発揮するCPPを選択すれば,最も高い抗腫瘍効果を得ることができると考える5)

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図5 腫瘍ホーミングペプチドを融合した抗腫瘍ペプチドによる治療学的な実験の一例(ヒト急性白血病転移・浸潤巣を標的とした例)

Kondo, E., et al. (2012) Nat. Commun., 3, 951–963より図を改変.

現在までに開発されたペプチド製剤の中で,医療薬剤のDDSキャリアとして実際に注目を集めているものに環状RGD(iRGD)がある7, 8).環状RGDは9アミノ酸残基長の環状ペプチドで,主に血管内皮細胞膜上のαV/βインテグリンに結合したのちに環が開裂し,5アミノ酸残基の直鎖状になり,続いてneuropilin-1に結合して最終的に血管透過性が亢進する作用機序を持つ(図6).このペプチドを抗腫瘍剤と混和した形で投与すると,薬剤の腫瘍組織における浸透性が増して抗腫瘍効果の増強が期待されるという意義がある.この場合,DDSキャリアとしてのcyclic RGDの応用上の利点としてよいのは,輸送目的分子(薬剤など)とペプチドであるcyclic RGDを結合させる必要がないことである.すなわち,結合デザインの検討が不要でありその点で利便性が高い.ただし,本来ペプチドは体内安定性に関して,変性が急速に起こるという点が弱点でもありまた逆に長所でもあるのだが,環状形態のペプチドは体内安定性が高く,受容体に結合後も長時間にわたって作用が持続する特徴があり,これが逆に望ましからざる作用の増強を引き起こすリスクがあるとの考えもあり,これらのペプチドに関する当該点の改善を企図した再デザイン研究も進んでいる9)

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図6 環状RGD(cRGD)の血管内皮への取り込みのプロセス

4. 腫瘍ホーミングペプチド開発研究の目指すところ

以上,我々の開発している腫瘍ホーミングペプチドの性質と応用の可能性について解説してきたが,機能性タンパク質分子として現在活発に医薬化が進んでいるのはいうまでもなく抗体医薬の開発である.抗体は体内安定性が高く,またヒト化工程を経れば生体二次免疫応答(異物免疫反応)を抑制できる.また,抗体の標的抗原に対する反応特異性は高く,抗原親和性にも優れている.このような長所から,抗原分布が腫瘍特異的であれば理想的な標的システムの構築が可能であるが,実際には抗原の分布が腫瘍外の正常組織にも存在し,また腫瘍内であってもクローン進化の過程やその他の腫瘍進展機序の中で標的抗原の発現が腫瘍均一でなく,部分的な抗腫瘍活性の発揮にとどまっている可能性も高い.さらに,特異的な反応性で卓越するも最適なS/N比までの到達時間,クリアランスに時間を要する点などが用途に応じて解決課題となる場合が考えられる.これまでの我々の実験では,CPPはin vitroで最適S/N比に到達するまでの時間は約2~5分,in vivoでも15~30分以内と急速であるのに対し,抗体の最適S/N比到達時間はin vivoでは3~5日と遅く,ペプチドの吸収性は抗体の約数百倍~1000倍の速さであることが判明している.一方,変性に関しては直鎖状ペプチドの場合in vivoで数分以内に始まってしまうのに対し,抗体は約1週間安定である.このようにペプチド,抗体それぞれに一長一短があることは事実であるため,どのようにそのバイオツールとしての利点を発揮させるかが臨床応用を企図する場合の重要な戦略になる.

また今回の解説では紹介できなかったが,我々は細胞膜透過能を持ったペプチドの開発ばかりでなく,表1に示したような細胞内機能を制御するペプチドとして,新たな抗腫瘍ペプチドの開発にも力を入れている.最近の成果では,がん抑制遺伝子p14ARFの機能を代償する抗腫瘍増殖抑制ペプチドr9-p14MISを創成し,多様な系統のがんで効果を発揮することを報告した10, 11).r9-p14MISは,細胞内へのデリバリーに9個のポリアルギニン配列を利用し,細胞内へ取り込まれたのちにがん細胞内のミトコンドリアに移動し,細胞増殖を阻害する作用を持つものである.従来,がん抑制遺伝子p14ARFは核内および核小体に局在し,mdm2と結合することによってp53タンパク質のユビキチン化を抑制する機能やnucleophosmin(NPM, B23)と反応し核酸の安定性やリボソームの生成などに寄与することが古典的な機能として知られている12, 13).我々はp14タンパク質が細胞質内のミトコンドリアにも発現・局在していることを免疫電子顕微鏡法などの手法を用いて証明し,このミトコンドリア局在p14ががん細胞の生存と増殖に重要なことを見いだした.この知見をもとにp14ARF遺伝子のミトコンドリア局在とその機能に必須のコア配列を同定し,そこから新たなp14機能性ペプチドをデザイン化して多種類の系統の悪性腫瘍に対する有意な増殖効果を発揮することを示した.このp14機能性ペプチドの詳細な細胞内作用の分子機序は現在解析途上であるが,今後は新規の視点として,がん細胞のミトコンドリア機能の制御を基盤にした悪性腫瘍に対する低侵襲性治療学的技術への展開を目指していきたいと考えている.

5. おわりに

最近,医学領域研究では医工薬などの多分野(異分野)融合や産学連携形態の研究推進が図られ,“ナノメディシン”,“分子標的”,“プレシジョン・メディシン”などの用語が頻繁に取り上げられるようになった.時代の流れに沿い,当然のことながら医学薬学研究も目覚ましい発展を遂げており,これらのコンセプトの実現が次世代医療として求められているのが現状である.ナノメディシン領域では,医療ツールとして「ナノ分子」による革新的なDDSの構築が図られ,現在さまざまなDDS開発の研究が進んでいる.具体的に医療への応用が検討されているナノツールとして,リポソーム,デンドリマー,ナノミセル,グリカンなどが研究され,また,機能性ナノ分子として抗体医薬,siRNA, miRNA,アンチセンス,LNA(locked nucleic acid)などの核酸医薬,組換えウイルスなどが検討されている.小分子サイズであるペプチドも,これらと同様に有力なナノレベルのバイオツールであり,DDSキャリア,機能制御ツール,治療用・検査診断用医薬としてなど幅広いポテンシャルを持ち,医療における多彩な応用が期待できると考える.特に,ペプチドの持つ特性として,生体低侵襲性で吸収・代謝に優れ,異物反応が低いという“からだにやさしい”点が医療上人体への適用に大きな長所がある.また,ペプチドは構成アミノ酸数が少ないため,性能改善に向けた再デザインや修飾が比較的容易かつ迅速に実施できる点も強みである.しかし,同時に現今のペプチドが持つ弱点として,体内安定性(変性が急速である)の問題,コストの問題なども存在することは課題である.ペプチド開発研究者たちはこの課題の克服に向けたさまざまなトライアルを行っている.

我々が本稿に紹介した“腫瘍ホーミングペプチド”は,現在本邦における主要疾患の第一位を占める悪性新生物(悪性腫瘍)に対する新たな低侵襲医療技術の一手とするため着手している技術研究である.その腫瘍医学領域におけるユーティリティは先述したように,標識物の付加による画像イメージングプローブや術中および検査時の腫瘍浸潤に対する可視化のための各種内視鏡プローブ,また抗腫瘍剤や抗腫瘍性機能分子(核酸・タンパク質)の輸送に関わる腫瘍標的型DDS用のキャリアとしての応用などである(図7).ペプチド-ドラッグ・コンジュゲート(PDC)などのデザイン化に関しては,単純にCPPペプチドと薬剤を結合させれば機能するというわけではないので,現在詳細に検討しているところである.

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図7 腫瘍ホーミングペプチドの医療技術への応用性

たった一つのアミノ酸を改変しただけで,性能が劇的に変化する“ペプチド”というものがまるで生き物のごとく,筆者はペプチドの持つポテンシャルに無限の可能性を感じており,また興味はつきない.ペプチドが近い将来,がんの患者さんらのためにブレイクスルーをもたらしてくれることを目指して,今後も精いっぱい努力し研究を進めていきたいと願っている.

本稿を終えるにあたり,これまでのわたしたちの研究に惜しみないご協力をくださった研究機関の諸先生方,企業の皆さまに謹んでこの場をお借りして深謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

斎藤 憲(さいとう けん)

新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞病理学分野准教授.博士(学術).

略歴

1996年中央大学理工学部卒業,2002年埼玉大学理工学研究科修了.第一製薬株式会社,三菱化学生命科学研究所,琉球大学医学部分子細胞生理学,愛知県がんセンター研究所研究員を経て,15年より現職.

研究テーマと抱負

機能性ペプチドを用いた医療技術の開発研究.がん研究のみならず医療を支える新しいバイオツールの開発に日々頑張っています.

ウェブサイト

http://www.med.niigata-u.ac.jp/pa2/

近藤 英作(こんどう えいさく)

新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞病理学分野主任教授.博士(医学).

略歴

1988年岡山大学医学部卒業,92年岡山大学医学部病理学第二講座助手,93~95年ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所ポスドク,2006年岡山大学医学部病理学第二講座准教授,09年愛知県がんセンター研究所腫瘍病理学部長,14年より現職.

研究テーマと抱負

がんの病理学(がん増殖・進展の分子機構)研究,腫瘍医学への応用を目的とした機能性ペプチドの開発研究.病理診断学・病理学研究を通じて,がん患者さんの医療に貢献することを目指しています.

ウェブサイト

http://www.med.niigata-u.ac.jp/pa2/

趣味

特にありませんが,家内のピアノ練習(練習不足)を聴くのが面白いです.

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