中枢神経系シナプス形成の多様性の分子的基盤
東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野 ◇ 〒113–0033 東京都文京区本郷7–3–1
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我々の脳では神経細胞がシナプスを介して回路を形成することでさまざまな情報処理を行っている.脳は外界からの情報・刺激に応じて迅速に神経回路を変化させる一方で,長期にわたって記憶や行動を維持することもできる.このような神経回路の柔軟さと安定性がどのようなメカニズムによりもたらされているのかを理解する上で,シナプス安定性の分子機構は重要な手がかりをもたらすと考えられる.
神経細胞には軸索と樹状突起という形態・機能の異なる2種類の突起が存在するが,このうち樹状突起の表面にはスパイン(棘突起)と呼ばれる微細な突起が細胞あたり数千から数万個存在している.スパインは頭部と樹状突起の基部(シャフト)をつなぐネックと呼ばれる構造からなり,その形態からstubby型,thin型,mushroom型などに分類される(図1A).また,膨らんだ頭部を持たない樹状突起上の突起はフィロポディアと呼ばれ,発生期に多くみられ,運動性に富み,他の神経細胞の軸索と未熟なシナプス結合を形成する.スパインの数は生後早期に急速に増加し,その後安定化する.グルタミン酸を伝達物質としシナプス後細胞を脱分極させる,いわゆる興奮性シナプスの大半はスパイン上に形成されることが知られている.スパインがどのように形成されるかについては古くからさまざまな仮説が提唱されているが,スパイン形成とシナプス形成との関連については依然として不明の点も多い.特に抑制性シナプスの形成機構については未解明の問題が山積している.しかし近年のイメージング技術の急速な進歩に伴いシナプス形成過程の経時的な解析が可能となり,シナプス形成の過程やその分子メカニズムが従来考えられていたよりもはるかに多様であることが明らかになりつつある.そこで本稿では,特に我々の研究室で近年報告した,シナプスの形成過程とその分子メカニズムに焦点を絞って紹介したい.
スパイン形成の代表的なモデルとしてはSoteloモデル,Miller/Petersモデル,フィロポディアモデルの三つが提唱されている1)
(図1B~D).
Soteloは小脳の顆粒細胞とプルキンエ細胞との間に形成されるシナプスの解析から,「スパインは前シナプスに依存することなく,後シナプス自律的に形成される」という仮説を提唱した2)
(図1B).小脳の神経回路の異常は運動失調として表現型に現れることが多いため,古くからさまざまな自然発生突然変異マウスにおける小脳神経回路異常が報告されている.このうちweaverマウスではシナプス前細胞である顆粒細胞の脱落が生じるが,シナプス後細胞であるプルキンエ細胞上のスパインは正常に形成される.別の突然変異マウスであるreelerマウスでは小脳の神経前駆細胞の細胞移動が異常となり顆粒細胞の軸索とプルキンエ細胞が結合できないが,スパインは正常に形成される.これらの結果からプルキンエ細胞上のスパインの形成は顆粒細胞との接触に依存しないことが示された.
一方,残りの二つのモデルであるMiller/Petersモデルとフィロポディアモデルでは,前シナプスと後シナプスとの相互作用を仮定している.MillerとPetersは大脳皮質一次視覚野のシナプス形成の解析から,軸索が樹状突起と接触すると段階的にスパインの成熟を誘導するというモデルを提唱した3)(図1C).軸索が樹状突起と接触すると,まずネックを持たない丈の短いstubby型スパインがシャフト上に形成され,その後ネックと小さな頭部を有するthin型スパイン,ネックと大きな頭部を有するmushroom型スパインの割合が増大する.
フィロポディアモデルは樹状突起のタイムラプスイメージングにおいて,シナプス形成が起こる前の樹状突起でフィロポディアの形成と消失が繰り返し起こるようすが観察されることから提案されたものであり,ランダムに伸びたフィロポディアが適切な軸索と接触すると選択的に安定化され,形態が変化して安定なスパインになるというモデルである4)
(図1D).
従来のイメージングによるシナプス形成過程の解析では,海馬と大脳皮質の興奮性神経細胞のスパインシナプスを対象とした研究が中心的であり,樹状突起のシャフトに形成されるシナプスの形成機構については不明な点が多い.
海馬や大脳皮質に存在する介在神経細胞は抑制性の神経細胞で,GABAを神経伝達物質として放出するが,そのシャフトにはグルタミン酸を伝達物質とする興奮性シナプスが形成される.そこで海馬分散培養系およびスライス培養系を用いて介在神経細胞の樹状突起に形成される興奮性シナプスの動態についてタイムラプス観察を行った5).すると幼若な樹状突起上にスパインよりも長く,通常のフィロポディアよりも寿命の長い突起が形成され,この突起の上にシナプスができ,突起先端からシャフトに向かって逆行性に移動していくようすが観察された(図2A).このシナプスの移動は微小管をレールとして起こり,その際,分子モーターであるダイニンとその調節分子であるLis1が関与していることが明らかとなった5).このような現象はこれまで報告されておらず,シナプスの位置調節のまったく新しいメカニズムであると考えられる.
小脳顆粒細胞–プルキンエ細胞間に形成されるシナプスにおいて,スパインがプルキンエ細胞自律的に形成されることはSoteloモデルの項ですでに紹介した.しかし,スパイン形成の後に平行線維の形態がどのように変化して成熟したシナプスを形成するのかについてはこれまで不明であった.
Cbln1はC1qファミリーに属する分泌性のタンパク質であり,小脳顆粒細胞から産生・分泌される.Cbln1はδ2型グルタミン酸受容体とニューレキシンとの三者複合体を形成し,顆粒細胞の軸索である平行線維とプルキンエ細胞との間のシナプス結合に必要であることが近年示された6–8)
.Cbln1のノックアウトマウスは重度の小脳失調を示し,プルキンエ細胞の80%以上のスパインでシナプス前部が形成されずシナプス結合を持たないスパインとなるが,組換えCbln1をCbln1ノックアウトマウスに投与するとシナプス密度は2日間で正常化し,歩行も顕著に回復する9).そこでCbln1ノックアウトマウスを用いて小脳のスライス培養を行い,プルキンエ細胞と顆粒細胞を異なる蛍光タンパク質でそれぞれ標識し,組換えCbln1のシナプス誘導作用を利用して,組換えCbln1添加による平行線維のシナプス形成過程をタイムラプス観察した10).すると平行線維がプルキンエ細胞のスパインと接触した場所で平行線維から微小な突起が形成され,その後プルキンエ細胞ではδ2グルタミン酸受容体が,平行線維ではシナプス小胞がそれぞれ接触部位に集積して,この軸索側の突起がスパインを包囲する環状突起へと形態変化することが明らかとなった(図2B).こうしたスパインを包囲する軸索側の突起の形成には軸索から放出されるCbln1分子が必須であり,シナプス誘導因子は軸索の構造変化も誘導することが明らかとなった.
上に述べた二つの新たな知見は,介在神経細胞や小脳顆粒細胞-プルキンエ細胞間のシナプス形成の研究から得られたものであるが,これまでに詳細に研究されてきた海馬や大脳皮質の錐体細胞のスパインシナプスについても新しいシナプス制御機構が明らかにされつつある.
たとえばDCLK1(doublecortin like kinase 1)は微小管と結合する微小管結合ドメインとキナーゼ活性を有するキナーゼドメインから構成される分子であり,非常に強い微小管重合促進能と微小管安定化能を有する.海馬分散培養系においてDCLK1を発現させると,発達早期ではDCLK1は樹状突起の先端に特異的に局在する.これにより樹状突起の先端での微小管重合を促進し突起伸長を促すと考えられるが,同時にキナーゼドメインを介してスパインの成長やシナプス後部の分子集積を抑制する作用があることが明らかとなった11)(図2C).このことからDCLK1は樹状突起の突起伸長とシナプス成熟の抑制という二つの独自の機能を介して,発達早期において樹状突起の機能発達を制御していることが示された.
上記のように,神経細胞分散培養系やスライス培養系を用いたタイムラプスイメージングにより,神経系のさまざまな部位におけるシナプス形成過程を観察することで,シナプス形成過程は従来のモデルだけでは説明のつかない多様性に富んだ現象であることが明らかとなった.こうしたアプローチは今後もシナプス形成過程の分子メカニズムの解明にきわめて有効な手法と考えられるが,その他にもさまざまな新しい技術を導入することが重要であると思われる.特に二光子顕微鏡を用いたin vivoイメージングによるスパイン動態解析は,生きたままの動物の脳内でのスパイン動態を可視化することができる.さらにカルシウムイオン感受性色素などと組み合わせることでスパインの生理機能について解析することが可能である.
こうした個体レベルでのスパイン動態解析は,精神疾患や発達障害とシナプス動態との関連を解析する上でも有用な手法といえる.実際,我々の研究室では,遺伝的背景のまったく異なる3種類の自閉症スペクトラムのモデルマウスを用いてスパイン動態を解析したところ,シナプスの形成・消失のターンオーバーが3種類すべてにおいて亢進していることを見いだした12).このような取組みは,精神疾患・発達障害の病態を理解する上で重要であるだけでなく,創薬や新たな治療法の開発へとつなげる上でも有効であると期待される.
また,スパインはきわめて微細な構造であることから,詳細な形態観察を従来の光学顕微鏡で行うことは困難である.したがって今後は超解像顕微鏡や,電子顕微鏡と光学顕微鏡とを組み合わせた,いわゆるcorrelative microscopyによる微細形態解析も有力な手法となるものと思われる.
本稿で紹介しました研究は慶応義塾大学・柚﨑通介教授,北海道大学・渡辺雅彦教授をはじめとする多くの共同研究者のご協力に基づくものです.ここに御礼申し上げます.
1) Yuste, R. & Bonhoeffer, T. (2004) Nature, 5, 24–34.
2) Sotelo, C. (1990) J. Exp. Biol., 153, 225–249.
3) Miller, M. & Peters, A.J. (1981) J. Comp. Neurol., 203, 555–573.
4) Fiala, J.C., Feinberg, M., Popov, V., & Harris, K.M. (1998) J. Neurosci., 18, 8900–8911.
5) Kawabata, I., Kashiwagi, Y., Obashi, K., Ohkura, M., Nakai, J., Wynshaw-Boris, A., Yanagawa, Y., & Okabe, S. (2012) Nat. Commun., 3, 722.
6) Matsuda, K., Miura, E., Miyazaki, T., Kakegawa, W., Emi, K., Narumi, S., Fukazawa, Y., Ito-Ishida, A., Kondo, T., Shigemoto, R., Watanabe, M., & Yuzaki, M. (2010) Science, 328, 363–368.
7) Uemura, T., Lee, S.J., Yasumura, M., Takeuchi, T., Yoshida, T., Ra, M., Taguchi, R., Sakimura, K., & Mishina, M. (2010) Cell, 141, 1068–1079.
8) Matsuda, K. & Yuzaki, M. (2011) Eur. J. Neurosci., 33, 1447–1461.
9) Ito-Ishida, A., Miura, E., Emi, K., Matsuda, K., Iijima, T., Kondo, T., Kohda, K., Watanabe, M., & Yuzaki, M. (2008) J. Neurosci., 28, 5920–5930.
10) Ito-Ishida, A., Miyazaki, T., Miura, E., Matsuda, K., Watanabe, M., Yuzaki, M., & Okabe, S. (2012) Neuron, 76, 549–564.
11) Shin, E., Kashiwagi, Y., Kuriu, T., Iwasaki, H., Tanaka, T., Koizumi, H., Gleeson, J.G., & Okabe, S. (2013) Nat. Commun., 4, 1440.
12) Isshiki, M., Tanaka, S., Kuriu, T., Tabuchi, K., Takumi, T., & Okabe, S. (2014) Nat. Commun., 5, 4742.
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