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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(1): 121-125 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890121

みにれびゅうMini Review

ガングリオシドプローブの1分子観察によりラフト動態を探るInvestigation of raft dynamics by single-molecule observation of ganglioside probes

京都大学物質-細胞統合システム拠点Institute for Integrated Cell-Material Sciences (WPI-iCeMS), Kyoto University ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田本町 ◇ Yoshida-Honmachi, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2017年2月25日Published: February 25, 2017
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1. はじめに

ガングリオシドは,シアル酸(N-アセチルノイラミン酸)を一つ以上有するスフィンゴ糖脂質である.細胞膜の脂質成分比で数%しかないにも関わらず1),さまざまな生命現象に関わっていることが知られている.たとえば,ウイルスや微生物の細胞内への侵入であったり2),膜受容体の活性化制御であったり3),コレステロールと相互作用してラフトを形成することなどである4).しかし,生きている細胞膜上でのガングリオシドの動態,つまり分布,運動,他の分子との相互作用に関する知見はきわめて限られていた.その最も大きな理由として,ガングリオシドの蛍光プローブが存在していなかったことがあげられる.より正確にいえば,蛍光色素をGM1のアルキル鎖5)や糖鎖6)に結合させたアナログが合成されてはいたが,その性状解析が不十分だったり,天然のガングリオシドと同じような挙動をとらなかったりすることが知られている.

蛍光ラベルされたガングリオシド結合タンパク質もプローブとして利用されてきた.たとえば,コレラ毒素サブユニットB(cholera toxin subunit B:CTB)はGM1に特異的に,コムギ胚芽凝集素(wheat germ agglutinin:WGA)は,ガングリオシドの中ではGM3と最も強く結合することが知られている.しかし,これらのタンパク質は多価であり,ガングリオシドを架橋し,その局在や挙動を変えてしまうことが知られている7, 8).同様なことが,ガングリオシドの免疫蛍光染色の実験にもいえる.染色過程で,抗体との反応前に細胞をパラホルムアルデヒドやグルタルアルデヒドで固定しても,脂質分子のほとんどは固定されておらず,膜上での拡散は止まらない9).そこにガングリオシド抗体,続いて蛍光ラベル二次抗体を加えると,ガングリオシドが架橋されて,明るい輝点が点在しているようにみえてしまう.このように,ガングリオシドの局在を調べるのは,今までは非常に困難であった.

2. 蛍光ラベルガングリオシドプローブの合成と性状解析

この問題を解決するために,岐阜大学応用生物学部の木曽,安藤,河村ら,そして京都大学物質細胞統合システム拠点の楠見らとの共同研究により,系統的にガングリオシド蛍光プローブを作製した.ガングリオシド糖鎖のいくつかの官能基,たとえば,シアル酸の9位の炭素(S9)やガラクトースの6位の炭素(G6),末端のガラクトースの6位の炭素(termG6)に,さまざまな蛍光色素を特異的に結合させて,多くの蛍光プローブを合成した(図110).まずは,これらのプローブがラフトへ分配されるかどうかを調べた.細胞膜を薬剤処理し膜骨格を除去するとブレッブ膜(直径5~20 µmほどの巨大ベシクルのような膜領域)が形成され,低温下では,その膜上にラフトに似た膜領域,ラフトから排除された膜領域が現れる.両相へのガングリオシドプローブの分配を蛍光観察した.驚くべきことに,結合させた蛍光色素の種類によってラフトへの分配が大きく変動していた(表1).親水性の色素であるフルオレセイン(Fl),ATTO488, ATTO594をシアル酸のC9に結合させたアナログ体(S9体)は,ラフトに多く分配されていたが,やや疎水性のテトラメチルローダミン(TMR)が結合すると,非ラフト相に分配される割合が増加し,疎水性の高いATTO647Nが結合すると,ほとんど非ラフト相に分配されるようになった(表1).GM1のアルキル鎖の途中から疎水性のBodipyFLが結合しているBodipyFL-GM1(図1)も,ほとんど非ラフト相に分配された(表1).また,GM1, GM2, GD1bの末端の糖であるシアル酸,ガラクトース,またはN-アセチルガラクトサミンに親水性の高い蛍光色素が結合した場合に限り,ガングリオシドのラフトへの分配は維持されていた(表1).一方で,同じATTO594がGM3のシアル酸の隣のガラクトースの6位の炭素に結合した場合(G6体)には,GM3プローブのラフトへの分配は著しく低下したことから(表1),末端の糖に蛍光色素を結合させる必要があることがわかる.

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図1 蛍光ガングリオシドプローブ(GM1, GM2, GM3, GD1b)の化学構造10)

星印はアミド基を介して結合した蛍光色素.フルオレセイン,ATTO488, ATTO594のいずれかを結合させると,天然のガングリオシドに似た挙動を示した.

表1 蛍光ガングリオシドプローブの分配
ガングリオシドプローブLo/Ld比*(mean±S.E.)
Fl-S9-GM38.8±1.5
TMR-S9-GM31.5±0.08
594§-S9-GM34.0±0.14
488-S9-GM34.6±0.58
647N-S9-GM30.26±0.02
TMR-G6-GM31.7±0.14
594-G6-GM31.7±0.09
Cy3-CTB6.7±0.49
TMR-S9-GM11.9±0.25
594-S9-GM13.3±0.11
488-S9-GM13.0±0.23
594-termG6-GM14.7±0.35
594-S9-GM24.1±0.48
594-GN6-GM24.4±0.43
594-termG6-GD1b4.2±0.40
BodipyFL-GM10.62±0.05
* Lo:Liquid ordered phase, つまりラフトに似た膜ドメイン.Ld:Liquid disordered phase, つまりラフトから排除されたドメイン.
Fl:フルオレセイン.
TMR:テトラメチルローダミン.
§ 594:ATTO594.
488:ATTO488.
647N:ATTO647N.

ラフトへの分配が保持されたGM1やGM3の蛍光プローブのCTBやWGAへの結合定数が,天然のGM1やGM3のそれらとほぼ同じであることが,表面プラズモン共鳴法による実験により明らかとなった10).また,GM1のシアル酸の少し違う位置にAlexa568を結合させた場合,CTBとの結合能は10分の1になるという報告がある7).これらの結果は,蛍光色素と結合場所の選択が非常に重要であることを示唆している.

以上まとめると,GM3, GM2, GM1の場合,シアル酸の9位の炭素にフルオレセイン,ATTO594, ATTO488のような親水性蛍光色素を結合させたアナログが,ラフトマーカーとして働き,毒素やレクチンとの結合性も保たれる.GM2, GM1, GD1bのシアル酸とは別の分岐の末端の糖に上記の親水性蛍光色素を結合させたアナログ体も,ラフトマーカーとして働く(表110).一方,TMRやATTO647N, BodipyFLなど,やや疎水性の蛍光色素をガングリオシドに結合させると,ラフト親和性が著しく損なわれるため,これらはラフトマーカーとして適さないことが判明した.

3. GPIアンカー型タンパク質へのガングリオシドのリクルートによるラフト形成

GPIアンカー型タンパク質で補体制御因子のCD59はラフトマーカーであり,リガンド刺激後に安定なオリゴマーを形成し,細胞内の下流のSrcファミリーキナーゼやホスホリパーゼCγなどのシグナル分子をリクルートし,シグナル伝達を誘起する11–13).刺激前においては,CD59は指数関数的減衰曲線でフィッティングした際の時定数が160ミリ秒ほどの短寿命のホモ二量体を形成する11).一方で,コレステロール除去後のCD59や,CD59の貫通型キメラタンパク質は,二量体やオリゴマーを形成しにくい11).この結果は,CD59がホモ二量体(オリゴマー)を形成するとき,ラフト(脂質)相互作用によりCD59が安定化されていることを示唆している.しかし,実際にCD59が他のラフト分子をリクルートし,ラフトのような膜領域を形成させているかどうかは,直接観察されておらず,不明のままであった.

我々は,開発したガングリオシド蛍光プローブを用いて,早速この問題を検証した10).一次抗体と二次抗体を用いてCD59を架橋することによって,1 µm2以上の大きさのパッチを形成させ,その内外でのGM1やGM3の蛍光プローブの分子密度を定量した.図2に示すとおり,GM1, GM3ともにCD59パッチ内外の両方で拡散していたが,パッチ内での滞在時間がやや長かった.また,GM1やGM3の蛍光プローブがCD59パッチ内外の境界線に近づくと跳ね返されて,パッチ内に戻るようすもしばしば観察された.一方で,非ラフトで不飽和リン脂質のDOPE(dioleoylphosphatidylethanolamine)の場合,CD59パッチ外で拡散していることが圧倒的に多く,CD59パッチの境界線に近づいたとしても,パッチ外へ跳ね返されるようすが頻繁にみられた(図2).したがって,CD59は大パッチを形成すると,GM1, GM3のような他のラフト分子を一時的に呼び寄せて,大きなラフトドメインを形成させることが明らかとなった10)

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図2 CD59の大パッチとGM1, GM3, DOPE 1分子との2色同時観察10)

点線の円は,一時停留領域を示す.CD59パッチ内は黒,外は白の軌跡で示す.矢じりは軌跡の終わりの位置.

次により生理条件に近い系で調べるために,CD59刺激後に形成される安定なCD59オリゴマーへのガングリオシド蛍光プローブのリクルートを2色同時に1分子観察した.結果,GM1, GM3ともに安定化CD59オリゴマーと100ミリ秒ほど(コントロール分子の時間を引くと正味50ミリ秒ほど)の短期間,共局在していた.コレステロール除去後やDOPEでは共局在期間は半分程度の長さになったため,ガングリオシドの安定化CD59オリゴマーへのリクルートはラフト相互作用によるものであると考えられる.また,刺激前に形成されるCD59ホモ二量体へもGM1, GM3ともに70~80ミリ秒ほど(コントロールのDOPEとCD59二量体の共局在期間を引くと正味40ミリ秒ほど)リクルートされたが,CD59単量体とガングリオシドは50ミリ秒ほど(正味12ミリ秒ほど)の短い期間の共局在であった.これらの結果は,CD59が単量体,二量体,安定なオリゴマーへと会合度を上げていくにつれ,ガングリオシドをより長く(安定に)留めていることを示している.前述のようにガングリオシドのCD59へのリクルートはコレステロールやGPIアンカー鎖依存的に起きていたため,これらの結果は,CD59が,「ホモ二量体ラフト」または「安定化オリゴマーラフト」ともいうべき構造を形成していることを表している.

4. 定常状態でのガングリオシドの微小膜領域での停留

Eggelingらは,PtK2細胞を用い,GM1やスフィンゴミエリンなどの蛍光プローブが,23~27°CにおいてPtK2細胞膜上で10~20ミリ秒の短期間,直径20 nm以下の微小領域内に一時停留すると報告している6, 14).しかし,彼ら自身が認めているようにこれらの研究で用いられたガングリオシドプローブは,いずれも非ラフト画分に分配されるラフト親和性を持たないものである15).そこで,我々が開発したガングリオシド蛍光プローブを用いて,このような一時停留があるかどうかを,0.5ミリ秒の時間分解能での1分子蛍光観察により検証した.結果,PtK2, CHO-K1, T24,およびNRK細胞のいずれの膜上でも,直径100 nm以内での5ミリ秒以上の期間のガングリオシドプローブの一時停留は,有意には検出されなかった.この方法では,検出円の大きさを小さくするにつれ,さらに一時停留は検出されにくくなる.したがって,ガングリオシドプローブが5ミリ秒の短期間でも一時停留するような微小領域は,少なくともこれらの細胞膜上には存在しないと我々は結論づけた.

以上の結果から,GPIアンカー型タンパク質のタンパク質間相互作用による二量体やオリゴマー形成後,ガングリオシドをより長期間滞在させ,ホモ二量体ラフト,ホモオリゴマーラフトと呼ぶべき構造が形成されることが明らかとなった.一方で,細胞膜の定常状態では,ガングリオシドの運動を5ミリ秒以上とどめる直径100 nm以下の微小領域は存在しないことが明らかとなった.すべてのラフトは動的であり,分子の出入りが激しく起こっていることが明らかとなった.

5. おわりに

本稿では,生きている細胞膜上での動態がほとんど研究されてこなかったガングリオシドの蛍光プローブの開発と,その1分子蛍光観察を記述し,刺激前後でのラフト形成過程を解説した.ここで紹介した研究から共通していえることは,すべてのラフトは動的であり,常に分子の出入りが激しく起こっていることである.今後は,1)さまざまな膜受容体の活性制御にガングリオシドがどのように関与しているのか?,2)ウイルスや微生物の細胞への侵入の際,ガングリオシドはどのように振る舞うのか? といった,ガングリオシドの機能に関する問題に挑んでいきたい.

なお,本稿で紹介した結果は,岐阜大学応用生物学部,木曽真教授,安藤弘宗准教授,河村奈緒子研究支援員,および京都大学物質–細胞統合システム拠点,楠見明弘教授らとの共同研究の成果である.この成果は,糖鎖合成化学と1分子イメージングの異分野融合研究でしかなしえなかった.

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著者紹介Author Profile

鈴木 健一(すずき けんいち)

京都大学物質-細胞統合システム拠点准教授.工学博士.

略歴

1968年群馬県沼田市に生る.91年京都大学工学部卒業.96年同大学院工学研究科博士学位取得.同年デユーク大学博士研究員.2008年科学技術振興機構さきがけ研究員.11年より現職.

研究テーマと抱負

細胞膜上での1分子観察による膜組織化と機能を解明することを目指している.今後は特に,脂質ラフトによる様々な膜受容体の活性化促進または制御機構を明らかにしていきたい.

ウェブサイト

http://www.nig.icems.kyoto-u.ac.jp/Suzuki-e/Home.html/

趣味

登山.

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