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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(2): 139 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890139

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雑感

甲子園大学栄養学部栄養学科教授

発行日:2017年4月25日Published: April 25, 2017
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昨年5月末に企画委員の方から執筆依頼をいただき,今春で定年退職する時期にもあり,深く考えることもなくお引き受けしたものの,改めて執筆されている先生方の名文を拝見し,私は身の程知らずであったと半ば後悔している.ただ,研究を主体とする所に20数年,実学教育を主体とする小さな地方私立大学で基礎科目としての生化学の教鞭をとった20年近い経験が,若い方の何らかの参考になればと思い,筆を執ることにした.

私は奈良女子大理学部化学科で修士課程まで,京都大学医学部医化学教室で博士課程を過ごした後,新技術事業団早石生物情報伝達プロジェクト,大阪バイオサイエンス研究所で研究員として過ごした.その過程で,出産・子育ての時期も重なったものの,プロとして働く姿勢と厳しさを叩き込まれた.独立して研究を続けるために,ほとんどの人が聞いたこともないと思われる地方の私立大学を選んだ.研究を続ける上では,一見極めて不利と思われる選択であったが,いろいろな意味で自由度が大きいと思ったことが,最も大きな選択理由であった.生命科学工学科の設立時であったことから設備は,その当時,最新のLC/MSを専用で駆使できたなど,期待以上であったこと,さらに予想外なことに,論文をみた米国の製薬会社の方が下関の大学まで足を運んでくれ,共同研究の申し出をしてくれた.当初1~2年間のみの約束だったポストドクの雇用と研究費のサポートは,毎年成果報告を続けた結果,20年間近く続いた.その結果,新たな酵素(本誌第82巻11号pp. 1041~1046)を見出すことができた.

修業時代,独立後を問わず,折々に出身研究室内外の諸先輩の先生方に,貴重なご助言をいただいたことも大きな力となった.例えば,「たとえ与えられた研究テーマであっても,面白く発展させるのは自分自身である」とか,博士論文となった新規酵素については「自分で見つけた酵素は大事にし,すぐにその研究が続けられなくとも,思い続けているとできるようになる」とか,その時々に心に響く言葉を頂き,心に留め,研究継続の励みとした.

ポストドクを含めた若い人と一緒に仕事をする中で,最も気になったことがある.時を経るごとに実験ノートの記載や生データの保管が軽視されているのではないかと思えたことである.中には20年近くになる現在でも手に取るように理解できる実験ノートを残している人もいるが,逆に杜撰なものもある.実験系では,その基本姿勢は主に学部学生時代に教育されるものと思うが,その教育について危惧するところである.研究室に一時滞在した英国の博士課程の院生は,手書きで綿密な実験ノートを記載し,生データも大事に保管していた.実験をする上での基本である.基本がない所では,どんなに理論武装しても砂上の楼閣である.基本姿勢の取得は,国公立私立,所属した研究室の大小とは関係なく,一人一人がどのように教育されてきたかによるように見受けられる.最近はパソコンによる実験ノートの記載・保存もあるのかもしれないが,そうであれば,実験日時を含めて記載内容が後日変更できないソフトを全教育・研究機関に配布する必要があると思われる.大学・大学院は,国公立私立,また大小問わず,全国に多くあり,定期的に認証評価を受けている.教育・研究の両面において細かな指摘を受け,大学・大学院として認証されている.認証されている以上,大小問わず,国公立私立を問わず,研究者を目指している院生はいる.先入観や偏見で判断せず,基本を踏まえて,どんなに小さなことでも,真の意味で個々に新しい発見をし,自立できる人材を厳正に育てるという全国共通の教育基本姿勢が必要と思われる.最先端の研究に限らず,例え古いと思われる分野であっても新しい発見はある.若い人は,どのような環境であっても,基本を踏まえた上で,奢らず腐らず諦めず,自分なりの新しい発見をし,それを地道に発展させて行く努力を惜しまないでほしい.

基本が大事であることは,研究面だけではなく,学部学生の教育,女性研究者の研究継続における問題解決等の面で,また,様々な行動規範を考える上でも同様である.学部学生の教育について,臨床工学技士養成や管理栄養士養成の教育に従事してきたが,化学をほとんど理解していない学生も多く入学してくるため周期表から始めている.その学生たちが4年後には国家試験に合格し,社会で広く活躍している.例えば,彼らなしでの医療現場は考えられない.その教育の基礎に生化学がある.生化学の最先端の研究がとても大事であることは論を俟たないが,一方,様々な分野の基礎となる生化学は,教養科目としてもっと広い範囲の学生に教育していいのではないかと考える.社会における生化学の重要性は大きく,その責任も重い.今後,益々広い範囲での日本生化学会の活動・発展をお祈り申し上げる.

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