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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(2): 230-240 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890230

総説Review

両方向性の浸透圧ストレス応答を統御するASK3の研究Analysis of ASK3 that regulates bidirectional osmotic stress response

東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室Laboratory of Cell Signaling, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113–0033 東京都文京区本郷7–3–1 ◇ 7–3–1, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113–0033, Japan

発行日:2017年4月25日Published: April 25, 2017
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浸透圧ストレスには低浸透圧,高浸透圧の両方向のストレスがあり,水の出入りを介して細胞体積変化などを引き起こす.生体は細胞レベルでこのストレスに対抗するシステムを備えているが,どのような分子メカニズムで両方向に変化する浸透圧ストレスに応答しているかいまだ不明な点も残されている.また近年,高血圧症などの疾患において浸透圧ストレス応答を担う分子の関与が報告され,生体の浸透圧応答機構と病態の関連が注目されている.本稿では,最近明らかになったASK3というユニークな両方向性の浸透圧応答に関与するキナーゼを紹介し,浸透圧応答性シグナル伝達経路であるWNK1–SPAK/OSR1経路との関わりを中心に,浸透圧ストレスに対する細胞体積回復,腎臓を介した血圧制御などASK3の生理的役割について解説する.

1. はじめに

あらゆる生物は生活環境から紫外線,化学物質,温度変化,pH変化,浸透圧変化(電解質・水分の変動)などさまざまな物理化学的ストレスを受けているが,これらのストレスに適切に応答するシステムを備えることで生物は環境変化に適応し生存を可能にしている.個体レベルのストレス応答は感覚神経などによるストレスの感知に始まり,脳への情報伝達の後,各組織による応答という流れになるが,より微視的に考えるとこれらすべてのイベントは細胞が担っており,個々の細胞にこのようなストレス応答を可能にするシステムが備わっていることに気づく.つまり,それぞれ一つの細胞内で起こる感知・情報伝達・応答の一連の反応が,生物のストレス応答の素過程として根底にある.細胞内でストレス応答を担うシステムの実体は,ストレスに応答して変化するタンパク質などの分子を介するシグナル伝達であり,一例として,ストレス応答性mitogen-activated protein kinase(MAPK)経路などにみられる,タンパク質リン酸化を介した情報伝達がある1).これまでの研究から多岐にわたる細胞のストレス応答の分子基盤が明らかにされてきたが,同時に,ストレス応答の分子メカニズムの破綻が,がん,炎症,高血圧など環境因子を要因とするさまざまな病気の原因になることも明らかになってきた.したがって,物理化学的ストレスの応答を担う分子メカニズムの研究は,基礎生物学の発展だけでなく,いまだ治療が十分でない病態の理解や新規の創薬ターゲット分子の提案にも貢献するものと考えられる.

上述したように,物理化学的ストレスにはさまざまなものがあるが,生体の認識様式に基づいて筆者は大きく2通りに分けて捉えている.一つは有害化合物や放射線など,通常状態ではほぼ0レベルであり量的に増えれば増えるだけストレスとなる「一方向性のストレス」.もう一つは,温度,pH,浸透圧など生体にとって適切な量があり,それより高くても低くてもストレスとなる「両方向性のストレス」である(図1).生体が両方向性のストレスに対応する場合,プラス側とマイナス側のストレスを統御する複雑な感知・情報伝達・応答のメカニズムを備えることが必要になると想像され,どのようなメカニズムが存在するか興味深い点である.

本稿では,両方向性のストレスの一つである浸透圧に対するストレス応答を取り上げ,最近明らかになったASK3というユニークな浸透圧応答性を示すキナーゼの紹介とともに,ASK3の担う浸透圧ストレス応答機構と病態との関わりについて概説する.

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図1 ストレスの方向性と浸透圧ストレスにより細胞に起こる変化

生体に対するさまざまな物理化学的ストレスは,ある一定の至適量が存在するか否かで2通りに分けて考えられる.浸透圧ストレスは両方向性のストレスの一つであり,ストレスの方向に依存して細胞膜の張力,細胞内物質濃度などが増減どちらの方向にも変化しうる.

2. 浸透圧ストレスと細胞応答

浸透圧という物理量は一般的な細胞にとって約300 mOsm/Lという至適量が存在し,どちらの方向に変化してもストレスとなる両方向性のストレスである.浸透圧は溶液が含む溶質の濃度により定義される物理量であり単位(mOsm/L)は圧力の次元ではない.しかし,ファントホッフの式により浸透圧差により発生する圧力と濃度(および絶対温度)は比例することが知られている.溶質を含まない純粋な水は0 mOsm/L,1 Lの溶液に300 mmolの溶質(種類は問わない)が溶けている場合300 mOsm/Lとなる(ちなみに海水は約1000 mOsm/L).浸透圧の異なる溶液を水のみ透過して溶質を通さない半透膜で隔離すると,浸透圧の低い方から高い方に浸透圧差(常温で差が300 mOsm/Lなら約6.7気圧)に従って水が移動する.余談になるが浸透圧の単位にはmOsm/kg H2Oという別の単位も存在する.こちらは水1 kgあたりに何mmolの溶質が溶けているかという値で,“重量モル浸透圧濃度(osmolality)”と呼ばれ,mOsm/Lの方は“容積モル浸透圧濃度(osmolarity)”と呼ばれる.多くの生理的な溶質に対してこれらの値はほぼ同じ値を示すので,簡素化のためにこれ以降の文章では浸透圧の単位をmOsmと記載する.

一般的な細胞にとって浸透圧の至適量が約300 mOsmである理由は,細胞膜に包まれた細胞内液の浸透圧が約300 mOsmだからである.つまり,細胞外環境が300 mOsmより高くなると(高浸透圧ストレス)水が流出し体積が収縮し,逆に低くなると(低浸透圧ストレス)細胞内に水が流入し細胞体積が膨張する(図1).ナメクジに塩をかけると縮むことや,切ったキャベツを真水につけると張りが出ることは細胞膜をはさんだ浸透圧差による水の移動に起因する.この体積変化に伴い細胞内のイオン強度,生体物質の濃度が増減し,タンパク質の高次構造の異常や酵素反応等の不全が生じる.浸透圧ストレスが生体に与える影響は,このように物理的(細胞膜の張力),化学的(細胞内物質濃度)なものが混在した複雑なものであり,それが両方向性に変化しうる2)図1).

これまで,生体の浸透圧ストレス応答に関する研究は古くから数多くなされており,特に細菌や酵母などでは遺伝学的研究の容易さを理由に,直接浸透圧ストレスを感知してシグナル伝達のトリガーを引くと考えられる具体的な浸透圧ストレスセンサー分子も報告されている.たとえば細菌では,低浸透圧により細胞膜に張力がかかるとそれを直接感知して開口するMscLおよびMscSというイオンチャネルが見いだされており,このタンパク質は細菌が低浸透圧状況で成育するために必須である3, 4).哺乳類細胞では配列上Mscと相同性の高いオルソログは見つからないが,やはり細胞膜の張力を感知して開口するものとしてtransient receptor potential(TRP)5)やPiezo6)などのチャネルが報告されており,これらのチャネルの低浸透圧応答における機能が解析されている.一方,酵母では高浸透圧ストレスに脆弱性を示す変異株の研究などから,二成分制御系(ツーコンポーネントシステム)を構成するヒスチジンキナーゼであるSln1という膜貫通タンパク質と,やはり膜貫通タンパク質であるSho1という分子が高浸透圧ストレス応答のシグナル伝達のスタートを担う分子として同定された7).Sln1とSho1が担うシグナル伝達経路は初期段階では異なるものの冗長性があり,最終的にはどちらもhigh osmolarity glycerol 1(Hog1)という哺乳類におけるストレス応答性MAPKのオルソログの活性化を引き起こし,高浸透圧に適応するための遺伝子発現を誘導する7).高浸透圧ストレスに対するMAPK経路を介したシグナル伝達は哺乳類細胞でも類似のシステムが見いだされている.高浸透圧によりMEKK3というキナーゼが活性化し,p38 MAPKが活性化するというものであるが8),哺乳類にはこの経路において酵母で報告されたSln1やSho1のような膜貫通タンパク質のオルソログは存在せず,どのような分子メカニズムで高浸透圧を感知しているかについて詳細は未解明である.これらの浸透圧ストレスに対するシグナル伝達の結果引き起こされる細胞応答は,短期的には浸透圧による水の出入りで変化した細胞体積の回復を目的としたイオンチャネルやイオントランスポーターの活性調節,長期的には浸透圧ストレス環境でも生存を可能にするための転写因子を介した遺伝子発現の変化がよく知られている2, 9)

一方で,これまでの浸透圧ストレス応答に関する研究のほとんどは低浸透圧ストレスと高浸透圧ストレスのどちらかに注目し個別に検討するにとどまっていたため,両方向性の浸透圧ストレスを二つの一方向性のストレス(図1)に分けて別々に扱っており,低浸透圧から高浸透圧領域を網羅する形でシグナル伝達を統合的に理解する試みはなされていなかった.つまり,生体が連続的に変化する両方向性の浸透圧ストレスに対して包括的にどのような応答機構を備えているかという観点からの研究は皆無といえる状態だった.

また,浸透圧ストレス応答を研究する上で別の興味深い観点として,単細胞生物と異なり,哺乳類など多細胞生物では皮膚や消化管など外界に接する部分を除き,直接環境の浸透圧ストレスにさらされることはまずないと考えられる.しかし,すでに書いたとおり哺乳類細胞も単細胞生物の持つような浸透圧応答システムを一般的に備えている.このことは,多細胞生物の体内でも浸透圧応答が何らかの重要な働きを持つことを示唆しているが,実際に全身の浸透圧やイオンバランスの恒常性を担う腎臓においては尿の産生と濃縮のために積極的に臓器内に大きな浸透圧勾配を形成することや10),脾臓や胸腺など免疫系の臓器,および肝臓では他の部位に比べて数十mOsm程度高浸透圧になっているという報告がある11).つまり,多細胞生物は単に受動的な浸透圧ストレス応答だけではなく,単細胞生物とは異なる内在性の浸透圧変化を積極的に作り出し利用する特別な感知・応答のメカニズムを進化させている可能性も考えられる.

3. ストレス応答性キナーゼとしてのASKファミリー分子

1節で述べたように細胞は多岐にわたるストレスに対してMAPK経路をはじめさまざまな細胞内シグナル伝達システムを使って対応している1).MAPK経路はストレスにより活性化したMAP kinase kinase kinase(MAP3K)がMAP kinase kinase(MAP2K)をリン酸化により活性化し,MAP2KがMAPKをリン酸化により活性化するという逐次リン酸化反応(リン酸化カスケード)により情報伝達が行われる(図2A).MAPK経路の最上流に位置し,リン酸化カスケードのトリガーを引く約20種類のMAP3Kのうち,筆者の所属する研究室ではapoptosis signal-regulating kinase(ASK)ファミリーについて焦点を当て研究を行っている.ASKファミリー分子はヒトを含めた脊椎動物ではASK1(MAP3K5), ASK2(MAP3K6), ASK3(MAP3K15)の3遺伝子が同定されており,ショウジョウバエではDASK1,線虫ではNSY-1というそれぞれ一つのオルソログの存在が知られている12)図2B).ASKファミリー分子の共通の特徴として,MAPKのうちストレス応答性MAPKと呼ばれるc-Jun N-terminal kinase(JNK)およびp38 MAPK経路を活性化する一方で,増殖因子などで活性化するextracellular signal-regulated kinase(ERK)経路は活性化しないという性質がある12, 13)

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図2 ストレス応答性MAPK経路とASKファミリー

(A)さまざまなストレスに応答してMAP3Kが活性化することで,ストレス応答性MAPK経路が活性化する.(B)ヒトASKファミリー分子の構造と一次配列の相同性.ASKファミリーはキナーゼドメイン内にリン酸化活性に必須のリン酸化部位(Thr)を持ち,この部位のリン酸化依存的に活性が調節される.ショウジョウバエ,線虫にはそれぞれ唯一のASKオルソログが存在する.アミノ酸相同性に従った樹状図を記した.

脊椎動物のASKのうち,最初に同定されたASK1は,その名前が示すとおり,アポトーシス誘導に関与するキナーゼとして同定された14).その後,細胞の酸化還元制御に関わるチオレドキシンタンパク質との結合が見いだされたことを発端として,ASK1が細胞の酸化ストレス応答で主要な働きをするキナーゼであることが明らかにされた15).チオレドキシンとの相互作用を介したASK1活性化メカニズムは,酸化ストレスという化学的なストレスがキナーゼの活性化という細胞内シグナルに変換される具体的な分子メカニズムを解明した初めての例となった.これまでにASK1ノックアウト(KO)マウスの研究などから酸化ストレスが関与する神経変性疾患,循環器疾患,炎症性疾患などの病態にASK1が関与することが報告されている16).また,ASK1は酸化ストレスだけでなく,ERストレス17),βアドレナリン受容体刺激18)などさまざまなストレス・刺激によって活性化することが報告されており,多岐にわたるストレス応答に関与することが明らかになっている.

ASK2は,ASK1の結合分子探索から見いだされた19).ASK1とアミノ酸配列の相同性が高いキナーゼであることがわかり,ASK1と同様に酸化ストレス依存的にMAPKのうちJNKおよびp38 MAPK経路を活性化することが明らかになった.興味深いことに,細胞内においてASK2単独では非常にタンパク質の安定性が悪く,ASK1と複合体を形成して初めて機能的なキナーゼとして働くことが示唆されている.ASK2はASK1の活性化に必要なリン酸化部位をリン酸化できるが,逆にASK1からASK2に対するリン酸化による活性化はみられないなど,よく似たキナーゼでありながら互いに異なる影響を及ぼすことも報告されている19).マウスにおける2段階皮膚発がんモデルにおいてASK1 KOマウスとASK2 KOマウスで表現型が大きく異なることからも,それぞれ個別の機能を持つ分子であることが示唆されている20)

筆者らはASK3(MAP3K15)をゲノム情報のデータベース解析から,ASK1, ASK2と相同性の高い遺伝子として同定した.ASK3はヒト,マウスいずれにおいてもX染色体上にコードされている.ASK3もまたASK1, 2と同様にキナーゼドメインに存在するThr残基(ヒトの場合Thr808)(図2)のリン酸化がキナーゼ活性の発揮に必要であることがわかり,この部位に対するリン酸化特異的抗体(P-ASK抗体)21)によりストレス刺激依存的な活性変化をモニターできる13).ASK1が比較的広範な組織分布を示し,ASK2が皮膚や消化管など上皮組織に分布するのに対して,ASK3の組織分布は特に腎臓に強い発現が観察される特徴的なものだった13).組織免疫染色の結果から,ネフロンのうち糸球体には観察されず,尿細管上皮細胞での発現が認められた.腎臓は血液から尿を産生し,これを体外に排出する役割を担うが,単に老廃物の除去だけではなく,尿量やその成分の調節により,体内の水分量およびNa, K, Clなどの電解質の恒常性維持に関して要の臓器である.尿の産生および成分調節の詳細なメカニズムについてはここではふれないが,尿細管における水と電解質の再吸収のために,腎臓内では大きな浸透圧勾配が積極的に形成されている10).ヒトやマウスでは,血漿を含め一般的な組織の浸透圧は(腎臓の働きにより)約300 mOsmに維持されているが,腎臓の内部では皮質部分で約200 mOsmと低浸透圧状態にあり,尿の濃縮が進む髄質では1200 mOsmもの高浸透圧環境が存在する.ASK3が腎臓という体内の水と電解質の恒常性維持をつかさどり,かつその内部において大きな浸透圧ストレスがかかる臓器に特異的に発現するという知見から,筆者らはASK3と浸透圧ストレスの関係について解析を進めた.

4. 浸透圧ストレスに両方向性に応答するASK3

筆者らはASK3と浸透圧ストレスの関係を検討するにあたり,まずヒト腎臓由来の培養細胞であるHEK293A細胞の培地の浸透圧を上下に変化させてASK3のキナーゼ活性の変化を検討した13).活性の検出にはASKファミリー分子共通で保存されている活性に必須なリン酸化部位(図2)のリン酸化を定量した.その結果非常に興味深いことに,内在性のASK3は低浸透圧ストレスでリン酸化され活性化,逆に,高浸透圧ストレスでは脱リン酸化され不活性化するという両方向性の応答を示した(図3A).キナーゼ活性が両方向性に変化することは活性の指標としてのリン酸化だけではなく[γ-32P]ATPを用いたin vitroキナーゼアッセイでも確かめた.このように逆方向の浸透圧ストレスに対して,活性を逆転させるキナーゼの報告はこれまでになく,ASK3が特殊な浸透圧応答性を示すことが明らかになった.最も相同性の高いキナーゼであるASK1の浸透圧応答性を調べると,興味深いことにASK1は低浸透圧でも高浸透圧でも活性が上昇し,ASK3のような両方向性の応答機構を持たないことがわかった.さらに,ASK3の浸透圧応答性を詳細に検討したところ,ASK3は等浸透圧(約300 mOsm)を中心に±20 mOsmというわずかな浸透圧変化に対して応答し,±100 mOsm(200~400 mOsm)の間で浸透圧に応じて連続的に活性を変化させることが明らかになった.低浸透圧ストレスによる活性化,高浸透圧ストレスによる不活性化どちらとも1~2分という非常に迅速な応答を示し,浸透圧ストレスが続く場合,1時間程度は活性変化が持続した.一方で,低浸透圧から高浸透圧の刺激やその逆方向の浸透圧ストレスの逆転刺激に対しては,逆転後10分程度で後から処置した浸透圧に応じた活性を示すという高い可塑性も認められた.以上のようにASK3は浸透圧ストレスに対して,両方向性に,敏感に,迅速に,可塑性を持って活性変化する性質を持っており,生体が浸透圧を感知するデバイスしとして非常に優れた特性を持つシグナル伝達分子であることが明らかになった13)

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図3 ASK3の両方向性の浸透圧応答

(A)イムノブロットによるASK3の両方向の浸透圧応答の検出.高浸透圧ストレスでリン酸化が減弱し,低浸透圧ストレスでリン酸化が亢進する.(B)個々の細胞レベルのASK3活性変化のモデル.イムノブロットの結果だけでは,等浸透圧状態の1細胞レベルのASK3活性について2通りの可能性が考えられる.1細胞内でも段階的に活性変化する場合(上段)と,細胞集団内でASK3が活性化している細胞の数が段階的に変化する場合(下段)である.これらは細胞ごとのASK3活性についてヒストグラムを描くと区別できる.

ここまでのASK3の浸透圧応答性の検討は,主に活性に必要なリン酸を検出するイムノブロットによって行っていた.筆者はこの段階で得られたASK3の等浸透圧を中心とした連続的な両方向性の活性変化は必ずしも1細胞内でASK3が示す性質でない懸念があることに気づいた.つまり,イムノブロットでは104~105個程度の細胞の平均値を検出しておりASK3が活性化している細胞としていない細胞の割合が変化するだけで,見た目では連続的にASK3が活性変化したように観測されてしまう危険性がある(図3B).細胞集団を対象に解析する限りこの問題は常に存在するため,本当にASK3が1細胞レベルの浸透圧感知に適した両方向性を持つかについてはシングルセルでASK3活性を検出する必要性があった.そこで,筆者らは細胞免疫染色法とハイコンテントイメージアナライザーを利用して,シングルセルのASK3活性検出法の確立を行った.詳細はすでに他の著書22)にあるためそちらを参照していただければ幸いであるが,簡単に方法を記す(図4A).Flagタグを付加したASK3を恒常的に発現する細胞株(HEK293A)を作製し,浸透圧ストレスをかけた後固定し,抗Flag抗体および,ASK3の活性をモニターできる抗ASKリン酸化抗体(P-ASK抗体)の二重細胞染色を行った.個々の細胞についてP-ASK3/Flag-ASK3のシグナル強度比を算出することで,1細胞内のASK3のうちどの程度のものが活性化状態にあったか検出できる.細胞免疫染色画像の取得とシグナル強度の計算をマニュアルでやると非常に時間がかかるが,ハイコンテントイメージアナライザーを用いた自動化により102~103個の細胞のデータを数分で得られるシステムを構築した22).この方法によって,個々の細胞のASK3活性を検出したところ,まずP-ASKシグナルは非常に高い線形性でFlagシグナルと比例関係にあることが明らかになった(図4B).したがって,P-ASK3/Flagという値はFlag-ASK3の発現量がある程度異なる細胞間でも一定の安定した値になることが確かめられた.ASK3の最大活性が得られる200 mOsmの低浸透圧刺激や,逆にほぼ完全に不活性化する500 mOsmの高浸透圧刺激においては,予想どおりあらゆる細胞がそれぞれ安定して高い,または低いP-ASK/Flagシグナルを示していた(図4C).そもそもの懸念事項としては,イムノブロットなどで等浸透圧状態のときに中程度に観察されるASK3活性が実はP-ASK/Flagシグナルが高い細胞と低い細胞の混在により現れるのではないかというもの(図3B)であったが,構築した方法で解析すると,等浸透圧状態の個々の細胞のP-ASK/Flagのヒストグラムは見事に低浸透圧下と高浸透圧下の中間にピークを持ち,細胞間のばらつきは少なかった(図4C).以上のことから,ASK3という浸透圧応答分子は1細胞内においても浸透圧ストレスに感度よく両方向性に応答することが明らかになり,細胞の浸透圧ストレス応答システムにおいて細胞体積など両方向性に変化する要素の制御に重要な役割を果たすことが予想された.同時にこのことは,これまで低浸透圧ストレス応答と高浸透圧ストレス応答に分けて解析されていた細胞の浸透圧応答機構が共通の分子を使って包括的に制御される可能性について具体的な分子を提示した初めての例と考えられる13)

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図4 1細胞におけるASK3活性検出系

(A)細胞免疫染色による1細胞レベルのASK3活性測定法.リン酸化ASK3のシグナル(P-ASK3)をASK3発現量のシグナル(Flag)で規格化することで個々の細胞のASK3活性程度が測定できる.(B)細胞ごとのP-ASK3とFlagのシグナル強度の散布図.直線は各浸透圧条件に分けて引いた回帰直線.浸透圧条件で傾きの異なる回帰直線が得られる.(C)個々の細胞のASK3活性のヒストグラム.実測値として図3B上のモデルを支持する結果となった.

5. WNK–SPAK/OSR1経路とASK3の関わり

筆者らはASK3が他のASKファミリー分子と同様にMAPK経路のうちJNKおよびp38 MAPK経路を活性化することを明らかにし13),HEK293A細胞では低浸透圧依存的なp38 MAPKの活性化はASK3が主要な部分を担っていることを報告している23).しかし,低・高浸透圧ストレスによるJNKやp38の活性変化はASK3のように両方向性の変化ではなく,どちらの浸透圧ストレスでも活性化することが筆者自身を含めて多くの報告で確認されている2, 24, 25).これは,いわばASK3の浸透圧ストレスに対する特徴的な両方向性の活性変化の情報はMAPK経路をアウトプットとして考えると失われていることを意味しており,筆者らはASK3の制御するシステムとしてMAPK経路以外の対象がないか探すことにした.

ASK3が関与するシグナル伝達経路を探索する目的で,ヒト腎臓のcDNAライブラリーを対象に酵母ツーハイブリッド法によるASK3結合分子探索を行った.その結果,with no lysine(K)(WNK)キナーゼファミリー26)に含まれるWNK1およびWNK4を同定した13, 23).WNKキナーゼファミリーは,名前にもあるとおり他のキナーゼにおいて保存されているキナーゼドメイン内のサブドメインIIにおいてATP結合に必須のリシン残基が保存されておらず,サブドメインIのリシン残基がその部位の代わりに働くという特殊な構造をしたSer/Thrキナーゼである27).WNK1およびWNK4はやはりSer/ThrキナーゼであるSTE20/SPS1-related proline/alanine-rich kinase(SPAK)およびoxidative stress-responsive kinase 1(OSR1)をリン酸化により活性化し,さらにこれら相同性の高いSPAKおよびOSR1はリン酸化により細胞膜に存在しイオン流入にあずかるイオントランスポーターNa–Cl cotransporter(NCC),Na–K–2Cl cotransporter(NKCC)を正に,逆にイオン排出にあずかるK–Cl cotransporter(KCC)を負に制御することが報告されている28)図5).これらのことはちょうど筆者らがASK3結合分子としてWNKキナーゼを見いだしたころに報告され始め,さらに興味深いことにWNK自身が浸透圧ストレスにより活性化すること26),そして浸透圧ストレス時の細胞体積調節に関与することも明らかになりつつあった29).そこで,筆者らは浸透圧ストレス応答におけるASK3とWNK–SPAK/OSR1経路の関係について解析を進めた.

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図5 ASK3–WNK1–SPAK/OSR1経路の生理的役割

(A)浸透圧ストレスと細胞体積変化のモデル.低・高浸透圧ストレスに対して両方向性に活性変化するASK3の制御によりWNK1–SPAK/OSR1経路を介したイオントランスポーターのリン酸化状態が両方向性に変化する.これにより,低浸透圧による細胞膨張からの回復(RVD)も,高浸透圧による細胞収縮からの回復(RVI)も共通のシグナル伝達経路での制御が可能になると考えられる.(B)腎臓におけるNCCを介したNaCl再吸収とASK3の関係.WNK–SPAK/OSR1経路は腎臓でNCCなどを制御して,原尿からのNaCl再吸収に関与する.WNK1の遺伝子変異による過剰活性化で,NaClの過剰取り込みを原因とする遺伝性高血圧症が知られている.ASK3 KOマウスの腎臓でもWNK1–SPAK/OSR1経路の過剰活性化が起こり,同様のメカニズムで高血圧症状を呈すると考えられる.

まず,哺乳類細胞内でASK3がWNKと相互作用するか確かめた.WNKキナーゼファミリーはWNK1からWNK4まで4遺伝子から構成されるが,HEK293A細胞に過剰発現させるとASK3はすべてのWNKと結合することが確かめられた13).このうち,最初に内在性分子どうしでASK3との結合が確認できたWNK1について解析を進めた.どちらのキナーゼも浸透圧ストレスに応答し活性変化することから,ASK3, WNK1それぞれをsiRNAによりノックダウンして互いの浸透圧依存的な活性変化に与える影響を検討した.WNK1のノックダウンではASK3の両方向性の浸透圧応答に影響は観察されなかったのに対して,ASK3をノックダウンするとWNK1の活性の上昇が観察された.この結果から,ASK3がWNK1の活性を抑制することを想定した.HEK293A細胞に対して低・等・高浸透圧刺激を処置し,WNK1の直接のリン酸化基質として知られるSPAKおよびOSR1のリン酸化28)を検出すると,低浸透圧ではリン酸化はほとんど観察されず,高浸透圧で強くリン酸化されることが明らかになった.ASK3の活性が低浸透圧で高く,逆に高浸透圧で低いという相対関係にあることを考慮すると,ASK3はリン酸化活性依存的にWNK1–SPAK/OSR1経路を抑制していることが示唆された(図5A).この仮説の検証のため,HeLa細胞にASK3の野生型(WT)と,ATP結合部位に変異を入れリン酸化活性を失わせたK681M変異体を過剰発現させ,OSR1のリン酸化を検出すると,予想どおりASK3 WTの発現ではOSR1のリン酸化が抑制されたのに対して,ASK3 K681M変異体ではほとんど抑制がみられなかった.逆に,siRNAによりASK3をノックダウンすると,通常ではOSR1のリン酸化が低く保たれている低浸透圧において,OSR1の高いリン酸化が検出されるようになった.一方で,ASK3が不活性化する高浸透圧刺激においては,もともとのOSR1の高いリン酸化に対してASK3ノックダウンの影響はほぼ観察されず,ASK3がOSR1のリン酸化に強く影響を与えるのは,ASK3が活性化する低浸透圧状況であることも明らかになった.HeLa細胞においてWNK1をノックダウンすると,高浸透圧ストレス依存的なOSR1のリン酸化は大きく低下する.ASK3ノックダウンにより低浸透圧ストレス時に観察されるOSR1のリン酸化亢進が同様にWNK1を介しているか調べるため,ASK3とWNK1の二重ノックダウンを行った.その結果,ASK3ノックダウンで上昇した低浸透圧状況下のOSR1のリン酸化は,重ねてWNK1もノックダウンすることによりほぼすべて失われた.以上のことから,ASK3は低浸透圧ストレス下でWNK1の活性を抑制することで,SPAK/OSR1のリン酸化を低く抑えていることが示唆された.WNK1によるSPAK/OSR1のリン酸化部位は,SPAK/OSR1がキナーゼとして働く際に必須のリン酸化部位である30).通常状態ではWNK–SPAK/OSR1経路によるリン酸化シグナル伝達は低浸透圧では不活性化し,高浸透圧では活性化するという浸透圧ストレスに対する非対称性がASK3の両方向性の活性変化により達成されているが(図5A),ASK3を欠損させるとこの非対称性が失われ,高浸透圧でも低浸透圧でもWNK–SPAK/OSR1経路が活性を持つことが筆者らの研究により明らかになった13)

6. ASK3の生理的役割

1)浸透圧ストレス時の細胞体積調節

ASK3により抑制されるWNK–SPAK/OSR1経路によるリン酸化シグナル伝達の制御を受ける分子として,上述したNCC, NKCC, KCCという一連のイオントランスポーター群が明らかになっている28, 31)図5).これらのトランスポーターの中にはイオンの流出入を制御することで細胞体積調節にあずかるものも知られており,浸透圧ストレス応答との関連が深い2, 31).哺乳類では,NCCはSLC12A3の1遺伝子のみにコードされ,腎臓の遠位尿細管でNa, Clの再吸収に働く.NKCCはSLC12A1(NKCC1)とSLC12A2(NKCC2)の2遺伝子があり,Na, K, Clを取り込む方向に働くのに対して,KCCはSLC12A47(KCC1~4)の4遺伝子があり,KとClを細胞外に排出する方向に働く.興味深いことに,NCC, NKCCのみならず,KCCも含めてこれらのイオントランスポーターは類似したトポロジーを示し,N末端,C末端をともに細胞内に向けた12回膜貫通タンパク質として細胞膜に発現する31).SPAK/OSR1はこれらのトランスポーターに共通して存在する配列に結合し,NCC, NKCCのN末端,およびKCCのC末端をリン酸化し,NCC, NKCCについてはイオン輸送活性を促進し,KCCについては逆に活性を抑制することが報告されている32).NKCC活性化はイオンの取り込みに付随する水の流入により,高浸透圧で収縮した細胞体積の回復(regulatory volume increase:RVI)に関与することが知られており,逆にKCCの活性化はイオンの排出に伴う水の放出を介して低浸透圧で膨張した細胞体積の回復(regulatory volume decrease:RVD)に関与する2)図5A).これらのイオントランスポーターがWNK–SPAK/OSR1経路を介したリン酸化で制御を受けることを考えると,ASK3の両方向性の活性変化がWNK–SPAK/OSR1経路に与える影響は体積回復応答に非常に適した方向性であることがわかる.つまり,低浸透圧ストレス下では浸透圧により細胞が膨張するが,ASK3が活性化し,WNK–SPAK/OSR1経路が抑制され,イオントランスポーターのリン酸化が低下し,KCCが活性化,NKCCが不活性化してイオンと水が排出される方向に傾き,膨張した細胞体積が回復する.逆に,高浸透圧ストレス下では細胞は収縮するが,ASK3が不活性化し,WNK–SPAK/OSR1経路が活性化し,イオントランスポーターのリン酸化が亢進することで,NKCCが活性化,KCCが不活性化され,イオンと水が細胞内に流入して収縮した細胞体積が回復する(図5A).このように,ASK3に特徴的な浸透圧ストレスに対する両方向性の活性変化が,方向の異なる体積回復応答の両方を制御するモデルが想定された.そこで筆者らは,まず低浸透圧ストレスに対する細胞体積回復にASK3が関与するか検討を行った.

GFPを恒常的に発現するHeLa細胞に対して非常に強い低浸透圧刺激(20 mOsm)を与えると15分程度の間に細胞が破裂して内部のGPFシグナルが消失する.細胞体積回復応答が阻害された場合,低浸透圧ストレスに脆弱になり破裂する細胞が増加すると考え,GFPシグナルの数を顕微鏡で経時的にカウントして細胞の生存率をモニターした.コントロール細胞では20 mOsmの低浸透圧状態でも約6割の細胞が15分後も破裂せずに残っていたが,siRNAによりASK3をノックダウンすると15分後には約4割程度の細胞しか生存しなかった.また,細胞体積についてカルセインを用いた蛍光クエンチング法33)により計測すると,120 mOsmという比較的弱い低浸透圧ストレスで観察される細胞体積膨張からの回復が,ASK3のノックダウンにより抑制されることも観察されており,ASK3が低浸透圧ストレス時の細胞体積回復(RVD)に関与することが示唆された.逆方向の高浸透圧ストレスによる体積収縮からの回復に関しても,あるASK3制御分子のノックダウンによりASK3が高浸透圧でも不活性化しない状況にすると,こちらの体積回復(RVI)も抑制される結果を得ており,ASK3が浸透圧ストレスに対して両方向に活性を変化させることが,低・高浸透圧それぞれで起こる細胞体積変化からの回復に重要な役割を果たすことが明らかになった(図5A).

2)ASK3–WNK–SPAK/OSR1経路による血圧調節

WNK1の生理的機能については,神経細胞の興奮性制御34),細胞分裂の制御35),T細胞の遊走36)など,細胞体積調節29)以外にも近年相次いで報告されているが,最初にWNK1が病態生理学的に注目を浴びるきっかけになった知見は,ヒトの遺伝性高血圧症の一つである偽性低アルドステロン症2型(pseudohypoaldosteronism type II:PHA II,またはGordon’s syndromeとも呼ばれる)の家系においてWNK1の変異が見つかったことである37)WNK1に見つかった変異は翻訳領域ではなく,イントロン1における欠失で,結果としてWNK1遺伝子発現が4~5倍程度に増加するというものであった.これと同じ報告において,PHA IIを発症する別の家系でWNK4も同様に原因遺伝子であることが見いだされ,WNKキナーゼファミリーと血圧制御の関係が一気に注目を浴びた37).この2001年の時点ではWNK4に見つかったアミノ酸点変異が機能的にどのような意味を持つか不明であり,その後しばらくの間は発症メカニズムについてさまざまな仮説が混在する時期があった.10年以上を経てPHA IIのさらに別の家系において新たな原因遺伝子としてKelch-like 3KLHL3)とCullin 3Cul3)というユビキチンE3リガーゼの構成因子が同定されるに至り38),さらに,このE3リガーゼ複合体がWNK1, WNK4をユビキチン化の基質として分解に導くことが明らかにされ39, 40),長年の謎を解く鍵がそろった.結局,WNK4, KLHL3それぞれに見つかったPHA II発症の原因となるアミノ酸点変異は,どちらもWNK4がKLHL3–Cul3複合体により認識されユビキチン化されるステップを阻害しており,結論としてWNK4タンパク質の蓄積が高血圧症の発症につながるというモデルが提唱されている41, 42).現在では,ヒトで見つかったPHA II変異に対応する遺伝子改変モデルマウスが複数作製されており,それらの表現型の結果と43–45),WNKキナーゼの活性阻害剤が血圧を低下させるという最近の知見46)も合わせて,PHA II発症メカニズムは,主にWNKタンパク質の腎臓における発現上昇によるWNK–SPAK/OSR1経路の活性化が起こり,その結果活性化したNCCによるNaClの過剰な取り込みであると考えられている28)図5B).このことは,PHA II患者に対する治療として食塩摂取制限や,NCCの阻害剤であるチアジド系利尿薬が著効するという古くから臨床的に知られる特徴とも一致している42)

このような腎臓でのWNK–SPAK/OSR1経路を取り巻くシステムの血圧制御機構への関与が明らかになる中で,筆者らは腎臓に多く発現するASK3をこの経路の抑制分子として同定したことから,ASK3を欠損した場合PHA IIに類似した表現型がみられるのではないかと予想し,ASK3のエクソン1をターゲットとして全身性のASK3ノックアウト(KO)マウスを作製し検討を行った13).ASK3 KOマウスはホモ接合体もメンデル則に従って生まれ,通常飼育においては目立った外見上の異常は観察されなかった.しかし,SPAK/OSR1の活性をモニターできるP-SPAK/OSR1抗体で腎臓の組織免疫染色を行った結果,ASK3 KOマウスではWTに比べSPAK/OSR1のリン酸化レベルが高い尿細管が多く観察された.また,腎臓サンプルのイムノブロットの結果からNCCもまたASK3 KOマウスにおいてリン酸化レベルが高くなっており,活性が上昇していることが示唆された13).これらの結果は,in vivoのマウスの腎臓でも予想どおりASK3がWNK–SPAK/OSR1経路の抑制分子として働くことを示唆しており,ASK3 KOマウスではPHA IIの病態と同様の状況になっていることが考えられた(図5B).実際にASK3 KOマウスの血圧を測定したところ,14週齢の若いマウスではWTとASK3 KOマウスの間で血圧に差はなかったが,30週齢まで継続的に測定すると,週齢が進むにつれてASK3 KOマウスの血圧が上昇し有意に高くなることがわかった.また,通常飼育では血圧に差のない13週齢のマウスでも食餌に含まれるNaClを通常の0.4%から4%に上げて高食塩食負荷を行うと,WTでは食塩負荷後も大きな血圧の変化がみられないのに対して,ASK3 KOマウスでは有意な血圧上昇が観察された13).高食塩負荷に対する脆弱性の結果は,PHA IIの場合と同様にASK3 KOマウスが腎臓のNaCl取り込みの調節不全で血圧異常を呈することを示唆している.これらのASK3 KOマウスで観察された高血圧症傾向はPHA II変異を模した他のモデルマウス43, 44)に比べると程度が弱く,PHA IIに特徴的である高カリウム血症を伴ったものではなかったが,ASK3がリン酸化活性を持つときにだけWNK1–SPAK/OSR1経路の抑制分子として働くことを考慮すると表現型が弱くなることも妥当であると考えられた.いずれにしても,ASK3 KOマウスで高血圧症と腎臓でのWNK–SPAK/OSR1経路の活性化が観察されたことから,ASK3はWNK–SPAK/OSR1経路を介して細胞体積調節の他にも腎臓におけるNaCl取り込みを制御し,全身血圧の調節に働いていることが示唆された.

7. 浸透圧ストレスを細胞内シグナルに変換する分子機構の探索(ASK3リン酸化を指標としたゲノムワイドsiRNAスクリーニング)

ここまで,ASK3が制御するシグナル伝達経路と生理的役割について述べたが,筆者らは浸透圧ストレスがどのような分子メカニズムでASK3の特徴的な両方向性の活性変化(リン酸化変化)を引き起こすのかという課題についても取り組んでいる.細胞から精製したASK3はin vitroの状態で周囲の溶液の浸透圧を変化させてもリン酸化活性は変化しないという知見を得ており,ASK3分子自体が環境の浸透圧を感知しているわけではないことは明らかになっている13).このことから,細胞が持つ何らかの因子,特に他のタンパク質との関連によりASK3の活性が制御されていると予想した.筆者らは先に述べたとおり,細胞免疫染色方とハイコンテントイメージアナライザーを利用して,ASK3のリン酸化程度をハイスループットに定量化する方法を確立していたことから(図4),この活性検出系と,ゲノムワイドsiRNAライブラリーを組み合わせてloss-of-functionスクリーニングを行い浸透圧依存的なASK3活性変化に関与する遺伝子の網羅的探索を試みた(図6).詳しい方法は筆者らによる以前の著書22, 47)を参考願いたいが,簡単には,(1)384ウェルに各遺伝子のsiRNAを配置し,その上から細胞を播種し個別の遺伝子についてノックダウンを行う,(2)低または高浸透圧刺激後に細胞を固定,免疫染色を行う,(3)リン酸化ASK3シグナルをイメージアナライザーにより測定して,各siRNAの影響を数値化するという手順である.siRNAの影響はそのウェル中にある102~103個の細胞のASK3活性の平均値で評価した(図6).1次スクリーニングでは,約18,000種に及ぶ遺伝子のノックダウンを行い,低浸透圧でリン酸化が減弱するもの,高浸透圧での脱リン酸化が減弱するものそれぞれ数百遺伝子まで絞り込んだ.このスクリーニングでは原理的に浸透圧ストレスの感知からASK3のリン酸化変化に至る過程に存在するすべての遺伝子が抽出されることになるが,RNAiを用いたノックダウンにはオフターゲット効果がつきものであり,候補遺伝子の信頼性を確かめるため2次スクリーニングにおいて個々の遺伝子に対して複数配列のsiRNAを用いて検証を行い,信頼性の高い数十の候補遺伝子を抽出した.現在,これらの候補遺伝子の解析を進めており,実際に細胞体積調節のところでふれた高浸透圧ストレスにおいてASK3の活性調節を介してRVIに関与する遺伝子をはじめ,WNK1–SPAK/OSR1経路の活性に影響を与える遺伝子を見つけている.今後は,得られた候補遺伝子群がどのようなネットワークで互いに関与するかについて検討し,最初に浸透圧を感知してシグナル伝達のトリガーを引く浸透圧センサー分子の同定なども目指したいと考えている.

Journal of Japanese Biochemical Society 89(2): 230-240 (2017)

図6 ASK3リン酸化を指標としたゲノムワイドsiRNAスクリーニング

ゲノムワイドsiRNAライブラリーを処置し,浸透圧ストレスを負荷した細胞から図4Aと同様の方法によりASK3活性を測定し,浸透圧依存的なASK3リン酸化変化に関与する遺伝子群を網羅的に探索した.1次スクリーニングでは約18,000遺伝子を対象に,1遺伝子に対して4種類の配列を混合したPooled siRNAを用いて,1ウェル/遺伝子で解析した.数百遺伝子まで候補を絞り,2次スクリーニングでは1遺伝子に対して2~4種類の配列を別々のウェルに配置して(Individual siRNA)候補遺伝子の妥当性を確認し,候補として数十遺伝子まで絞り込んだ.

8. おわりに

浸透圧ストレス応答は生物にとって必須の要素である水の制御と深く関わることから古くから解析されており,本稿で紹介したもの以外にもさまざまなシグナル伝達経路が関与することが明らかにされているが2, 9),特に哺乳類細胞における浸透圧ストレス応答を担うシグナル伝達分子についてはセンサー分子を含めていまだ不明な部分が多く残されている.本稿で紹介したASK3は浸透圧応答に適した活性変化を示すことは明らかになったが,まだ解析は始まったばかりで,最後の節でふれた浸透圧による活性変化の分子メカニズムや,WNK1–SPAK/OSR1経路の制御を担う具体的なリン酸化基質の解明,他のWNKファミリー分子に対する影響,WNK–SPAK/OSR1経路以外の浸透圧シグナル伝達経路との関連など解析すべき課題は多い.最近,魚類であるイトヨの淡水/海水馴化においてASK3の発現が大きく変化することや48),マウス海馬のCA2野に特異的にASK3が発現する49, 50)などの報告がなされており,今後さらなるASK3の生理的役割を解析する上で興味深い知見と考えられる.

近年,浸透圧ストレス応答に関与する分子がさまざまな病態に関与することが相次いで報告されている.本稿でもふれたWNK1は血圧制御以外に神経細胞の興奮性制御を介して神経性疼痛に関与したり34),T細胞の遊走を制御して炎症応答にも関わることが報告されている36).他にも,高浸透圧により活性化する転写因子nuclear factor of activated T-cell 5(NFAT5)は,免疫細胞の増殖11)および分化を制御して,高食塩食により増悪する自己免疫疾患の症状に関与する51).また,低浸透圧時の細胞体積回復を担うvolume-regulated anion channel(VRAC)の実体として報告されたleucine rich repeat containing 8 family member A(LRRC8A)には,B細胞不全の結果,γグロブリン欠損症となる遺伝子変異が報告されている52–54).外部の浸透圧変化とは一見無関係に思える病態にこれらの分子が関与することは,ヒトなど多細胞生物では内在性の浸透圧変化が積極的に生理的な情報として使われている可能性を考えさせる.今後,低浸透圧から高浸透圧にわたる両方向の浸透圧ストレス応答を担うASK3の解析,および他の浸透圧応答性分子の解析を通じて,生体の浸透圧ストレス応答機構の包括的解明と,それが関与する病態の理解が進展することを期待している.

謝辞Acknowledgments

本研究は東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室(一條秀憲教授)において行われたものである.一條教授および本研究をともに遂行した研究室のメンバーに深く感謝致します.また,本研究で用いたWNKのcDNAコンストラクトなどをご供与いただいた東京医科歯科大学医歯学総合研究科腎臓内科学分野の内田信一教授,ならびにゲノムワイドsiRNAスクリーニングの技術的サポートをいただいた東京大学創薬機構の岡部隆義特任教授に心から感謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

名黒 功(なぐろ いさお)

東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室准教授.博士(薬学).

略歴

1978年鳥取県に生る.2000年東京大学薬部卒業.05年同大学院薬学系研究科博士課程修了.同年東京大学大学院薬学系研究科助教.13年より同講師.16年より現職.

研究テーマと抱負

物理化学的ストレスに対する生体のシグナル伝達機構の解明.得られた実験データの後ろに存在する原子から1細胞,個体までの世界をイメージして,それらの間をつなぐ研究を行う.

ウェブサイト

http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~toxicol/index.html

趣味

テニス.散歩しながら美味しいものを探す.

本総説は2016年度奨励賞を受賞した.

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