生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 89(2): 241-243 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890241

みにれびゅうMini Review

“ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)”は炎症があるとニューロンではなくグリア細胞で産生されるProduction of the neuron-specific enolase in astrocytes, but not in neurons, under the neuronal inflammation

群馬大学大学院医学系研究科・脳神経再生医学分野Department of Neurophysiology & Neural Repair, Gunma University Graduate School of Medicine ◇ 〒371–8511 群馬県前橋市昭和町3–39–22 ◇ 3–39–22 Maebashi, Gunma 371–8511, Japan

発行日:2017年4月25日Published: April 25, 2017
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1. はじめに

エノラーゼは2-ホスホグリセリン酸とホスホエノールピルビン酸の間を触媒する解糖系酵素で,今から80年以上前の1934年にLohmannとMeyerhofにより発見された1).α, β, γの三つのサブユニットからなる二量体で,αα, ββ, γγ, αβ, αγの五つのアイソザイムがある.1970年代後半にはγサブユニットがニューロン特異的に発現していることが報告され2),それ以来γサブユニットを含むエノラーゼ(γγおよびαγ)はニューロン特異的エノラーゼ(neuron-specific enolase:NSE)と呼ばれている.ニューロンが損傷を受けるとNSEが髄液,血液中に流出するため,髄液および血液中のNSEレベルは神経損傷のマーカーとして利用されている3, 4).“ニューロン特異的”という名前がつけられたため,脳内においてNSEはニューロンでしか産生されないと当然のように考えられてきた.しかし,注意して過去の文献を調べるとグリア細胞由来の腫瘍細胞や反応性アストロサイトでもNSEが産生されており5, 6),神経細胞だけにNSEが存在するという「常識」と矛盾する報告もなされている.

2. NSEプロモーター

γサブユニットがニューロンでしか発現しないのは,γサブユニットの転写を駆動するプロモーター(NSEプロモーター)がニューロン特異的に働くからと考えられる.1990年にNSE遺伝子(γサブユニット)上流1.8 kbのプロモーター領域の制御下でLacZを発現するトランスジェニックマウスが作製された7).このマウスは中枢神経系のニューロン全般でβ-ガラクトシダーゼ活性を示したことから,NSE遺伝子上流1.8 kbにニューロン特異的発現をコントロールするシス作用領域が存在すると考えられた.その後,NSEプロモーターを用いてニューロン特異的に任意の遺伝子を発現するトランスジェニックマウスが数多く作られている.

3. ニューロン特異的プロモーターなのにアストロサイトで発現

NSEプロモーターの制御下で遺伝子を発現するレンチウイルス,あるいはAAVベクターをマウスの中枢神経系へ投与することで,ニューロン特異的遺伝子発現が誘導できると考えられる.そこで我々はラットゲノム由来1.8 kbのNSEプロモーター制御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するAAVベクターを作製してマウス小脳に注入し,1週間後に小脳切片を作製して観察した(図1A8).小脳皮質で最も特徴的なニューロンは,大きな細胞体と発達した樹状突起を持つプルキンエ細胞であるが,1列に並ぶプルキンエ細胞の細胞体が抜けているのがまず目についた(図1B図1Cの矢印がプルキンエ細胞の細胞体で,図1Bではその部分のシグナルが抜けている).次に分子層を観察するとプルキンエ細胞の樹状突起にもGFP発現がみられなかった.これに対し,プルキンエ細胞層から分子層に伸びるバーグマングリアの突起がGFPでラベルされていた(図1B矢印).すなわち本来NSEプロモーターが働くはずのニューロン(プルキンエ細胞)にGFPが発現せず,働かないはずのグリア細胞(バーグマングリアやアストロサイト)でGFPが発現していたのである.小脳切片を広く観察すると,ニューロンとグリア細胞でGFP発現が逆転している領域は,ウイルスベクター注入のために刺入したハミルトンシリンジのニードルトラック(針跡)がある第6小葉を中心としており(図1A-1),切片の周辺部ではプルキンエ細胞を含むニューロンのみに発現していた(図1A-2).

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図1 NSEプロモーターによってニューロンではなく,グリア細胞(バーグマングリア)への遺伝子発現が観察された

(A)NSEプロモーター制御下でGFPを発現するAAVベクターをマウス小脳へ投与した.(B)1週間後に小脳を観察したところ,第6小葉[(A)-1で示す領域]を中心にバーグマングリアへのGFP発現がみられた.矢印はバーグマングリアの突起を示す.一方,小脳皮質の代表的ニューロンであるプルキンエ細胞にはGFPの発現がみられなかった.(C)第6小葉から離れた第9小葉[(A)-2で示す領域]では,バーグマングリアへのGFP発現はなく,プルキンエ細胞(矢印)を含むニューロン特異的なGFP発現が観察された(文献8のFig. 1を改変).

4. 以前の実験ではニューロンだけに発現していた!

論文の筆頭著者である大学院生のS君がこの実験を行う前に,研究室に1か月間配属された医学部の学生が同じ実験を行っていた.そのときにはNSEプロモーターはニューロンだけで働き,従来から報告されているとおりの結果が得られていた.ところがS君が行うとまったく逆の結果,すなわち,ニューロンではなくアストロサイトでNSEプロモーターが働くという結果が得られたのである.当初,S君がウイルス液を取り違えるなど,何か間違ったことをしたのではないかと考えたが,実験のプロセスを注意深く検討すると,配属学生と比べてS君のインジェクションがやや雑であったこと,ウイルスを注射してから小脳を観察するまでの期間が短いことしか違いが見当たらなかった.

5. 炎症部位でNSEプロモーター活性が変化する

針跡周辺でNSEプロモーター活性がニューロンからアストロサイトへスイッチしていたことから,組織損傷によって引き起こされる炎症がその原因ではないかと考えた.そこでミクログリアの分布を調べたところ,針跡周辺のニューロン/グリア発現逆転領域に一致して有意に高密度であることがわかった.さらにAAVベクターにリポ多糖(LPS)を混ぜて投与し,炎症を強めるとミクログリアの集積領域が拡大し,同時にグリア細胞優位なGFP発現領域も顕著に拡大した.ハミルトンシリンジ刺入による炎症は3週後にはほぼ消失し,GFPはニューロンのみに発現していた.このことから炎症によるニューロンからグリア細胞へのNSEプロモーター活性のスイッチは可逆的であり,炎症消退により本来の「ニューロン特異的に活性を持つ状態」に戻ることが明らかになった(図2).内在性のNSEタンパク質発現も炎症時にはニューロンからグリア細胞へと変化しているのかを,AAVベクター注入後1週間と3週間の小脳を市販の抗NSE抗体を用いて免疫染色して検討した.その結果,NSEプロモーター制御下で発現させたGFPと同じ発現様式,時間経過でNSEタンパク質の局在が変化することがわかった.すなわち炎症により,マウスゲノムのNSEプロモーター領域も,ウイルスベクターで導入した1.8 kbのラットNSEプロモーターと同様の制御を受けていることが明らかになった.

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図2 炎症による可逆的なNSEプロモーターの活性変化

正常状態(炎症なし)では神経細胞特異的にプロモーターがONになっている.炎症時には神経細胞でOFFになり,グリア細胞でONとなる.炎症が治まると再び神経細胞だけでONとなる.

我々はAAVベクターをマウスの脳に投与した場合,通常2週間後に観察するが,配属学生は投与2週間後に試験があったため観察が3週間後にずれ込んだ.これに対しS君は学位論文提出が間近に迫っていて早くデータが必要であったため,注射1週間後に観察していた.加えてS君は多くのマウスに一度にウイルス注入を行ったため,注入手技がやや荒くなった結果,組織損傷が大きくなり,炎症も強まったと考えられた.このように両者が抱える実験の背景の違いによって,大きく異なる結果,すなわちネガ(グリア)とポジ(ニューロン)が反転したようなGFP発現パターンが観察されたと考えられた.

6. NSEがアストロサイトで発現する病態生理学的意義

炎症部位で活性化したグリア細胞は,大幅に必要になったエネルギーを補うために細胞内に蓄えているグリコーゲンを分解する9)[この過程で解糖系酵素であるNSE(γサブユニット)も産生するようになる].このとき産生された多量の乳酸は,バーグマングリアーニューロンシャトルにより,プルキンエ細胞へと送られる.プルキンエ細胞へ送られた乳酸は,乳酸の受容体であるhydroxycarboxylic acid receptor 1(HCA1)を介して解糖系を抑制する.これが炎症時にプルキンエ細胞においてNSE産生が抑制される理由かもしれない.

ボクサーは試合後6時間で血中NSEがピークとなり,その後2か月間にわたって血中NSEレベルが高値となっていることが報告されている10).血中NSEの半減期は約24時間であることを考えると,持続的に脳組織からNSEが血中に遊離していると考えられる.試合後6時間でピークになる血中NSEは損傷したニューロンからの遊離によると推測される.もし,いかなる場合もNSEはニューロンのみにしか存在しないならば,2か月にわたってニューロンからのNSEの遊離が持続していると考えられる.しかし今回の研究から,試合後の脳の炎症とそれによるグリア細胞の増殖により,グリア細胞内で作られたNSEが血中に遊離してきた可能性が考えられる.実際,髄液中NSEレベルは,頭部外傷後2か月にわたってグリア細胞特異的タンパク質であるGFAPのレベルと同様の増減を示すことが知られている3).ニューロン損傷が持続してNSEがニューロンから流出し続けているか,あるいはそれは治まり,その後に増殖するグリア細胞から遊離しているかは,病態を考える上で大きな違いがある.

7. NSEは解糖系酵素なのか?

炎症時にはアストロサイトが活性化しNSEが産生される.普段は細胞質にあるエノラーゼは炎症時には細胞表面に移動し,細胞外基質の分解,炎症促進性サイトカイン(TNF-α)やケモカイン(MCP-1)の産生,炎症細胞の浸潤などを引き起こすことが報告されている11).細胞表面のエノラーゼはマトリックスメタロプロテアーゼなどのタンパク質分解酵素を活性化し細胞表面のタンパク質を分解する.また細胞表面に移動したエノラーゼはプラスミノーゲンと結合し,局所におけるプラスミンの産生を増加させて,ミクログリアなどの炎症細胞の遊走を容易にする.このように組織損傷時にバーグマングリアやアストロサイトで産生されるNSEは,解糖系酵素として以外の役割も果たしていると推測される.血中NSEは肺小細胞がんをはじめ,さまざまな疾患で上昇することが報告されている.がん,梗塞,外傷などの組織損傷時にはさまざまな細胞反応が起こっているが,今回の結果から,これらの病態におけるNSE産生にも炎症や虚血が関与し,局所の病態制御にNSEが重要な役割を果たしている可能性が示唆される.今後,解糖系を超えたNSEの役割について,さらに研究を進めたく思っている.

著者紹介Author Profile

平井 宏和(ひらい ひろかず)

群馬大学大学院医学系研究科脳神経再生医学分野教授.博士(医学).

略歴

1989年神戸大学医学部卒,放射線科研修医,博士号取得後,マックスプランク脳研究所留学.96~2001年理化学研究所,02年米国セントジュード小児研究病院,04年金沢大学助教授を経て,06年より現職.

研究テーマと抱負

遺伝子治療,小脳変性疾患の病態解明と治療法開発.少しでも医学・生命科学研究を前進させて,治療法がない難病の患者に貢献したい.

ウェブサイト

http://synapse.dept.med.gunma-u.ac.jp/

趣味

テニス・読書.

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