コラーゲンとの結合特異性にも関与する糖鎖のクラスター効果
弘前大学大学院医学研究科附属高度先進医学研究センター糖鎖工学講座 ◇ 〒036–8562 青森県弘前市在府町5
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タンパク質と糖との相互作用は一般的に弱く,これにより非特異的な結合が抑制されている.では,タンパク質が糖を認識して働く場合,どのようにして糖に結合しているのか.生体内における糖の存在形態を観察してみると,その仕組みがみえてくる.糖タンパク質のN結合型糖鎖の多くは非還元末端側が2残基以上に枝分かれしている.また細胞表面の糖脂質は脂質ラフトに集合しており,この部分では糖鎖の密度が高い.同じく細胞表面のプロテオグリカンに共有結合しているグリコサミノグリカン(GAG)糖鎖にはタンパク質が結合するドメインが存在するが,このドメインが密に集まっている場合にその機能が発揮される.生体内でタンパク質と相互作用する糖鎖は多くの場合,複数の糖鎖が集合した状態で存在している.実はこの「糖鎖の集合」にタンパク質との相互作用を可能にする仕組みがあり,糖のクラスター効果と呼ばれている1, 2).
プロテオグリカンにはアグリカンやバーシカンといった分子量が100万を超える大型のプロテオグリカンの他に,スモール・ロイシンリッチ・プロテオグリカン(SLP)と呼ばれる小型のプロテオグリカンファミリーが存在する.アグリカンは軟骨組織を構成する代表的なプロテオグリカンであり,主にコンドロイチン硫酸やケラタン硫酸といったGAGを100本以上持つ.アグリカンのコアタンパク質はヒアルロン酸結合能を持ち,リンクタンパク質とともにヒアルロン酸と巨大な複合体を形成する.一方,SLPファミリーにはデコリン,バイグリカン,フィブロモジュリン,ルミカン,PG-Lb(エピフィカン)などが含まれる.SLPのコアタンパク質はロイシンに富んだ特徴的な配列,すなわちロイシンリッチ・リピート配列を持つ.SLPのGAGは,たとえばデコリンがコンドロイチン硫酸またはデルマタン硫酸鎖を1本持つように糖鎖の本数は少ない.
アグリカンタイプとSLPの両方の特徴を併せ持つラージ・ロイシンリッチ・プロテオグリカンが近年,サケ鼻軟骨から発見された3).このプロテオグリカンのコアタンパク質はSLPに属するエピフィカンと相同性を持つことからSLPファミリーのプロテオグリカンと思われた.しかし,N末端側にアグリカンのGAGドメインに似た挿入配列が見いだされ,従来知られていたSLPとは異なるプロテオグリカンであることが知られた.その領域には平均分子量3万のコンドロイチン硫酸が最大で約50本結合しており,全体の分子量は200万にもなると推定される.このことからこのプロテオグリカンは,新しいタイプのラージ・ロイシンリッチ・プロテオグリカン(LLP)と呼ばれる(図1A).LLPを含む大型のプロテオグリカンはGAGが複数付加するGAGドメインを持つが,なぜGAGが密集してコアタンパク質に付加されているのか,その意味については未解明の部分が多く残されている.
SLPは,コラーゲンに結合してコラーゲン線維形成を制御することが知られているが,同じくロイシンリッチ・リピート配列を持つ天然状態のLLPもI型コラーゲンに結合することができる.しかし,糖鎖を除いたLLPコアタンパク質はコラーゲンへの結合親和性が著しく減少する.LLPのGAG糖鎖もコラーゲンとの結合に関与することがこのことからも推察されるが,予想に反しLLPのコアタンパク質を除いたコンドロイチン硫酸単鎖の状態ではコラーゲンとの結合をまったく示さない.複数のコンドロイチン硫酸がコアペプチドに結合したコンドロイチン硫酸クラスターの状態のときに初めてコラーゲンに結合することができる4).さらに,このコンドロイチン硫酸クラスターが結合するコラーゲンのタイプには特異性があり,I, III, VII, VIII, X型コラーゲンには高い結合親和性を示し,II, IV, V, VI, IX型コラーゲンとはまったく結合しないか弱い結合を示す.この結合親和性の違いはコラーゲンのリシン残基の修飾と関係しており,リシン残基のヒドロキシ化修飾の度合いが高いコラーゲンのタイプとは結合親和性が低くなる.このようにLLPが持つコンドロイチン硫酸クラスターには,結合するコラーゲンのタイプを選択する働きを持つ.さらにコンドロイチン硫酸クラスターは互いに結合することができるが(図1B),このような糖鎖間の結合は珍しく報告例は少ない.このようなコンドロイチン硫酸のクラスター結合により細胞外マトリックスの間隙が充填されると考えられる.
以下にクラスター効果が関与する糖鎖の相互作用についてみていきたい.まずは糖鎖のクラスターどうしが相互作用する例として糖脂質があげられる.細胞膜にはスフィンゴ脂質やスフィンゴ糖脂質,コレステロールからなる脂質ラフトと呼ばれるマイクロドメインが存在し,この脂質ラフトが細胞活性化シグナルの足場としての役割を持つことが明らかになりつつあり注目されている.細胞膜のガングリオシドGM3のほとんどは脂質ラフトに集合しているが(図2A),その他にもc-Src, Ras, Rho, focal adhesion kinase(FAK)といったシグナルを仲介する分子が集合しており,GM3がガングリオトリオシルセラミドやラクトシルセラミドと相互作用することでシグナルが活性化する.このように脂質ラフトに集合した糖脂質は情報伝達に関わるタンパク質の機能を調節し,細胞認識やシグナル伝達の調節に関与する可能性が示唆されている5–7)
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(A)細胞膜上の脂質ラフトにはスフィンゴ糖脂質をはじめとする糖脂質が集積している.(B)マクロファージのマンノース受容体とN結合型糖鎖との結合.枝分かれした糖鎖を結合するために,三つ以上のカルシウムイオン依存性の糖鎖認識ドメイン(CRDs)を必要とする.マンノース受容体にはこの他にシステインリッチドメイン(△),フィブロネクチンII型リピート配列(◇),膜貫通ドメイン(□)が存在する.(C)ヘパラン硫酸プロテオグリカンのヘパラン硫酸上には,FGF結合部位がクラスター化しており,近接したFGF受容体が二量体を形成することができる.これによりシグナルが伝達される.
細胞外に存在するタンパク質のほとんどは糖鎖が付加され,その特異的な機能を発揮する.糖タンパク質の糖鎖はタンパク質の選別や,免疫,炎症,病原性認識,がん転移などの細胞内プロセスにおける生物学的機能を担う.タンパク質のアスパラギン残基に共有結合するN結合型糖鎖の還元末端側の5糖(コア5糖)は共通となっているが,非還元末端側の構造には多様性があり二分岐型,三分岐型といった分岐度の違いがみられる.この枝分かれ構造がクラスター効果を発揮してタンパク質と相互作用する例として,マクロファージのマンノース受容体があげられる(図2B).マンノース受容体は糖タンパク質のエンドサイトーシスを媒介する働きを持つ.このマンノース受容体はシステインリッチドメインと,フィブロネクチンII型リピート配列,八つのカルシウムイオン依存性の糖鎖認識ドメイン(carbohydrate-recognition domains:CRDs)を持つ.このうち結合したリガンドのエンドサイトーシスに関与するのはCRDである.一つのCRDに対して単糖が結合することができるが,それだけでは結合親和性は低い.エンドサイトーシスには,リガンドとなる糖タンパク質の糖鎖の枝分かれに対応するように,CRDも最低三つのドメインが必要とされる8, 9)
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細胞膜の表面に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンは,ヘパラン硫酸糖鎖を介してシグナル分子と相互作用することでさまざまなシグナル伝達経路に関与する(図2C).ヘパラン硫酸は細胞や組織に特異的な構造を持ち,それぞれが異なる成長因子との結合ドメインになることが知られている.線維芽細胞増殖因子(FGF)が結合するドメインはヘパラン硫酸上にクラスター化しているため,ヘパラン硫酸に結合したFGFに線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)が結合することでFGFRの二量体化が引き起こされシグナル伝達経路が活性化する10, 11).
ヘパラン硫酸プロテオグリカンであるシンデカン4は細胞接着因子として知られる.シンデカン4のヘパラン硫酸はフィブロネクチンのHepIIドメインに結合し,プロテインキナーゼCαとその下流のRhoファミリーGタンパク質との結合と活性化を促進する.シンデカン4はα平滑筋アクチンの組織化にも寄与することで細胞接着因子としての役割を果たす.ヘパラン硫酸を1本しか持たないシンデカン4ではこれらの機能は発揮されず,複数のヘパラン硫酸が機能発現に必要とされる12).
糖鎖のクラスター効果は糖鎖が関与する相互作用を理解する上で重要な視点であるといえる.特に糖脂質間やグリコサミノグリカン間の相互作用にみられる糖鎖間の結合についての報告がこれまでに少ないのは,クラスター効果が考慮されていなかったことが原因にあると考えられる.今後は糖鎖間の相互作用とその機能に焦点を当てた研究が幅広く展開されていくことを期待したい.
1) Mammen, M., Choi, S.K., & Whitesides, G.M. (1998) Angew. Chem. Int. Ed., 37, 2754–2794.
2) Hayashida, O., Mizuki, K., Akagi, K., Matsuo, A., Kanamori, T., Nakai, T., Sando, S., & Aoyama, Y. (2003) J. Am. Chem. Soc., 125, 594–601.
3) Tatara, Y., Kakizaki, I., Kuroda, Y., Suto, S., Ishioka, H., & Endo, M. (2013) Glycobiology, 23, 993–1003.
4) Tatara, Y., Kakizaki, I., Suto, S., Ishioka, H., Negishi, M., & Endo, M. (2015) Glycobiology, 25, 557–569.
5) Kojima, N. & Hakomori, S. (1989) J. Biol. Chem., 264, 20159–20162.
6) Kojima, N., Shiota, M., Sadahira, Y., Handa, K., & Hakomori, S. (1992) J. Biol. Chem., 267, 17264–17270.
7) Iwabuchi, K., Yamamura, S., Prinetti, A., Handa, K., & Hakomori, S. (1998) J. Biol. Chem., 273, 9130–9138.
8) Taylor, M.E., Bezouska, K., & Drickamer, K. (1992) J. Biol. Chem., 267, 1719–1726.
9) Weis, W.I., Drickamer, K., & Hendrickson, W.A. (1992) Nature, 360, 127–134.
10) Moy, F.J., Safran, M., Seddon, A.P., Kitchen, D., Böhlen, P., Aviezer, D., Yayon, A., & Powers, R. (1997) Biochemistry, 36, 4782–4791.
11) Herr, B., Ornitz, D.M., Sasisekharan, R., Venkataraman, G., & Waksman, G. (1997) J. Biol. Chem., 272, 16382–16389.
12) Gopal, S., Bober, A., Whiteford, J.R., Multhaupt, H.A.B., Yoneda, A., & Couchman, J.R. (2010) J. Biol. Chem., 285, 14247–14258.
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