Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(3): 449-452 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890449

みにれびゅうMini Review

ジペプチジルペプチダーゼIIIのアンジオテンシンII分解活性と生体内での作用機序およびその治療応用への可能性Critical role of dipeptidyl peptidase III in cleavage of angiotensin II and its clinical implication

滋賀医科大学分子病態生化学Division of Molecular Medical Biochemistry, Department of Biochemistry and Molecular Biology, Shiga University of Medical Science ◇ 〒520–2192 滋賀県大津市瀬田月輪町 ◇ Seta Tsukinowa-cho, Otsu, Shiga 520–2192, Japan

発行日:2017年6月25日Published: June 25, 2017
稿受付日:2017年1月16日Received: January 16, 2017
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

ジペプチジルペプチダーゼIII(dipeptidyl peptidase III:DPP III)はM49ファミリーに分類される亜鉛依存性アミノペプチダーゼであり,最初にウシ脳下垂体前葉より精製され同定された1).HEXXGHによって構成される亜鉛結合モチーフを有し,アミノ酸数が3~10残基より構成されるペプチドをN末端側より2アミノ酸ずつ加水分解する活性を有する.DPP IIIは主として細胞質に局在し,生体内での機能はそのペプチド分解活性から,タンパク質の代謝回転に関与していると考えられている.通常ペプチダーゼの特異性は基質の切断部位近傍の特徴的な4, 5アミノ酸残基によって決定される.ところが,DPP IIIにおいてはその規則が当てはまらない.構造的に柔軟性を伴う広い活性部位が,基質の長さや構成するアミノ酸残基にある程度の許容範囲を与えていることが示唆されているためである2).そのため,これまでDPP IIIがin vitroにおけるさまざまな合成基質または生体内に存在する生理活性ペプチドを分解することが示されてきた.たとえば,エンケファリンやエンドルフィンを分解することから,痛みの調節や認知症への関与が示唆されている.また,アミノ酸8残基からなるアンジオテンシンII(Ang II)を基質として分解することから,血圧の調節にも関与することが想定される(図1).しかし,in vivoにおけるDPP IIIの機能解析は報告がなく,今までに報告されてきた基質特異性が生体内で実際に保たれているか不明である.本稿ではDPP IIIの新しい知見を,筆者らの研究結果を含めて紹介する.

Journal of Japanese Biochemical Society 89(3): 449-452 (2017)

図1 レニン–アンジオテンシン–アルドステロン系とDPP III

レニンはアンジオテンシノーゲンを分解して,アンジオテンシンIを生成する酵素である.アンジオテンシンIはアンジオテンシン変換酵素により分解されて,アンジオテンシンIIが生成する.DPP IIIはアンジオテンシンIIおよびアンジオテンシンIVのN末端側2残基の部位を切断し,アンジオテンシンIVおよび4残基ペプチドIHPFをそれぞれ生成する酵素である.アンジオテンシンIIは強力な昇圧作用を持つが,アンジオテンシンIおよびIVには昇圧作用はほとんどない.

2. DPP III酵素活性のin vitro解析による新たな知見

逆相HPLC/MSを用いた解析により,DPP IIIのAng IIからAng IVへの分解酵素活性が,Km=3.7×10−6 mol/L, Vmax=3.3×10−9 mol/L/s(2.6×10−8 mol/h/µg)であることを明らかにした.同時に,DPP IIIのAng IVからIHPFの4アミノ酸への分解活性がKm=1.7×10−6 mol/L, Vmax=2.8×10−8 mol/L/sであることを示した3).DPP IIIがAng IIの分解に引き続いて,Ang IVを分解することはこれまでに報告されていたが,筆者らが後者の反応における酵素活性の測定結果を初めて示した.ところで,DPP IIIがAng IIをAng IVへ分解する際のVmaxは,以前に報告されていたVmax=2.3×10−9 mol/h/µgと比較して著しく高値であり,Kmも以前の報告であるKm=3.5×10−7 mol/Lと比較して高値であった4).以前の研究では,筆者らが使用したリコンビナントDPP IIIと異なり,ラット下垂体から部分精製したDPP IIIを使用しているため,不純物による不競合的阻害が生じていた可能性がある.X線結晶構造解析により,DPP IIIは亜鉛結合部位を含むペプチダーゼ活性領域とその下方の二つのドメインで構成されていることが明らかにされた5)

次に,筆者らはさまざまなDPP III変異体を作製し,それらがAng IIを分解する酵素活性を測定した.C末端を12残基欠損させたDPP IIIは,野生型と同様の酵素活性を有した.しかし,これ以上C末端を欠失させた変異体や,N末端側を少しでも欠失させた変異体は酵素活性を持たなかった.DPP IIIの複雑な構造のほぼ全体が,おそらくその酵素活性の維持に必要であることが考えられる.

3. DPP IIIの生体内におけるAng II分解活性とその降圧作用

筆者らはAng IIを持続投与することで高血圧状態にしたマウスにおいて,生体内でDPP IIIがAng IIを分解し,降圧作用を有することを初めて明らかにした3).具体的には,この高血圧マウスにリコンビナントDPP IIIを静注すると血圧が有意に低下した(図2).一方,DPP IIIの静注前後で心拍数の変化はなかった.血中のAng II濃度は,DPP IIIの投与前136.8 pg/mLから投与後15 pg/mLへと著明に低下した.ところで,ノルアドレナリンを持続投与して高血圧にしたマウスでは,DPP IIIを静注しても降圧作用がみられなかったことより,高血圧マウスに対するDPP IIIの降圧作用は,Ang II特異的分解によるものであると考えられた.また,DPP IIIによる降圧作用の持続時間は,アンジオテンシン受容体拮抗薬カンデサルタンとほぼ同様であった.

Journal of Japanese Biochemical Society 89(3): 449-452 (2017)

図2 DPP IIIによる降圧作用

アンジオテンシンII持続投与により高血圧にしたマウスにDPP IIIを尾静脈から静注(8 µg/g個体体重)すると血圧は有意に低下した.コントロールとしてPBSを静注した.*: p<0.01 vs静注前,: p<0.01 vs PBS.

本来,生体における血中の内因性Ang IIの分解は,アミノペプチダーゼA,引き続いてアミノペプチダーゼNによってなされている6).現在までに,DPP IIIが循環血中に存在してAng IIを分解するという報告はない.通常,DPP IIIは細胞質に局在しており,血中では赤血球,好中球,単球,リンパ球内でその存在が確認されている.脳,肝臓,骨格筋,皮膚,胎盤,脾臓,脊髄など多くの臓器においても,臓器を構成する細胞内にDPP IIIは発現している2).一方で,細胞膜におけるDPP IIIの酵素活性がいくつか報告されている.Hashimotoらは,膜透過処理をしていない好中球で,DPP IIIによるエンケファリンの分解を見いだしている7).また,細胞外組織液中では,脳脊髄液,精漿などにおいて,DPP IIIの活性が認められている8, 9).DPP IIIのN末端には,シグナルペプチドに相当する配列がなく,本来細胞質に局在するはずのDPP IIIがどのようにして,細胞膜または細胞外組織液中に存在するのかは現時点では不明である.しかし,内因性のDPP IIIが,何らかの形で血中のAng IIと会合する可能性はあり,そうすることで血圧調節機能の一部を担っている可能性は完全に否定できない.今後,DPP IIIノックアウトマウスを作製するなどしてこの可能性を検討する必要がある.

4. 生体におけるDPP IIIの臓器保護作用

高血圧による臓器障害は重大な問題である.筆者らは,Ang II持続投与による高血圧モデルマウスにおいて引き起こされる心障害および腎障害が,DPP IIIを長期反復投与することで劇的に抑制できることを明らかにした.Ang II持続投与開始直後から,1日おきに4週間DPP IIIを静注すると,DPP III非投与群と比較して,血圧上昇は有意に抑制できた.Ang II持続投与による心臓の拡張末期左室後壁厚や左室重量の増加も,DPP IIIを投与することでほぼ完全に抑制できた.さらに,Masson染色により心筋の線維化を評価したところ,DPP III投与により,Ang IIによって引き起こされる線維化は著明に減少していた.

通常,尿中にはアルブミンはほとんど含まれないが,Ang II持続投与により多量の尿中アルブミン排泄が確認された.腎障害の指標の一つである尿中アルブミン排泄量は,DPP IIIの投与によって有意に減少した.また,Ngal, PAI-1, MCP-1といった腎障害や炎症マーカーの発現は,DPP IIIの投与によりすべて抑制された.DPP IIIによるこれらの心保護効果および腎保護効果は,カンデサルタンを投与した場合と比較して同等以上であった3)

高血圧は慢性疾患であり,長期的な薬物治療による血圧コントロールが重要である.現在,多くの降圧薬が臨床で使用されているが,これらの降圧薬を最大量・複数使用しても血圧コントロールが不十分な患者が存在する.DPP IIIはAng IIを分解することで降圧作用を発揮するというこれまでの降圧薬にない作用機序を有することから,上記のような難治性高血圧患者に対する新たな治療法として臨床応用できる可能性がある.

5. 酸化ストレスに対するDPP IIIの役割

細胞内に局在するDPP IIIの今までに知られていない役割として,酸化または活性酸素などの酸化ストレスから細胞を防御している可能性がある.DPP IIIを細胞内で過剰発現させることにより,NF-E2-related factor 2(Nrf2)の核内移行が誘導されることが報告されている10).Nrf2は抗酸化剤応答配列(antioxidant response element:ARE)に結合し遺伝子発現を制御する転写因子である.Nrf2の作用は,細胞質タンパク質Keap1(Kelch-like ECH-associated protein 1)によって制御される.非ストレス状態下では,Nrf2はKeap1に捕捉されプロテアソームによって分解される.一方,酸化ストレス状態において,Nrf2はKeap1から解離して核内ヘと移行し,抗酸化タンパク質の転写を亢進する11).過酸素状態において,DPP IIIがNrf2とともに核内ヘ移行することや12),DPP IIIがそのETGEモチーフを介してKeap1と直接結合することでNrf2の分解を阻止し,Nrf2依存性の転写を促進させることが見いだされているが13),DPP IIIがNrf2の核内移行を誘導している分子メカニズムの全容は未解明である.

6. おわりに

本稿ではDPP IIIがAng IIを分解する酵素活性の詳細と,DPP IIIの生体での作用について概説してきた.今後,筆者らは内因性のDPP IIIの生理活性に注目したいと考えている.現在までにDPP IIIノックアウトマスは作製されておらず,新たにノックアウトマウスを作製することで,高血圧などの心血管系疾患とそれに伴う臓器障害において,DPP IIIがどのように関与しているか解析していく予定である.さらに,上述の酸化ストレスや活性酸素による細胞障害に対するDPP IIIの詳細な作用機序についても分子レベルで解明することを計画している.

引用文献References

1) Ellis, S. & Nuenke, J.M. (1967) J. Biol. Chem., 242, 4623–4629.

2) Prajapati, S.C. & Chauhan, S.S. (2011) FEBS J., 278, 3256–3276.

3) Pang, X., Shimizu, A., Kurita, S., Zankov, D.P., Takeuchi, K., Yasuda-Yamahara, M., Kume, S., Ishida, T., & Ogita, H. (2016) Hypertension, 68, 630–641.

4) Lee, C.M. & Snyder, S.H. (1982) J. Biol. Chem., 257, 12043–12050.

5) Bezerra, G.A., Dobrovetsky, E., Viertlmayr, R., Dong, A., Binter, A., Abramic, M., Macheroux, P., Dhe-Paganon, S., & Gruber, K. (2012) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 6525–6530.

6) Padia, S.H., Howell, N.L., Kemp, B.A., Fournie-Zaluski, M.C., Roques, B.P., & Carey, R.M. (2010) Hypertension, 55, 474–480.

7) Hashimoto, J., Yamamoto, Y., Kurosawa, H., Nishimura, K., & Hazato, T. (2000) Biochem. Biophys. Res. Commun., 273, 393–397.

8) Sato, H., Kimura, K., Yamamoto, Y., & Hazato, T.(2003)麻酔,52, 257–263.

9) Vanha-Perttula, T. (1988) Clin. Chim. Acta, 177, 179–195.

10) Liu, Y., Kern, J.T., Walker, J.R., Johnson, J.A., Schultz, P.G., & Luesch, H. (2007) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 5205–5210.

11) 伊東健(2009)生化学,81, 447–455.

12) Sobočanec, S., Filić, V., Matovina, M., Majhen, D., Šafranko, Ž.M., Hadžija, M.P., Krsnik, Ž., Kurilj, A.G., Šarić, A., Abramić, M., & Balog, T. (2016) Redox Biol., 8, 149–159.

13) Hast, B.E., Goldfarb, D., Mulvaney, K.M., Hast, M.A., Siesser, P.F., Yan, F., Hayes, D.N., & Major, M.B. (2013) Cancer Res., 73, 2199–2210.

著者紹介Author Profile

清水 昭男(しみず あきお)

滋賀医科大学 分子病態生化学・助教.工学博士.

略歴

1973年東京都に生る.97年京都産業大学大学工学部生物工学科卒業.同大学院工学科博士前期,後期課程終了,ボストン小児病院血管生物学部門ポスドクを経て2015年7月より現職.

研究テーマと抱負

血管新生,増殖因子,成人慢性疾患.

抱負

“その日できることを精一杯に!”をモットーに今後もがんばっていきたい.

ウェブサイト

http://www.shiga-med.ac.jp/~hqbioch2/

趣味

銭湯通い.

扇田 久和(おうぎた ひさかず)

滋賀医科大学 分子病態生化学・教授.医学博士.

略歴

1970年奈良県に生る.95年大阪大学医学部卒業.2003年同大学院医学系研究科修了.医学博士取得.循環器専門医取得.03年から1年間ハーバード大学医学部へ海外留学の後,大阪大学助手(助教),神戸大学准教授.11年より現職.

研究テーマと抱負

がん生物学と循環器疾患に関する基礎研究を行っている.がんでは浸潤・転移に関する分子機構の解明を,循環器疾患では生活習慣病と動脈硬化,心不全のメカニズム解明をそれぞれ目指し,新たな治療法開発を模索している.

ウェブサイト

http://www.shiga-med.ac.jp/~hqbioch2/

趣味

スキー,読書,ドライブ.

This page was created on 2017-04-28T13:09:27.121+09:00
This page was last modified on 2017-06-19T12:01:17.632+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。