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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(3): 458-462 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890458

みにれびゅうMini Review

光活性化アデニル酸シクラーゼ合成酵素OaPACの活性化機構解明Structural and functional insights into a photoactivated adenylyl cyclase

1横浜市立大学大学院・生命医科学研究科・構造創薬科学研究室Drug Design Laboratory, Graduate School of Medical Life Science, Yokohama City University ◇ 神奈川県横浜市鶴見区末広町1–7–29 ◇ 1–7–29 Suehiro, Tsurumi, Yokohama 230–0045, Japan

2東邦大学薬学部・薬品物理分析学教室Faculty of Pharmaceutical Sciences, Toho University ◇ 千葉県船橋市三山2–2–1 ◇ Funabashi, Chiba 274–8510, Japan

発行日:2017年6月25日Published: June 25, 2017
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1. はじめに

光活性化アデニル酸シクラーゼ(photoactivated adenylyl cyclase:PAC)は,普遍的な情報伝達物質である環状アデノシン3′,5′-一リン酸(cAMP)の生産を光で制御できる生体タンパク質で,生体内での光スイッチとして医学的な応用が期待される分子である1, 2).光活性化アデニル酸シクラーゼは最初にミドリムシの光忌避センサーとして発見され3),以後,複数の微生物からも相同遺伝子が見いだされていたが4–6),いずれも原子レベルでの構造・機能解明までには至っていない.最近,我々はシアノバクテリアの一種Oscillatoria acuminataから見いだされた光活性化アデニル酸シクラーゼ(OaPAC)の構造解析に世界で初めて成功し,光活性化アデニル酸シクラーゼの光活性化機構を原子レベルで解明した7).本稿では,OaPACの光活性化メカニズムについて,構造生物学的研究から最新の知見を紹介したい.

2. シアノバクテリア由来の光活性化アデニル酸シクラーゼOaPAC

1)OaPACの全体構造

OaPACは,フラビン結合部位であるBLUF(Blue Light Using Flavin)ドメインとアデニル酸シクラーゼ触媒ドメインの二つの機能ドメインからなる.BLUFドメインを有するタンパク質は450 nm付近にフラビンに由来する吸収極大を持ち,光照射に伴い吸収スペクトルが数nm長波長側にシフトすることが知られている(図1a8, 9)

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図1 OaPACタンパク質の吸収スペクトルと立体構造

(a) OaPACタンパク質のラピッドスキャン分光測定により,光照射直後(Light)以降のFMNの吸収スペクトルの経時的変化をついせきしたスペクトルを示す.また,青線は光照射直後(Light),赤線は光照射50S後(Dark),黒線は差スペクトルを右に示す.光照射にはキセノンランプ(浜松ホトニクス製L2195)により測定を行った.(b) OaPACの全体構造は,12本のαヘリックスと13本のβストランドからなっている.N末端にはフラビン結合BLUFドメイン,C末端側にはアデニル酸シクラーゼ(AC)ドメインが存在し,ダンベル型の二量体となっている.また,FMN周辺の2FobsFcal電子マップ(1σ)を示す.

OaPACの全体構造は,サブユニットあたり12本のαヘリックスと13本のβストランドからなり,N末端側にフラビンを結合したBLUFドメイン,C末端側にアデニル酸シクラーゼ触媒(AC)ドメインを持つダンベル型の二量体であった(図1b).また,それぞれのドメインどうしは隣り合わせになっていることが明らかとなった.BLUFの保有するフラビン分子とアデニル酸シクラーゼの活性部位との距離は約48 Åと離れていることが確認された.

さらに,基質ATPのアナログApCpp(α,β-Methyleneadenosine-5′-triphosphate;C11H18N5O12P3)分子の有無により,ACドメインが開いた状態(Open)になっている構造(空間群P212121)と閉じた状態(Closed)になっている構造(空間群P6122)がそれぞれ存在することがわかった.OaPACのOpen状態とClosed状態の各ドメイン構造を比較すると,BLUFドメインではほとんど差異がみられなかったが,ACドメインのCαの位置が約2 Å変化していた.また,OaPACのサブユニット間でのファンデルワールスコンタクトの面積はOpen状態では3660 Å2,Closed状態では4020 Å2となっており,BLUFドメインのファンデルワールスコンタクト面積は変化せず,ACドメインが変化し,開閉していることが明らかになった.

2)BLUFドメイン

OaPACのBLUFドメインは,他のBLUFドメインタンパク質10, 11)と同様に2本のαヘリックスと5本のβストランドからなる典型的なBLUF構造になっているが,既知のBLUFドメインは単量体であるのに対し,OaPACは二量体を形成している(図2a).我々は,変異導入によりBLUFドメインを欠失させたOaPACを作製し,超遠心分析(analytical ultracentrifugation)で安定性を測定した結果,不安定で二量体を形成しなくなっていた.つまり,OaPACのBLUFドメインの二量体形成は,ACドメインの安定化につながる重要な役割をしていることが明らかになった.また,OaPACのBLUFドメイン二量体と既知のBLUF構造(TII0078,黄色で表示)とを重ね合わせてみると,OaPACのα3へリックスは非常に長く,そのC末端は上部のACドメインにまで達している(図2a).α3へリックスの外側表面には疎水性残基が集中し,その疎水性相互作用により二量体が形成されていた.これは既存のBLUFドメインの構造にはみられない,OaPACのみに特徴的な構造である.さらに,構造が未知のPACファミリーのアミノ酸一次配列を比較すると,OaPAC構造のα3ヘリックスに相当するアミノ酸はそれぞれ保存されていることが確認された.

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図2 OaPACタンパク質変異体の活性測定と活性化機構

(a) OaPACタンパク質と結合しているFMNと水素結合をしているGln48の背部にあるα3ヘリックスのLeu111/Leu115, さらにTyr125, Phe197, Asp200, Asn256のそれぞれの変異体によるcAMPの合成活性測定.(b) OaPACのBLUFドメイン二量体と既知のBLUF構造(TII0078, 黄色で表示)とを重ね合わせた.(c)(a)の変異体から特定された光によるcAMP合成に重要なアミノ酸残基と推測される活性機構経路(黄色の点線矢印)を示す.(d) OaPACのOpen状態とClosed状態の構造をCαで重ね合わせ,1.5 Å以上変化しているアミノ酸残基を赤色矢印で示した.

3)ACドメイン

OaPACのACドメインは構造既知のアデニル酸シクラーゼ(CyaC)12)のACドメインとほぼ一致している.しかし,今回の構造では金属イオン(Mg2+),ApCpp分子を加えて結晶化させているにも関わらず,構造からMg2+やApCpp分子の電子マップを特定するには至らなかった

ACドメインの構造では基質ATP結合部位と思われる広い領域が存在しており,酵素反応に重要な金属結合に関わるアミノ酸残基Asp156, Asp200も存在し,cAMP生成反応に関わっていることが確認された.構造既知のCyaCはBLUFドメインがなくACドメインのみを持つ酵素で,OaPACと基質結合部位を比較すると同じアミノ酸からなっている.また,CyaC分子は二量体で活性機能を有していることが知られており,OaPAC分子も溶液中においては超遠心分析やゲルろ過の結果から二量体を形成していることが確認され,結晶と溶液の分子状態がよく一致していた.CyaC分子は二量体で安定なタンパク質として活性を示すが,OaPACではBLUFドメインが二量体を形成することで,ACドメインが安定な二量体となり活性を示す.これはPACファミリーの特徴的な構造であると考えられる.

3. OaPACの変異体による機構解明

OaPAC立体構造の情報から,PACの光刺激によるアデニル酸シクラーゼの活性機構を解明するためにさまざまな変異体を作製し,機能解析を行った.フラビン分子と水素結合をしているGln48の背部にあるα3ヘリックスのLeu111/Leu115,さらにTyr125, Phe197, Asp200, Asn256のそれぞれの変異体によるcAMP合成活性を測定した.野生型OaPACと比べ青色光による活性化は著しく抑えられた(図2b).これらのOaPACの変異体の酵素活性の結果を踏まえて,BLUFドメインでは光受容によりFMNから電子(プロトン)が蛋白質側のGlu48に伝わり,その周辺の僅かな構造変化により,Glu48とFMNの新たな水素結合ネットワークが形成されると推測される.その変化により,BLUFドメインのβ3から,α3ヘリックス(Leu111/Leu115)へ伝わり,ACドメインまでに構造変化を引き起こすと予想される(図2c).α3ヘリックスのLeu111とLeu115は互いのヘリックスが疎水性相互作用により安定化するのに重要な役割を担っていると考えられる.また,Tyr125とAsn256はそれぞれの側鎖を介してサブユニット間の水素結合を共有していることがわかり,ACドメインに存在するPhe197とPhe180はπ–π結合を形成しており,活性部位の構造安定化に重要な役割を担っていると考えられる.さらに,Asp200はアデニル酸シクラーゼの活性部位において触媒となる金属イオン配位結合を形成するために重要なアミノ酸であることも明らかとなった.その光刺激による構造変化は黄色い点線の矢印で示したような経路で伝達すると推測できる(図2c).

また,BLUFドメインとACドメインの距離は約48 Åも離れている.これは,おそらく光励起されたフラビン分子によるBLUFドメインの微細な構造変化が分子間のアロステリックコンホメーション変化を引き起こし,ACドメインが開閉されることによりcAMP合成反応の活性化が起こっていると考えられる(図2d).

4. 光遺伝学への展開

1)細胞への応用

OaPACは光によってcAMP生成を制御できる利点から,光遺伝学(オプトジェネティクス)2, 13)などへの応用が期待される.

我々はOaPACをHEK293細胞に発現させ,青色光照射により細胞内のcAMPレベルを制御することを試みた(図3a).実験ではpGloSensor-22Fベクターを用いて,OaPAC遺伝子とホタルイカのルシフェラーゼ遺伝子を共発現させ,cAMP検出プローブであるGlosensor cAMP Assayによりルシフェラーゼによる発光を検出することでcAMPを定量し,細胞内cAMPをリアルタイムに可視化・定量化した.その結果,OaPAC発現細胞内のcAMP濃度は,光刺激により一過的に上昇し,その後,数分以内に分解されることがわかった(図3a).また,刺激光の強度とパルス間隔の調節により,細胞内cAMP濃度を8時間以上高いレベルに保持できることも確認し,OaPACの光操作ツールとしての実効性を示した.

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図3 OaPACタンパク質の光遺伝学への応用

(a) OaPAC分子をHEK293細胞に発現させ,青色光照射により細胞内のcAMPの制御を行った.細胞に3分ごとに30秒光を照射し,細胞内でのcAMPをリアルタイムに可視化・定量化した.(b) OaPAC分子をマウスの海馬の神経細胞に発現させ,神経細胞の軸索の分岐・伸長の光操作を試みた.細胞培養の4日目に青色光を30分照射し,7日目に観察した.青色光を照射した細胞(青色)の方が照射なし(赤色)より,神経軸索の分枝数・長さが増加していた.

2)神経細胞の制御

光遺伝学的手法において,神経細胞の構造形成や神経回路形成のメカニズムを解明するためには,イオンチャネルだけでなく,細胞内シグナル伝達系を時空間的に制御する方法が必要となる.また,近年では神経軸索の分岐・伸長の誘導にはcAMPの介在が必須であると報告されている14, 15).そこで我々はOaPACをマウスの海馬の神経細胞に発現させ,神経細胞の軸索の分岐・伸長の光操作を試みた.その結果,青色光を30分照射した細胞は照射していないものに比べ,軸索の分岐・伸長が著しく促進されることが明らかになった(図3b).このようにOaPACを用いることで神経細胞の構造形成を光により制御することが可能であり,神経疾患研究への応用が期待される.

5. おわりに

光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC)はミドリムシから発見され,長い間光による活性化機構と構造は不明であった.我々は,シアノバクテリア由来のOscillatoriaから見いだされたOaPACについて大腸菌からの単離精製・結晶化・構造解析に世界で初めて成功し,構造に基づいたPACの活性化機構を論じた.近年,同じく植物プランクトン起源であるチャネルロドプシンを利用した神経興奮の光制御,いわゆる「光遺伝学」は急速に普及した.OaPACを利用したcAMPを介する生体機能光制御も概念上同類とみなされるものではあるが,はるかに広範で多彩な生命活動の光制御につながり,血管新生・神経回路ネットワーキング・記憶などの光発生医学現象の制御・解明・治療・創薬スクリーニングという広大な新分野の開拓を先導するものであり,かつ独創的な新領域の研究分野であるといえる.今後,さまざまな光活性化タンパク質の創出とそれに基づく広範で多彩な応用展開につながることが期待できる.

謝辞Acknowledgments

本研究は自治医科大学の柴山修哉教授,浜松ホトニクス株式会社中央研究所の松永茂博士,東京大学大学院薬学系研究科の小山隆太准教授をはじめ多くの方にご支援やご指導を賜りました.この場をお借りして厚く御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

大木 規央(おおき みお)

横浜市立大学大学院生命医科学研究科構造創薬科学研究室特任助教.博士(理学).

略歴

2016年横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士課程修了・学位取得後,現職.

研究テーマと抱負

疾患関連蛋白質のX線結晶構造解析.“面白い”と思えるようなサイエンスをすること.

ウェブサイト

http://www-mls.tsurumi.yokohama-cu.ac.jp/lab/pdl.html

趣味

マラソン,音楽鑑賞.

伊関 峰生(いせき みねお)

東邦大学薬学部薬品物理分析学教室教授.理学博士.

略歴

1989年東北大学大学院理学研究科博士課程後期修了・学位取得.95~2002年基礎生物学研究所非常勤研究員・特別協力研究員.02~06年科学技術振興機構さきがけ研究者.06~11年総合研究大学院大学上級研究員・特別研究員.11~16年東邦大学薬学部准教授.16年~現在,同大学教授.

研究テーマと抱負

植物・微生物に存在する未解明光センサーを探索し,それを利用した細胞機能の光制御システム構築を目指す.

ウェブサイト

http://www.toho-u.ac.jp/phar/labo/yakubutsu_bunseki.html

趣味

山歩き,居酒屋探訪.

朴 三用

横浜市立大学大学院生命医科学研究科構造創薬科学研究室教授.博士(工学).

略歴

1995年大阪大学基礎工学部生物工学科博士課程修了・学位修得.95~98年理化学研究所協力研究員・基礎科学特別研究員.98~2001年理化学研究所播磨研究所研究員.01~10年横浜市立大学大学院国際総合科学研究科准教授.10年~現在,同大学同研究科教授.

研究テーマと抱負

疾患由来タンパク質の構造生物学の研究により,社会に還元できる研究を目指している.

ウェブサイト

http://www-mls.tsurumi.yokohama-cu.ac.jp/lab/pdl.html

趣味

山登り,釣り.

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