中性脂肪合成経路の転写調節メカニズムについての新知見
筑波大学医学医療系ニュートリゲノミクスリサーチグループ ◇ 〒305–8575 茨城県つくば市天王台1–1–1
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中性脂肪(トリグリセリド)は体内の貯蔵エネルギーの大半を占める.食事から過剰に摂取された炭水化物は,体内での合成(de novo lipogenesis)によってエネルギー貯蔵物質である中性脂肪に変えられ,脂肪組織などに蓄えられる.過食に伴い体内の中性脂肪が過剰になる状態は肥満といわれ,糖尿病・高血圧・脂質異常症を併発しやすいことが知られている.これらはまた,動脈硬化の危険因子であり,肥満に伴ってこれらの危険因子が集積する病態がいわゆるメタボリックシンドロームで,医学的にも社会的にも大きな問題となっている.
炭水化物から中性脂肪への合成・変換は食後に顕著に増加し,逆に空腹時にはOFFとなる.この経路が食事摂取状況に応じてどのように調節されているのかという課題は,基礎医学のみならず,生活習慣病対策の観点からも大いに注目され,機序解明が待たれていた.
最近我々は,この調節機構の主体が,KLF15-LXR/RXR-RIP140転写複合体であるという新たな知見を見いだし,報告した1).本稿ではその内容を中心に,中性脂肪合成系の転写調節機構に関する新知見について述べることとする.
中性脂肪合成の代謝経路の概略は図1Aのとおりである.反応全体には約25種類の酵素が関わっているが,主要な調節段階は,アセチルCoAを2分子重合させてマロニルCoAを作るアセチルCoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:ACC)のところと,続いてマロニルCoAをつなげて炭素数16まで伸長反応を行っていく脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase:FAS)の段階とされている.これらの律速段階を含め,中性脂肪合成系の反応速度は,関与する酵素タンパク質の発現量で主に調節されており,さらにタンパク質発現量は主として各遺伝子のmRNA発現量レベルで調節されていることが明らかになっている.
(A)中性脂肪合成系の概要.解糖系からアセチルCoAを経て脂肪酸・中性脂肪が合成される.(B)肝臓の中性脂肪合成系遺伝子群は絶食時に発現が抑制され,摂食時には逆に遺伝子発現が劇的に増加する.SREBP-1ノックアウトマウス(KO)の肝臓においては,中性脂肪合成系酵素遺伝子の食事性の誘導が著明に減弱している.血中トリグリセリド(TG)量も有意に低下している.ACC:acetyl-CoA carboxylase, ACL:ATP-citrate lyase, FAS:fatty acid synthase, GPAT:glycerol-3-phosphate acyltransferase, G-6-P:glucose-6-phosphate, G6PD:glucose-6-phosphate dehydrogenase, LCE:long chain fatty acyl-CoA elongase, ME:malic enzyme, 6PGD:6-phosphogluconate dehydrogenase, PK:pyruvate kinase, S14:spot 14, SCD:stearoyl-CoA desaturase. 文献2より引用.
肝臓や脂肪組織の中性脂肪合成系遺伝子群は絶食時に発現が抑制され,摂食時には逆に遺伝子発現が劇的に増加する.以前,我々はこの肝臓の中性脂肪合成系遺伝子群の絶食・摂食応答は転写因子SREBP-1(sterol regulatory element-binding protein-1)の働きを介するものであることをSREBP-1ノックアウトマウスの解析から報告した2).図1Bに示すとおり,SREBP-1ノックアウトマウスの肝臓においては,FASやACCなどの中性脂肪合成系酵素遺伝子の食事性の誘導が著明に減弱している.この結果,食後の血中トリグリセリド(TG)値は有意に低下し,また肝臓の脂肪含量も低下傾向を示す(ただし脂肪組織重量への影響については,コントラバーシャルであるものの,大きな変化はもたらさない).また,これらの中性脂肪合成系遺伝子群は,摂食応答で増加する遺伝子群の中でも増加率の上位を占めており,最も強く食事の影響を受けて発現変動する遺伝子群である3)
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転写因子SREBP-1は,basic-helix-loop-helix-leucine zipper(bHLH-Zip)ファミリーに属する転写因子であり4),同じファミリーに属するSREBP-2がコレステロール合成系の諸酵素遺伝子の転写をつかさどるのに対し,SREBP-1は主に脂肪酸・中性脂肪合成系の諸酵素遺伝子の転写を促進する働きを持つ.
絶食・摂食応答に際し,SREBP-1はその標的となる中性脂肪合成系遺伝子群の発現制御を行うが,それに先立って,SREBP-1自身の発現が絶食で著明に低下し,逆に,摂食で顕著に誘導される5).
では,そのSREBP-1の発現制御機構はどのようになっているのか? SREBP-1遺伝子の発現制御機構については,まず,LXR(liver X receptor)αおよびβのダブルノックアウトマウスの肝臓においてSREBP-1発現が著名に低下していたことから,LXRがSREBP-1cプロモーターに結合し,転写調節に関与していることが2000年に報告された6).またほぼ同時期に我々もSREBP-1プロモーターを活性化する因子の発現クローニングを行ったところ,LXRαとβが単離され7),LXRの関与が裏づけられた.
LXRは酸化ステロールをリガンドとする核内受容体型転写因子であり,RXR(retinoid X receptor)とヘテロ二量体を形成してLXRE(LXR response element)に結合し,ステロールの代謝調節などをつかさどっている.
ここで,SREBP-1の絶食・摂食応答が,酸化ステロールなどのLXRリガンドとなる食事由来の代謝物量の変化によってもたらされるのでは?という仮説が浮上する.実はこの仮説は,LXRの,SREBP-1以外の標的遺伝子が絶食・摂食で発現変動を示さないことなどからも否定されるが,我々はさらに詳細なSREBP-1プロモーターに対するin vivoでのレポーター遺伝子解析(in vivo Ad-luc解析)(図2)を行った結果,SREBP-1の絶食・摂食応答にはLXREだけでは不十分であり,その近傍の別のシスエレメントが必須の働きをしていることをつきとめた1).さらに,このシスエレメントに結合して作用する転写因子を,我々が独自に構築した網羅的転写因子発現ライブラリー(transcription factor expression library:TFEL,論文投稿中)から探索したところ,KLF15(Kruppel-like factor 15)が同定された.
in vivoイメージング装置を用い,生きたマウスの臓器(肝臓)内でのレポーター遺伝子発現を可視化している.SREBP-1遺伝子のプロモーター活性は摂食により顕著に誘導される.Rplp0:ribosomal protein, large, P0. 文献1より引用.
分子どうしの相互作用を詳細に検討した結果,KLF15が絶食(空腹)時に誘導されると,KLF15とLXR/RXRはSREBP-1遺伝子プロモーター上で複合体を形成すること,この複合体は転写抑制因子RIP140を呼び込むことでSREBP-1遺伝子の転写をOFFにすることが判明した.また,食後には逆に,KLF15の発現が低下し,この複合体から消失することで,転写抑制因子RIP140が転写促進因子SRC1と入れ替わり,SREBP-1遺伝子の転写がONになるという新たなメカニズムが明らかになった(図3)1).
KLF15が空腹時に誘導されると,KLF15-LXR/RXR-RIP140(転写共役因子で転写抑制に働く)複合体がSREBP-1プロモーター上に形成され,SREBP-1遺伝子の転写を抑制する.逆に摂食後にはKLF15が減少することにより,RIP140が複合体から離れ,転写促進因子のSRC1と入れ替わることでSREBP-1遺伝子の転写が促進される.文献1より引用.
実はこのKLF15は,糖新生系遺伝子の転写調節にも関与していることが知られており8),今回の研究から,絶食・摂食応答の中で糖新生系と中性脂肪合成系とが逆向きの調節を受ける機序の一つが解明された.
なお,初代培養肝細胞を含む培養細胞では,KLF15の発現は顕著に減少していることも判明し,in vivoでのプロモーター解析を行うことによって初めて,これまで見逃されていたKLF15を含む転写複合体の重要性を解明することができたと考えている.
さらに,肥満モデルマウスでは肝臓のKLF15の発現が低下しており,これを人為的に増加させると肥満マウスの高脂血症が改善することも判明し1),治療的観点からもKLF15の重要性が明らかになった.KLF15の発現誘導の機序が今後研究の必要な重要な問題と思われ,現在,in vivoでのプロモーター解析や転写複合体解析を同様の手法で進めている.
以上をまとめると,今回の我々の研究により,食事状況に応じて中性脂肪合成がON・OFFされる仕組みが初めて解明され,肥満・脂質異常症の治療的観点からもこの機序の重要性が明らかとなった.
前述のように,SREBP-1遺伝子はコレステロール代謝物などのLXRリガンドによっても発現調節を受けるが,このことの生理的意義については次のように考えている.コレステロール代謝物は,LXR活性化を通じてステロール過剰時にSREBP-1のmRNA発現を高める方向に作用するが,一方で,SREBP-1タンパク質切断による活性化の段階ではステロール過剰により活性化が抑制される.このため,トータルとして,コレステロール代謝物量は活性化SREBP-1タンパク質量に大きな影響を与えない.つまり,転写調節機構と切断活性化調節機構が互いに逆方向に作用し,打ち消し合うことにより,本来,中性脂肪合成系の調節をつかさどるSREBP-1をステロール調節系から独立させ,ステロール需給バランスの影響を受けにくくしていると考えられる.
その他のSREBP-1活性化メカニズムとして,以前からTORC1(target of rapamycin complex 1)がSREBP-1活性化に寄与することが報告されていたが9),その後,TORC1がlipin 1のリン酸化を介してその局在を変化させ(lipin 1は脱リン酸化状態では核へ移行),その結果としてSREBP-1の核タンパク質量を調節していることが報告された10).
多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid:PUFA)とは2価以上の不飽和脂肪酸の総称である.PUFAには肝臓での中性脂肪合成を抑制する働きがあることが1960年代から知られてきた11)
.1990年に多価不飽和脂肪酸の一種であるEPAが高脂血症治療薬として持田製薬より発売され,現在に至るまで広く使われている.また2013年からはEPA/DHA製剤が武田薬品より販売開始されている.
我々は以前,PUFAによる肝臓での中性脂肪合成抑制作用がSREBP-1を介するものであることを報告した12).その後さらに我々は,このPUFAの作用がSREBP-1の切断活性化段階を抑制する機序によるものであることを明らかにした13).PUFAは基本的に食事由来の脂肪酸であることから,この抑制系は外来の脂肪酸摂取による内因性脂肪合成系のネガティブフィードバック機構であると考えられる.なお,PUFAによるSREBP-1の抑制は肝臓特異的な作用であることも興味深い.
ここまで肝臓(肝細胞)における中性脂肪合成の転写調節メカニズムについて述べてきたが,実は脂肪細胞におけるメカニズムはどうやらまったく異なっているらしい.我々は以前,SREBP-1が脂肪細胞においては,中性脂肪合成の転写調節に関与しないことを報告した14).さらに詳細なin vivo Ad-luc解析を重ねた結果,nuclear factor Y(NF-Y)が脂肪細胞では肝細胞とは異なるメカニズムで中性脂肪合成系の転写調節に関与していることが明らかになった15).
脂肪細胞においては肥満に伴うインスリン抵抗性の病態の中で,中性脂肪合成系の転写が強く抑制されていることを以前我々は明らかにしており16),脂肪細胞特異的な転写調節機構の解明からインスリン抵抗性病態の解明へとつながっていくものと期待される.
本研究の一部は文部科学省科学研究費補助金・新学術領域「転写代謝システム」の計画研究(課題番号:23116006;2011年度~2015年度),基盤研究B(課題番号:15H03092;2015年度~2018年度),挑戦的萌芽研究(課題番号:16K13040;2016年度~2018年度),基盤研究C(課題番号:21591123;2009年度~2011年度),基盤研究C(課題番号:18590979;2006年度~2007年度)の助成を受けて行われたものであり,ここに深く感謝の意を表します.また上原記念生命科学財団,小野医学研究財団,武田科学振興財団,鈴木謙三記念医科学応用研究財団,日本心臓財団,かなえ医薬振興財団,千里ライフサイエンス振興財団,日本応用酵素協会,冲中記念成人病研究所,中谷医工計測技術振興財団からの研究助成をいただいて行われたものであり,ここに深く感謝の意を表します.
1) Takeuchi, Y., Yahagi, N., Aita, Y., Murayama, Y., Sawada, Y., Piao, X., Toya, N., Oya, Y., Shikama, A., Takarada, A., Masuda, Y., Nishi, M., Kubota, M., Izumida, Y., Yamamoto, T., Sekiya, M., Matsuzaka, T., Nakagawa, Y., Urayama, O., Kawakami, Y., Iizuka, Y., Gotoda, T., Itaka, K., Kataoka, K., Nagai, R., Kadowaki, T., Yamada, N., Lu, Y., Jain, M.K., & Shimano, H. (2016) Cell Reports, 16, 2373–2386.
2) Shimano, H., Yahagi, N., Amemiya-Kudo, M., Hasty, A.H., Osuga, J., Tamura, Y., Shionoiri, F., Iizuka, Y., Ohashi, K., Harada, K., Gotoda, T., Ishibashi, S., & Yamada, N. (1999) J. Biol. Chem., 274, 35832–35839.
3) Yahagi, N. & Shimano, H. (2005) in Understanding Lipid Metabolism with Microarrays and Other Omic Approaches (Berger, A. & Roberts, M.A. eds.), pp. 237–248, CRC Press.
4) Yokoyama, C., Wang, X., Briggs, M.R., Admon, A., Wu, J., Hua, X., Goldstein, J.L., & Brown, M.S. (1993) Cell, 75, 187–197.
5) Horton, J.D., Bashmakov, Y., Shimomura, I., & Shimano, H. (1998) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 5987–5992.
6) Repa, J.J., Liang, G., Ou, J., Bashmakov, Y., Lobaccaro, J.M., Shimomura, I., Shan, B., Brown, M.S., Goldstein, J.L., & Mangelsdorf, D.J. (2000) Genes Dev., 14, 2819–2830.
7) Yoshikawa, T., Shimano, H., Amemiya-Kudo, M., Yahagi, N., Hasty, A.H., Matsuzaka, T., Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Osuga, J., Harada, K., Gotoda, T., Kimura, S., Ishibashi, S., & Yamada, N. (2001) Mol. Cell. Biol., 21, 2991–3000.
8) Gray, S., Wang, B., Orihuela, Y., Hong, E.G., Fisch, S., Haldar, S., Cline, G.W., Kim, J.K., Peroni, O.D., Kahn, B.B., & Jain, M.K. (2007) Cell Metab., 5, 305–312.
9) Porstmann, T., Santos, C.R., Griffiths, B., Cully, M., Wu, M., Leevers, S., Griffiths, J.R., Chung, Y.L., & Schulze, A. (2008) Cell Metab., 8, 224–236.
10) Peterson, T.R., Sengupta, S.S., Harris, T.E., Carmack, A.E., Kang, S.A., Balderas, E., Guertin, D.A., Madden, K.L., Carpenter, A.E., Finck, B.N., & Sabatini, D.M. (2011) Cell, 146, 408–420.
11) Allmann, D.W. & Gibson, D.M. (1965) J. Lipid Res., 6, 51–62.
12) Yahagi, N., Shimano, H., Hasty, A.H., Amemiya-Kudo, M., Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Shionoiri, F., Ohashi, K., Osuga, J., Harada, K., Gotoda, T., Nagai, R., Ishibashi, S., & Yamada, N. (1999) J. Biol. Chem., 274, 35840–35844.
13) Takeuchi, Y., Yahagi, N., Izumida, Y., Nishi, M., Kubota, M., Teraoka, Y., Yamamoto, T., Matsuzaka, T., Nakagawa, Y., Sekiya, M., Iizuka, Y., Ohashi, K., Osuga, J., Gotoda, T., Ishibashi, S., Itaka, K., Kataoka, K., Nagai, R., Yamada, N., Kadowaki, T., & Shimano, H. (2010) J. Biol. Chem., 285, 11681–11691.
14) Sekiya, M., Yahagi, N., Matsuzaka, T., Takeuchi, Y., Nakagawa, Y., Takahashi, H., Okazaki, H., Iizuka, Y., Ohashi, K., Gotoda, T., Ishibashi, S., Nagai, R., Yamazaki, T., Kadowaki, T., Yamada, N., Osuga, J., & Shimano, H. (2007) J. Lipid Res., 48, 1581–1591.
15) Nishi-Tatsumi, M., Yahagi, N., Takeuchi, Y., Toya, N., Takarada, A., Murayama, Y., Aita, Y., Sawada, Y., Piao, X., Oya, Y., Shikama, A., Masuda, Y., Kubota, M., Izumida, Y., Matsuzaka, T., Nakagawa, Y., Sekiya, M., Iizuka, Y., Kawakami, Y., Kadowaki, T., Yamada, N., & Shimano, H. (2017) FEBS Lett., 591, 965–978.
16) Yahagi, N., Shimano, H., Hasty, A.H., Matsuzaka, T., Ide, T., Yoshikawa, T., Amemiya-Kudo, M., Tomita, S., Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Osuga, J., Harada, K., Gotoda, T., Nagai, R., Ishibashi, S., & Yamada, N. (2002) J. Biol. Chem., 277, 19353–19357.
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