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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(3): 471-475 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890471

テクニカルノートTechnical Note

超高親和性タグ“PAタグ”によるタンパク質精製およびその発展的利用法Highly pure protein purification method and developmental application using PA tag system with a super high affinity

東北大学大学院医学系研究科Tohoku University Graduate School of Medicine ◇ 〒980–8575 宮城県仙台市青葉区星陵町2–1 ◇ 2–1 Seiryo-machi, Aoba-ku Sendai Miyagi 980–8575, Japan

発行日:2017年6月25日Published: June 25, 2017
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1. はじめに

現代の技術では,高品質のタンパク質を精製することは決して容易ではない.そのため,タンパク質の機能を解析する際には,タンパク質精製が大きなボトルネックとなっている.この問題を解決するために,これまで多くのタンパク質精製システムが開発されてきた.その中でも,手法の簡便さやコストの面から,精製の第一段階としてよく使用されている手法がアフィニティータグシステムである.この手法は,精製したいタンパク質に目印となる“タグ”を付加し,その“タグ”を特異的に認識する物質を用いて,目的タンパク質のみを得る手法である.そして,このアフィニティータグシステムにおいて,特異性や親和性の面から特に有用だと考えられているのが抗原抗体反応を利用したものである.事実これまでに,FLAGタグシステム,Mycタグシステム,HAタグシステムなど多くのシステムが開発されている.その一方で,どのシステムにも長所と短所が存在し,優れたアフィニティータグシステムに求められる条件をすべて満たしたものはなかなか存在しない(目的タンパク質を取りこぼさないための高い親和性を有していること,抗体から目的タンパク質を簡便に溶出できること,再利用を可能とするためにマイルドな条件での再生が可能なこと等).そこで我々は,前述の条件をすべて満たすような抗原抗体反応を利用した新規アフィニティータグシステムの開発を試み,“PAタグシステム”(和光純薬工業株式会社より販売中)を開発した1).本稿では,PAタグシステムを用いた実際のタンパク質精製例,およびその発展的利用法について記す.

2. PAタグシステムとは

PAタグシステムとは,我々が樹立したヒトポドプラニンに対するラット抗体NZ-1(IgG2a, lambda)2)と,そのエピトープ配列であるヒトポドプラニン由来の12アミノ酸のペプチド“PAタグ”(GVAMPGAEDDVV)を利用したシステムである.このNZ-1は,血小板凝集因子であるヒトポドプラニンと,その受容体であるCLEC-2との結合阻害を目的として樹立された.しかしヒトポドプラニンに対してだけではなく,ヒトポドプラニン由来のペプチドに対しても非常に高い親和性と特異性を有しており,この特徴はアフィニティータグシステムにも利用できると考えられた.実際にT4リゾチームのC末端にPAタグを付加し,親和性を解析してみると,他の代表的なタグシステムと同等以上のきわめて高い親和性を確認できた(図1).もちろん,タグを付加するタンパク質の性質やN末端とC末端のどちらにタグを付加するかなどにより親和性は変動するが,現在のところはどれも高い親和性を確認できている.特に注目すべき特徴としては,抗体からの解離速度が非常に遅く,ほとんど解離しない点である.この他のタグシステムと比較してもきわめて遅い解離速度により,タンパク質精製の際には目的タンパク質を取りこぼさずに捕まえられることが期待される.そこで次節にて,実際に行ったタンパク質精製の結果について記す.

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図1 PAタグシステムの親和性解析

T4リゾチームのC末端にそれぞれ付加したタグと,対応するタグ抗体の親和性を解析した.解析にはOctet96システムを使用し,センサー上に固定化したタグ抗体にサンプルを結合させることによって測定した.文献1より改変して転載.

3. PAタグシステムを用いたタンパク質精製例

精製手順の簡略図を図2Aに示すが,詳細な手順は蛋白質科学会アーカイブ3)やすでに発表済みの論文1)に記しているため,ここでは割愛させていただく.まずは分泌型タンパク質の精製結果について記す(図2B).今回は代表的なヒト由来の細胞株であるHEK293T細胞にC末端にPAタグを付加したmNrp1ec(マウスの1回膜貫通型タンパク質ニューロピリン−1の細胞外ドメイン)を発現させた.NZ-1を固定化したセファロースのカラムに通す前の上清は,血清由来のバンドが強く出ており,目的タンパク質のバンドはどれだかまったくわからない.しかし,カラムに通し,競合ペプチドで溶出すると,目的タンパク質が濃縮され,単一バンドを確認できる.加えて,カラムに通す前と後の上清中に含まれるmNrp1ecの量をウェスタンブロッティングで比較してみると,カラムに通した後は通す前の5%以下しかmNrp1ecが検出できず(図2C),当初の期待どおり1回の精製で目的タンパク質をほぼ取りきれていることが確認できた.PAタグシステムの最も大きな利点は,この目的タンパク質を取りこぼさないほどの非常に高い親和性を有しながらも,競合ペプチドで簡便にタンパク質を溶出できる点である.ただし,やはり親和性がきわめて高いことの影響は十分にあり,タンパク質を溶出する際に5分間のインキュベーションを毎回行うことが,効率よくタンパク質を溶出するための鍵となっている.

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図2 PAタグシステムによるタンパク質精製

(A)PAタグシステムによるタンパク質精製の簡略図.(B)分泌型タンパク質mNrp1ecの精製.(A)の手法で精製を行うと,溶出画分でのみ目的タンパク質のバンドを確認でき,一段階精製できた.(C)mNrp1ecの残量の評価.(B)で使用したサンプルをTBS(pH 7.5)で希釈し,NZ-1を用いてウェスタンブロッティングを行った.(D)膜タンパク質EGFRの精製.膜タンパク質であっても一段階での精製が可能だった.文献1, 3より改変して転載.

また,膜タンパク質の精製にも成功している(図2D).HEK細胞のサブセルラインである293S GnT1細胞を用いN末端にPAタグを付加したヒトEGFR(上皮成長因子受容体)を発現させた.多くの場合,活性を維持した膜タンパク質を精製するには界面活性剤含有の条件下で行う必要があり,かつイオン交換やゲル濾過などの複数のステップを必要とする.しかしPAタグシステムは,EGFRの発現量がきわめて少なかったにも関わらず,界面活性剤含有下の細胞破砕液中から高純度のEGFRを一段階で精製できた.現在ではさまざまな膜タンパク質の精製に成功しており,実績も十分になりつつある.

さらに,精製に使用したNZ-1を固定化したレジンは,3 M MgCl2(pH 6.0)という中性の高塩濃度緩衝液で再生が可能である.中性条件での再生が可能なことから,抗体や抗体を固定化したレジンへのダメージは最小限に抑えられるため,複数回の再利用が可能である.以前の結果から1),少なくても60回は再利用が可能であり,PAタグシステムはコストの面からみても非常に優れていることも大きな特徴である.

4. PAタグシステムの発展的利用法

しかし,12アミノ酸という特に長いわけでもないペプチドがここまで高い親和性を有していることは非常に珍しい.そこで我々は,原子レベルでの相互作用を知るために,NZ-1とPAペプチドの複合体のX線結晶構造解析を試み,立体構造を決定した(図34).その結果,二つの要因が高親和性に大きく寄与していることが示唆された.一つ目は,ペプチドが結合する前と後の構造を比較すると,相補性決定領域(CDR)から構成される抗原結合部位は,両者において主鎖はもちろん側鎖レベルまでほぼ同じだった点である.さらには,NZ-1とPAペプチドの結合面で結合水を介して存在する水素結合ネットワークは,ペプチドが結合していなくても,結合水が同様な位置を占めることでほぼ保たれていた.すなわち,PAペプチドの結合前後で,水和水を含めたNZ-1側の構造がほとんど変化せず,エネルギー損失なしにPAペプチドが結合できていることが高親和性に寄与している要因の一つと考えられた.二つ目は,特徴的なペプチドの型である.PAペプチドは中心部のPro-Glyの部分においてターン構造をとってNZ-1に結合していた.実はこのPro-Glyの配列は,統計的にみてターン構造をとりやすいことが報告されている5).すなわち,PAタグは溶液中でもこの構造をとりやすいと考えられる.一般的に直鎖状のエピトープペプチドは溶液中で一定の構造をとらず,抗体に結合する際に特定の構造をとるようになるため,結合の前後でエントロピーを失い,これは結合エネルギーに負の寄与を持つ.これに対してPAタグは,上記のターン構造の安定性のために抗体に結合する際のエントロピーの損失が少ないことが期待され,これが高親和性に大きく寄与していると考えられた.

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図3 NZ-1とPAペプチドの複合体の構造

PAペプチドは中心部のPro-Glyの部分でターン構造をとってNZ-1に結合していた.それに伴い,N末端とC末端が同じ方向を向いているという特徴が見受けられた.

そして,NZ-1がターン構造を認識し,N末端とC末端が同じ方向を向いていることから,新たな可能性が見いだされた.それは,PAタグをタンパク質内部のループ領域に挿入してもNZ-1と結合でき,タグシステムとして利用できる可能性である.そこで我々は,モデルケースとしてインテグリンαIIbβ3のαサブユニットのさまざまな箇所にそれぞれPAタグを挿入し(図4A),挿入に成功した変異体についてNZ-1との親和性を解析した(図4B).インテグリンαIIbβ3はすでに構造が解かれており,細胞外ドメインのみの分泌型としても発現が容易なため,今回のモデルタンパク質として適していた6).その結果,ループ領域に挿入されたPAタグはどれも高い親和性を維持していた.特に,CapやW2のようなターンが厳しいループ領域においても高い親和性を維持できていたことから,PAタグをループ領域へ挿入しても抗体と結合できるという特徴は汎用的である可能性が非常に高まった.続いて,3か所のループ領域において,PAタグと同様にFLAGタグ(DYKDDDDK)とMycタグ(EQKLISEEDL)を挿入し,それぞれのタグに対応する抗体で免疫沈降できるかどうか確認した(図4C).まず抗β3抗体7E3によって免疫沈降を行うと,どの変異体でも発現を確認できた(レーン4~8).一方で,各タグに対応するタグ抗体で免疫沈降を行うと,PAタグの場合のみバンドが確認でき,ループ領域に挿入したFLAGタグとMycタグはタグ抗体への結合能が失われていた(レーン1~3).すなわち,このループ領域に挿入してもタグとして機能できるという特徴は,PAタグシステム独自であることが明らかとなった.

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図4 PAタグのループへの挿入例

(A)PAタグの挿入部位.インテグリンαIIbβ3はαサブユニット(赤色)とβサブユニット(灰色)のヘテロ二量体である.今回は四つのドメインからなるαサブユニットにPAタグを挿入した.(B)ループ領域へのPAタグ挿入に成功した変異体の親和性解析.シアン(矢印)のループ領域にPAタグを挿入した.Calf-2 X-Yはdisorderのループ領域である.PAタグのNZ-1への親和性は,変異体ごとに異なる数値が算出されたが,どれもnMレベルのKD値を示し,高い親和性が維持されていた.(C)各種タグのループへの挿入.W2とThigh F-GとCalf-1 X-Zの3か所においてPAタグと同様にFLAGタグとMycタグをそれぞれ挿入した.抗β3抗体7E3による免疫沈降で,どの変異体も発現が確認できた(レーン4~8).一方で,各タグに対応するタグ抗体で免疫沈降を行うと,PAタグの場合のみタグ抗体への結合能が失われていなかった(レーン1~3).文献4より改変して転載.

この特徴はPAタグシステムのさらなる活用を期待させる.以下に代表的な二つを記す.一つ目はこれまで困難だったタンパク質の精製や検出が容易になる可能性がある点である.たとえば,両末端が細胞内に存在したり,末端が機能的に重要でありタグを付加したりできないようなタンパク質の場合,タンパク質内部のループ領域にPAタグを挿入することで問題を解決できる.実際に,ループ領域にPAタグを挿入したタンパク質の精製に成功したという報告もすでにある(論文未発表).二つ目は,構造変化レポーターとしての利用である.PAタグはタンパク質内部の任意のループ領域に挿入することが可能である.そのため,立体構造の変化に伴いタンパク質表面に露出している部位が変化する場合,その部位にPAタグを挿入し,NZ-1が結合するかどうかを評価することでこの構造変化を検出できる可能性がある.事実,我々は立体構造が大きく変化するインテグリンαIIbβ3にPAタグを挿入し,標識したNZ-1を結合させることにより,構造変化の検出に成功している4)

5. おわりに

PAタグシステムは,高い親和性と特異性を有しながらも,ペプチドで簡便に溶出でき,さらには再利用可能な優れたタンパク質精製システムである.加えて,タグと抗体のその特徴的な結合様式から,タンパク質内部のループ領域に挿入してもタグとして機能できるという新たな可能性も見いだした.しかしその一方で,ヒトポドプラニンや配列が似ているサルポドプラニンが発現している細胞株には反応してしまうという問題点も残っている.実は我々は,この問題点を補うために,MAPタグシステム7)とRAPタグシステム8)という2種類のアフィニティータグシステムをすでに開発している.PAタグシステムのみでは対処できない場合に,これらのシステムで補佐することにより,多くの問題を解決可能である.なお,これらの3種類のタグに対する抗体は,現在抗体バンク(東北大学・加藤研究室)からも入手可能である9).もちろん,どのような目的にも使用可能なシステムを確立することが最良ではあるが,各実験目的に合ったタグを開発し,タグのラインナップを充実させていくことが現状の課題となっている.

著者紹介Author Profile

藤井 勇樹(ふじい ゆうき)

小野薬品工業株式会社研究員.博士(理学).

略歴

1988年石川県に生る.2010年東京農工大学農学部卒業.12年同大学院生物システム応用科学府博士前期課程卒業.15年大阪大学大学院生命機能研究科博士課程卒業.同年東北大学大学院医学系研究科助教.17年現職.

加藤 幸成(かとう ゆきなり)

東北大学未来科学技術共同研究センター・東北大学大学院医学系研究科教授.博士(医学)・博士(薬学).

略歴

1973年富山県に生る.95年東京大学薬学部卒業.97年同大学院薬学系研究科修士課程卒業.2005年山形大学医学部卒業.08年Duke大学メディカルセンター研究員.10年山形大学医学部准教授.12年東北大学大学院医学系研究科教授.17年現職.

研究テーマと抱負

がん特異的抗体により,副作用のない抗体医薬開発を実施中.

ウェブサイト

http://www.med-tohoku-antibody.com/index.htm

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