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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(4): 508-514 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890508

総説Review

生体膜変形タンパク質による細胞膜の張力を介したアクチン重合制御機構Regulation of membrane tension mediated actin nucleation by membrane bending proteins

神戸大学バイオシグナル総合研究センターBiosignal Research Center, Kobe University ◇ 兵庫県神戸市灘区六甲台町1–1 ◇ 1–1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe, Hyogo

発行日:2017年8月25日Published: August 25, 2017
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細胞の形態変化に伴う細胞膜の変形は細胞運動,分裂,組織の形成等基本的な生命現象に不可欠である.これまでの研究により,細胞膜の変形は,アクチン細胞骨格の重合と脱重合により制御されることがわかっている.アクチン重合の再編成は,細胞膜の直下で起こるが,従来,細胞膜は単なる足場として働くと考えられてきた.しかしながら,近年の研究により,細胞膜の力学的な性質である膜の張力そのものがシグナルとして働き,アクチン細胞骨格の再編成を制御していることが明らかになってきた.本稿では,細胞運動における「細胞膜の張力センサー」タンパク質による細胞膜張力を介したアクチン重合の制御機構について筆者らの最新の知見を紹介する.

1. はじめに

細胞は細胞質と外界を隔てる脂質二重層からなる細胞膜によって包まれた構造体である.細胞は静的ではなく,外部環境や刺激,あるいは自身の生み出す力に応答して大きく形態を変化させる.たとえば,細胞が運動するとき,移動先端(leading edge)の細胞膜は伸展し,後部の細胞膜は収縮する.このような細胞膜の変形を伴う細胞形態の変化は,本質的に,細胞膜の力学的な性質,つまり膜の張力に制御されると考えられる.細胞膜の張力は面内方向で働く表面張力と細胞膜とアクチン皮質との接着力により規定される1–4).表面張力は機械的な細胞膜の伸展・退縮や浸透圧の変化により大きく影響を受ける.たとえば,細胞運動でみられる細胞膜の伸展は表面張力の上昇を引き起こす.細胞膜とアクチン皮質との接着力は,それらをつなぐリンカータンパク質により制御されている1–3).リンカータンパク質はアクチン皮質を細胞膜にリンクさせることで,細胞膜の変形に抵抗する.つまり,細胞膜にかかる張力は表面張力と接着力のバランスで決定されている1–3).近年の研究から,この膜の張力が細胞の形態変化を伴うエンドサイトーシス,細胞運動,細胞分裂等において重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあり,その全容解明が大きなトピックスとなっている2, 3).興味深いことに,細胞の形態変化を伴う機能と細胞膜の張力は機械的なフィードバック機構を有していると考えられる.たとえば,エンドサイトーシスの初期段階で起こる細胞膜が内側に陥入するクラスリン被覆ピット構造は,細胞膜の張力が低いほうが膜を曲げやすく形成されやすい(図1A).その結果,生じる膜小胞の過剰形成,つまりエンドサイトーシスの亢進は細胞膜の表面積の減少による膜張力の上昇を引き起こし,エンドサイトーシスは抑制される.細胞運動における移動先端の伸展も同様に,膜張力が低いほうが起こりやすく,アクチン重合を介した細胞膜の伸展は,膜張力の上昇を引き起こす.その結果,アクチン重合は阻害され移動先端の伸展は抑制される(図1A).重要なことは,これらの動的な細胞機能を駆動する生化学反応も同様に,細胞膜の張力によってフィードバック制御を受けていると考えられることである.しかしながら,膜張力の変動をアクチン重合のような生化学反応へ変換するメカノセンサーが不明であったため,それらの実体は明らかではなかった(図1B).筆者らはこれまでの研究で,脂質膜変形活性を有するEFC/F-BARドメインを同定し,脂質膜を機械的に曲げる分子機構を明らかにした5, 6).さらにF-BARタンパク質が「細胞膜の張力センサー」として働くことを発見し,細胞膜を介したメカノセンシングの分子メカニズムを提唱した7).本稿では,細胞運動における「細胞膜の張力センサー」タンパク質による細胞膜張力を介したアクチン重合の制御機構について紹介したい.

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図1 細胞形態と細胞膜の張力

(A)エンドサイトーシス,細胞運動と細胞膜の張力とのフィードバック制御.(B)細胞膜張力を生化学反応に変換するメカノセンサーの概念図.

2. 細胞膜の張力と細胞運動

細胞運動は,免疫細胞の炎症部位への移動,発生における形態形成,さらにはがん細胞の転移等にも関与しており,非常に重要な細胞機能の一つである.細胞が動くとき,細胞膜の移動先端でダイナミックなアクチン細胞骨格の再編成が起こる8).移動先端では枝分かれしたアクチンフィラメントによって構成された葉状仮足(lamellipodia)やそれが波打ったラッフリング(Ruffling)構造が形成される(図2A).枝分かれしたアクチンフィラメントの形成はWiskott-Aldrich syndrome protein(WASP)/WASP family verprolin-homologous protein(WAVE)ファミリータンパク質依存的なArp2/3複合体の活性化によって起こる8–11).つまり,移動先端の細胞膜直下でアクチン重合が活性化し,それが機械的に細胞膜を押すことで,細胞膜が伸展し,細胞は運動することができる.ここで,細胞が方向性を持って運動するためには,移動先端にアクチン重合制御装置を極性化させる必要がある.これまでの細胞生物学および数理モデルを用いた研究により,移動先端の極性化は自律的に起こること,およびアクチン重合を活性化させるポジティブフィードバック活性化因子と,それに付随するグローバルなネガティブフィードバックループがこの極性化に重要であること,が明らかになっていた12, 13)図2B).実際に,活性化因子として働くアクチン重合装置であるWASPファミリータンパク質-Arp2/3複合体は,細胞膜直下で動的なターンオーバーを繰り返しながら,自己組織的に移動先端の細胞膜に極性化することが知られている14–16).これらの自律的かつ振動的な振る舞いは,活性化因子と阻害因子のフィードバック制御で説明できると考えられている12, 13, 17).しかし,この阻害因子の実体はまったく不明であった.

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図2 細胞運動における細胞膜張力の役割

(A) COS-1細胞をファロイジンで染色した図.細胞運動時に形成される移動先端を矢印で示す.(B)細胞運動時の極性形成における活性化因子と阻害因子のフィードバック制御機構のモデル.

2000年,Sheetzらのグループは,デオキシコール酸を加えて,細胞膜の張力を人工的に下げたとき,繊維芽細胞の葉状仮足の形成が亢進することを明らかにした18).また同グループは光ピンセットを用いた解析により,Arp2/3複合体を介した枝分かれしたアクチン重合の活性化に伴う細胞伸展(cell spreading)により,細胞膜の張力が上昇し,それに続いてアクチン重合が阻害されることを報告した19).さらに,低張液を加えて細胞膜の張力を人工的に上げたとき,アクチン重合および葉状仮足の伸展が阻害されることを示した19).ケラトサイトにおいても,Arp2/3複合体を介したアクチン重合による細胞膜を押す力の発生が細胞膜の張力の上昇に寄与していることが報告されている20).また興味深いことに,細胞膜張力の上昇により,エキソサイトーシスの亢進が起こり,この脂質膜の供給が膜張力のバッファーとして働き,さらなる葉状仮足の伸展に寄与していることが示唆された19).これらの事実は,細胞膜の張力という物理的刺激が細胞運動やエキソサイトーシスを駆動する生化学反応を直接制御していることを強く示唆していた.2012年,Weinerらのグループは,細胞が運動する際に発生する細胞膜の張力がArp2/3複合体を介したアクチン重合に対するネガティブフィードバック制御因子として働き,移動先端の極性化に必須であることを報告した21)図2B).彼らは,好中球を用いた解析を行い,細胞が動き始めると同時に細胞膜の張力が有意に上昇することを,光ピンセットを用いて実証した.さらに,低張液を加えて浸透圧を上げたとき,およびマイクロピペットで細胞を吸って細胞膜の張力を人工的に上げたとき,WAVE複合体およびその活性化に重要であるRacが細胞膜から外れることでアクチン重合が阻害され細胞運動が抑制されることを示した.逆に高張液を加えて膜張力を人工的に下げると,WAVE複合体が細胞膜全体にリクルートされ,無数の仮足形成が促進され,極性化が崩壊することを明らかにした.以上の結果も,細胞膜の張力がアクチン重合の阻害因子として働くことを明瞭に示している.細胞が運動する際,Arp2/3複合体を介したアクチン重合は細胞膜を押し,膜自身に張力を発生させる.つまり,活性化因子によって発生する細胞膜の張力が,その阻害因子として働くモデルは,活性因子・抑制因子系と一致し,極性化に依存した細胞運動を説明する上で非常に合理的であると考えられる21)図2B).しかし,細胞膜の張力がArp2/3複合体依存的なアクチン重合の活性を制御する分子メカニズムについてはまったく不明であった.

3. 細胞膜の張力センサー

なぜ細胞膜の張力が上がるとアクチン重合は阻害され,逆に張力が下がると活性化されるのだろうか? 筆者らは,細胞膜の張力の減少を感知してアクチン重合を活性化する細胞膜の張力センサータンパク質が存在するのではないかと考えた.最初に発見された細胞膜の張力センサーは細胞膜の伸展により活性化される伸展活性化イオンチャネル(stretch-activated ion channel:SAチャネル)であり,膜張力の上昇を感知する22).SAチャネルは機械感受性(mechanosensitive:MS)チャネルとも呼ばれ,これらのイオンチャネルは原核生物から真核生物まで保存されている23, 24).細菌のMSチャネルに関しては,立体構造が明らかになっており,細胞膜の張力の上昇によってその構造が変化しMSチャネルが活性化する分子メカニズムが明らかになっている.一方で,細胞膜の張力の減少を感知する張力センサーは不明であった.一体どのような性質を持つタンパク質が膜張力の減少を感知するのに適しているだろうか? 一般的に我々は,物体の張力を測るとき,実際にそれらを引っ張って確かめる.細胞も同様に,自身の細胞膜をつまむことで,張力を感知するのではないだろうか.つまり,細胞膜を直接引っ張って曲げる活性を持つタンパク質が理想的な膜張力センサーではないかと考えられた.

4. BARドメインファミリー

1)BARドメインは脂質膜変形活性を持つ

Bin-amphiphysin-Rvs167(BAR)ドメインファミリーは,エンドサイトーシス,細胞運動,細胞分裂等の細胞膜の変形を伴う細胞機能に関与するタンパク質に存在し,進化上,真核生物に保存されたドメインである25–28).1999年,De camilliらのグループは,エンドサイトーシスに関わるamphiphysin 1が人工脂質膜を直接曲げてチューブ化する活性を持つことを報告した29).この際重要な発見として,N末端のBARドメインがこの膜変形活性に必要かつ十分であることが示された.またショウジョウバエにおいて,amphiphysinは筋肉細胞でみられる細胞膜の陥入構造であるT管形成に重要であることが示され,in vivoにおいてもBARドメインによる脂質膜変形活性の重要性が明らかにされた30, 31).その後,McMahonらのグループは,amphiphysin 1のBARドメインの立体構造を明らかにした32).BARドメインは3本のαへリックスから構成され,二量体を形成することで,バナナ状[banana-shaped,三日月状(crescent-shaped)とも呼ばれる]の特徴的な構造を持つ.興味深いことに,BARドメインの湾曲した内側に脂質膜結合面が存在し,そのカーブの半径とBARドメインが形成するチューブ膜の半径がほぼ一致することから,BARドメインは膜の曲率センサーとして働くことが提唱された32)

筆者らは,N-WASPに結合するタンパク質を解析し,N末端にFes-CIP4 homology(FCH)ドメインを持つformin binding protein 17(FBP17)を同定した5).FCHドメインもBARドメインと同じく,エンドサイトーシス,細胞運動等に関与するタンパク質に保存されており,これらのタンパク質はPombe-cdc15 homology(PCH)ファミリータンパク質と呼ばれていたが,このドメインの機能は不明であった33).2004年,Mochizukiらのグループは,FBP17を細胞に過剰発現させると,BARタンパク質と同様に細胞膜の陥入構造を引き起こすことを示した34).2006年,筆者らはFCHドメインとその下流に保存された領域が一つの機能ドメインとして働き,脂質膜結合能および膜変形活性を担っていることを明らかし,extended-FCH(EFC)ドメインと名づけた5).cdc42 interacting protein 4(CIP4),PSTPIP1, PSTPIP2, FerのEFCドメインも同様に脂質膜をチューブ状に変性する活性を有することが明らかとなり,EFCドメインの膜変形活性は高度に保存されていることが実証された.現在では,このドメインは,立体構造との類似性から,BARドメインの一員であることがわかっており,狭義にはFCH and BAR(F-BAR)ドメインと呼ばれている35).続いて筆者らはFBP17とCIP4のF-BARドメインの立体構造を明らかにした6).F-BARドメインもBARドメインと同様に二量体を形成し,バナナ状の構造を形成することが明らかとなった.さらに,その構造から,F-BARドメインの二量体どうしがその先端部分を介して相互作用し,重合することが示唆された.実際,その相互作用に重要なアミノ酸を置換した変異体(FBP17 K166A)を細胞に過剰発現させると,細胞膜の陥入構造が阻害されたことから,F-BARドメイン自身の重合が膜変形活性に必須であることがわかった.さらに,クライオ電子顕微鏡を用いた解析により,F-BARドメインはらせん状に重合しながら人工リポソームに巻きついて,チューブ状に変形することを明らかにした6).これは,細胞質タンパク質が脂質膜を機械的に曲げる分子メカニズムを世界で初めて明らかにしたものであり,非常に重要な発見となった.その後の研究により,F-BARドメインの先端部分だけでなく,側面どうしの相互作用もらせん構造の形成に必須であることが示されている36).これらの結果から,F-BARドメインは単なる細胞膜の「曲率センサー」ではなく,膜の曲率を引き起こす,つまり細胞膜を引っ張って曲げる「曲率ジェネレーター」として働くことが示唆された.実際,F-BARドメインを持つFCHoタンパク質が,クラスリンを介したエンドサイトーシスにおいて,初期段階に起こる細胞膜の陥入構造(クラスリン被覆ピット構造)の形成に関与することが報告されており37),同じくF-BARタンパク質であるPACSIN2がカベオラ形成時における細胞膜陥入構造の形成に重要であることが示されている38, 39)

2)BARタンパク質によるアクチン重合の制御機構

先に述べたように,BARタンパク質はエンドサイトーシスや細胞運動などの細胞膜の変形とアクチン重合が協調的に働く細胞機能に関与している.多くのBARタンパク質はSH3ドメインを持ち,WASPファミリータンパク質と結合する40)図3A).実際,F-BARドメインを持つFBP17, CIP4, Transducer of Cdc42 activation-1(Toca-1)はN-WASPの活性化に必須なタンパク質として同定されていた41).2008年,Suetsuguらのグループは,FBP17とToca-1による脂質膜依存的なN-WASP-Arp2/3複合体を介したアクチン重合の活性化機構を明らかにした42).この結果は,脂質膜を曲げる活性がアクチン重合の活性化とリンクしていることを示唆していた.筆者らは,N-WASP, Arp2/3複合体を含むアクチン重合再構成系に,精製したFBP17と蛍光標識した人工リポソームを加えて共焦点顕微鏡で直接観察した結果,アクチン重合がFBP17の重合により形成されたチューブ膜上に限局して活性化していることを明らかにした43).これに関連して,RosenらのグループはWASPファミリータンパク質の二量体化および多量体化がArp2/3複合体の活性化に重要であることを明らかにしていた44).これらの事実は,FBP17は重合しながら細胞膜を内側に引っ張って,かつN-WASPの多量体化を促進し,チューブ膜上でアクチン重合を活性化することを示唆している(図3B).細胞膜を曲げる能力は膜の張力に依存するので,次のようなモデルが考えられる.細胞膜張力の減少により,FBP17の膜変形活性とそれに付随するアクチン重合活性が上昇する.逆に細胞膜の張力が上がると,FBP17は細胞膜から外れ,結果的にアクチン重合は阻害される.この予想をもとに,筆者は,FBP17が細胞膜の張力の変動を感知してアクチン重合を制御する細胞膜張力センサーとして働くのではないかと考えた(図3B).

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図3 F-BARタンパク質による細胞膜の張力依存的なアクチン重合の制御

(A) F-BARタンパク質によるWASP/Arp2/3複合体依存的なアクチン重合の活性化機構.F-BARタンパク質は細胞膜上で重合し,WASPのクラスター化を促進することで,アクチン重合を活性化する.(B) F-BARタンパク質による細胞膜の張力依存的なアクチン重合の活性化機構.

5. 細胞膜張力センサーによる細胞膜の張力を介した細胞運動の制御

1)F-BARタンパク質であるFBP17は細胞膜張力センサーとして働く

筆者らはFBP17が細胞膜の張力を介した細胞運動に関与しているかどうか調べた7).アフリカミドリザルの腎細胞であるCOS-1細胞は,自発的に数か所の移動先端を形成するため,運動能が低いことが知られており,細胞膜張力と極性化の関係性を調べるのに適したモデル細胞であると考えられた.そこで,浸透圧を変化させて,細胞膜の張力を操作したとき21, 45),移動先端の極性化とFBP17の挙動に関連性がみられるかどうか調べた.共焦点レーザー顕微鏡観察により,FBP17はこれらの移動先端の細胞膜にドット状に局在することが明らかとなった.低張液を加えて,細胞膜の張力を人工的に上げると,1か所の先導端の形成,つまり極性化とそれに伴う発達したアクチン重合の亢進が観察された.FBP17のドットもきれいに移動先端に極性化し,Arp2/3複合体を介したアクチン重合の活性化と一致していた.逆に高張液を加えて細胞膜の張力を下げると,FBP17のドットは細胞膜全体にランダムに局在し,極性の形成は完全に消失した.それに伴い,アクチン重合も細胞膜全体で無秩序に起こり,その多くはFBP17のドットと一致していた.また,すでに極性化している(つまり一つの移動先端を持つ)運動能の高いMDA-MB231細胞において,FBP17はその運動先端に極性化していることが観察された.興味深いことに,細胞膜の張力を上げると,FBP17は移動先端から消失し,アクチン重合および細胞運動が阻害されることがわかった.以上の結果から,細胞膜の張力はFBP17の重合を阻害することで,移動先端の極性化を制御していることが示唆された.

次にその動的な変化を調べるためにタイムラプス蛍光顕微鏡を用いた解析を行った.細胞膜の張力を上げると,数か所の移動先端に局在していたFBP17が細胞膜から外れ,1か所の先導端に極性化し,その結果極性を維持したアクチン重合が活性化されることがわかった(図4A).逆に細胞膜の張力を下げると,FBP17の極性化は瞬時に失われ,細胞膜全体にランダムに重合し,アクチン重合もランダムに活性化するようすが観察された(図4B).これらの結果は,FBP17による膜張力依存的なアクチン重合の制御機構の存在を示していた.以前の研究から,FBP17は細胞運動に関わるタンパク質であることが知られていた16, 46, 47).実際,RNAi法を用いた解析により,FBP17はCOS-1細胞において移動先端の形成,および運動に必要であることがわかった.さらに重要なことに,FBP17をノックダウンした場合,細胞膜の張力依存的な移動先端の極性化が顕著に抑制されることがわかった.以上の結果から,細胞膜の張力はFBP17の重合に対して抑制的に働くことで,移動先端の極性化と,それに付随した細胞運動を制御していることが示唆された(図4C).

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図4 細胞膜の張力依存的なFBP17の極性化

(A) GFP-FBP17とF-アクチンのマーカーであるLifeact-mCherryを発現させたCOS-1細胞に低張液を加えて,タイムラプス蛍光顕微鏡で観察した(矢頭:FBP17の脱重合,矢印:FBP17の極性化を示す).(B) GFP-FBP17とLifeact-mCherryを発現させたCOS-1細胞に高張液を加えて,タイムラプス蛍光顕微鏡で観察した(矢頭:FBP17の極性化が崩壊していくようすを示す).文献7より一部改変.(C)細胞膜の張力に依存したFBP17の極性化と細胞運動.細胞膜の張力の上昇に応じてFBP17が極性化し,運動が亢進する.しかし,過度の膜張力の増加は,FBP17の重合を完全に抑制し,移動先端の形成は阻害され運動は止まる.

2)FBP17の膜変形活性が細胞膜張力を介した極性化に必須である

上記の結果から,FBP17の膜変形活性が膜張力依存的な極性化に関与していることが考えられた.そこで,F-BARドメインの相互作用に必須な先端部分に変異を入れ,膜変形能を欠いた変異体(FBP17 K166A)を細胞に発現させて,移動先端における局在を解析した.その結果,膜変形能を欠いた変異体の極性形成能は完全に消失していた.さらに全反射照明蛍光(total-internal-reflection fluorescent:TIRF)顕微鏡を用いた解析により,COS-1細胞において細胞膜の張力を上げたとき,細胞膜直下で全体的に存在するFBP17の膜陥入構造が消失し,それに続いてアクチン重合も消失することが明らかとなった.次に,in vitro再構成実験を用いて,実際にFBP17の脂質膜変形活性が膜の張力に直接依存しているかどうか解析した.蛍光リポソームに高張液を加えてリポソーム膜の張力を下げた後,精製したGFP-FBP17タンパク質を混ぜて蛍光顕微鏡で観察した結果,FBP17によるリポソーム膜の変形活性は劇的に亢進することが明らかとなった.以上の結果から,細胞膜の張力はFBP17の膜変形活性を負に制御していること,および,細胞膜張力の上昇による極性化の亢進は,FBP17を細胞膜から外し,生き残っている先導端へリクルートした結果により促進されることが示唆された(図4C).

3)細胞膜の変形活性とアクチン重合による膜張力の発生との相互的作用

次にFBP17の極性化が,細胞膜の張力により制御されるメカニズムを解析した.細胞運動の際,移動先端では連続的かつ個々に独立した単位の細胞膜の伸展と退縮が起こることが知られている48, 49)図5).興味深いことに,タイムラプスイメージングにより,FBP17は重合と脱重合を繰り返しながらダイナミックに移動先端に極性化することが明らかとなった.さらにカイモグラフの解析から,このターンオーバーと細胞膜の伸展,退縮は同調していることがわかった.つまり,FBP17は細胞膜が退縮する際に重合し,伸展に伴って脱重合していることが考えられた.以前の研究により,WASPファミリータンパク質-Arp2/3複合体を介したアクチン重合は,細胞膜を押すことで,張力を発生させることがわかっている(図2B).FBP17の重合はその活性化に必要なので,筆者らはFBP17が活性化因子として働き,それによって生じた細胞膜張力とのフィードバックループがFBP17の極性化,ひいては移動先端の形成に必要ではないかと考えた(図2B).実際に,N-WASPの阻害剤であるwiskostatinを用いて,Arp2/3複合体依存的なアクチン重合を阻害すると,FBP17は瞬時に細胞全体にランダムに重合し,移動先端への極性化は完全に消失した.Arp2/3の阻害剤であるCK-666を用いた場合においても,同様の結果が得られた.またFBP17の細胞膜上におけるターンオーバーも失われた.さらに,SH3ドメインに変異を入れたN-WASPに結合できない変異体(FBP17 W588K+P602L)の移動先端への極性化およびターンオーバーは阻害されていた.これらの結果から,FBP17の膜変形を介したアクチン重合による細胞膜張力の増加が負のフィードバック制御機構として働き,極性形成に必須であることが示唆された.

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図5 細胞運動における細胞膜の張力とFBP17によるフィードバック調節機構

FBP17は細胞膜を曲げながら重合する.FBP17の重合に伴ってアクチン重合が活性化され細胞膜が伸展する.結果,膜の張力が上昇し,FBP17は細胞膜から外れる.次にミオシンの収縮力により膜が退縮し,局所的な膜張力の低下が起こる.そしてFBP17の再重合が開始される.これらのフィードバックループにより,自律的な極性形成が起こると考えられる.

さらに筆者らは,細胞膜の退縮による一時的な膜張力の低下がFBP17のリクルートメントに寄与しているのではないかと考えた.この退縮にはミオシンIIの収縮力が必須であることがわかっており,ミオシンIIの特異的阻害剤であるblebbistatinを用いてミオシンの活性を抑制すると,細胞膜の張力が上昇することが知られている.そこで,ミオシンIIを阻害したとき,移動先端におけるFBP17の振る舞いを調べた.ミオシンの活性を阻害すると,FBP17は移動先端から瞬時に脱重合することが明らかとなり,FBP17は細胞膜の退縮による膜張力の減少を認識して重合していることが示唆された.実際,ミオシンIIを阻害した場合において,同時に高張液を加えて細胞膜の張力を全体的に下げると,FBP17はランダムに細胞膜全体に重合した(つまり膜変形能はレスキューされた).以上の結果により,FBP17は移動先端において,自身による膜の伸展とミオシンIIを介した退縮による膜張力の変動を感知しながら,ダイナミックに極性化し,移動先端の形成を制御していることが考えられた(図5).

6. おわりに

筆者らの報告の直後,BARドメインも膜張力センサーとして働くことが報告され50),BARドメインファミリーが普遍的な細胞膜の張力センサーとして働く可能性があることが示唆された.細胞膜の張力は,細胞運動のみならず,細胞膜の形態変化を伴うエンドサイトーシス,エキソサイトーシス,細胞分裂,組織形成等に不可欠である.筆者らによる細胞膜張力センサーの発見は,これらの膜張力を介した生命現象を理解する上で大きな進展になると期待される.一方,細胞膜の張力を制御する分子機構に関してはほとんどわかっていない.その解明には生化学,細胞生物学,物理学,数理生物学を融合した学際的研究が必須であろう.

近年のメカノバイオロジーの発展により,生命現象における機械的刺激の重要性が明らかにされ,その制御機構の破綻がさまざまな疾患に結びついていることが明らかになりつつある.細胞膜張力を介したシグナル伝達機構の破綻が,高血圧やがんなどメカノストレスが関与する疾患に関与していることが予想されるが,その実体はまったく不明である.細胞膜張力に着目した研究を推進することで,これらの疾患理由を説明できる新たな生物学的概念が生まれることが期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究は,東京大学医科学研究所,竹縄忠臣名誉教授の研究室および神戸大学バイオシグナル総合研究センター,伊藤俊樹教授の研究室において,多くの先生方や仲間にサポートされて行われました.またF-BARドメインの機能解析は,理化学研究所の横山茂之上席研究員のグループとの共同研究として行われました.この場を借りて,深く感謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

辻田 和也(つじた かずや)

神戸大学バイオシグナル総合研究センター講師.博士(理学).

略歴

1978年兵庫県に生る.2001年東京薬科大学生命科学部卒業.06年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了.同年東京大学医科学研究所博士研究員.07年神戸大学大学院医学研究科特命助教.13年神戸大学バイオシグナル研究センター助教.16年より現職.15年AMED-PRIME研究者(兼任).

研究テーマと抱負

細胞膜張力の制御機構および膜張力により制御されるシグナル伝達機構の解明を通じて,細胞の形態変化を伴う生命現象の本質に迫りたい.

趣味

海釣り,スキューバダイビング.

本総説は2016年度奨励賞を受賞した.

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