生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 89(4): 538-545 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890538

みにれびゅうMini Review

オミクス科学における実験数の組合わせ爆発に挑むDNAバーコード技術DNA barcode tricks to tackle combinatorial explosion of experiments in omic measurements

1東京大学先端科学技術研究センター合成生物学分野Synthetic Biology Division, Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo ◇ 〒153–8904 東京都目黒区駒場4–6–1 東京大学先端科学技術研究センター4号館420号室 ◇ 4–6–1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153–8904, Japan

2慶應義塾大学先端生命科学研究所Institute for Advanced Biosciences, Keio University

3科学技術振興機構さきがけPRESTO, Japan Science and Technology Agency

発行日:2017年8月25日Published: August 25, 2017
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1. はじめに

生命システムは大量の分子と環境のゆるやかかつ精緻な連結と制御によって構成され,動的に変化する巨大機械と捉えることもできる.今日,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボロームといった,単一の分子部品を網羅的に調べつくす従来のオミクス科学は円熟を迎えつつある.生命システムに対する我々の理解をさらに深めるには,この枠組みを超えて,複数の因子の組合わせがシステムにどのように寄与しているかを調べることが重要であるが,その組合わせの数は膨大である.網羅的なタンパク質間相互作用情報(インタラクトーム),遺伝子間相互作用(エピスタシス)ネットワーク,コネクトームなど二つ以上の因子が関与する生命現象はどのように一斉スクリーニングできるだろうか? 本稿では,「DNAバーコード」という考え方と,あらゆる生物学実験におけるさまざまな条件の「組合わせ爆発」問題をDNAバーコードの連結化によって解決するというアイディアについて説明し,これらが切り開く生物学の新展開を議論する.

2. DNAバーコード化技術はアッセイを多重化・高速化する(DNAバーコードの基本型)

「DNAバーコード」による分子や細胞の生化学的,遺伝学的な標識は,オミクスデータの多重計測を可能にし,今日の生命科学に欠かすことのできない基盤技術の一つとなりつつある.

DNAバーコードは,一般に20~100塩基程度の短い任意の人工塩基配列の両端に共通のPCR増幅配列を有するDNA分子を指す(図1a).分子や細胞などさまざまな生物試料を識別するための分子タグとして利用することができるため,バーコード化された生物試料はすべて混合して操作することができる.つまり,プールされたバーコード化試料を任意の実験系においてスクリーニングした後,共通のPCRプライマーを用いてバーコード領域を増幅,超並列DNAシーケンシングによってその数を定量することで,混合プール内の各バーコードに紐付いた試料の量を推定できる.

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図1 DNAバーコード,BFG法,BFG–Y2H法によるタンパク質インタラクトームの一斉同定

(a) DNAバーコードの基本型.(b) BFG法.細胞内の一組の遺伝子改変座位それぞれが二つのDNAバーコードを持ち,そのうち一つが二つの異なるDNA組換え配列(たとえばloxPとlox2272)ではさまれる.細胞内でDNA組換え酵素(たとえばCre)を誘導的に発現させることによって遺伝子座位間で一つずつDNAバーコードが交換され,相手側のもう一方のDNAバーコードと連結する(バーコードフュージョン).バーコードフュージョン産物はPCR増幅後,超並列DNAシーケンシングによって定量することができる.(c) BFG–Y2H法.はじめに,バーコード化された異なるDB-X細胞群とAD-Y細胞群が混合され,接合によってすべてのX–Yペアについて二倍体の細胞を得る.Y2H陽性の二倍体細胞群を選択後,BFG法によってDB-XとAD-Yのプラスミド上でDNAバーコードが交換,連結される.その後細胞壁を溶解し,プラスミド抽出を行い,バーコードフュージョン産物を超並列DNAシーケンシングによって解析することにより,相互作用を持つX–Yペアを一斉に同定する.

たとえば,遺伝子破壊座位にDNAバーコードを持つ酵母遺伝子破壊株コレクションの約5000株を混合し,薬剤存在下/非存在化で培養後,薬剤存在下特異的に変動のあったDNAバーコードを観察することで,薬剤遺伝子ターゲットのスクリーニングが可能になる1).同様に,遺伝子発現に摂動を与えることが可能なshort hairpin RNA(shRNA)やCRISPR/Cas9システムにおけるsingle guide RNA(sgRNA)もそれらをコードするDNA領域を標的遺伝子と紐付いたDNAバーコードとして取り扱うことができる.したがって,そのようなさまざまな摂動RNA試薬をコードしたウイルスライブラリーの混合プールを試料細胞に感染させ,抗がん剤など任意の環境下でスクリーニング後に,摂動RNAをコードするDNA領域をPCR増幅し,超並列DNAシーケンシングによって解析することで,遺伝子ノックダウンやノックアウトが細胞増殖に与える影響をゲノムワイドに解析できる2, 3)

このように,DNAバーコードという概念と超並列DNAシーケンシングによる一斉解析は,対象となる生物試料それぞれの動態や形質に及ぼす影響など,一次元の因子群が関わるさまざまな生命現象を大規模かつ高速にアッセイすることを可能にした.

3. 多因子の情報をつなぐDNAバーコードの連結(DNAバーコードフュージョン)

遺伝子群による協調的な遺伝子発現ネットワーク,代謝パスウェイ,タンパク質間相互作用(インタラクトーム)など,いわずもがな細胞内動態は膨大な種類の分子が作り上げる複雑な相互作用の上に成り立っている.また,哺乳動物をはじめとする多細胞システムは,多様な細胞ネットワークの動的な協調によって構成されている.分子群や細胞群の相互作用の破綻としての疾患動態を理解することもきわめて重要であることがわかりつつある一方で,多因子が関わる生命現象を従来法による細胞やサンプルの一次元的なバーコード化技術を適用して一斉解析することは難しい.

たとえば,ヒトの遺伝子は約2万あり,それらがコードするタンパク質群の直接的な相互作用を考えるとき,その網羅的解析に必要な実験数は2億ペアを超え,スプライシングバリアントや翻訳後修飾などのプロテオフォームを考慮するとその数は膨大である.同様に,ヒトにおける遺伝子間相互作用(エピスタシス)ネットワークを得る場合も,少なくとも2億ペア以上の組合わせについて細胞に対する二遺伝子破壊実験が必要となる.さらに異なる三つの因子が関わる細胞内イベントを網羅的に試験したい場合は,実験数が「爆発」し,それぞれについてDNAバーコードを設計し,合成して利用することは現実的でない.分子間あるいは遺伝子間作用の計測以外にも,たとえば,神経細胞が作り上げるネットワーク(コネクトーム)においてシナプスを介して物理的に近接する二つのニューロンの関係を網羅的にマッピングすることは,脳機能の理解のために非常に重要であるが,脳組織(あるいはその部分)を構成する膨大なニューロンの組合わせをすべて調べ上げることは非常に難しい.

この生物学実験における「組合わせ爆発」問題を克服するために,各試験におけるそれぞれの試料に固有のDNAバーコードを準備し,これらを連結させ,連結したDNAバーコードの超並列DNAシーケンシングによる解析結果から演繹的に試料の組合わせ情報と試験結果を再構成しようとする多次元化DNAバーコードのアイディアがある.

二つ以上の異なる細胞あるいは分子に紐付けられたバーコード情報をin vivoあるいはin vitroで連結する手法は,タンパク質インタラクトームやコネクトームの分野で以前より議論されてきた.タンパク質間相互作用の分野では2007年に酵母ツーハイブリッド(Y2H)法において対象となる二つのタンパク質をコードする遺伝子自体をDNAバーコードとして扱い,それらを酵母細胞内でDNA組換え酵素により連結し,DNAシーケンシングによって解読することでアッセイを多重化する手法が2007年に報告された4).しかしながら,異なる長さの遺伝子連結産物の混合物をPCRによって増幅する際の強いバイアス等のさまざまな障害があり,小規模で限定的な実証にとどまった.コネクトーム分野では2012年にZadorとPeikonらは隣接するニューロン間で感染が進む狂犬病ウイルスにさまざまなDNAバーコードを仕掛け,DNAバーコードのニューロン間での転送後にDNAバーコード群をDNA組換え酵素によって連結し,超並列DNAシーケンシングによる解読でコネクトームを一斉解析するという斬新なコンセプトモデルBOINC(Barcoding of Individual Neuronal Connections)を発表したが5),技術的な困難さからいまだに実現していない.

その後いくつかの技術が開発されたが,2016年にYachieとRothらがDNA組換え酵素を利用したバーコードフュージョン遺伝学(Barcode Fusion Genetics:BFG)法を開発し,約250万のヒト遺伝子ペアについてタンパク質インタラクトームをスクリーニングしたものがDNAバーコードによる試料の標識とそれらの組合わせ状態を試験した最大規模のものとなっている6)

4. バーコードフュージョン技術1:BFG–Y2H法によるタンパク質間相互作用の一斉同定

BFG法では,それぞれの細胞内において供給されたプラスミドなどの複数の分子試料それぞれに紐付いた特異的なDNAバーコードがDNA組換え配列と隣接する(図1b).したがって,細胞内で誘導的にDNA組換え酵素を発現させることで,それぞれの細胞内の複数のDNAバーコードが連結される(バーコードフュージョン).さまざまな組合わせの複数のバーコード化された分子試料を持つ細胞群を混合した後,任意のスクリーニング前後の細胞混合プールに対してバーコードフュージョンを誘導し,バーコードフュージョン産物をPCR増幅,超並列DNAシーケンシングで解析することで,複数の分子試料の組合わせが細胞生育に与える影響を一斉に計測することができる.YachieらはこのBFG法をY2H法に適用したBFG–Y2H法を開発し,タンパク質インタラクトームの大規模スクリーニングを可能にした.

Y2H法は,任意のタンパク質ペアXとYについてその相互作用の有無を試験する酵母遺伝学の手法である.タンパク質XとYをコードする遺伝子はそれぞれプラスミド上でGal4転写因子のDNA結合ドメインDBと転写活性ドメインADと融合される(DB-XプラスミドとAD-Yプラスミド).DB-Xプラスミドは接合型MATα細胞に,AD-Yプラスミドは接合型MATa細胞にそれぞれ導入される.DB-Xプラスミドを持つMATα細胞とAD-Yプラスミドを持つMATa細胞は混合され,接合によってDB-XおよびAD-Yプラスミドを両方持つ二倍体の細胞が得られる.二倍体細胞において発現するタンパク質DB-XとAD-YのX–Y間に複合体形成があれば活性を持ったGal4転写因子が再構築されるため,GAL4プロモーターの下流にコードされた選択マーカー遺伝子が発現する.したがって,X–Y間の相互作用の有無を選択的条件下における二倍体酵母細胞の生育の有無で判定することができる.

BFG–Y2H法ではこの試験が高度に多重化される(図1c).BFG–Y2H法では異なるDB-Xプラスミドを持つMATα細胞はプラスミド上に二つの特異的なDNAバーコードaおよびbを持ち,aはDNA組換え酵素Creがターゲットとする組換え配列であるloxPおよびlox2272にはさまれる.同様にAD-Yプラスミドを持つMATa細胞はプラスミド上に特異的なDNAバーコードcおよびdを持ち,dはloxPおよびlox2272にはさまれる.はじめに実験自動化システムなどを利用して試験スペースとなるX群とY群についてバーコード化細胞株を準備後,異なるXを持ったバーコード化MATα細胞群と異なるYを持ったバーコード化MATa細胞群をすべて混合する.それぞれの細胞株について十分な細胞数を混合し接合させることによって,すべてのX–Yペアについて十分な数の二倍体細胞集団を得る.これをY2H選択培地に移し,タンパク質相互作用を持つY2H陽性の細胞集団を選択する.その後,誘導的に細胞内でCreを発現させ,DB-XおよびAD-YプラスミドのloxP間とlox2272間においてそれぞれ高効率のDNA組換えを引き起こし,DB-Xプラスミド上のDNAバーコードaとAD-Yプラスミド上のDNAバーコードdを物理的に組み換えて交換する.この結果,DB-Xプラスミド上ではDNAバーコードd–bが連結し,AD-Yプラスミド上ではDNAバーコードc–aが連結する.この後,細胞を破砕し,プラスミドを抽出する.そこから連結されたDNAバーコードをPCR法で増幅し,超並列DNAシーケンシングによって解析し,それぞれのバーコードフュージョン産物を定量することで,すべてのX–Yペアについての相互作用スコアが得られる.

BFG–Y2H法によって最低でも250万タンパク質ペアについてのタンパク質間相互作用を1人の研究者が2~3週間程度で高品質にスクリーニングできることが実証された.また,得られたタンパク質ネットワーク情報は,既存のY2H法を並列化して得られる大規模インタラクトーム情報7)と同程度の品質であることが示された.加えて,BFG–Y2H法から得られたタンパク質間相互作用スコアはヒトの培養細胞を用いたタンパク質相互作用計測であるルシフェラーゼ再構成法のスコアやタンパク質立体構造上の相互作用面における原子間非共有結合の数と有意な相関を示した.このことは,BFG–Y2H法ではタンパク質X–Y間の相互作用の強さに比例して選択マーカー遺伝子の発現量が高くなり,ゆえに混合プール内での二倍体細胞の競争的生育が有利になり,バーコードフュージョン産物が多く観察されることを示唆した.さらに,腫瘍ウイルスがターゲットとするヒトタンパク質やがん関連タンパク質の間で形成されるタンパク質ネットワークを同定した結果,腫瘍ウイルスは宿主細胞が形成するタンパク質複合体のサブユニット群を一斉にターゲットとする可能性などが示された.

5. バーコードフュージョン技術2:CombiGEM法による複数遺伝子の一斉摂動解析

BFG法と前後して,異なる複数遺伝子の組合わせに同時に摂動を与えて細胞形質をスクリーニングする手法がいくつか発表された8, 9)

体細胞のリプログラミングや異なる細胞種への分化誘導などさまざまな細胞内イベントは複数の遺伝子セットによって制御され,その遺伝子ネットワークには多様なクロストークや代替経路が存在する.抗がん剤治療においても,単一の抗がん剤投与と比較して,複数を標的とする多剤併用戦略の有効性が示されてきた10).しかしながら,システマティックに複数の遺伝子セットの摂動が形質に与える影響を網羅的に計測できるテクノロジーはこれまでになかった.

2015年,Wongらは任意のN個の異なる摂動RNA(ここではmiRNA)をコードするDNAカセットをプラスミド上でプール化されたライゲーション反応により集積しつつ,それに紐付いたDNAバーコードもプラスミド上の別の領域に隣り合わせながら集積することができる新しいDNAアセンブリ手法CombiGEM(Combinatorial Genetics en masse)法を発表し,集積されたDNAバーコード領域の超並列DNAシーケンシングによって抗がん剤に対する複数遺伝子の一斉摂動が与える影響を網羅的にスクリーニングした8).CombiGEMアセンブリ法を用いると,N回の逐次的なライゲーション反応によって,N乗個の取りうるmiRNAをコードするDNAを一斉に集積することができる(図2a).CombiGEMアセンブリでは,はじめに二つの制限酵素部位(BamH I–EcoR I)を持つツールキットプラスミドが準備される.次に制限酵素部位Bgl II,miRNAをコードするDNA,その下流に二つの制限酵素部位(BamH I–EcoR I)およびmiRNAに紐付いたDNAバーコードと制限酵素部位Mfe Iを持つDNA挿入断片(インサート)を用意する.BamH I+EcoR Iで切断した先のツールキットプラスミドの末端は,Bgl II+Mfe Iで切断したmiRNA-バーコードインサートと相補的な突出末端を持つため,両者は連結できる.このようなmiRNA-バーコードインサートを二つ準備した場合,一つ目をBamH I+EcoR Iで切断し二つ目からBgl II+Mfe Iで切り出したインサートをライゲーションするとBamH I–EcoR I部位の上流に二つのmiRNAと下流に二つのDNAバーコードをタンデムに集積したプラスミドを準備することができ,これを繰り返すことによって複数のmiRNAとDNAバーコードが連鎖的に集積できる.

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図2 CombiGEM法による複数遺伝子の一斉摂動実験

(a) CombiGEM法によるmiRNA発現DNAカセットおよびDNAバーコードの集積.(b)集積DNAバーコード領域の定量による大規模な複数遺伝子の摂動実験.

この連鎖的集積手法はプール化することができる.Wongらのデモンストレーションでは,まず39種類のmiRNAについてプラスミドプールが1-wiseライブラリーとしてアセンブリされた.次に,この1-wiseライブラリーをEcoR I+BamH Iで切断したものにBgl II+Mfe Iで切り出した1-wiseライブラリーのインサートを挿入することで39種類のmiRNA-バーコードそれぞれに39種類のmiRNA-バーコードインサートそれぞれが集積された2-wiseライブラリーができる(全1521種類=39種類×39種類).X種類のmiRNAをコードしたDNAがある場合,この操作をN回繰り返すことでXN種類のmiRNAの組合わせすべてについてのプラスミドを持つN-wiseライブラリーを準備することができる.生成されたmiRNAの組合わせ情報はライゲーションのたびに固有のバーコード配列も同時に隣り合って集積されるため,集積バーコード領域のPCR増幅と超並列DNAシーケンシングで組合わせ情報を読み出すことができる.Wongらは,39個のmiRNAについて最大で3-wiseライブラリー(59,319種類=39種類×39種類×39種類)を構築し,レンチウイルスを用いてヒトの卵巣がん由来のOVCAR8細胞に対してダブルおよびトリプルノックダウンスクリーニングを実施したところ(図2b),抗がん剤(docetaxel)特異的に高感受性を示すmiRNAペア,異なる三つのmiRNAによるトリプルノックダウンで特異的に細胞増殖が抑制されるものが複数同定された.

CombiGEM法は,その後に約150種類のCRISPR/Cas9 sgRNAの2ペアの組合わせ(22,500ペア)を用いた二遺伝子破壊スクリーニングへも応用された11).このようにin vitroで高効率に摂動RNAをコードするDNAを集積できるCombiGEM法は,将来的にゲノムワイドなヒトの全遺伝子間相互作用ネットワークマッピングや多遺伝子座の同時ノックアウトスクリーニングを実現させる可能性を秘めている.

6. バーコードフュージョン技術3:神経ネットワークの解明に挑戦するSYNseq法

2012年に狂犬病ウイルスを利用したDNAバーコードのニューロン間転送とバーコードフュージョンによるコネクトーム解析の斬新なアイディアを提案したZadorとPeikonらのグループは,2017年に別のバーコードフュージョン技術でニューロンどうしの連結を解析する現実的なコンセプトモデルとしてSYNseq法を発表した12)

脳の神経回路は無数のニューロンから構成され,シナプスにより連結された巨大ネットワークであるコネクトームを形成する.神経細胞ネットワークの破綻は,自閉症や統合失調症など精神神経性の疾患をもたらす.高次脳機能の理解および関連する疾患の理解には,神経結合性(ニューラルコネクティビティ)のマッピングによるコネクトームの網羅的計測が重要であると考えられているが,現在までに完了していない.これまでにニューラルコネクティビティの計測技術法として,電子顕微鏡を用いたシナプスのイメージングが多数開発されてきた.しかしながら電顕によるイメージングはナノメートルスケール解像度であるのに対し,シナプス結合は数ミリメートルから数センチメートルにまで及ぶ.このため,ある単一ニューロンどうしの結合性を解析するためには,軸索を自動追跡しながら電顕画像を取得し,スタックされた画像から結合性を再構築する必要がある.電気生理学的な手法も近傍にあるニューロンの連結性の観察を可能にし,空間的な高次構造を明らかにするが,そのスループットは低く,局所的な神経回路の解析に限られてきた.

SYNseq法では,はじめにシンドビウイルスを用いてプレシナプス(軸索側)終末およびポストシナプス(樹状突起側)終末に特異的なRNAバーコードが輸送される仕掛けが構築された(図3a).プレシナプス終末へのRNAバーコード輸送のためには,プレシナプス特異的な1回膜貫通型タンパク質であるNeurexin1B(Nrx1B)にベンジルシトシンと共有結合を形成するCLIPタンパク質,Mycエピトープタグ,RNA結合タンパク質nλを融合させたMyc-CLIP-Nrx1B-nλ(synPRE-P)およびRNAアプタマーBoxBが連結したRNAバーコードが発現するシンドビウイルスが準備され,ポストシナプス終末へのRNAバーコードの輸送のためには,ポストシナプス特異的な1回膜貫通型タンパク質であるNeuroligin1AB(NlgAB)にベンジルグアニンと共有結合を形成するSNAPタンパク質,HAエピトーグタグ,RNA結合タンパク質nλを融合させたHA-SNAP-NlgAB-nλ(synPOST-P)およびRNAアプタマーBoxBが連結したRNAバーコードが発現するシンドビウイルスが準備された.シンドビウイルスが感染したプレシナプスあるいはポストシナプス膜上にはsynPRE-PまたはsynPOST-Pが発現しており,Myc-CLIPまたはHA-SNAPがそれぞれ膜外に露出する(図3b).またsynPRE-PおよびsynPOST-Pにはそれぞれnλ-BoxBの相互作用を介して細胞膜内側で特異的なRNAバーコードが連結している.複雑性の高いRNAバーコードを持ったシンドビウイルスライブラリーによってニューロンを標識後,ベンジルシトシン–ビオチン–ベンジルグアニンによって隣接するプレシナプスのsynPRE-P/RNAバーコード複合体とポストシナプスのsynPOST-P/RNAバーコード複合体が架橋される(図3c).細胞破砕後,ビオチンのアビジンによるプルダウンによってsynPRE-P/RNAバーコード-synPOST-P/RNAバーコード複合体が得られる.これを限界希釈して水–油系エマルジョンに1複合体ずつ包埋し,エマルジョン内で二つのRNAバーコードをcDNAに逆転写後,オーバーラップPCRによって得られたDNAバーコードどうしを連結する(図3d).その後,エマルジョンは破砕され,回収された異なるDNAバーコード連結産物が超並列DNAシーケンシングによって解析され,ニューロン間の結合性が解析される.

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図3 SYNseq法によってコネクトームを計測しようという試み

(a) SYNseq法.プレシナプス終末にRNAバーコードを付加するためにMyc-CLIP-Nrx1B-nλ(synPRE-P)およびRNAアプタマーBoxBが連結したRNAバーコードの発現システムが準備され,ポストシナプス終末にRNAバーコードを付加するためにHA-SNAP-NlgAB-nλ(synPOST-P)およびRNAアプタマーBoxBが連結したRNAバーコードの発現システムが準備される.(b)シナプス終末へのRNAバーコードの輸送.synPRE-PのNrx1BおよびsynPOST-PのNlgABはそれぞれプレシナプス膜を貫通し,細胞膜外側にMyc-CLIPおよびHA-SNAPを提示するとともに細胞膜内側にnλ-BoxBの相互作用を介してそれぞれのシナプス特異的なRNAバーコードを輸送する.(c) CLIPドメインおよびSNAPドメインはそれぞれベンジルシトシンおよびベンジルグアニンと共有結合を形成するため,隣接するシナプス終末間synPRE-P/RNAバーコード複合体とポストシナプスのsynPOST-P/RNAバーコード複合体は架橋され,その後免疫沈降される.(d)水–油系エマルジョンを用いてそれぞれ複合体を形成したsynPRE-PおよびsynPOST-PのRNAバーコードは逆転写され,オーバーラップPCRによってそれぞれのDNAバーコード産物が連結される.バーコードフュージョン産物は超並列DNAシーケンシングによって解析される.

SYNseq法は非常にトリックが複雑で勇敢な手法であり,現時点で本手法が1回の実験において同定できたプレシナプスとポストシナプスの組合わせはわずか2組である.しかしながら,エマルジョン内での逆転写効率,オーバーラップPCR効率などさまざまな改善点も明らかになってきており,今後SYNseq法あるいは近い手法によってシナプス間連携の大規模な解析が可能になることが期待される.

7. DNAバーコードと勇敢なサイエンス

複数の分子や細胞が生命システムの中に形成するネットワークや,それらが生命動態に与える影響を,従来の実験条件の組合わせ爆発の壁を越えて計測することができるバーコードフュージョンという考え方とそれに基づいたいくつかのテクノロジーを紹介した.細胞内分子間相互作用,複数の遺伝子摂動が細胞形質に与える影響などはこれまで網羅的な解析が困難であったが,DNAバーコードによる試料標識技術ならびにバーコードフュージョン技術により克服されつつある.今後,バーコードフュージョン技術群によってヒト培養細胞などを用いたin vivoでのタンパク質インタラクトーム解析,ヒトの遺伝子間相互作用ネットワークの解析,動物モデルにおける脳の全コネクトーム解析などが実現する可能性がある.この他,DNAバーコードと超並列DNAシーケンシングの親和性は高く,これらを利用した新しいバイオテクノロジーは枚挙にいとまがなく,がん細胞集団や造血幹細胞におけるクローン動態解析13, 14),最近では網羅的なセブラフィッシュの細胞系譜推定15)などが達成されてきた.DNAバーコード研究は黎明期にありつつも近年爆発的にハイインパクトな研究群が登場し,その可能性は大きい.一方,日本においてDNAバーコードを利用して将来の生物学の根幹になるような発見をドライブする革新的なテクノロジーを設計しようとする研究者はまだ少ない.当分野は頭を振り絞り,先の先の先を読んで作戦を作り,一気にパズルを解いたような快感とともに大規模データを取得でき,その自分達だけの新しいデータを解析する作業もとても楽しい.本稿に紹介したような考え方を軸にリスクを取って勇敢なサイエンスに挑む仲間を谷内江研究室では求めている(東京大学先端科学技術研究センターウェブサイト:http://yachie-lab.org).

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13) Hata, A.N., Niederst, M.J., Archibald, H.L., Gomez-Caraballo, M., Siddiqui, F.M., Mulvey, H.E., Maruvka, Y.E., Ji, F., Bhang, H.E., Krishnamurthy Radhakrishna, V., Siravegna, G., Hu, H., Raoof, S., Lockerman, E., Kalsy, A., Lee, D., Keating, C.L., Ruddy, D.A., Damon, L.J., Crystal, A.S., Costa, C., Piotrowska, Z., Bardelli, A., Iafrate, A.J., Sadreyev, R.I., Stegmeier, F., Getz, G., Sequist, L.V., Faber, A.C., & Engelman, J.A. (2016) Nat. Med., 22, 262–269.

14) Lu, R., Neff, N.F., Quake, S.R., & Weissman, I.L. (2011) Nat. Biotechnol., 29, 928–933.

15) McKenna, A., Findlay, G.M., Gagnon, J.A., Horwitz, M.S., Schier, A.F., & Shendure, J. (2016) Science, 353, aaf7907.

著者紹介Author Profile

石黒 宗(いしぐろ そう)

東京大学先端科学技術研究センター合成生物学分野交流研究生.修士.

略歴

2016年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科先端生命科学プログラム修了(修士).現在同後期博士課程に在籍.15年より東京大学先端科学技術研究センター谷内江研究室交流研究生.日本学術振興会特別研究員(DC1).

研究テーマと抱負

DNAバーコードやゲノム編集技術を用いた遺伝学テクノロジーの開発に取り組んでいる.積極的に様々なテクノロジーを採用し,野心的に新しいサイエンスを開拓する仲間を集めたい.

ウェブサイト

http://soh-i.github.io/

趣味

コーヒーを淹れること.

増山 七海(ますやま ななみ)

東京大学先端科学技術研究センター合成生物学分野交流研究生.慶應義塾大学環境情報学部在籍中.

略歴

2014年慶應義塾大学入学と同時に同大学先端生命科学研究所に所属.同年より東京大学先端科学研究センター谷内江研究室において交流研究生として活動.

研究テーマと抱負

ゲノム編集技術を用いた細胞系譜の一斉解析技術の開発に取り組んでいる.ひとつひとつ丁寧に淡々と実験を進めつつ,常に新しいことに挑戦する姿勢を示せるような人になることが目標.

ウェブサイト

http://yachie-lab.org

趣味

関東旅行.

谷内江 望(やちえ のぞむ)

東京大学先端科学技術研究センター合成生物学分野准教授.博士(学術).

略歴

2009年慶應義塾大学にて博士号取得.ハーバード大学およびトロント大学研究室博士研究員を経て14年より現職.12年カナダ政府のバンティングフェロー(科学技術)にカナダ全土から選出.

研究テーマと抱負

インタラクトームの高速スクリーニング技術,哺乳動物の一斉細胞系譜解析技術等様々な技術を研究室メンバーと開発中.勇敢かつ健康な精神で様々な事に挑戦し,研究室,メンバー,自分自身が共に良く成長することが目標.

ウェブサイト

http://yachie-lab.org

趣味

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