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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(4): 564-567 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890564

みにれびゅうMini Review

ポドプラニンを標的とした悪性胸膜中皮腫に対する新規抗体医薬開発Development of novel anti-podoplanin antibodies against malignant pleural mesothelioma

1徳島大学大学院医歯薬学研究部呼吸器・膠原病内科学分野Department of Respiratory Medicine and Rheumatology, Institute of Biomedical Sciences, Tokushima University Graduate School ◇ 〒770–8503 徳島県徳島市蔵本町3丁目18番地の15 ◇ 3–18–15 Kuramoto-cho, Tokushima 770–8503

2徳島大学大学院医歯薬学研究部臨床薬学実務教育学分野Department of Clinical Pharmacy Practice Pedagogy, Institute of Biomedical Sciences, Tokushima University Graduate School ◇ 〒770–8505 徳島県徳島市庄町1丁目78番地の1 ◇ 1–78–1 Sho-machi, Tokushima 770–8505

発行日:2017年8月25日Published: August 25, 2017
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1. はじめに

悪性胸膜中皮腫は胸腔内面の中皮細胞に発症する難治性の胸部悪性腫瘍である.その主たる発症原因はアスベスト(石綿)であり,曝露30~40年後に発症することが知られている.わが国においてアスベストは1970年代から1990年代にかけて大量に輸入・使用されていたため,今後の発症例増加が危惧される悪性腫瘍である.現在,悪性胸膜中皮腫に対する薬物療法は白金製剤シスプラチンと葉酸代謝拮抗剤ペメトレキセドの併用療法が第一選択であるが,生存期間中央値は12.1か月,奏効率41.3%であり1),治療成績向上のためにさまざまな治療法開発が進められている.本稿では悪性胸膜中皮腫に対するポドプラニンを標的とした新規抗体医薬の開発に関する研究成果について概説する.

2. 抗体医薬

2000年以降,特定の標的分子をターゲットとした分子標的治療薬が使用されるようになり,がんに対する薬物療法は大きく様変わりした.抗体は可変領域のアミノ酸配列により高い特異性と親和性を持って標的分子に結合するため,分子標的治療薬の典型的な製剤フォーマットとして頻用されている.抗体医薬が臨床現場で頻用されるようになった理由としては,分子生物学や遺伝子工学の急速な発展に伴い,キメラ抗体やヒト化抗体,ヒト型抗体の作製が可能となり,アナフィラキシーなどの副作用が防止できるようになったことがあげられる.わが国においても2001年にCD20を標的としてB細胞性非ホジキンリンパ腫等に適応を有するリツキシマブ,Her2を標的として乳がん等に適応を有するトラスツズマブが承認を受けて以降,さまざまな抗体医薬が臨床で使用されている.一方で,固形がんに対して適応を有する抗体医薬はいまだ少ないのが現状である.がん治療に用いられる抗体医薬の主な作用機序としては,1)生理活性物質(リガンド)の中和作用,2)受容体結合によるシグナル伝達抑制作用,3)抗体依存性細胞傷害(antibody-dependent cellular cytotoxicity:ADCC)活性および補体依存性細胞傷害(complement-dependent cytotoxicity:CDC)活性の誘導,があげられる(図1).細胞外液中に存在する生理活性物質の中和作用を有する抗体や,受容体への結合能を有する抗体は,ともにその後のシグナル伝達経路を抑制することで作用を発現する.一方でADCC活性を誘導する抗体は,がん細胞表面に発現した特異的抗原に結合し,主としてNK細胞がFc受容体を介して抗体のFc領域を認識することで標的となるがん細胞を傷害する.また,CDCではこれらの抗体の特異的抗原への結合により生体内の補体系が活性化され,標的がん細胞が傷害される.中和作用や受容体結合によるシグナル伝達抑制作用もがんに対する抗体医薬の重要な作用機序であるが,生体内の免疫系を利用して直接的にがん細胞を傷害するADCCやCDCを作用機序とする抗体医薬は,より強い抗腫瘍効果を発揮することが期待できると考えられる.また近年では,抗体医薬の抗腫瘍効果を向上させる手法も発展しており,抗体の糖鎖中に含まれるフコース量低下がADCC活性上昇につながることに着目し,脱フコース化によって抗腫瘍効果を向上させたモガムリズマブや,リンカーを介して抗体と低分子医薬を結合させることで標的に対する選択性と治療効果の向上を図った抗体薬物複合体(antibody drug conjugate:ADC)であるトラスツズマブエムタンシンなどが相次いで臨床応用されている.

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図1 抗体医薬品の主な作用機序

抗体医薬品は主に1)生理活性物質の中和作用,2)受容体結合によるシグナル伝達抑制作用,3)抗体依存性細胞傷害(antibody-dependent cellular cytotoxicity:ADCC)活性および補体依存性細胞傷害(complement-dependent cytotoxicity:CDC)活性の誘導,によって作用を発現する.

3. ポドプラニン

ポドプラニンは2003年に遺伝子クローニングされたI型膜貫通型タンパク質で2),リンパ管内皮細胞やI型肺胞上皮細胞,腎臓のpodocyteなどの正常細胞の他に,悪性脳腫瘍や肺扁平上皮がん,悪性胸膜中皮腫などさまざまながんに高発現している.これらのがん細胞において発現したポドプラニンは血小板表面に発現したCLEC-2のリガンドとして働き,血小板凝集を引き起こす3).通常,がん細胞が脈管系に移行した場合,宿主の免疫系からの攻撃や物理的要因によってほとんどの細胞が破壊される.しかし,がん細胞は血小板凝集を誘導し,細胞を取り囲む大きな凝集塊を形成することで,血流内における各種免疫細胞との相互作用や物理的刺激を回避するとともに,血管内皮細胞への接着を亢進して血行性に転移を引き起こす.ポドプラニンによる血小板凝集はPLAG(platelet aggregation-stimulating)ドメインとCLEC-2の結合を介して誘導されるため,この経路を阻害することでがんの血行性転移が抑制できると考えられる.加藤らが樹立したラット抗ポドプラニン抗体NZ-1(rat IgG2a)は,ポドプラニンのPLAG-2/3のエピトープを認識する高親和性抗体であり,CLEC-2との結合を阻害することによって,がん転移を抑制することが報告されている4, 5).また,藤田らはポドプラニンの新たなCLEC-2認識エピトープであるPLAG-4ドメインを発見し,抗PLAG-4抗体の血小板凝集抑制効果と肺転移抑制効果について明らかにしている6).以上のようにポドプラニンはがん転移における重要な治療標的であり,その特異的抗体は有用ながん転移治療薬となることが期待されている.一方でリンパ管内皮細胞などの正常細胞にも発現しているため,抗体医薬開発における課題も残している.

4. 悪性胸膜中皮腫に対するADCCを介した抗ポドプラニン抗体の抗腫瘍効果

抗ポドプラニン抗体が血小板凝集の阻害作用によってがん転移治療薬となりうる可能性があることは前述のとおりであるが,我々はラット抗ポドプラニン抗体NZ-1がきわめて高い結合活性を持つことから,ADCCあるいはCDCを誘導しうる高機能性抗体として悪性胸膜中皮腫に対する抗腫瘍効果を発揮する可能性について検討を行った7).まずNZ-1のADCC活性およびCDC活性について検討を行ったが,一般的にADCCのスクリーニングに用いられるヒト単核球,およびマウス脾細胞を用いてもADCC活性は検出されず,CDC活性もほとんど認められなかった.そこでNZ-1がラットIgG由来であることに着目し,ラットの脾細胞を用いて検討を行った結果,NZ-1はポドプラニン陽性悪性胸膜中皮腫細胞に対してADCC活性を誘導することが明らかとなった.また,NK細胞を除去したラット脾細胞ではこのADCC活性は認められず,脾細胞から抽出したラットNK細胞を用いた場合のみADCC活性が認められたことより,NZ-1はラットNK細胞をエフェクター細胞としてADCC活性を誘導することが示された.さらに悪性胸膜中皮腫皮下移植マウスに対して蛍光標識したNZ-1を投与したところ,腫瘍選択的なNZ-1の集積が認められ,そのピークは投与5日後であった.同様の皮下移植マウスや同所移植マウスにおける治療効果を検討したところ,NZ-1単独投与では抗腫瘍効果は認められなかったが,NZ-1とラットNK細胞の併用投与により有意な抗腫瘍効果が観察された.この結果はNZ-1がマウス脾細胞をエフェクター細胞としたときにはADCC活性を誘導せず,ラットNK細胞でのみADCC活性の誘導を認めたin vitroの実験結果とも合致しており,生体内においてもNZ-1はADCC活性を機序とする抗腫瘍効果を発現することが示唆された(図2).

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図2 抗ポドプラニン抗体によるADCCを介した抗腫瘍効果

(A)ラット脾細胞をエフェクター細胞として,ポドプラニン陽性悪性胸膜中皮腫細胞(NCI-H226)に対するNZ-1のADCC活性を測定した.その結果,濃度依存的なADCC活性の誘導が認められた.**P<0.01.(B)ポドプラニン陽性悪性胸膜中皮腫細胞(NCI-H290/PDPN)を胸腔内移植したSCIDマウスにNZ-1(100 µg)を週2回,NK細胞を週1回,それぞれ2週間投与したところ,有意な抗腫瘍効果が認められた.

NZ-1がADCC活性を介して抗腫瘍効果を発現することは明らかとなったが,この抗腫瘍効果はラットNK細胞でのみ誘導されるため,将来的なヒトへの臨床応用を考慮し,NZ-1を基にヒトキメラ型抗ポドプラニン抗体を作製した.まず,一般的にヒトキメラ型抗体作成の際の軽鎖として用いられるkappa鎖を使用して,ヒトキメラ型抗ポドプラニン抗体NZ-8を樹立した7, 8).NZ-1ではヒト単核球によってADCC活性が誘導されなかったが,NZ-8ではヒトNK細胞によって有意なADCC活性が誘導された.また,悪性胸膜中皮腫皮下移植マウスに対してNZ-8とヒトNK細胞を併用投与することにより,抗腫瘍効果が得られた.これらの結果より,NZ-1をベースとしたヒトキメラ型抗ポドプラニン抗体は,ヒトNK細胞をエフェクター細胞として生体内においても抗腫瘍効果を発現することが明らかとなった.ただNZ-8は,NZ-1と比較してポドプラニンに対する結合親和性が低下していたため,より高い結合親和性を有する抗体作製を行うことで,強い抗腫瘍効果を誘導する抗体医薬開発が可能であると考えられた.そこで,NZ-1はラット抗体のlambda鎖を持つため,ヒトlambda鎖を使用して新たなヒトキメラ型抗ポドプラニン抗体NZ-12を樹立した9, 10).NZ-12はNZ-8より高いポドプラニン親和性を有しており,実際にNZ-8より有意に高いADCC活性を示した.また,悪性胸膜中皮腫同所移植マウスにおいてヒトNK細胞と併用投与を行うことにより,NZ-12は胸腔内腫瘍重量と胸水産生を抑制した.さらに悪性胸膜中皮腫に対して適応を持つペメトレキセドとNZ-12の併用効果を検討したところ,それぞれの単独治療群と比較して併用治療群において強い抗腫瘍効果が認められた.

5. おわりに

悪性胸膜中皮腫に対する抗体医薬として,抗VEGF抗体や抗PD-1抗体,抗メソテリン抗体などの開発が進んでいるが,いまだ臨床承認には至っていない11).本稿で紹介したNZ-1をベースとしたヒトキメラ型抗ポドプラニン抗体はADCC活性を介して抗腫瘍効果を誘導することにより,悪性胸膜中皮腫に対する有効な抗体医薬になりうる可能性が示唆された.今後,抗体の脱フコース化や薬物との複合体形成によって治療効果のさらなる向上を図るとともに,腫瘍特異的抗体作製技術12)等によって腫瘍選択性を向上させることで,より安全性の高い抗体医薬を開発していく必要があると考えられる.一方でADCC活性の誘導機序についてはいまだ不明な点が数多く残されており,今後の新規抗体医薬開発につながる詳細な解明が期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究の遂行に際してご協力いただいた加藤幸成教授(東北大学)をはじめとする共同研究者の方々に心より感謝いたします.また,本稿で紹介した研究成果は科学研究費助成事業によって行われたものです.ここに謝意を表します.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

阿部 真治(あべ しんじ)

徳島大学大学院医歯薬学研究部臨床薬学実務教育学分野助教.博士(医学).

略歴

1996年徳島大学薬学部卒業.98年同大学院薬学研究科博士前期課程修了後,徳島大学病院薬剤部に入職.2004年に徳島大学大学院医学研究科博士課程を修了.11年より現職.

研究テーマ

胸部悪性腫瘍に対する新規抗体医薬の開発を目指して研究しています.

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