生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 89(4): 568-570 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890568

みにれびゅうMini Review

sn-1位に不飽和脂肪酸をもつリン脂質分子種がつくる神経細胞膜機能ドメインMembrane domains in a neuron marked by rare phospholipids with unsaturated fatty acid at the sn-1 site

高知大学医学部生化学教室Department of Biochemistry, Kochi University Medical School ◇ 高知県南国市岡豊町小蓮 ◇ Kohasu, Okocyou, Nankoku, Kochi 783–8505, Japan

発行日:2017年8月25日Published: August 25, 2017
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1. はじめに

神経細胞の細胞膜は,前シナプス領域,後シナプス領域,軸索内の複数の領域,細胞体領域など,機能の異なる複数の領域(膜ドメイン)を持つ.このような領域別機能分化は,神経細胞に特徴的な方向性を持つ情報伝達に必須であり,また複雑な神経回路の形成を可能にしている.こうした膜ドメインが個々の機能を担うためには,それぞれの機能に対応する膜タンパク質を局在させておく必要がある.ところが,細胞膜上の膜タンパク質は容易に位置を変えることが知られており,どのように求められる範囲内(本稿で扱うのは径にして0.1~数十µmの領域内)に流動する膜タンパク質を集め,目的の機能に特化した膜ドメインを細胞が維持しているのかいまだ解明されていない1–5).最近,神経細胞における膜ドメインの形成に細胞膜の主要成分であるリン脂質の脂肪酸組成が関わっているという証拠が出てきた6, 7).本稿では最近の筆者らの研究を中心に紹介する.

2. リン脂質の脂肪酸リモデリング

生体膜は,グリセロリン脂質(リン脂質)を主成分とする脂質二重層で構成されている.リン脂質は分子内に親水性頭部と2本の脂肪酸を持ち,それらはグリセロールを介して結合している.リン酸基を含む親水性頭部は結合するアルコールの有無とその種類の違いにより主なものだけで6種類あり,クラス多様性と呼ばれるバリエーションが存在する.これに加えて,付加される2本の脂肪酸の組み合わせがさまざまに異なることにより分子種多様性と呼ばれるバリエーションも存在する8, 9).細胞は,いったん2本の脂肪酸を持つリン脂質を合成(de novo合成)した後,膜に埋め込まれたリン脂質の一方の脂肪酸をホスホリパーゼAにより切り離し,続いてアシルトランスフェラーゼもしくはトランスアシラーゼにより異なる脂肪酸を付加して,多様なリン脂質分子種バリエーションを能動的に作製する(脂肪酸リモデリング反応)10, 11).これら2種類あるバリエーションのうち,クラスの異なるリン脂質各々の細胞内局在,結合するエフェクタータンパク質,細胞機能などの解明が進む一方で12–14),個々のリン脂質分子種の細胞内機能はほとんど解明されてこなかった.

3. sn-1位に不飽和脂肪酸をもつホスファチジルコリン分子種が作る膜ドメイン

筆者らは培養神経細胞の一種PC12細胞の膜画分を免疫することにより,神経突起先端部を認識して結合するモノクローナル抗体(mAb#15)を作製した.免疫染色法を用いた解析の結果,mAb#15は,複数の培養神経細胞種の神経突起先端部や,海馬等の脳の一部の神経における前シナプス部位の細胞膜およびその近傍の膜小胞を認識して結合することがわかった(図1A).抗原物質の性状解析を行うと,メタノールで細胞から抽出されること,抽出された抗原はプロテアーゼ耐性であるが,ホスホリパーゼ(A1, CおよびD)に感受性であることがわかり,リン脂質の一種であることが予想された.次いでPC12細胞の神経突起先端部の細胞膜を超遠心分画法で単離し,その脂溶性成分を逆相クロマトグラフィーで分画した後,mAb#15を用いたELISA法で抗体反応性を追跡することにより抗原物質を精製した.その結果,mAb#15の抗原物質はsn-1位に不飽和脂肪酸オレイン酸を,sn-2位に飽和脂肪酸パルミチン酸を持つホスファチジルコリン(PC)の分子種の一つ(1-オレオイル-2-パルミトイル-PC:OPPC,図1C)であることがわかった.リン脂質はsn-1位に飽和脂肪酸を持ちsn-2位に不飽和脂肪酸を持つものが多いが,その逆の構造であるまれな分子種OPPCが神経突起先端部やシナプス部位の細胞膜に局在し分子種膜ドメインを形成していることが初めて明らかになった7)

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図1 NGF刺激したPC12細胞におけるOPPCとPLA1活性の局在

(A)神経成長因子(NGF)で刺激(48時間)したPC12細胞のmAb#15抗体による免疫染色(赤).神経突起先端部(矢印)にOPPCの局在がみられる.(B)蛍光試薬PED-A1を用いたホスホリパーゼA1(PLA1)活性の検出(緑).神経突起先端部(矢印)にPLA1活性の局在がみられる.(C) PLA1活性を介したsn-1位の脂肪酸リモデリングによるOPPC生成のモデル.

OPPCと同じようにsn-1に不飽和脂肪酸を持ち,sn-2位に飽和脂肪酸を持つホスファチジルコリン(PC)のまれな分子種1-ドコサヘキサエノイル-2-パルミトイル-PC(DHAPPC)が脳には特徴的に存在している15).この分子種の細胞内局在を解析する目的で,筆者はDHAPPCを有機化学的に合成し,これをマウスに免疫することによりこの分子種に対するモノクロ—ナル抗体mAb 10G9を作製した.免疫染色により解析した結果,mAb 10G9は,PC12細胞や,マウス海馬一次培養細胞の軸索軸部を染色することがわかった(投稿中).これはDHAPPCが軸索部で膜ドメインを形成していることを意味し,mAb#15の結果と合わせると,神経細胞中の異なる領域で異なるPC分子種が膜ドメインを形成していることが明らかになった.

4. ホスホリパーゼA1を介したリン脂質リモデリングによるOPPCの先端部局在

次にOPPC分子種膜ドメインの形成と脂肪酸リモデリングの関係を検討する目的で,リモデリングに必須の酵素ホスホリパーゼAのPC12細胞内の分布を検討した.その結果,sn-1位を切断するホスホリパーゼA1(PLA1)がOPPCの局在に一致して神経突起先端部のみに発現していることがわかった(図1B).さらに突起先端部の細胞膜を単離して行った脂肪酸リモデリング解析の結果,神経突起先端部で局所的に起こる脂肪酸リモデリング反応によりOPPCの局在が形成・維持されることがわかった(図1C7)

5. 分子種膜ドメインによる膜タンパク質の局在制御

PC12細胞では神経突起先端部にドーパミン輸送体タンパク質(DAT)とGαoタンパク質が局在している.突起先端におけるOPPC膜ドメインとこれら膜タンパク質の局在分布の関係を次に検討した.阻害剤RHC80267を用いてPC12細胞のPLA1活性を抑制すると突起先端部におけるOPPCの局在が消失し,同時に先端部に局在していたDATとGαoタンパク質の局在が失われて細胞膜全体に拡散分布するようになった.DATの局在消失は,ドーパミンの取り込みが突起先端部に限られていたものから細胞全体で取り込まれるように変化していることからも確認された.一方,膜タンパク質ThyIの分布には阻害剤の影響がみられなかった7)図2).これらの結果により,局所的な脂肪酸リモデリング反応によって特定のリン脂質分子種(OPPC)が局在する膜領域が神経突起先端部に作られること,この分子種膜ドメインの形成がDATとGαo等の機能性膜タンパク質が同領域へ選択的に集積することに必要なことが明らかになった(図3).

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図2 神経突起先端部におけるOPPCの局在と膜タンパク質の局在

上段:NGF刺激(48時間)したPC12細胞.下段:NGF刺激(48時間)した後PLA1阻害剤RHC80267で3時間処理したPC12細胞.(A) PLA1活性,(B) OPPC(mAb#15)の局在,(C) ThyIタンパク質の局在,(D)ドーパミン輸送体タンパク質(DAT)の局在,(E)蛍光誘導体を用いたドーパミンの取り込み検出,(F) Gαoタンパク質の局在.(C)と(D)はそれぞれ同じ細胞.太い矢印は活性の存在する部位を,細い矢印は活性が検出されない部位を示す.文献7より一部改変引用.

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図3 局所的リン脂質脂肪酸リモデリングにより形成される膜ドメインによる膜タンパク質の局在制御モデル

神経突起先端部にはPLA1活性などの脂肪酸リモデリングに働く酵素(未同定)が局在し,OPPCの濃度が高い膜領域が形成される.ドーパミン輸送体タンパク質(DAT)などの一部の膜タンパク質はOPPCの脂肪酸組成を認識して会合し,OPPCの濃度の高い領域に集積する.

6. おわりに

sn-1位に不飽和脂肪酸を持つまれな構成のPCが作る膜ドメインが神経細胞において膜タンパク質の局在を制御している事例を紹介した.他のリン脂質分子種が,同様に膜ドメイン形成や膜タンパク質の局在制御に関わっているかどうかは現在未解明であるが,上記の結果は,今後さらにリン脂質分子種個々の細胞内局在を解析する意義を示している.多様なリン脂質分子種の細胞内局在,その動態を解析するには,2か所ある脂肪酸付加位置の識別(sn-1/sn-2位置異性体の識別)や,不飽和結合の位置が異なる脂肪酸異性体の識別などが必要となり,立体構造認識を伴うタンパク質性のプローブの開発が重要である.多様な分子種すべてを網羅することは簡単ではないが,タンパク質の局在解析に多数の抗体が作られたように,今後さまざまな分子種を認識するタンパク質性プローブ,抗体等の開発を進めることにより,膜リン脂質の脂肪酸構造が担う未解明の細胞機能が明らかになると期待している.

謝辞Acknowledgments

リン脂質の構造解析に貴重なご助言を賜った田口良博士に感謝申し上げます.

著者紹介Author Profile

久下 英明(くげ ひであき)

高知大学医学部生化学教室助教.博士(理学).

略歴

1988年大阪大学理学部卒業.93年同大学院理学研究科後期課程生物化学専攻修了.同年米国ウースター医学生物学研究所博士特別研究員—研究員.97年より現職.

研究テーマ

脂質生化学による細胞生物学.

抱負

リン脂質分子種が担う細胞機能をひとつずつ明らかにしていきたい.

ウェブサイト

http://www.kochi-ms.ac.jp/~ff_bichm/

趣味

自転車ポダリングと四季の草花いじり.

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