Notch受容体上のO結合型糖鎖と先天性疾患O-glycosylation on Notch receptors and congenital diseases
名古屋大学大学院医学系研究科生物化学講座分子細胞化学分野Dept. of Molecular Biochemistry, Nagoya University School of Medicine ◇ 〒466–8550 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65 ◇ 65 Tsurumai Nagoya, Aichi 466–8550 Japan
名古屋大学大学院医学系研究科生物化学講座分子細胞化学分野Dept. of Molecular Biochemistry, Nagoya University School of Medicine ◇ 〒466–8550 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65 ◇ 65 Tsurumai Nagoya, Aichi 466–8550 Japan
Notchシグナルは,細胞間相互作用をつかさどるシグナル伝達経路の一つで,細胞の運命決定に重要な役割を持つ.Notchシグナルの破綻は先天性疾患だけではなく,悪性腫瘍の悪性化など多くの疾患に関連することが知られており,Notchシグナルの制御機序を理解することは,我々にとって急務な課題である.ところで,Notch受容体とリガンドとの結合性,あるいは,Notch受容体自身の細胞膜への輸送はO型糖鎖やその糖転移酵素によって制御されていることがわかってきた.生体内の数多くのタンパク質が糖鎖修飾を受けるが,これほど糖鎖によってタンパク質の機能が制御されている分子も珍しい.そこで本稿では,Notch受容体のO型糖鎖によるNotchシグナルの制御機序とその破綻が引き起こす先天性疾患,特に,最近発見された細胞外O-GlcNAc修飾について紹介したい.
© 2017 公益社団法人日本生化学会© 2017 The Japanese Biochemical Society
HartのグループがO結合型N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)修飾を発見した1984年から2008年に至るまで,O-GlcNAc修飾は細胞内にのみ存在していると長らく信じられていた1).細胞内のO-GlcNAc修飾は,細胞質や核,ミトコンドリアに局在するO-GlcNAc転移酵素(OGT)により修飾されており,現在までに1000種類を超える細胞内O-GlcNAc修飾タンパク質が同定されている2).その機能はO-GlcNAc修飾を受けるタンパク質によって異なるが,主にO-GlcNAc修飾部位とリン酸化部位が協調・拮抗関係にあり,シグナル伝達経路などに関与していることが数多くのグループから報告されている3, 4).しかし,他の糖転移酵素と異なりOGTは小胞体やゴルジ体に局在しないことから,膜タンパク質や分泌タンパク質はO-GlcNAc修飾を受けない.ただし,膜タンパク質の細胞質ドメインはOGTによりO-GlcNAc修飾を受ける5, 6).これらの背景から,O-GlcNAc修飾は細胞内にのみ存在していると信じられていた.
しかしながら,我々は2008年にNotch受容体上の細胞外ドメインにO-GlcNAc修飾が生じていることを報告した7).このNotch受容体上に生じるO-GlcNAc修飾を細胞外O-GlcNAc修飾と呼び,OGTで修飾されるO-GlcNAc修飾と区別している.これまでに我々は細胞外O-GlcNAc修飾の転移酵素EOGTを同定し,さらに,先天性疾患で発見されたEOGT遺伝子変異体の分子機能解析やEogt欠損マウスの解析を行ってきた8–10).本稿では,EOGT異常と先天性疾患の関わりを中心に最新の知見を紹介したい.
Notch受容体は,細胞間コミュニケーションをつかさどる主要なシグナル伝達経路であり,多彩な細胞運命の決定プロセスに関与している11).Notch受容体は細胞外ドメインに36個の連続した上皮成長因子(EGF)ドメインを有し,EGFドメインに特有なO結合型糖鎖修飾を受ける(図1).それぞれのEGFには6個のシステイン残基が存在し,これらがS−S結合を形成することにより立体構造が保持されている.細胞外O-GlcNAcが発見される以前には,Notch受容体上の糖鎖修飾はO-フコース(O-Fuc)とO-グルコース(O-Glc)が知られており,O-フコースは1975年に,O-グルコースは1988年に発見されている12, 13).O-フコースとO-グルコースについてはこちらの総説を参照していただきたいが14),図1に示したようにこれらのO結合型糖鎖修飾はさらに伸長し,最終的には四糖構造(O-Fuc-GlcNAc-Gal-Sia)や三糖構造(O-Glc-Xyl-Xly)となる.これらのO結合型糖鎖修飾はNotch受容体の分子機能を精密に制御しており,O結合型糖鎖修飾がNotchシグナルを介してさまざまな生命現象に重要であることがわかってきた.
NOTCH1受容体の細胞外ドメインには,1~36個の上皮増殖因子(EGF)様の繰り返し構造が存在する.NOTCHのリガンドであるJAG1はNOTCH1受容体EGFドメインのEGF8~12の領域に結合する.また,NOTCHのリガンドであるDLL4はNOTCH1受容体EGFドメインのEGF11~13の領域に結合する.EGFリピートには,NOTCH受容体に特異的な3種類のO結合型糖鎖が存在する.O-フコース糖鎖(赤色の三角)とO-グルコース糖鎖(青色の丸),O-GlcNAc(青色の四角)である.これらのO結合型糖鎖は,さらに伸長し,O-フコースは四糖構造(O-Fuc-GlcNAc-Gal-Sia),O-グルコース(O-Glc-Xly-Xly)とO-GlcNAc(O-GlcNAc-Gal-Sia)は三糖構造を形成する.これらの糖転移酵素反応は,それぞれ特有の糖転移酵素によって触媒される.
筆者らは当初,EGFドメインにおけるO-フコースとO-グルコースの関係性を解析するために,ショウジョウバエ由来のS2細胞にNotch1受容体の20番目のEGFドメイン(EGF20)を発現させて,質量分析装置にて解析を進めていた7).O-フコースやO-グルコース由来のピークはもちろん観察できていたが,+204 Daの未知のピークが観察できた.これは,EGF20上のO-フコースやO-グルコースサイトをアラニンに置換しても観察できたことから,O-フコースやO-グルコース以外のまったく新しいタイプの糖鎖修飾である可能性が示された.+204 DaはHexNAcの分子量と一致することから,HexNAc(GlcNAcかGalNAc)であることがうかがわれた.さらに,Notch1が抗O-GlcNAc抗体(CTD110.6)で反応することや,βヘキソサミニダーゼで消化されることからO-GlcNAc修飾であることが示された.また,Notch1受容体上のO-GlcNAc修飾はOGTのdsRNAを用いたノックダウンで消失しないことから,OGT以外の糖転移酵素により修飾されていることが示唆された.この結果より,Notch1受容体上にOGT非依存的にO-GlcNAc修飾が生じることが明らかになった.
ショウジョウバエ由来のS2細胞では細胞外O-GlcNAcは伸長しないが,哺乳動物細胞ではO-GlcNAcが伸長することが示されている15).実際に,HEK293T細胞に過剰発現したNotch1のEGFリピートをβ1,4-ガラクトシダーゼで糖加水分解処理を行うことで,抗O-GlcNAc抗体との反応性が増加する.よって,Notch1受容体上の細胞外O-GlcNAcにはGalが付加されていることが示唆されていた.その後,Notch1受容体のO結合型糖鎖を網羅的に質量分析装置で解析した報告により,O-GlcNAc-Gal-Sia構造由来のピークが観察されている16).これらの結果から,哺乳動物では細胞外O-GlcNAcはさらに糖鎖付加を受け,O-GlcNAc-Gal-Sia構造になると考えられている.しかしながら,CHO細胞において細胞表面上のNotch1受容体上のO-GlcNAcは抗O-GlcNAc抗体(CTD110.6)で検出できることから,すべてのO-GlcNAcが伸長しているのではない17).
Notch1受容体上は,小胞体からゴルジ体を経て細胞膜に分泌される膜タンパク質である.よって,Notch1のO-GlcNAc転移酵素は小胞体かゴルジ体に局在していると予想できるが,O-フコース転移酵素POFUT1やO-グルコース転移酵素POGLUT1は小胞体に局在しているので,小胞体局在シグナルを持つ機能未知の遺伝子にターゲットを絞ってNotch1のO-GlcNAc転移酵素のスクリーニングをした8).その結果,EGFドメイン特異的O-GlcNAc転移酵素(EGF-domain O-GlcNAc transferase:EOGT)をRNAiにてノックダウンすることでEGF20のO-GlcNAc由来のピークが消失することを見いだした.つまり,EOGTがNotch1のEGFリピートに細胞外O-GlcNAcを触媒する糖転移酵素であることがわかった.その後,マウスのEOGTを用いた酵素化学的な特徴づけにより,マウスEOGTの至適pHはpH 7.0であり,UDP-GlcNAcに対するKm値は25 μMであることを報告した9).EOGTのドメイン構造についての情報は少ないが,EOGTの1~19番目のアミノ酸がシグナルペプチドであり,295~297番目のアミノ酸がDXDモチーフであることが示唆されている.また,EOGTの遺伝子変異が先天性疾患アダムズ・オリバー症候群(AOS)で報告されているが,AOSで発見されたEOGT遺伝子変異体については,次々節で解説したい.
当初,我々がEOGT-Lと呼んでいたEOGTに対して相同性の高いタンパク質が存在していた15).その後,さまざまな名称(GTDC2/EOGT-L/AO61/POMGNT2)で呼ばれていたが,現在ではPOMGNT2という名称が一般的である18).このPOMGNT2はEOGTとの相同性が高いが,Notch1のO-GlcNAc転移酵素ではないことが,抗O-GlcNAc抗体を使用したウエスタンブロッティングで確認された15).その後,POMGNT2はUDP-GlcNAcを糖供与体としてαジストログリカン上のO-Manにβ1-4結合にてGlcNAc修飾を触媒する糖転移酵素であることが報告された19–21).POMGNT2については,本特集の萬谷らの総説も参考にされたい22).
これまでに,Notch1を含めると10種類のタンパク質が細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質として同定されている23).Notch1の次に同定された細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質はDumpyである8).Dumpyは,Eogt変異ショウジョウバエの表現型解析から細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質であることが同定された.Eogt変異ショウジョウバエは,Notch1変異の表現型と似ていないが,羽や胸背板,クチクラに異常を呈していた.これは,Dumpyの変異と似ており,DumpyとEOGTが関連していることが示唆された.実際に,DumpyはEOGTの基質であること,つまり,細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質であることが確認された.
その後,マウスの大脳皮質をターゲットとしたO-GlcNAc修飾タンパク質の網羅的解析からHSPG2(Perlecan)やNELL1, LAMA5, PAMR1, NOTCH2がリストアップされた24).これらのタンパク質は,直接,EOGTの基質となるかどうかは確認されていないが,Notch2を除いた4種類のタンパク質は分泌タンパク質であることから考えると,OGTの基質となることは考えにくいのでEOGTの基質であると考えられる.また,thrombospondin-1(TSP-1)も細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質であることが報告されている25).興味深いことに,NotchのリガンドであるDeltaやSerrateも細胞外O-GlcNAc修飾タンパク質であることが報告された26).
近年まで細胞外O-GlcNAc修飾の分子機能は不明であったが,Notch1のEGFドメイン上の細胞外O-GlcNAcの分子機能について明らかになったので紹介したい.Notch1受容体のEGFドメインは1から36まで存在するが,主要なO-GlcNAc修飾部位を同定するために,アラニン置換と抗O-GlcNAc抗体を用いたウエスタンブロッティングを実施した10).その結果,EGF2とEGF10, EGF17, EGF20のセリン・トレオニンをアラニンに置換した場合,抗O-GlcNAc抗体との反応性が減少した(ただし,完全には消失しておらず,マイナーなO-GlcNAc修飾部位は他にもある).これは,主なNotch1受容体のO-GlcNAcサイトがEGF2とEGF10, EGF17, EGF20であることを示している.次に,Notch1受容体とリガンドとの相互作用における細胞外O-GlcNAc修飾の分子機能を明らかにするために,Notch1Δ4×O-GlcNAc変異体(EGF2とEGF10, EGF17, EGF20のセリン・トレオニンをアラニンに置換した変異体)を用いたリガンド結合実験を行った.その結果,DLL1/4リガンドとの結合性を増強する一方で,JAG1リガンドとの結合性には影響がなかった.同様に,Eogt欠損マウスから単離培養した血管内皮細胞を用いたリガンド結合実験においてもEOGTはDLL4リガンドとの結合性を増強していたが,JAG1リガンドを介したNotchシグナルには影響はなかった.この結果から,細胞外O-GlcNAc修飾はNotch1とDLLリガンドとの結合性を制御していることがわかった.
先にも述べたが,Notch1Δ4×O-GlcNAc変異体では,抗O-GlcNAc抗体との反応性は減少するものの,完全には消失しなかった10).この結果に一致して,ショウジョウバエ由来のS2細胞にNotch1 EGF1-36を一過性発現して網羅的にO結合型糖鎖を解析した結果,EGF4とEGF11, EGF12, EGF14, EGF20がO-GlcNAc修飾を受けていることが報告されている16).興味深いことに,各EGFドメインによって細胞外O-GlcNAc修飾を受けている割合は異なり,EGF12とEGF20では8割以上がO-GlcNAc修飾を受けているのに対して,EGF11は約7割,EGF4とEGF14では約5割がO-GlcNAc修飾を受けているにすぎなかった.細胞外O-GlcNAc修飾を受ける部位や比率は,細胞種や細胞外環境によって異なると考えられるので,さまざまな条件や細胞種で検証する必要がある.
アダムズ・オリバー症候群(AOS)とは,頭頂部の皮膚や骨の欠損と四肢の横断型欠損を主徴とし,血管異常を伴うまれな疾患である27).長らく原因遺伝子を含めた分子機序は不明であったが,AOSの患者に対するゲノムシークエンスの結果から原因遺伝子が明らかになった.これまでに報告されているAOSの原因遺伝子は,二つのグループに分けることができる.アクチン骨格関連因子とNotchシグナル関連因子である.アクチン骨格関連因子には,Rho GTPase activating protein 31(ARHGAP31)とdedicator of cytokinesis 6(DOCK6)が報告されており28–30),ARHGAP31はヘテロ型変異であり,DOCK6はホモ型変異である31).一方,Notchシグナル関連因子には,Notch132, 33)やDelta-like 4(Dll4)34–36),Immunoglobulin kappa J region(RBPJ),EOGT37, 38)などが報告されている.AOSで発見されたEOGTの遺伝子変異はホモ型変異であるが,NOTCH1やDLL4, RBPJはヘテロ型変異であった.
AOSで報告されている原因遺伝子の中で,EOGT遺伝子変異体について解析されているので紹介したい9).AOSで発見されたEOGTの遺伝子変異体は3種類あり,EOGTW207SとEOGTR377Q,そして,EOGTG359Dfs*28である(図2).EOGTG359Dfs*28は359番目のグリシンがフレームシフトを起こして,387番目のアミノ酸がストップコドンになる変異である.EOGTG359Dfs*28は,EOGTの触媒部位と予測されているドメインが欠損しているので,糖転移酵素活性を持たないと推測される.実際に,AOS型EOGT変異体をNotch1の可溶型細胞外ドメインと共発現させた場合,Notch1の可溶型細胞外ドメインに対する抗O-GlcNAc抗体の反応性がEOGTWTを共発現した場合と比べて著しく低下する.つまり,EOGTW207SとEOGTR377Q,EOGTG359Dfs*28変異体は糖を転移する能力がない,もしくは,低下していることを示している.詳しく調べてみると,EOGTW207Sは,タンパク質の安定性が低下しており,ユビキチン–プロテアソーム系で分解されていることがわかった.同様に,EOGTG359Dfs*28も安定性が低下していることが確認できた.一方,EOGTR377Qは,タンパク質の安定性や局在性には異常がないが,糖ヌクレオチドであるUDP-GlcNAcとの結合性が低下していることがわかった.その結果,EOGTR377Qは糖転移酵素反応が失われているのだと考察している.このように,EOGTの遺伝子変異による細胞外O-GlcNAcの異常は,AOSの原因となることがわかった.
(A) AOSで発見されたEOGT遺伝子変異体の模式図を示す.EOGT野生型(野生型)では,N末端にシグナル配列が,C末端に小胞体残留シグナルが存在する.また,295~297番目のアミノ酸にDXDモチーフが存在する.EOGTW207S(W207S)は,207番目のトリプトファンがセリンに置換している変異である.EOGTR377Q(R377Q)は,377番目のアルギニンがグルタミンに置換している変異である.EOGTG359 G359Dfs*28(G359Δ)は,359番目のグリシンがフレームシフトを起こして,387番目のアミノ酸がストップコドンになる変異である.(B) AOSで発見されたEOGT遺伝子変異体の分子機能異常を示す.EOGTW207S(W207S)は,EOGTの安定性も低下しており,ユビキチン–プロテアソーム系で分解されている.EOGTR377Q(R377Q)は,安定性や局在性には異常がないが,基質であるUDP-GlcNAcとの結合性に異常が認められた.EOGTG359Dfs*28(G359Δ)は,安定性も低下していた.
Eogt欠損マウスは,AOSの患者で認められる先天性皮膚形成不全と四肢の横断型欠損が認められなかった10).同様に,Notch1やDll4など他のAOS原因遺伝子の欠損マウスも異常が認められていないことから,AOSはヒトに特有な疾患であると考えられる.もしくは,環境的要因など他の因子もAOSの発症に関連する可能性が考えられるが,具体的なことはわかっていない.しかしながら,Notch1やDll4, Rbpjの変異マウスで共通して認められる血管異常は,AOSの表現型とも関連している.そこで,血管形成過程に着目してEogt欠損マウスの解析を行った.
網膜の血管形成は発生直後(P0)から開始されるため,血管形成過程のモデルとして重用されている.まず,出生後5日目(P5)網膜血管におけるEOGTの発現細胞をin situハイブリダイゼーションで解析したところ,血管内皮細胞にEOGTが発現していることがわかった10).そこで,Eogt欠損マウスのP5の網膜の血管形成を観察したところ,Tip細胞数と毛細血管の分岐数が増加していた.これらの異常はNotchシグナルの低下による表現型に一致し,同様の異常が血管内皮細胞特異的なEogt欠損マウスでも認められることから,EOGTが血管内皮細胞で機能していることがわかった.
次に,Notchシグナルは血管構造安定化に必須であることが知られているので,Notchシグナルに異常を示すEogt欠損マウスにおける血管構造安定化について解析を行った.その結果,Notch1やRbpjへテロ変異マウスで認められた血管からのフィブリノーゲンの漏出がEogt欠損マウスでも確認できた10).同様に,ビオチンをマウスの左心室から注入後,網膜血管における漏出を解析した.その結果,Eogt欠損マウスやNotch1やRbpjへテロ変異マウスにてビオチンの漏出が確認できた.さらに,Eogt/Notch1二重変異マウスやEogt/Rbpj二重変異マウスでは漏出が相乗的に増加していた.これらの表現型から,Eogtの欠損は血管内皮細胞でのNotchシグナル低下,網膜の血管形成異常,そして血液網膜関門での血管透過性の異常につながることが明らかになった.
ここまでは主にNOTCH1受容体上の細胞外O-GlcNAcに焦点を当てて紹介してきたが,他のNotch受容体上のO型糖鎖異常と疾患の関連性について簡単に概説したい(表1).POFUT1とPOGLUT1は,Dowling–Degos病(DDD)と呼ばれる皮膚に色素異常を持つ先天性皮膚疾患の原因遺伝子である.最初にDDDの原因遺伝子として報告された遺伝子はkeratin5(KRT5)である39).これにより,DDDは角化細胞の細胞骨格異常が原因であると長らく信じられていたが,一方で,KRT5に異常がないDDDの患者も報告されていたことから,ほかにも原因遺伝子が存在することが示唆されていた39).2013年に,DDDの患者を対象として全ゲノム解析を行い,網羅的にDDDの原因遺伝子の探索が行われた40).その結果,POFUT1がDDDの原因遺伝子であることが報告された.DDDで発見された2種類のPOFUT1の変異はともにヘテロ変異であり,一つは144番目のグルタミン酸がストップコドンに変わるナンセンス変異であった.他方は482番目のアデニンが欠損しており,161番目のリシンがフレームシフトを起こす変異であった.その後,多くのグループによりDDDの患者からPOFUT1の変異が同定されたが,その半数がナンセンス変異であった41–43).ナンセンス変異以外の遺伝子変異体(R240CやM262T, S356F, R366W)においては,糖ヌクレオチドであるGDP-フコースの結合サイト付近に変異があることが,X線構造解析の情報からわかった44).
糖転移酵素遺伝子 | 疾患 | 変異 | 症状 |
---|---|---|---|
POFUT1 | DDD | ヘテロ変異 | 皮膚の網状色素沈着 |
POGLUT1 | DDD | ヘテロ変異 | 皮膚の網状色素沈着 |
POGLUT1 | 肢帯型筋ジストロフィー | ホモ変異 | 四肢近位筋から始まる進行性筋力低下 |
EOGT | AOS | ヘテロ変異 | 頭皮および頭蓋骨欠損,四肢の横断型欠損 |
同様に,POGLUT1の遺伝子変異がDDDの患者から報告されている45, 46).現在までに,9種類のPOGLUT1の変異がDDDで報告されているが,そのうち,7種類はナンセンス変異である.残る2種類の変異は,R279Wとイントロン領域に変異があるc.798-2A>Cである.R279Wは基質であるUDP-グルコースとの結合サイトに一致するため,POGLUT1の酵素活性に影響していると考えられている.
意外なことに,肢帯型筋ジストロフィーの患者を対象にした全ゲノム解析からPOGLUT1の遺伝子変異が発見された47).同定されたPOGLUT1D233Eの糖転移酵素活性は野生型と比較して顕著に低下しており,この変異を持つ患者ではNotchシグナルのターゲット遺伝子の発現量も低下していた.さらに,この患者ではαジストログリカンのリガンドであるラミニンとの結合性も低下していた.これは,POGLUT1の異常を介したNotchシグナルの低下が筋ジストロフィーの原因になることを示している.
本稿では,Notch受容体のEGFリピートを修飾する糖転移酵素の機能異常による先天性疾患として,AOSやDDD,肢帯型筋ジストロフィーを取り上げた.これらの疾患の病態は組織特異的であり,表現型の重複はない.こうした違いの理由は明らかではないが,Notchシグナル以外にもEGFドメインのO型糖鎖が作用する可能性は考えられる.実際に,O-フコース修飾,O-グルコース修飾は,O-GlcNAc同様に,Notch受容体以外にも複数の修飾分子の存在が知られている.別の可能性としては,これら3種のO型糖鎖の発現分布が組織によって異なることが考えられる.いずれの場合でも,これらの先天性疾患の治療戦略の一つとして,EGFドメインに関連した糖転移酵素や糖ヌクレオチドの代謝酵素を標的としたアプローチが期待できるであろう.
近年,Notch1受容体とリガンドであるDLL4やJAG1とのX線構造解析が報告された48, 49).EGF12のO-フコースサイトはDLL4との直接結合している領域に生じていることがわかり,これまで生化学的に行われてきた解析結果と一致していた.一方,O-GlcNAcサイトはリガンド結合領域の外部に生じることから,NOTCH1とDLL4との分子間相互作用に直接的に関与はしてないと考えられる.では,なぜ,Notch1受容体上の細胞外O-GlcNAc修飾はDLLリガンドとの結合性を増加させるのであろうか? 我々は細胞外O-GlcNAc修飾はNotch1受容体上のEGFドメインの構造を変化させているのではないかと予想しているが,今後の解析が待たれるところである.
本稿で紹介した研究の大半は,筆者が現在所属している名古屋大学医学系研究科分子細胞化学の研究室で行われたものです.その間,研究に携わっていただいた多くの大学院生や共同研究先の先生に深く感謝を申し上げます.特に,古川鋼一先生(中部大学)には,数多くの助言をいただいたことを深く御礼申し上げます.
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