Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 634-643 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890634

特集Special Review

ポリシアル酸転移酵素遺伝子ST8SIA2と精神疾患の関わりPolysialyltransferase ST8SIA2 and psychiatric disorders

1名古屋大学・生物機能開発利用研究センターBioscience and Biotechnology Center, Nagoya University ◇ 〒464–8601名古屋市千種区不老町 ◇ Chikusa, Nagoya 464–8601, Japan

2University of California, San Diego, Department of Cellular & Molecular MedicineUniversity of California, San Diego, Department of Cellular & Molecular Medicine ◇ 9500 Gilman Drive MC 0687 La Jolla, CA 92093–0687, USA ◇ 9500 Gilman Drive MC 0687, USA

発行日:2017年10月25日Published: October 25, 2017
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脳に特異的な糖鎖エピトープであるポリシアル酸はシアル酸の直鎖状のホモポリマーであり,大きな負電荷とかさ高い排除体積によって,細胞接着を負に制御する反接着機能分子として働く.同時に,脳の分化・発達,高次機能に関わる因子群を結合し,細胞表面近傍でそれらの作用を制御する足場機能を持つ.近年,大規模な比較ゲノム解析が行われ,ポリシアル酸を生合成する糖鎖関連遺伝子ST8SIA2が統合失調症や双極性障害などの精神疾患に関わる遺伝子の一つである可能性が出てきている.このST8SIA2遺伝子およびポリシアル酸と精神疾患との関係性を明らかにするために,ST8SIA2遺伝子上に見いだされる種々の一塩基変異多型(SNP)に着目した生化学的解析が行われている.その結果,多くのSNPは,実際にポリシアル酸の質と量を変化させて,機能不全をもたらし,精神疾患のリスクを上げることが示唆されている.

1. はじめに

統合失調症(SZ)や双極性障害(BD)などの精神疾患患者は世界中の人口の数%程度に報告され,その患者には“ヒト特異的”ともいえる高次脳機能に障害がみられる.このような精神疾患の研究はヒト脳サンプルの入手,扱いの困難さから生化学的,生理学的解析は限られており,行動学的解析が主であった.しかし,精神疾患において客観性のある診断マーカーの確立は大きなトピックであり,近年いくつかのマーカー候補分子が代謝産物から同定されてきている.また最近の機器や解析手法の進歩により,疾患のゲノムワイドな解析が広く行われ,SZやBD,自閉症(ASD)を含む精神疾患との関与が疑われる遺伝子が数多く同定されてきているが,精神疾患はいくつもの遺伝的要因と環境的要因が複雑に絡み合い発症するとされており,それらの因子も精神疾患で共通している部分もある.そして,疾患との関わりが示唆された遺伝子を標的とした遺伝子改変技術により,人の精神疾患同様の生理学的/行動学的な特徴を示す細胞/動物モデルが確立されてきている1–4).精神疾患との関与が示唆された遺伝子の中には糖鎖の生合成を担う糖鎖関連遺伝子が少なからずあるが,それら糖鎖関連遺伝子の産物である糖鎖や複合糖質と精神疾患との関係はいまだその研究が乏しい分野であり,十分な知見があるとはいえないのが実情である.

糖鎖は糖タンパク質,プロテオグリカンとしてタンパク質上に,糖脂質として脂質上に結合して存在し,主に細胞表面上にみられ,多様な糖鎖がさまざまな生物学的な機能に関与している.一方でタンパク質や核酸に比べ,詳細な構造機能解析手法が整っておらず,精緻な解析が進んでいない.さらに特異的な糖鎖結合分子によって認識される糖鎖エピトープはいくつかの糖鎖関連酵素を介した複雑な経路を経て生合成される.たとえば,糖鎖上にシアル酸を転移するには,GlcNAc 2-epimerase/ManNAc kinase, Sia-9 phosphate synthase, Sia-9 phosphate phosphatase, CMP-Sia synthetase, CMP-Sia transporter,結合様式と基質に特異的なシアル酸転移酵素の少なくとも六つの酵素が必要である5).すなわち,細胞表面における糖鎖はいくつもの分子が関与する生合成系によって制御されており,たとえ,その細胞における全遺伝子の発現プロファイルが解明されたとしても,実際の糖鎖構造を予測することは困難である.また,糖鎖は互いに関係性のない(と考えられる)多くのタンパク質を修飾し,しばしば同じエピトープを持つ糖タンパク質が複数存在するため,その糖鎖の機能を明らかにするのは容易ではない.たとえば,細胞溶解液を糖鎖特異的なプローブを用いてウエスタンブロットによって解析すると,同一の糖鎖エピトープを持ついくつかの異なるタンパク質が複数のバンドとして検出されることがある.このような特徴から,糖鎖は糖鎖結合分子を介して複数のタンパク質を制御し,糖鎖修飾された複数の複合糖質の物理化学的な性質を同時に変化させていると考えられる.このように糖鎖は多くの分子の機能制御に関わっていることから,生合成を担う糖鎖関連遺伝子の異常による糖鎖エピトープの不全は複数の複合糖質の機能に直接的,間接的に影響を及ぼすことになる.実際,50%を超えるタンパク質が糖鎖修飾されており,細胞にもよるものの複合糖質の糖鎖の存在領域は,細胞表面から約80 nmにもなる.したがって,細胞–細胞間,細胞–分子間の相互作用,認識に対する細胞表面糖鎖の寄与を明確化することは重要である.近年,いくつかの糖鎖関連遺伝子欠損マウスの解析から,疾患に特徴的な行動や脳構造および機能不全を持つマウスが存在することや,精神疾患患者と健常者との比較ゲノム解析から糖鎖関連遺伝子が疾患と関連性があることが報告されている.本稿では,脳に特異的かつ重要な機能を持つ糖鎖エピトープであるポリシアル酸(polySia, PSA)と精神疾患,特にSZおよびBDとの関係性について,その生合成に関わる糖鎖関連遺伝子ST8SIA2に着目した研究から明らかにされた知見を概観する.

2. ST8SIA2遺伝子,polySia転移酵素ST8SIA2, polySiaおよびその機能

polySiaの生合成には二つのpolySia転移酵素(polyST),ST8SIA2(ST8 α-N-acetylneuraminide α-2,8-sialyltransferase 2)とST8SIA4(ST8 α-N-acetylneuraminide α-2,8-sialyltransferase 4)が知られており,両者ともゴルジ装置に局在する2型膜タンパク質で糖転移酵素ファミリー29(GT29)に分類される.受容体基質である神経細胞接着分子(NCAM)のシアル酸上にCMP-Siaを供与体基質としてSiaを1残基ずつ転移し,α-2,8 polySia鎖を生合成する6).ST8SIA2(STX/SIAT8b/ST8SIA-II)をコードする遺伝子はヒトの染色体15q26(92393828-92468728)に座乗しており,六つのエキソン,五つのイントロン領域から構成され,全長は74.8 kbpである(図1).ST8SIA2の推定されているプロモーター領域にはCCA AT, MZF1, CREB, GAT A, TAT A, SP1といった転写因子の結合する共通配列モチーフがデータベース上に見いだされている7, 8).ST8SIA2は375アミノ酸からなり6か所のN型糖鎖付加部位を持つタンパク質である.この酵素はシアル酸転移酵素に広く保存され,供与体基質や受容体基質との結合,触媒反応に関与すると考えられているシアリルモチーフ(SM)と呼ばれるモチーフ配列(SML, SMS, SMVS, SMIII)を持つ(図1).さらにST8SIA2は塩基性のアミノ酸に富む二つの領域,polybasic region(PBR)およびpolySia転移酵素ドメイン(PSTD)を持ち,ごく最近結晶構造が解かれたヒトST8SIA39)を鋳型とした分子モデリングおよび生化学的な解析の結果から,PBR, PSTDは受容体基質の認識部位に近接しており(図1),NCAMのポリシアリル化に重要であることが示されている10–13).また,ST8SIA2およびST8SIA4はそれぞれ単独でpolySiaの生合成が可能であるが,両者が協調的に作用してより長いpolySiaを生合成するとの報告もある14, 15)

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図1 ST8SIA2の模式図

(A) ST8SIA2は15番染色体q26.1に位置する.Pre-mRNAは六つのエキソンと五つのイントロンからなり,スプライシング,翻訳を経て375アミノ酸からなるST8SIA2を生合成する.シアル酸転移酵素間で高度に保存されたシアリルモチーフ(Sialyl Motif;SM)を持つ.LはCMP-シアル酸との結合,SはCMP-シアル酸および受容体基質との結合に関与する.IIIおよびVSは受容体基質との結合および触媒反応に関与することが示唆されている.また,受容体基質であるNCAMのFNIII 1に存在する酸性領域と相互作用する塩基性領域polybasic region(PBR)を持つ.さらに,同様にNCAMとの相互作用に関与することが示唆されているpolysialyltransferase domain(PSTD)を持つ.この領域は酵素自身の自己ポリシアリル化や生合成され伸長したポリシアル酸鎖と相互作用し触媒反応に関与することも示唆されている.矢尻はエキソン-イントロン結合部,Cはシステイン残基,ジスルフィド結合を示す.◆はN型糖鎖付加部位であり,◇は自己ポリシアリル化を受ける.(B) ST8SIA2の推定3D構造.ST8SIA3のX線結晶構造解析のPDB情報(5BO9)をもとに,ST8SIA2の推定立体構造をMOEにより作製.

ST8SIA2の最終産物はα-2,8結合polySiaである.その重合度は8から400残基に及ぶことが知られており16),脊椎動物においては胎児脳やがん細胞に見いだされることから,がん胎児性抗原として認識されてきた16–18).polySiaは主にNCAM上に見いだされているが,CADM1/SynCAM1, Neuropilin-2, C-C chemokine receptor type 7(CCR7)にも報告されている.しかしNCAM欠損マウスにおいて脳内のpolySiaがほとんど消失することから19),脳におけるpolySiaの主要担体タンパク質はNCAMであると考えられている.哺乳類では胎児期の脳内のNCAMはほぼすべてポリシアリル化されているが,生後polySiaは減弱し,成体期の脳ではほとんど発現していない.しかし,嗅球や海馬のような神経の再構築が盛んな部位や,情動・社会性行動,概日周期や精神疾患との関連が示唆されている前頭前皮質,扁桃体,視交叉上核のような部位にも発現が見いだされている20, 21)

polySiaの物理化学的な性質はその機能に関与しており,大きな負電荷と水和効果によって形成されるかさ高い立体排除体積によって反発性の場“repulsive field”を形成し,細胞接着を負に制御する反接着機能分子として働くと考えられている(図217).実際,polySiaを特異的に切断する酵素であるendo-N-acylneuraminidase(Endo-N)によって細胞表面のpolySiaを切断すると,細胞間隙が50 nmから40 nmに減少することが報告されている22, 23).一方,polySiaを特異的に認識するプローブを作用させた解析や,NCAM欠損マウス,ST8sia2欠損マウス,ST8sia4欠損マウス,ST8sia2/ST8sia4二重欠損マウス,NCAM/ST8sia2/ST8sia4三重欠損マウスの解析から,NCAM上のpolySia鎖は細胞接着,細胞移動,細胞増殖,神経突起の伸長,軸索誘導,シナプス形成,神経の束化,長期増強(LTP)や長期抑制(LTD),成体脳における神経新生,学習と記憶,概日周期,情動,社会性相互作用に関与していることが明らかにされてきている19, 24).解剖学的な知見としては,前頭前皮質における介在ニューロンの減少,側脳室の拡大,視床の縮小,一部の軸索路の不全であり,これらがpolySia不全マウスの異常行動に深く関与することが示唆されているが,そのメカニズムについてはpolySia鎖の反接着性を基盤とするという推定の域を出ていない.一方,近年,polySiaは脳由来神経栄養因子(BDNF)25–28)やその前駆体であるproBDNF28)などの神経栄養因子,塩基性線維芽細胞増殖因子FGF2などの増殖因子29),ドーパミン(DA),ノルエピネフリン,エピネフリンといった神経伝達物質30, 31)など,脳の分化・発達,高次機能に関わる因子群を結合して,細胞表面近傍でそれらの因子群を制御することが明らかになっている(図2).つまり,polySiaは細胞や接着因子との相互作用を負に制御する“repulsive field(反発性の場)”を形成する一方で,さまざまな脳機能を担う分子を引きつけて,結合,保持する“attractive field(親和性の場)”を形成することが考えられる16, 32).polySiaはそれらの分子を保持し特異的な受容体への受け渡しを正負両方向に制御している.BDNFを例にとってみてみると,BDNFの二量体は高い親和性でNCAM上のpolySia鎖に結合しているが[polySia vs. BDNF:Kd=~10−8(M),polySia on polySia-NCAM vs. BDNF:Kd=~10−9(M)],in vitro実験ではBDNF-polySia複合体からBDNFがその特異的受容体であるp75NTRおよびTrkBへと容易に移行することが観察されている.この移行はBDNFとそれらの受容体間の親和性がBDNFとpolySia間よりも高い[p75NTR vs. BDNF:Kd=~10−11(M)],TrkB vs. BDNF:Kd=~10−9(M)]ことから起こると考えられる25, 32, 33).生理学的な面では,Endo-N処理を施したマウスおよびNCAM欠損マウス由来の海馬のCA1において,LTPの阻害が観察されるが,どちらのマウスもBDNFの添加で回復することや,正常マウスではpolySia添加によってLTPが阻害されることから,CA1におけるpolySia-NCAMとBDNF/TrkBの関わりが示唆されている34, 35).また,ラット皮質ニューロンにおいてpolySia-NCAMがBDNFによる生存や分化を制御しており,皮質培養条件下で神経発生を促進することが明らかにされている36, 37).これらの分子メカニズムは未解明であるが,我々が初めて明らかにしたpolySia鎖とBDNFの直接的な相互作用である可能性がある.また,上述した親和性の差によるpolySia鎖から受容体へのBDNFの移行経路とは別に,シアリダーゼによるpolySia鎖の分解によるBDNFの放出機構も証明されている38).polySiaはマウスおよびヒトのミクログリア(MG)上にも発現しており,BDNFは,マウスMG培養細胞上のpolySia鎖を介して細胞表面上に保持されることが確認されている.その細胞にLPS炎症刺激を与えるとMGからエキソソームが放出され,NCAM上のpolySia鎖は30分以内という短時間で切断され,それに伴いBDNFが放出されることが明らかにされている.このpolySia鎖のすばやい分解はエキソソーム上のシアリダーゼNeu1によるものである38).このようにpolySiaとpolySiaによって制御を受けている分子は細胞表面において,細胞の活性化状態に依存して動的な変化を受けることがわかる.また上述した機能に加えて,polySiaがインタクトなFGF2と結合し,FGF2の寿命を制御しうることも明らかにされている28).FGF2はヘパラン硫酸(HS)と結合しFGF受容体と三者会合体を形成することによって,シグナル伝達が増強されることが知られているが,同じ酸性多糖であってもpolySia鎖に対する結合は異なる様式であり,polySiaはFGF2の寿命および下流のシグナル伝達の引き金となるヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)の一過的な活性化を制御することが示唆される28).ドーパミン(DA)もまた,polySia鎖に直接結合して30, 31),Aktシグナル経路に関わることが知られている31).polySia鎖やHS鎖のような細胞表面酸性糖鎖がDAとの結合性に関わるという初めての報告31)は神経細胞間の神経伝達物質のシグナルを考える上で重要な知見となるかもしれない.また疾患とも関連性のある生理活性分子,特にBDNF, FGF2, DAといった分子はその疾患の機構を明らかにするための鍵分子であり,polySia鎖がこれらの分子群をattractive field内で制御すること,またその周りに存在するさまざまな酸性糖鎖とのクロストークは今後の疾患との関連性との解析で重要な分子制御メカニズムになると考えられる.

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図2 ポリシアル酸の作り出す機能場

(左)反発性の場(repulsive field).ポリシアル酸は自身の水和効果による立体障害および静電的反発によって,細胞(分子)–細胞(分子)間相互作用を阻害する反接着分子としてcistransどちらにも働く場を提示している.(右)親和性の場(attractive field).ポリシアル酸は,ポリシアル酸自身に直接的にBDNF, FGF2, DAなどの生理活性因子が結合し,その受容体への提示を制御することで細胞機能の調節を行う場を提示している.FGF2の場合,インタクトなFGF2のみをポリシアル酸が保持する.またプロテアーゼからFGF2を保護し,ヘパラン硫酸プロテオグリカンを介した間接的なFGFRへの提示を制御することでも細胞機能の調節を行う.BDNFの場合,proBDNFおよびBDNFをポリシアル酸が保持し,PlasminによるproBDNFのプロセシングを制御することで細胞機能の調節を行う.trkB/p75NTRへの受け渡しは親和性の差により直接ポリシアル酸からの移行が起こる.

3. 統合失調症とST8SIA2, ST8SIA2およびpolySia

1)統合失調症とは

SZは世界の全人口のおよそ1%が罹患し,思考と感情の統合に問題がある重篤な精神疾患である39).その症状は通常の日常生活に大きな支障を来し,社会的な影響も大きく,この疾患の治療は社会的にも経済的にも多大な影響がある.症状は,陽性症状,陰性症状,認知機能障害に分類される.陽性症状はさらに三つに分類される.一つ目が思考の一貫性が保てなくなる思考障害,二つ目は間違った先入観を強固に信じてしまう妄想,三つ目は幻聴に代表される幻覚である.そして陰性症状では正常な行動の減少がみられ,感情鈍麻,意欲低下,自閉症状などがあげられる.認知機能障害は陰性症状との関わりが大きく,研究者によっては区別されていない.症状には実行機能の低下,注意集中力の維持障害,学習や記憶の障害などがあり,その程度も軽度のものから重篤なものまでさまざまであり,恐怖や引き込もり,過度な興奮などの感情障害を引き起こす.陽性症状の原因として過度なDA系の活性化,特に中脳辺縁系腹側被蓋野–辺縁系路(VTA–AMG/HIP)におけるDA系の過度な活性化が考えられている.陰性症状および認知機能障害は,前頭前皮質の一部を失った患者と類似の症状であり,脳の発達段階における特定部位での機能障害が原因であると考えられている.また,陽性症状とは逆に,中脳辺縁系腹側被蓋野–皮質路(VTA–PFC)におけるDA系の抑制が原因であるとも考えられている.多くの場合,思春期に診断がなされ,思春期以前に診断されることはまれである40).近年では,SZ患者と健常者の解剖学的な脳の比較がMRIに代表される画像診断の発達により大きく進展し,SZ患者の脳で第三脳室および側脳室の拡大と海馬および嗅球の縮小が報告されており41, 42),脳の発達障害が有力視されている.加えて家族や双子,養子縁組における研究,ゲノムワイド関連解析(GWAS)などによってもSZは前頭前皮質に関わる特定の経路の発達障害であることが示唆されている43).しかし,その発症には遺伝的要因,環境的要因が複雑に絡み合っていることが知られており44),その発症メカニズムを統合的に理解することは,いまだに困難である.一方,これまでにいくつかの遺伝子(DTNBP1, AKT1, COMT, DRD2, DISC1, NEDL1, GAD1など)がSZと有意に関連することが報告されている45–47).同時に有意性のある環境要因としてはストレス,妊娠および授乳期の母体の状態,ウイルスへの感染,薬物乱用(喫煙や大麻)などがある.遺伝的な要因と環境要因のいくつかはSZだけでなく,BDやASDとの要因とも重なることから,これらの疾患における共通性の高い,多因子を制御する機構が存在し,その機構の崩壊が示唆される.

2)統合失調症とST8SIA2, ST8SIA2およびpolySiaの関係

1995年にBarbeauらによってSZ患者の死後脳の海馬歯状回門においてpolySiaを発現している細胞が,健常者と比較して減少していることが初めて報告された48).2012年にはNacherらによって背外側前頭前皮質の第IV層および第V層においてpolySiaを発現している細胞の減少が免疫染色によって示された49).また,同時に扁桃体ではpolySiaの発現に有意な変化がないことが示されている.神経新生マーカーとして抗polySia抗体が広く用いられているため,精査することによりさらに例証される可能性がある.一方,SZ患者とpolySia不全マウスは脳の諸領域における異常が類似していることが報告されている50, 51).SZ患者およびNCAM欠損マウスの嗅球の容積の減少は,注目すべき表現型である19, 41).げっ歯類において,この表現型はpolySiaが神経細胞の吻側移動経路を通る脳室下帯から嗅球への移動に必要であるために起こると考えられている.海馬でみられるpolySiaの発現細胞の減少やCA3に伸びる苔状線維のシナプスの減少もまたSZ患者とST8SIA2欠損マウスの両者にみられる特徴である52, 53).学習と記憶の障害は海馬のLTPの障害と深く関わっており,認知機能障害はSZに広くみられる症状であるが,それらの障害を起こすNCAM欠損マウス19, 50)ST8SIA4欠損マウスの海馬CA1ではLTPの障害を示し54),polySiaに依存したNCAMの機能がLTPに重要であると考えられている.また,興味深いことに,polySia不全マウスでは空間学習19),概日周期55),社会性相互作用の不全56)がみられるが,これらの表現型はSZ患者にもよく知られている57, 58).polySia不全マウスの中でもST8SIA2欠損マウスは恐怖条件づけ,多動,攻撃性の増加,社会性の低下がみられる52, 56).特にST8SIA2欠損マウスのみが側脳室の拡大,内包の縮小に伴う視床の縮小,視床と皮質における神経繊維の無秩序化が観察されている51).また,ST8SIA2欠損マウスは作業記憶が障害を受け,プレパルス抑制の低下,無快楽症状,アンフェタミン誘導性多動性障害の感受性の上昇がみられることから,ST8SIA2の欠損がSZ様の表現型を示すことが示唆されている51).一方で,近年SZモデルSprague–Dawley(SD)ラットが樹立されている.このSZモデルSDラットは,離乳後の孤育による社会性の確立阻害と生後56~62日にNMDA受容体のアンタゴニストであるMK-801を投薬することによって樹立される59).このSZモデルSDラットと同様の方法で樹立されたSZモデルLister Hoodedラットでは内側前頭前皮質および海馬の縮小および内側前頭前皮質でのpolySia-NCAMが減少している60).その後,ST8SIA2欠損マウスもまた,認知機能に対する環境要因としてカンナビノイドの作用の解析がなされ,海馬歯状回外側分子層におけるpolySiaの増加を伴う認知機能の遅れおよび障害が明らかにされている61).これらの報告から,遺伝的要因だけでなくカンナビノイドなどの環境要因もまた,認知機能に影響を及ぼすことが示唆される.加えて,近年我々は,急性ストレスが及ぼすpolySia鎖の脳内発現変動を解析した結果,数分のストレスによって脳領域特異的にpolySia鎖が変動することを観察している.

ヒト精神疾患の遺伝的な要因としてのST8SIA2遺伝子に関わる報告は,2005年Maziadeらによるものである.カナダケベック州東部の家系のGWASによって初めてST8SIA2とSZとの関係,すなわち15番染色体q26に位置するST8SIA2が,SZとBDに共通の感受性領域であることが示されている62).その後2006年には,AraiらによってSZの日本人におけるST8SIA2のプロモーター領域に存在するSNPsの研究がなされ8),SNP-1(rs3759916)およびSNP-3(rs3759914)にSZとの有意な関連性が示されている.ヒト神経芽腫細胞を用いたプロモーター活性測定の結果からSZ患者に多くみられたrisk haplotype(T-G-T-G-C/SNP-1-2-3-4-5)は健常者に多くみられたprotective haplotype(C-G-C-G-C/SNP-1-2-3-4-5)よりも強い活性を示し,ST8SIA2の発現量の増加が示唆される8).この結果は死後脳におけるpolySiaの免疫染色の低下という観察とは逆の結果である48, 49).しかし,ST8SIA2の過剰発現はラット海馬由来の初代培養神経細胞のアポトーシスを引き起こすことが報告されている63).また,我々はrisk haplotypeを含むプロモーター活性測定を神経系および非神経系のさまざまな細胞を用いて解析し,ST8SIA2のプロモーター活性は細胞に特異的でありかつ特定の転写因子が関わることを明らかにしている64).これらのことは細胞特異的および発達段階特異的なST8SIA2の過剰発現がSZ患者の脳における神経細胞の障害に大きな影響を与えることを示唆している.また,TaoらはSNP-2(rs3759915)が漢民族系中国人の65),Gilbert-JuanらはSNP-1(rs3759916)がスペイン人の66)SZ患者とそれぞれ関連性があることを報告している.これらのSNPsはすべて転写調節領域に存在するregulatory SNPs(rSNPs)であり,mRNAの転写や翻訳に影響を与えるものである.2015年には,Yangらによって韓国人からSZに関わる10個のSNPs(rs4777969, rs4777973, rs11637808, rs4777980, rs8037133, rs2168351, rs3784731, rs1455777, rs897463, rs7168443)が見いだされた67)が,これらはSZだけでなくBD(I型)にも共通している(図3).

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図3 ST8SIA2上に見いだされたSNPs

比較ゲノム解析により,統合失調症(SZ)や双極性障害(BD)に有意なSNPが見いだされている.青はプロモーター活性に影響を与えるrSNP,赤はエキソン上に存在しアミノ酸変異を伴うcSNP,紫はエキソン上に存在するがアミノ酸変異を伴わないsSNP,黒はイントロンに存在するiSNPである.緑は解析を行った双極性障害患者に見いだされたiSNPである.

AraiらはrSNPだけでなく,その他二つのSNPs, SNP-7(rs545681995:g421a)およびSNP-9(rs2305561:c621g)をSZ患者のST8SIA2から見いだし,報告している8).SNP-7はcoding SNP(cSNP)であり,ST8SIA2のORFに存在しアミノ酸置換(E141K)を伴う.SNP-7は1人の患者からしか検出されていない.しかし,その患者の親,兄弟はみなSZとの診断を受けているため,重篤な症状が出る変異である可能性がある.我々はこのST8SIA2(SNP-7)変異酵素に興味を持ちin vitroおよびin cell系でST8SIA2およびpolySiaの構造と機能を生化学的,酵素学的に解析し,ST8SIA2(SNP-7)がpolyST活性に関与し,NCAM上のpolySiaの構造および機能に大きく影響を与えることを示している31).ST8SIA2(SNP-7)による一アミノ酸置換E141Kは,ヒトST8SIA3を鋳型10)とした3D構造予測では(図1B),ST8SIA2のPBRとPSTDの間に位置しており,NCAMと結合することによってポリシアリル化反応に関わるのかもしれない.SNP-7はin vitro, in cellの両系で劇的な活性の低下がみられたが,興味深いことに,単独でNCAM上にpolySiaを生合成することのできるヒト野生型ST8SIA4(wt)の共存下であってもST8SIA2(SNP-7)はヒト野生型ST8SIA2(wt)よりも生合成されるpolySia量が少ないことから,ST8SIA2(SNP-7)はST8SIA4(wt)のNCAMに対する活性を制御している可能性がある.さらにST8SIA2(wt)およびST8SIA2(SNP-7)が生合成したpolySia(polySia-NCAM-Fc)は,その化学的手法による構造解析の結果,質,量ともにST8SIA2(SNP-7)由来polySiaがST8SIA2(wt)由来polySiaよりも劣っていることが判明している27, 28, 31).特に鎖長は著しく低下している.さらに,ST8SIA2(wt)およびST8SIA2(SNP-7)が生合成したpolySia-NCAM-Fcに対する分子結合能を表面プラズモン共鳴法(SPR, Biacore system)やフロンタルアフィニティークロマトグラフィーを用いて解析すると,SZと関係が深いBDNF, FGF2, DAとの結合量が低下し,結合性が変化している.つまり,NCAM上のpolySiaの構造はSNP-7によって大きく変化し,polySia鎖の作り出すattractive fieldが不全であることが明らかである(表1).polySiaはFGF2依存的な神経細胞の増殖,DAによるAktシグナリングの制御,BDNF依存的な細胞生存活性および分化の制御,CA1におけるLTPなどに複雑に(かつ同時に)関わりうること,SZ患者の脳におけるpolySiaの発現量の低下が報告されていることからも,この生化学的解析の結果はpolySiaのattractive fieldの不全がもたらす疾患の原因や悪化の分子メカニズムの一端を示している可能性がある.

表1 統合失調症患者に見いだされたcSNPおよびsSNPの解析結果
ST8SIA2 野生型ST8SIA2 SNP-7 (cSNP)ST8SIA2 SNP-9 (sSNP)
酵素活性(in vitro++++
酵素活性(in cell++
ポリシアル酸の量+++++
陰イオン交換クロマトグラフィーの溶出位置(長さを反映)11610696
BDNFの結合量+++++
DAの結合量+++++
polySia-NCAM想像図

SNP-9(rs2305561:c621g)はST8SIA2のORFに見いだされたsilent SNP(sSNP)であり,最もコドン使用頻度の高いPro(ccc)から最もコドン使用頻度の低いPro(ccg)に変異している.初めて見いだされたAraiらの報告では健常者とSZ患者間の有意な差はみられていないが8),2013年にNacherらはスペイン人男性の中では統計学上の解析方法によっては有意差を見いだしている66).我々はST8SIA2(SNP-9)の生化学的な解析を行い,in vitroでの酵素活性はST8SIA2(wt)とST8SIA2(SNP-9)に大きな変化はないが,ST8SIA4発現細胞内でのST8SIA2(SNP-9)活性が大きく低下していることを報告している31).このことは,ポリシアリル化反応におけるST8SIA4とNCAMの相互作用はタイミングが重要であり,コドン使用頻度の低下によるST8SIA2(SNP-9)の翻訳速度のずれがST8SIA4とNCAMの相互作用のタイミングに影響を与え,polySiaの発現量を低下させていることを示唆している31).実際ST8SIA2(wt),ST8SIA2(SNP-7),ST8SIA2(SNP-9)によって生合成されたpolySia-NCAMを陰イオン交換クロマトグラフィーで解析すると,その正味の負電荷は重合度としてwt(116)よりもSNP-7(96),SNP-9(106)において低下しており,ST8SIA2(SNP-9)によって生合成されたpolySia-NCAMの持つattractive fieldとしての機能も低下していることがわかる(表1).

4. 双極性障害とST8SIA2, ST8SIA2およびpolySia

1)双極性障害とは

BDは世界の全人口のおよそ1から4%が罹患し,罹患者は高い自殺率を示す重篤な慢性気分障害である.BDはかつて躁うつ病と呼ばれ,躁状態とうつ状態を繰り返す特徴があり,国際疾病分類第10版(ICD-10)や精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)では躁状態を伴うBD-Iとうつ状態と軽躁状態を伴うBD-IIに分類される68).BDは遺伝性の精神疾患の一つでGWASにより多くの関連遺伝子が同定されており,その中には統合失調症との関連性が報告されているDISC1, NRG1, BDNFが含まれている69).また,症状も共通している部分があり,環境要因が病因となる点も興味深い70).BDはモノアミン系神経伝達物質のバランスの崩壊によるモノアミン仮説が提唱されている.モノアミン神経伝達系はDA系,セロトニン系,ノルアドレナリン系からなり,躁状態では脳内のDAおよびノルアドレナリンの機能亢進,うつ状態ではそれらの機能低下,両状態においてセロトニンの機能低下が起こっているのが原因であると考えられる71).また,BDにおいて,シナプス可塑性の調節不全も大きな要因である68).BDNFのような神経栄養因子は樹状突起の形成や神経可塑性に必要であり,また,樹状突起スパインの減少がBD患者の死後脳における特徴の一つでありその関与が示唆される72)

2)BDとpolySia関連遺伝子

BDとpolySiaの主な担体タンパク質であるNCAMとの関連は2004年にAraiらによって日本人の患者から見いだされた73)NCAM上に11個のSNPsが見いだされ,そのうち,IVS6+32T>C, IVS7+11G>C(rs686050),IVS12+21C>A(rs646558)は統計学的にBDとの有意な相関性が見いだされた.しかし,BD-IとBD-IIにそれぞれ特異的な変異というものはみられなかった.これらの3個のSNPsはイントロンとエキソンの境界付近に存在しており,NCAMの翻訳効率への影響が考えられるが,これまでNCAMとpolySia-NCAMの発現とSNPの関係は解析がなされていない.NCAMの持つ二つのFnIII型ドメイン(FNIII)の境界付近に見いだされたrs646558はBDと最も強い相関がみられる.特に一つ目のFNIIIはST8SIA2によるNCAMのIg5ドメインのpolySia付加に重要なドメインである12)ことから,NCAMの翻訳,発現のタイミングがpolySia付加に重要なのではないかと推察される.IVS6+32T>Cとrs686050は神経突起形成に重要であると報告があるVASE部位近傍に存在し,rs686050はSZとも相関性が見いだされている.rs2303377もBDとの相関が見いだされている74).同2004年には,40家系の373人に及ぶ解析から15番染色体q26とBDの関連性がParkにより報告されている75).遺伝子型の同定にはSZ, BDどちらか一方もしくは両方に罹患しているカナダケベック州東部の多世代からなる21家系の480人のサンプルで行われ,15番染色体q25-26はBDおよびSZの感受性領域であることが明らかにされた.2011年に報告された漢民族系中国人におけるBD-I患者と健常者各1000検体の解析からc15orf32に存在するrs8040009はBD-Iとの有意な相関が見いだされた76).このSNPはST8SIA2の下流に位置するがST8SIA2の機能に対する影響は不明である.また,2012年にはBD-I, BD-II,うつ,SZ患者を含む35家系,385人のオーストラリア人のコホート研究からST8SIA2とBDの発症リスクの上昇に相関が見いだされた77).BDおよびSZ患者の死後脳を用いたST8SIA2の発現量の解析から,背外側前頭前皮質におけるST8SIA2の発現減少も報告されている78).このことから背外側前頭前皮質におけるpolySia-NCAMの発現量が低下していると考えられるが報告例はない.BD患者でpolySia-NCAMの扁桃体における増加がBD患者の死後脳で報告例がある79)

ShawらはBDである48人のコーカソイドのST8SIA2全体およびST8SIA2と相互作用する部位を含むNCAMの周囲100 kbpのゲノム解析を行い,NCAM上に2個のSNPs(rs584427とrs646558)とST8SIA2上に53個のSNPsをBDと有意性のあるSNPsとして報告している80)ST8SIA2の第5エキソンに見いだされたrs23055661はSZ患者において見いだされたSNP-9と同一であり,ST8SIA2第5エキソンの3′末端に存在するrs11637848は同様にSNP-10として両疾患から見いだされていることは興味深い.また,ST8SIA2のUTRに存在する13のSNPsはmicro RNAが結合する領域である.5′UTRおよびST8SIA2第一エキソンに存在するrs11074064およびrs722645は多くのエンハンサーエレメントの結合が予測され,疾患との関連が有力である.2015年にYangらは韓国人からBD-Iに相関する7個のSNPs(rs3759915, rs4777969, rs8025225, rs11637898, rs4777980, rs8037133, rs2168351),BD-IIに関連する2個のSNPs(rs3784737, rs10775256)を報告している69).これまで疾患との関連性が有意に存在すると報告されてきたSNPsの多くは,イントロン領域に存在するintronic SNPs(iSNPs)であり,生化学的な解析は一切行われてこなかった.しかし我々はiSNPsがpolySiaの発現に及ぼす影響に着目し,iSNP rs2168351に関して生化学的な解析を行い,マウスおよびヒトの培養細胞においてrs2168351がpre-mRNAの量に影響を及ぼし,ST8SIA2およびpolySia-NCAMの量を変動させ,最終的にはpolySiaの発現に影響を与えるということを初めて明らかにしている81).このSNPはスプライシングおよびラリアット構造に関与する場所ではないが,全長6 kbに及ぶST8SIA2第4イントロンの中のたった1塩基の変異が及ぼす機構は不明であり今後の課題である.

5. おわりに

精神疾患の発症は複数の遺伝的要因と環境的要因が複雑に絡み合っている.発症との関連が示唆される遺伝子に着目した研究やゲノムの比較解析などの研究によって,多くの遺伝子が精神疾患に関連する遺伝子として同定されてきた.しかし,ほとんどの研究は遺伝子レベルかつ統計学的な解析が主であり,遺伝子産物からその最終産物にまで着目したような生化学的な解析はあまりなされていないのが現状である.特に遺伝子変異では直接的な影響を測ることが難しい翻訳後修飾である“糖鎖”のような分子に対する解析は進んでいない.糖鎖関連遺伝子と疾患の関連性が統計学的に見いだされたとしてもcSNP, sSNP, iSNP, rSNPをはじめとする遺伝子変異の影響はその遺伝子がコードしている糖鎖転移酵素や糖鎖を切断する酵素などのタンパク質に現れるだけで,その変異の影響を受けたタンパク質によって合成,切断されるような糖鎖の変化を解析し,その糖鎖付加のパターン,糖鎖エピトープの変化がどのような影響を及ぼすのかを解析するのは非常に複雑で困難である.したがって,疾患の病態を明らかにする上での正攻法であるにも関わらず解析が進んでいないのが実情であるが,ST8SIA2に関しては,cSNP, sSNP, iSNP, rSNPがいくつかの精神疾患との関連性において見いだされてきており,それらの生化学的な解析がなされている.その結果,解析したすべてのSNPにおいて,polySiaのもつ物理化学的な性質や機能に実質的に影響を及ぼすことが明らかになっている(図4).また,polySia鎖がいくつかの環境要因によっても発現がダイナミックに変動することも示されている.したがって,遺伝的にかつ環境に応じて厳密に制御されたpolySia鎖,すなわち厳密に制御された反発性の場や親和性の場を通じて,複数の生理活性因子群,受容体,接着分子,細胞が同時に作用している像を描くことも精神疾患の発症機構や治療法の解明のためには必要であると考えられる.

Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 634-643 (2017)

図4 ST8SIA2,ポリシアル酸とヒトの精神活動の概略

これまで得られた知見から考察されるST8SIA2,ポリシアル酸とヒトの精神活動の遺伝的要因,環境的要因の関係性を示す.

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著者紹介Author Profile

羽根 正弥(はね まさや)

University of California, San Diego, Postdoctoral Scholar. 博士(農学).

略歴

1988年三重県に生る.2011年名古屋大学農学部卒業.16年同大学院博士課程終了.名古屋大学生物機能開発利用研究センター博士研究員を経て,同年9月より留学,現職.

研究テーマと抱負

ポリシアル酸によるヒトの脳機能制御機構の解明を精神疾患およびヒトの脳の進化という観点から明らかにしていきたい.

ウェブサイト

http://cmm.ucsd.edu/varki/varkilab/index4.htm

趣味

釣り.

北島 健(きたじま けん)

名古屋大学生物機能開発利用研究センター教授.

その他については本誌76巻3号(2004),p. 278および83巻3号(2011),p. 249をご参照ください.

佐藤 ちひろ(さとう ちひろ)

名古屋大学生物機能開発利用研究センター准教授.

その他については本誌83巻3号(2011),p.249をご参照ください.

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