自己免疫疾患とシアル酸転移酵素Sialyltransferases in autoimmune diseases
中部大学生命健康科学部臨床工学科,生命健康科学研究所Department of Clinical Engineering, Chubu university College of Life and Health Sciences ◇ 〒487–0027 愛知県春日井市松本町1200 ◇ 1200 Matumoto, Kasugai, Aichi 487–0027, Japan
中部大学生命健康科学部臨床工学科,生命健康科学研究所Department of Clinical Engineering, Chubu university College of Life and Health Sciences ◇ 〒487–0027 愛知県春日井市松本町1200 ◇ 1200 Matumoto, Kasugai, Aichi 487–0027, Japan
生体では,タンパク質や脂質などに多様な糖鎖が結合することによって,細胞・組織の構築やさまざまな生体反応に関与している.負電荷を持つシアル酸は,主にN-アセチルグルコサミン,ガラクトースの末端にα2,3, α2,6, あるいはシアル酸の次にα2,8結合によって付加されるユニークな糖である.本稿では,ST6Gal1遺伝子によって発現するガラクトースの末端にα2,6結合でシアル酸を付加するα2,6-シアル酸転移酵素が,代表的な自己免疫疾患である関節リウマチでみられる自己抗体上のシアル酸の増減に関与すること,シアル酸の減少が病態の増悪を招くこと,さらにはシアル酸付加自己抗体を関節炎の制御に応用しうることにつき,最新の知見を踏まえて報告したい.
© 2017 公益社団法人日本生化学会© 2017 The Japanese Biochemical Society
生体では,多様な糖鎖構造が,タンパク質や脂質などに結合することによって,細胞・組織の構築やさまざまな生体反応に関与している.中でも,糖の一つであるシアル酸は負電荷を持ち,主にN-アセチルグルコサミン(N-acetylglucosamine:GlcNAc),ガラクトースの末端にα2,3, α2,6, あるいはシアル酸の次にα2,8結合によって付加される.末端に付加されたシアル酸は,タンパク質や脂質分子の最外部に位置し,リガンド認識の最前線に存在する.よって,シアル酸は分子間のさまざまな相互作用に関与するため,シアル酸転移酵素の生物学的意義はきわめて大きいと考えられる.実際に,これまでシアル酸転移酵素がさまざまな疾患に関与することが報告されている(図1).たとえば,主にO型糖鎖に存在するGalβ1-3GalNAc残基の末端にシアル酸をα2,3結合で付加するST3Gal1遺伝子は,CD8陽性T細胞の生存に関与する1).また,初期乳がん組織でも発現の亢進が認められる2).ST3Gal5遺伝子はラクトシルセラミドにα2,3結合でシアル酸を付加し,ガングリシドGM3を合成するが,ST3Gal5遺伝子の変異による,幼児性てんかん家族症例が報告された3).また,Galβ1-4GlcNAc残基の末端部にシアル酸をα2,6結合で付加するST6Gal1遺伝子は,B細胞の機能4)や,血管新生の調節5)などに関与する.末端シアル酸にα2,8結合でシアル酸を付加するST8Sia1遺伝子は,ガングリオシドGM3からGD3を合成し,主に,がんの増殖や転移に関与する6).ST8Sia2およびST8Sia4遺伝子産物はシアル酸の連続的なα2,8結合によりポリシアル酸を形成するが,これらの遺伝子の特にST8Sia2遺伝子の機能異常が統合失調症に関与することが報告されている7, 8).このように,シアル酸転移酵素が関与する生体機能は多岐にわたり,一つの酵素遺伝子であっても,組織,細胞によって,その産物の機能は大きく異なる.よって,糖鎖の生体機能を明らかにするためには,より限局的な細胞系列において,限られたターゲット分子に発現する糖鎖を対象に解析することが有効である.
生体のシアル酸はα2.3, α2.6, α2.8結合によって糖鎖に付加されるが,これらを付加するシアル酸転移酵素の異常は,生体機能に多大な影響を与え,さまざまな疾患に関与することが報告されている.
これまでに筆者らは,ST6Gal1遺伝子が,免疫系で中心的な役割を担う免疫グロブリンG(immunoglobulin G:IgG)上の糖鎖の末端にシアル酸を修飾することによって,IgGの生物学的機能を制御することを明らかにした9).本稿では,ST6Gal1遺伝子によって発現するα2,6-シアル酸転移酵素が,代表的な自己免疫疾患である関節リウマチでみられる自己抗体に作用し,その病態に関与すること,さらにはシアル酸付加自己抗体による関節炎の制御に応用しうることにつき,最新の知見を踏まえて報告したい.
自己免疫疾患とは,何らかの要因により,自己組織を攻撃するT細胞やB細胞が活性化し,自己の抗原に対して免疫応答が誘導され,生体機能に障害が生じる疾患である.考えられる要因として,免疫システムから隔離されていた抗原の露出や,生体分子の変異による新規抗原の生成,生体分子に似た分子を持つ微生物の感染,さらには,リンパ球の異常などがあげられる.また,B細胞の活性化を伴う自己免疫疾患では自己抗原に反応する抗体(自己抗体)が産生され,自己組織への炎症反応を誘発するといわれているが,自己抗体が産生される関節リウマチ(rheumatoid arthritis:RA),全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE),ギラン・バレー症候群,抗好中球細胞質抗原(antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)関連腎症,グッドパスチャー(Goodpasture)症候群など多くの疾患では,自己抗体の病態への直接的な関与についてはまだ不明な点が多い.その中でも,代表的な自己免疫疾患であるRAは,多発性関節炎を主症状とし,また全身の臓器組織に広範な炎症を呈し,RA患者は世界人口の約1%を占めるといわれている.明確な原因は不明であるが,自己のIgGを抗原とする自己抗体(リウマチ因子)が出現し,形成された免疫複合体が関節,血管などに沈着して病変を起こす機序が考えられている.さらに,近年では自己抗原である種々のシトルリン化タンパク質に反応する自己抗体として,抗シトルリン化タンパク質抗体(anti-citrullinated protein antibody:ACPA)が,多くのRA患者で検出され,診断用のマーカーとして使用されているだけでなく10),自己抗体として関節炎の病態に関与することが報告された11).すなわち,RAでは,自己抗原に反応する種々の自己抗体が,疾患の発症や増悪に直接的に関与する可能性が示されている.
シトルリン化タンパク質は,タンパク質翻訳後修飾によって,ペプチド中の塩基性アミノ酸であるアルギニンが中性アミノ酸のシトルリンに置換されることによって生じる.この反応は脱イミノ酵素(peptidylarginine deiminase:PADI)によって触媒され,本来は皮膚の角質化や神経軸索における神経鞘の形成に関与するが,タンパク質の異常なシトルリン化によりさまざまな疾患が誘発されることが報告されている.その代表的な疾患として,RAがあげられる.RA患者の関節炎が惹起されている滑膜にはシトルリン化したフィラグリンやII型コラーゲンなど,さまざまなシトルリン化タンパク質が存在し12),RA患者では,それらのシトルリン化抗原に対してACPAが産生される.また,ACPAはRA病状が現れる前より検出されることもあり,病理診断においても重要な因子になっている.ACPAのアイソタイプには,これまでにIgG, IgM, IgA, IgEが報告されているが13, 14),その中でもIgG抗体は,臨床診断において特異性が高い15).また,近年,ACPAがRAの病態に関与するという報告がされた11, 16).RA関節炎のマウスモデルの一つとして,II型コラーゲン抗体誘発関節炎(collagen antibody-induced arthritis:CAIA)モデルがある.これは,DBA/1マウスに,複数の抗II型コラーゲン抗体を投与することで関節炎を誘導する方法で,抗体依存的な関節炎モデルである.Kuhnらは,DBA/1マウスに抗II型コラーゲン抗体の代わりにACPAを投与すると,抗II型コラーゲン抗体に比べ関節炎が増悪することを示した11).また,抗II型コラーゲン抗体産生ハイブリドーマ(M2139)が産生する自己抗体をDBA/1マウスに投与しても関節炎を発症することはなかったが,ACPA産生ハイブリドーマ(ACC4)が産生する自己抗体を併用してDBA/1マウスに投与すると関節炎を発症することが報告された16).これらはACPAがRAの発症や関節炎の増悪に直接関与することを示す報告であり,今後のACPAの機能解析に重要な示唆を与えた.
また,RAの臨床検査では,ACPAを検出するため,シトルリン化フィラグリンの特異抗原エピトープのセリンをシステインに置換し人工的に環状化したペプチド,第一世代環状シトルリン化ペプチド(first generation of cyclic citrullinated peptide:CCP1)を抗原として抗CCP抗体を検出してきた.現在は,複数のCCP抗原を用いた第二世代CCP(second generation of cyclic citrullinated peptide:CCP2)を用いており,これにより,さまざまなACPAの検出が可能になり,RAに対する特異性と感受性が向上した17).これは今まで用いられていた診断マーカーである自己抗体のリウマトイド因子(RF)と比べても優れている10).さらに近年はCCP2から使用抗原を変えた第三世代CCP(third generation of cyclic citrullinated peptide:CCP3)が開発されている.このように,シトルリン化抗原に対する抗体価が病態とよりよく相関することから,ACPAはRAにおける最も重要な自己抗体の一つであることが示唆されている.
IgGは免疫グロブリンの主成分であり,獲得免疫における最も重要な分子として生体防御機能に関与する.しかし,その機能の特異性異常により,自己組織や細胞の破壊を招き,自己免疫疾患を惹起する場合も多い.IgGの基本的な作用機序は,まず抗原に結合することによって,抗原・抗体複合体を形成し,抗原の生物活性を中和もしくは破壊することである.しかし,II型アレルギーのように,抗原・抗体複合体がさまざまな臓器の毛細血管に異常に沈着して糸球体腎炎などの組織障害を惹起することもある.IgGの構造は,抗原認識部位である可変部(antigen-binding fragment:Fab)領域と,認識抗原には関係せず一定の構造を持つ定常部(crystallizable fragment:Fc)領域に分けることができる.Fab領域は,抗原構造に合わせてアミノ酸配列を組み換えることにより,さまざまな抗原に結合する.また,Fc領域は,補体の結合,あるいは免疫系細胞上のFc受容体への結合を介して,補体依存性細胞傷害活性(complement-dependent cytotoxicity:CDC)や抗体依存性細胞傷害活性(antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity:ADCC)などを誘導する.このように,IgGはFab領域とFc領域による抗原への結合およびその後の生物活性によって,非自己抗原への結合と生体防御機能を果たすが,自己抗原に結合する場合は生体障害を惹起する.よって,IgGの生物活性を制御するためには,抗原への結合のほかに,これに続くFc領域の機能を制御する必要がある.
IgGのFc領域の297番目のアスパラギン(Ans297)には,多様な構造のN型糖鎖が結合するが(図2),以前よりIgG上に存在する糖鎖構造の差異が,IgGの機能の量や質に大きな影響を与えることが推測されてきた.IgGに結合するN型糖鎖は2枝に分岐した複合型糖鎖構造をとるが,ゴルジ体での糖鎖伸長過程の際にGlcNAc,ガラクトース,シアル酸の付加の有無によって,分枝のGlcNAc-Gal-Sia構造に多様性が生じる.さらに,健常人の血中IgG上の糖鎖では基本的にα2,6結合によりシアル酸が結合し,α2,3型のシアル酸やα2,8型のシアル酸は付加しない.またIgGに結合する糖鎖として,その他にもフコース(Fuc)やbisecting GlcNAcが付加されることも多く,多様な糖鎖構造を示す18).このような糖鎖の多様性により,IgGは約30種の糖鎖構造が形成されるが,その割合は不均一であり,たとえば,健常人の血中において,シアル酸が付加したIgGの割合は全体の10%ほどといわれている.
IgGはFc領域の1か所にN型糖鎖を結合し,多様な糖鎖構造によってIgG機能を調節している.B4GalT1によりガラクースが,ST6Gal1によりシアル酸が付加される.Ohmi, Y. et al. (2016)9)より改変引用.
このようなIgG上に存在する糖鎖構造の差異がIgGの機能を修飾することが報告されているが,その代表的な糖鎖修飾としてコアフコースがあげられる.IgG上の糖鎖のコアフコースを除去すると,IgGのADCC活性が50~100倍に上昇することが,Shinkawaらによって明らかになった19).また,IgG上にコアフコースがあることにより,IgGとFc受容体上の糖鎖との相互作用に障害が生じ,IgGとFc受容体との親和性が低下すること,コアフコースの欠損によってその親和性が亢進することが示された20).RA患者の血中IgGにおいても,古くよりIgG上の糖鎖のシアル酸とガラクトースが欠損し,末端がGlcNAcからなるIgG糖鎖が増加することが報告されていた21).筆者らはRA患者の血中IgGの中で,自己抗体であるACPA上の糖鎖構造を明らかにするため,RA患者血清からCCP1カラムを用いてACPAを精製し,ACPA上の糖鎖構造をエレクトロスプレーイオン化液体クロマトグラフィー/質量分析(electrospray ionization-liquid chromatography/mass spectrometry:ESI-LC/MS)にて解析した.その結果,これまでのRA患者の血中IgGと同様に,ACPAにおいても健常人の血中IgGと比べ,シアル酸とガラクトースが減少し,GlcNAc構造を末端に持つ糖鎖が増加することがわかった9).
また,RAに罹患する前の関節痛患者のACPAと,その後RAに罹患し,慢性的な関節炎を伴った際のAPCAを比較すると,より慢性的な関節炎を伴った患者のACPAで糖鎖の欠損が亢進するという報告もある22).このように,RA患者では自己抗体であるACPAでもシアル酸とガラクトースが欠損することが明らかになった.一方,II型コラーゲン誘導型関節炎(type II collagen-induced arthritis:CIA)法によって関節炎が惹起されたマウスでは,抗原特異的な抗II型コラーゲン抗体上のシアル酸が減少することが,筆者らによって報告された9).これらの結果は,IgG上の糖鎖異常としてガラクトースの欠損ではなくむしろシアル酸の欠損がヒト,マウスのRAの病態に共通して強く関連することを示唆している.
IgG上のN型糖鎖の末端シアル酸は,ガラクトースにシアル酸をα2,6結合するα2,6-シアル酸転移酵素によって付加される.α2,6-シアル酸転移酵素遺伝子はこれまでに,ヒト,マウスともにST6Gal1遺伝子とST6Gal2遺伝子が同定されている23, 24).ST6Gal1遺伝子はヒト,マウスともに全身で発現が認められるが,特に脾臓で高発現している(図3).ST6Gal2遺伝子は胎生期脳など限局的な組織でしか発現せず,その機能は不明な点が多い.現在,筆者らはST6Gal2遺伝子改変マウスを作製中であり,今後の研究でST6Gal2遺伝子がどのような役割を担っているかにつき,生体レベルでの機能解明が期待される.
野生型マウスの主要組織のST6Gal1とST6Gal2の遺伝子発現レベルを比較した.ST6Gal1遺伝子が全身の組織に優位に発現している.Ohmi, Y. et al. (2016)9)より改変引用.
このように,ST6Gal1遺伝子とST6Gal2遺伝子の発現パターンから,生体における主なα2,6-シアル酸転移酵素活性はST6Gal1遺伝子が担うことが示唆される.1998年にHennetらよってST6Gal1遺伝子欠損マウスが作製され,生体における機能が解析された4).ST6Gal1遺伝子の全身欠損により,血清中のIgM量の低下が認められ,さらにはT細胞依存的,非依存的刺激に対してB細胞の増殖能の低下や抗体産生能の低下が示された4).また,近年,Kitazumeらは,ST6Gal1遺伝子の欠損によって,血管新生に関わるPECAM上のシアル酸が欠失し,シアル酸によるPECAM間の相互作用が低下することによって,血管の正常な新生が阻害されることを示した5).このように,ST6Gal1遺伝子は生体のさまざまな機能に関与することが示唆された.しかし,これまでの研究は,全身性のST6Gal1遺伝子欠損マウスによる解析であり,ST6Gal1遺伝子による局所的なシアル酸化合物の機能解析は困難である.そこで,関節炎におけるIgG上のシアル酸の意義を明らかにするため,筆者らは,Cre-LoxPシステムにより,細胞特異的ST6Gal1遺伝子欠損マウスを作製し,抗体産生細胞におけるST6Gal1遺伝子の機能解析を試みた.
これまでに,IgG上の糖鎖の差異によってIgGによる生物学的機能が制御されることが,少なからず報告されてきた.近年では,α2,6-シアル酸転移酵素によって付加されるシアル酸が抗体機能の調節に関与するとの報告がなされている25–27).中でも,自己免疫疾患に対する治療法の一つである免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin:IVIG)は,患者の静脈に大量の免疫グロブリンを投与することによって抗炎症効果を得るが,IgG上の糖鎖にシアル酸を付加した免疫グロブリンIgGを投与することによって,IVIGの抗炎症効果をより亢進させることがわかってきた26).上述したようにRA患者血中IgGやACPA上のシアル酸の欠損の割合が増加していることがわかったので,筆者らはRAのIgG上のシアル酸の有無が関節炎病態に関わるのではないかと考え,その検証のため,IgG上のシアル酸をα2,6結合で付加する糖転移酵素を活性型B細胞のみで欠損するマウスを作製した.マウス臓器におけるST6Gal1, ST6Gal2遺伝子発現プロファイリングにより,マウス脾臓では主にST6Gal1遺伝子が高発現することが明らかであったので,活性型B細胞においても同様にST6Gal1遺伝子が機能的に発現していると考えた.そこで,ST6Gal1遺伝子のシアリルモチーフをコードしているエキソンをLoxP配列ではさんだST6Gal1flox/floxマウスを作製し,活性型B細胞で特異的に発現するAID遺伝子プロモーターにCre-recombinase遺伝子を連結したAID-Creトラスジェニックマウスと交配することにより,ST6Gal1flox/flox×AID-Creマウスを作製した.マトリックス支援レーザー脱離イオン化法/飛行時間型質量分析法(matrix assisted laser desorption-ionization/time-of-flight mass spectrometry:MLDI-TOF MS)によって,ST6Gal1flox/flox×AID-Creマウスの血中IgG上のシアル酸を解析したところ,シアル酸の欠損が認められた(図4).これにより,IgG産生細胞におけるα2,6-シアル酸転移酵素活性がST6Gal1遺伝子に由来することがわかった.また,CIAを誘導したST6Gal1flox/flox×AID-Creマウス由来の抗原特異的IgGでも同様に,シアル酸の欠損がみられ,さらに,AID-Creマウス群(コントロール群)に比べ,活性型B細胞でST6Gal1遺伝子が欠損したST6Gal1flox/flox×AID-Creマウス群では関節炎の発症率が2倍以上に増加した9).これらの結果は,IgG上のシアル酸の存在がCIAによる関節炎の抑制に働くことを示している.マウス実験の結果は,RA患者の血中IgG上のシアル酸の減少に一致する.このように,活性型B細胞特異的ST6Gal1欠損マウスの解析により,これまで不明であったRA関節炎におけるIgG上の糖鎖の病態制御における意義が初めて明らかになった.
RA患者のACPA上のシアル酸の減少やST6Gal1flox/flox×AID-Creマウスの結果から,自己抗体上のシアル酸が減少することによって,関節炎が増悪することが明らかになってきた.そこで,筆者らは,自己抗体上にシアル酸を付加させることによって,RA症状が緩和できるのではないかと推測し,上述のRA自己抗体産生ハイブリドーマのACC4とM2139を用いて,シアル酸付加ACPAの関節炎への影響を検討した.
自己抗体産生ハイブリドーマから産生されるIgGでは,シアル酸の付加があまりみられず,ほとんどがGalやGlcNAcを末端とするN型糖鎖であった.そこで,ST6Gal1遺伝子とβ1,4-ガラクトース転移に働くβ4GalT1遺伝子のcDNAを安定的に発現させ,産生される自己抗体上の糖鎖をシアル酸まで伸長させた.興味深いことに,従来のガラクトースやGlcNAcを末端とするACC4とM2139をマウスへ投与すると関節炎が誘導されるのに対して,シアル酸を付加したACC4およびM2139をマウスに投与してもまったく関節炎が誘導されなかった.これは自己抗体上にシアル酸が付加することによって,自己抗体による病原性が消失したことを示している.さらに,CIAを誘導中(1回目のII型コラーゲンの免疫後)のマウスにシアル酸を付加したACC4およびM2139を投与すると,2回目のII型コラーゲンの投与後に誘導されるCIA型関節炎の症状が明らかに緩和されることが示された.このようなCIAに対する抗炎症効果は,リウマチ抗原とは無関係なIgG(抗インフルエンザウイルス抗体)にシアル酸を付加して投与しても認められなかったことから,抗炎症効果を得るには抗原の特異性が重要であることが示された9).以上の成果により,自己抗体上に付加するシアル酸が自己抗体による病態を緩和し,さらには,関節炎の抑制に応用可能なことが示唆された.
生体では,さまざまなシアル酸転移酵素が働くことにより,多様な糖鎖構造が生成され,生体内のさまざまな機能の調節に寄与することが報告されてきた.しかし,これまでのマウス実験は全身性のST6Gal1遺伝子欠損によるシアル酸化合物の解析がほとんどであり,糖鎖の多様な生体機能への関与により,その正確な解析は困難であった.筆者らは,活性型B細胞のみでST6Gal1遺伝子を欠損したST6Gal1flox/flox×AID-Creマウスを作製することによって,より限局的なST6Gal1酵素の基質であるIgG上のシアル酸の機能を解析することを可能にした.これにより,抗体産生細胞に発現するST6Gal1遺伝子がIgG上の末端シアル酸を付加し,さらに,そのシアル酸の割合がRAの関節炎病態を制御することを明らかにした(図5).しかし,自己抗体上のシアル酸による炎症制御の分子メカニズムはまだ不明な点が多い.これまでに,シアル酸を付加したIgGを利用したIVIGでは,シアル酸を付加したIgGがマクロファージ上のDC-SIGNと結合し,その反応が最終的にマクロファージに免疫抑制性受容体FcγRIIbの発現を誘導し,免疫応答を制御することが報告されているが28),上述したリウマチ抗原に無関係なIgGとの比較より,抗原特異的IgG上のシアル酸による炎症制御機能の応用が,より有効であると考える.したがって,この炎症制御の分子メカニズムを解明し,シアル酸による炎症制御法が明らかになれば,RAだけでなく,上述したような自己抗体が関与する自己免疫疾患の新規治療法の開発,さらには有効ながんの抗体治療法の開発につながるかもしれない.
本稿で紹介した筆者の研究は,さまざまな先生のご協力によって達成されたものです.臨床サンプルの提供や,臨床領域からのアドバイスをいただきました東京大学医学部教授の山本一彦先生,大阪大学医学部教授の熊ノ郷淳先生,名古屋大学医学部の高橋伸典先生に深く感謝いたします.また,IgG上の糖鎖の質量分析と解析を全面的にご協力いただきました横浜市立大学教授の川崎ナナ先生に深く御礼申し上げます.また,最後に本研究の方向性や実験技術など,本研究について包括的にご指導を賜りました国立感染症研究所免疫部室長の高橋宜聖先生,大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授の黒崎知博先生に深く御礼申し上げます.
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