プロテインキナーゼDによる未熟T細胞の分化制御
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T細胞は胸腺において多数の選択過程を経て分化し,多様な病原体に対処しうるT細胞受容体(TCR)レパトアを形成する.この選択は,未熟T細胞であるCD4+CD8+ダブルポジティブ(DP)細胞の発現するTCRが,MHC–自己抗原複合体を認識して誘導するシグナルにより厳密に制御されている.適度なTCRシグナルを誘導できたDP細胞は,生存シグナルを受けるとともに,CD4/CD8への系列決定が起き,CD4+CD8−シングルポジティブ(CD4 SP)細胞あるいはCD4−CD8+シングルポジティブ(CD8 SP)細胞へと分化する(正の選択).正の選択を受けた直後の細胞では一時的にCD8の発現が下がりCD4+CD8intの状態となることから,持続的なTCRシグナルを受けた細胞がCD4への系列決定を受けてCD4 SP細胞へと分化し,一過性のシグナルを受けた細胞はCD8への系列決定を受けCD8 SP細胞へ分化するというモデルが提唱されている1).さらに,各系列決定には,特定の転写因子が関与していることが明らかとなってきた2).しかし,持続的あるいは一過性のシグナルがどのように系列決定をもたらすのか,つまり,TCRとこれらの転写因子をつなぐ一連の分子は,いまだ完全には明らかとなっていない.
TCR下流のシグナル分子の連続的なチロシンリン酸化が分化に重要なことはよく知られている.近年いくつかのセリン/トレオニン(Ser/Thr)キナーゼもまたTCR下流で活性化され,未熟T細胞分化に寄与していることが明らかとなってきた3).本稿では,これらSer/Thrキナーゼによる未熟T細胞分化の制御機構について概説する.特に,最近我々はSer/Thrキナーゼの一つであるプロテインキナーゼD(PKD)がCD4+ T細胞の分化に必須であることを明らかにし,基質を介してチロシンリン酸化カスケードの制御にも働く知見を得たので,このPKDの未熟T細胞分化における役割についても詳細に解説したい.
これまでさまざまなSer/Thrキナーゼの未熟T細胞分化や成熟T細胞における働きが遺伝子欠損マウスの解析により報告されてきた.しかし,Ser/Thrキナーゼのなかには,構造的によく似たアイソフォームが存在するため単独欠損マウスを作製しても表現型の変化がほとんど認められず,その役割については不明なままのものも多かった.ところが,近年多重欠損マウスの解析が進み,これらのキナーゼの機能が明らかとなってきた(図1).
TCR刺激により活性化されたPLCγはPIP2をジアシルグリセロール(DAG)とIP3に分解する.DAGはPKCを細胞膜にリクルートし活性化する.また,DAGはPKDにも結合し,PKCとともにPKDの活性化に働くと考えられる.一方,IP3はERからのCa2+流入を誘導し,カルシニューリンおよびCaMK4の活性化に働く.PIP3はホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)の働きによりPIP2から生成され,PDK1とPKBを細胞膜にリクルートし,PDK1がPKBを活性化する足場となる.また,PDK1はPKCもリン酸化し,活性化する.LKB1はLckによりリン酸化され,AMPKの活性化に働くと考えられる.これらのセリン/トレオニンキナーゼの活性化は,正の選択やCD4/CD8系列決定に働き,未熟T細胞分化に寄与している.略号の名称は本文参照.
CantrellらはPKB, PKC(後述)を含むAGC(プロテインキナーゼA–プロテインキナーゼG–プロテインキナーゼC)キナーゼファミリーの上流に位置するPDK1に着目し,T細胞特異的欠損マウスを作製した4).このマウスでは,DP細胞が激減し,直前のCD4−CD8−ダブルネガティブ(DN)細胞で分化が停止していた.また,PDK1が通常の10%ほどしか発現しないhypomorphicマウス(PDK1−/flox-neo)では,分化は正常に誘導されるものの,増殖に大きな障害が認められた.これらの結果から,PDK1がDNからDP細胞への分化に必須の分子であることが明らかとなり,その下流のAGCキナーゼファミリーの寄与も示唆された.
PDK1により活性化されるPKBには,異なる遺伝子によりコードされる三つのアイソフォームAkt1, Akt2, Akt3があり,DNおよびDP細胞ではAkt1の発現が高く,Akt3はほとんど発現していない.Akt1あるいはAkt2の単独欠損マウスでは大きな障害は認められず,一方Akt1/2二重欠損ではDN3ステージ(CD4−CD8−CD25+CD44−)で分化が停止し,DP細胞が激減する5).また,グルコース取り込みの減弱,アポトーシスの増加がみられることから,代謝障害のためにプレTCRシグナルによる増殖シグナルに対処できず,細胞死に至ると考えられる.
T細胞では,10種類のアイソフォームのうちPKCα, PKCδ, PKCε, PKCη, PKCθが発現しているが,成熟T細胞においては主にPKCθが機能的に重要と考えられてきた6).その後欠損マウスの詳細な解析が行われ,PKCθは正の選択の効率的な誘導にも必要であることがわかった7).しかしながら単独欠損による影響は軽度であり,他のPKCが代替している可能性が示唆された.そこでFuらがPKCηとの二重欠損マウスを作製し解析を行ったところ,劇的なSP細胞の減少が認められ,正の選択においてPKCθとPKCηは冗長的に働くことが明らかとなった8).
Ca2+シグナルはTCR下流で働く重要なシグナルの一つであり,ホスファターゼであるカルシニューリン(CN)の働きはよく知られている9).しかし,CaMK4の未熟T細胞分化における役割は不明であった.欠損マウスではCN欠損と同様に正の選択に障害が認められ,TCRシグナルが減弱していることが明らかとなった10).しかし,TCR刺激に伴うErkの活性化や,他の細胞種でCaMK4の基質として働くCREBの活性化はCaMK4欠損未熟T細胞では影響がなく,下流シグナルについてはいまだ不明である.
LKB1はもともと上皮細胞の極性や増殖を制御するがん抑制遺伝子として同定されたキナーゼで,AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)をリン酸化,活性化し,細胞のエネルギー恒常性維持に寄与していることが知られている.LKB1欠損マウスでは,SP細胞の減少がみられ,正の選択が障害されることが明らかとなっている11).この原因として,PLCγのリン酸化およびCa2+流入の減弱,CD4/CD8系列決定におけるそれぞれのマスター転写因子であるThPOKおよびRunx3の発現低下が報告されている.LKB1の下流であるAMPKもまたSer/Thrキナーゼであるが,未熟T細胞で発現の高いAMPKα1の欠損マウスでは分化障害は認められず,他のファミリー分子が寄与している可能性も示唆される12).
プロテインキナーゼD(PKD)には異なる遺伝子によりコードされる構造的によく似たPKD1, PKD2, PKD3が存在し,従来T細胞にはPKD2のみが発現すると考えられていた13).ところが,我々はmRNAコピー数の測定による詳細な解析により,未熟T細胞にはPKD2とわずかにPKD3が発現しており,PKD1はまったく発現していないことを見いだしたため,T細胞特異的PKD2/3二重欠損マウスを作製した.このマウスではCD4 SP細胞が激減していたが(図2A),PKD2あるいはPKD3単独欠損マウスではほとんど障害が認められなかったことから,PKD2とPKD3は冗長的に働き,PKD分子がまったく発現しない場合に顕著な表現型が現れるものと考えられた14).
(A)PKD2/3二重欠損マウスの胸腺では,CD4 SP細胞が激減する(赤丸).(B)PKD2/3はTCR刺激により活性化され,SHP-1をリン酸化することで,CD4+ T細胞の分化誘導に働く.
TCRトランスジェニックマウスと交配し正の選択への影響を観察したところ,とりわけCD4系列への正の選択が強く障害されていることが判明した.また,CD4+CD8int細胞においてCD4系列決定に必須の転写因子ThPOKの発現が低下しており,CD4系列決定に障害があるとMHCクラスII拘束性の細胞でもCD8+ T細胞になってしまうという,“redirection”という現象も観察された.一方で,CD8系列決定に必須のRunx3の発現には影響がみられなかった.上述したように,CD4への系列決定には持続的なシグナルが必要と考えられており,この観点からPKDはTCR下流で持続的なシグナルの誘導に重要な役割を果たす分子であることが示唆された.
では,一体PKDは未熟T細胞分化においてどのようなシグナル経路に関わっているのだろうか.PKDのキナーゼ活性が分化に必須であったことから,リン酸化プロテオミクスの手法を用いて,網羅的に未熟T細胞におけるPKDの基質分子の探索を行った.蛍光二次元ディファレンスゲル電気泳動(2D-DIGE)により,TCR刺激およびPKD依存的なリン酸化タンパク質を探索したところ,チロシンホスファターゼSHP-1が顕著なスポットとして同定された14).
SHP-1は,膜タンパク質のImmunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif(ITIM)に結合し,近傍のTCR下流シグナル分子のチロシン残基を脱リン酸化することで,TCRシグナルを負に制御する分子であると考えられている15).しかしPKDによるリン酸化部位として同定したC末端の557番目のSerのリン酸化はこれまでほとんど報告がなく,このリン酸化の機能は不明である.哺乳類では種を超えて保存されている残基であることから,機能的リン酸化であることが示唆され,実際SerをAlaに置換したリン酸化されない変異体SHP-1のノックインマウスを作製すると,CD4 SP細胞への分化が減弱した.これらの結果から,PKDはSHP-1のSer557をリン酸化することで,正の選択およびCD4系列決定に寄与していると考えられる(図2B).
しかしながら,このリン酸化を受けたSHP-1がどのようにTCRシグナルを増強しているのかはいまだ不明である.1)SHP-1の働きを阻害することで,負の制御を抑制している,逆に2)脱リン酸化により活性化されるシグナル分子の機能を増強する,あるいは,3)酵素としてではなくアダプターとして働きTCRシグナル活性化を促進する分子をリクルートするなど,いくつかの可能性が考えられる.今のところ,Ser557リン酸化による明らかなSHP-1の機能的変化を捉えるには至っていないが,リン酸化SHP-1特異的に結合する分子の探索は分子メカニズム解明につながる有効なアプローチの一つであろう.他の細胞におけるPKDの上流分子はPKCであることから,未熟T細胞においては上記PKCθおよびPKCηがPKDの活性化に働くことが示唆される.TCRとPKDをつなぐ分子機構を明らかにすることもまた,PKD-SHP-1経路をひもとく一助となると期待される.
未熟T細胞分化において,チロシンキナーゼやチロシンホスファターゼが重要な役割を果たしていることは非常によく知られた事実であるが,これらの調節をSer/Thrキナーゼが担っているという知見は新しい.最近,ThemisというT細胞特異的に発現する分子がSHP-1に直接結合し,SHP-1の活性中心であるシステイン残基の酸化を促進することで,ホスファターゼ活性を抑制していることが報告された16).Themis欠損マウスの表現型は我々が作製したT細胞特異的PKD欠損マウスの表現型とよく似ており,ThemisもまたPKDと同様にSHP-1を介して分化を促進する分子であると考えられ,ThemisとPKDの関係についても興味深い.
上述のようにSer/Thrキナーゼは未熟T細胞分化における機能が不明なものも多かったが,さまざまな多重欠損マウスの樹立により,その役割が徐々に明らかとなってきた.しかし,基質については依然不明なままのものも多く,今後最新のプロテオミクス等の技術を用いることで,未熟T細胞におけるTCR下流のSer/Thrリン酸化ネットワークの全貌が明らかとなり,複雑で緻密な未熟T細胞分化の分子メカニズム解明につながることを期待したい.
PKDの未熟T細胞分化における役割に関する研究は,徳島大学小迫英尊先生,理化学研究所斉藤隆先生をはじめ,多くの共同研究者のご指導,ご協力のもとに行われました.共同研究者の方々に深く御礼申し上げます.
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