体内時計の中枢を調節するGz共役型オーファンGタンパク質共役受容体
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Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は創薬上最も重要かつ成功確率の高いターゲットであるが,いまだにそのリガンド・機能未知のオーファン受容体が多く残されている.オーファンGPCRに作用するリガンドやその下流のシグナルを同定することは創薬開発に直結するきわめて重要な課題である1).このような中,我々は今回,体内時計を調節するオーファン受容体Gpr176を同定した2)(図1).生体リズムの異常を伴う不眠症や生活習慣病の根本的な是正を目指した新しいタイプの治療薬の開発につながる知見と期待される.
生体リズムの異常というとこれまでは睡眠障害やそれに伴う精神疾患との関連が主に指摘されてきが,ヒトを含む哺乳動物に共通する時計遺伝子の存在が明るみになって以降,体内時計と病態についての理解が進んだ結果,いまや体内時計の異常は睡眠障害や精神疾患のみならず,そこから一歩進んで糖尿病,肥満,発がん,高血圧症などの多くの生活習慣病の発症にも関与することがわかってきた3, 4).
このような流れの中,生体リズムの異常を伴う不眠症や生活習慣病の根本的な是正を目指した創薬研究が始まろうとしている.生体リズム調整薬の開発に向けた取り組みの第一歩として,今回我々は生体時計の中枢に存在するオーファンGPCRに着目した2).
全身の多様な生理機能は本来ならば24時間リズムとして規則正しく調律されるが,そのすべてを統率する概日時計の中枢が脳内の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)と呼ばれる神経核にある(図1).生体リズム調整薬を開発するという目的にはこのSCNニューロンの機能をいかにして操るかが重要な鍵を握る.
我々はSCNを創薬の場とすることを念頭にSCN-Geneプロジェクトという探索研究をこれまで行ってきた5, 6)
.そのなかで今回我々は①SCNに発現するすべてのオーファンGPCRを精査し,②その候補となる複数の遺伝子群についてノックアウトマウスを作製して③概日性の自発活動リズムを評価することを行った.地道なこのようなスクリーニングの結果,SCNに強く発現し,遺伝子欠損によってマウス個体の活動リズムの周期が短縮するオーファン受容体分子Gpr176を同定することができた2).
Gpr176はGPCRのなかでもクラスAの系統に属するオーファンGPCRである(図2A).ヒトを含めて脊椎動物全体で高度に保存されるが,その機能は不明であった.我々は調査を進めた結果,図2に示すように,このオーファンGPCRはアゴニスト非依存的な基礎活性を有し,Gzという特殊なGタンパク質サブタイプを介してcAMPの産生を抑制する作用を持つことを見いだした2).
(A) Gpr176の一次構造.Gpr176の第二細胞内ドメインにはクラスAに特徴的に保存されるDRYxxVモチーフがある.C末端領域が長く,N末端領域には糖鎖修飾サイト(Y印)がある.(B)発現誘導による細胞内cAMP濃度の低下.(C) DRYxxVモチーフ変異体(DRYxxR)によるcAMP低下の消失.(D)百日咳毒素非感受性.(E) siRNAおよびドミナントネガティブ体(DN)を用いたGz阻害によるcAMP低下の消失.文献2)より改変.
Gpr176の第二細胞内ドメインには多くの他のGPCRと同様に,DRYxxVモチーフと呼ばれるGタンパク質との共役に必要なアミノ酸配列がある(図2A).このモチーフに点変異を導入するとGpr176のcAMP抑制活性は消失することから(図2C),Gpr176の活性にはやはりGタンパク質との共役が必要と考えられる.
GPCRが細胞内のcAMP濃度を低下させる場合には抑制性Gタンパク質Giを介することが一般的である.しかし興味深いことにGpr176は通常のGPCRとは異なりGzを使う.Gzとは,Gi/oファミリーに属する,百日咳毒素(PTX)非感受性のcAMP産生抑制因子であり7, 8)(図3),その発現は脳で特異的に高い9, 10).我々は,Gpr176がGiの強力な阻害薬であるPTXには何も影響されないことからGzの関与を考え(図2D),それを検証することを行った.具体的にはRNA干渉を用いたGzのノックダウン,Gz活性を抑制するGTPase活性化因子RGSZ1の共発現,ならびにGzドミナントネガティブ体による機能阻害実験を行った結果,そのいずれの場合においてもGpr176の活性が消失することを見いだした2)(図2E).
百日咳毒素PTXはGi/oのC末端から4番目のシステイン残基をADPリボシル化することで阻害作用を発揮するが,Gzにはそのシステインがないため,Gzは本毒素に対して非感受性となる.
我々はさらにGzがSCNにおいて大量に発現していること,また,Gpr176欠損マウスではSCN内のcAMP濃度が高い値をとること(すなわちcAMP産生の脱抑制が起こること)を実験により確かめた2).これら一連の結果はGpr176がGzと共役する特殊なオーファンGPCRとして生体内でも機能することを支持する.
Gzには一般的なGiにはみられない特徴的な性質がある.一つは上述のPTXに対する抵抗性であるが(図3),我々が重要だと着目するGzの特徴はもう一つあり,それがGTPase活性の低さである(表1).Gタンパク質には共通して内因性のGTPase活性が認められ,GTPを加水分解してGDPにすることで不活性化状態に戻るという性質がある.つまりGTPaseの活性の強さはそのGタンパク質が活性化状態にある期間を決める重要な要素となる.興味深いことに,GzはGiや他のGs, GqといったGタンパク質ファミリーと比べてGTPase活性が非常に弱く,GTP加水分解の反応速度定数kcatはGiやGs, Gqが1.8~4.5 min−1であるのに対し7, 11–14)
,Gzの場合は0.05 min−1と100倍近くも低い15)
(表1).つまり,Gzは一度GTPと結合するとすぐには不活性化状態に戻らず,結果として長寿命のシグナルを伝達する.これは秒単位などでの時間分解能という点では不利な性質であるといえるが,時間単位でのシグナル変動が重要なサーカディアンリズムの制御にはむしろGzは優れた性質を持つ分子だといえる.サーカディアンリズムにおけるGzシグナルの役割について,今後の研究が期待される.
生体リズムの最高位中枢として機能するSCNニューロンにおいてリズム調整能を有するオーファン受容体Gpr176を見いだし,それがGzという特殊なGタンパク質と共役することを見いだした(図1).Gpr176はオーファンであるが,この受容体に対する内因性のリガンドやそれに代わるサロゲイトリガンドを同定することができれば,SCNに作用する新たな医薬品の原体を得ることができると期待される.Gpr176は末梢には発現せず中枢のSCNにのみに強く発現するという性質を持つ.中枢時計機能に特異性を持ち,なおかつそれによって末梢臓器の機能への副作用の軽減を目指すアプローチは従来なされてこなかったものであり,中枢のGpr176-Gzシグナルを標的とした今後の創薬研究が期待される.
日頃ご指導いただいております京都大学大学院薬学研究科の岡村均教授にこの場を借りて厚く御礼申し上げます.また著者(國末純宏)に特別研究員として支援いただいている日本学術振興会に感謝します.
1) Rask-Andersen, M., Almen, M.S., & Schioth, H.B. (2011) Nat. Rev. Drug Discov., 10, 579–590.
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5) Doi, M., Ishida, A., Miyake, A., Sato, M., Komatsu, R., Yamazaki, F., Kimura, I., Tsuchiya, S., Kori, H., Seo, K., Yamaguchi, Y., Matsuo, M., Fustin, J.-M., Tanaka, R., Santo, Y., Yamada, H., Takahashi, Y., Araki, M., Nakao, K., Aizawa, S., Kobayashi, M., Obrietan, K., Tsujimoto, G., & Okamura, H. (2011) Nat. Commun., 2, 327.
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