Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 766-771 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890766

みにれびゅうMini Review

ヒストンメチル化修飾酵素が制御する脂肪細胞分化の分子機構Roles of histone-modifying enzymes in adipose cell fate

群馬大学生体調節研究所代謝エピジェネティクス分野Laboratory of Epigenetics and Metabolism, Institute for Molecular and Cellular Regulation, Gunma University ◇ 〒371–8512 群馬県前橋市昭和町3–39–15 ◇ 3–39–15 Showa-machi, Maebashi, Gunma, 371–8512, Japan

発行日:2017年10月25日Published: October 25, 2017
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

体細胞ゲノムはどれも同一でありながら,各々の細胞は異なる特性を持つ細胞に分化する.このことは細胞の性質決定において,ゲノムの塩基配列だけではなく,ゲノムから転写される遺伝子の「種類やタイミング,量」の調節が重要であることを示唆する.この「塩基配列の変化によらずに遺伝子発現を制御する機構」がエピゲノムであり,DNAのメチル化やヒストン修飾,ノンコーディングRNAやクロマチン再構成などを含む概念である.

真核生物のゲノムDNAは,ヒストンH2A, H2B, H3, H4の二つずつからなる八量体に約2回転巻きついてヌクレオソームを形成し,さらにクロマチンを構成して核内に収納されている.そのため,転写調節因子が標的遺伝子上に結合して転写を制御するためには,リガンド結合に伴う転写調節因子の構造変化や複合体形成,クロマチンの開閉状態などのクロマチン構造変化やそれに伴うエンハンサーとプロモーターの近接化などの制御が必要であり,これらの制御にはエピゲノムが関わる.たとえば,ヒストンがリン酸化やメチル化,アセチル化等の種々の化学修飾を受けることで,エフェクター因子群との複合体形成やクロマチン構造変化が起こり,転写が制御される.特に,メチル化のような化学的に安定した修飾は,長期的に記憶される転写調節機構であるため,細胞の分化や環境に応じた形質転換の制御に適した機構である.

2. 脂肪細胞の分化と形質転換

脂肪組織はエネルギーを貯蔵するだけでなく,熱産生や内分泌機能を介して,全身のエネルギー代謝に関わる.脂肪は,主にエネルギー蓄積を担う白色脂肪と,非ふるえ熱産生を活発に行うエネルギー消費型の褐色脂肪に大別される.非ふるえ熱産生は,骨格筋のふるえに伴う熱産生とは異なり,主にミトコンドリア内膜の脱共役タンパク質(UCP)を介して熱を産生する機構であり,褐色脂肪細胞にはミトコンドリアが豊富に存在する.非ふるえ熱産生は,恒温動物の体温維持に重要な機構であり,特に体のサイズに比して表面積が大きい新生児や小動物ほど,重要度が高く,大きな褐色脂肪組織を持つ.さらに,長期の寒冷刺激を受けると,白色脂肪(特に皮下白色脂肪)は褐色脂肪様に形質転換(ベージュ化)し,熱産生能を増強することが知られている.この機構は,一時的に熱産生能力を上げて寒冷環境に適応する機構であり,寒冷環境が解除されると,白色脂肪に戻るという,理にかなった機構である.また,エネルギー蓄積型の白色脂肪が消費型脂肪に変わる現象でもあるため,肥満症の治療シーズとしても注目されている.このような環境変化に応答して起こる脂肪細胞の形質転換や分化には,転写調節因子やエピゲノム因子による転写制御が重要な役割を果たす.脂肪細胞の分化や機能,形質転換に関するこれまでの研究の結果,多くの転写調節因子や複合体タンパク質を介する機構が解明されてきたこと1)にくわえ,複数のヒストン修飾酵素やクロマチン構造変化が関与する機構が報告されるようになってきた(表1).

表1 褐色脂肪細胞分化・形質転換・機能に関与するヒストン修飾酵素と前駆脂肪細胞未分化維持に関わるヒストン修飾酵素
酵素名別名酵素活性脂肪細胞での機能
CARM1PRMT4アルギニンメチル化欠損マウスで褐色脂肪減少
EHTM1GLP, KMT1DH3K9me1, me2メチル化欠損マウスで褐色脂肪減少,ベージュ化促進
G9aEHMT2, KMT1CH3K9me1, me2メチル化脂肪細胞分化抑制
GCN5アセチル化PCAFとのダブル欠損マウスで褐色脂肪減少
JMJD1AKDM3A, JHDM2AH3K9me1, me2脱メチル化褐色脂肪熱産生増大
JMJD3KDM6BH3K27me2, me3脱メチル化褐色脂肪遺伝子,ベージュ遺伝子発現促進
MLL4KMT2BH3K4me1, me2, me3メチル化欠損マウスで褐色細胞減少
SIRT1SIR2脱アセチル化ベージュ化促進
UTXH3K27me2, me3脱メチル化欠損マウスで褐色脂肪熱産生増加
本稿で取り上げた前駆脂肪細胞未分化能維持に関わるヒストン修飾酵素
FBXL10KDM2B, JHDM1BH3K4me3, H3K36me1,2脱メチル化前駆脂肪細胞分化の未分化能維持(酵素活性と独立した機構)
SETDB1ESET, KMT1EH3K9me1, me2, me3メチル化前駆脂肪細胞分化の未分化能維持

3. 脂肪細胞分化やベージュ化を制御する転写調節因子

脂肪細胞分化に関わる多くの転写調節因子の中で,PPARγとC/EBPα, β, δは,マスター制御因子と呼ばれる主要な調節因子である1).3T3-L1前駆脂肪細胞分化においては,分化誘導後約4時間後にC/EBPβ, δをコードする遺伝子(Cebpb, Cebpd)の発現がみられ,分化誘導後約14時間後にC/EBPβがリン酸化を受けてDNA結合能を獲得し,PPARγとC/EBPαをコードする遺伝子(Pparg, Cebpa)領域に結合して,転写を活性化する2).PPARγとC/EBPαは互いに発現を活性化し,さらに,その他の脂肪細胞分化関連遺伝子の発現制御に関わる.また,DNA結合能を獲得したC/EBPβが細胞周期関連遺伝子の転写を制御することで,分化誘導後およそ24時間後と48時間後にmitotic clonal expansion(MCE)という対数増殖期を経て最終分化に至る.

褐色脂肪細胞分化や白色脂肪細胞のベージュ化を制御する主要な転写調節因子としては,PPARγやC/EBPβに加え,PPARγ co-activator-1α(PGC1α)とPRDM16が知られている1).このうち,PGC1αは転写調節因子複合体を形成する共調節因子である.また,作用機序が充分には明らかにされていないものの,PRDM16も共調節因子として働くと考えられている.

ベージュ化は,寒冷刺激やアドレナリン受容体刺激,PPARγリガンドの長期刺激によって誘導されることが知られている.その分子機構として,多くの因子の関与が報告されているが,ここでもC/EBPβやPRDM16が転写制御の中心的な役割を果たすと考えられている1).ベージュ脂肪細胞と白色脂肪細胞の間の形質転換が直接的に起こるのか,それとも分化を遡って未分化状態から再度分化するのかについては,明確には解明されていない.最近,脂肪細胞の分化,形質転換に関与するいくつかのエピゲノム制御機構が報告されるようになってきた(表1).

4. ヒストン修飾とクロマチン構造変化

ヒストン修飾によるクロマチン構造変化は,遺伝子の転写制御に重要な役割を果たす.しかし,ヒストン修飾による転写制御の詳細な分子機構については,不明な点も多い.たとえば,ヒストンのリシン残基におけるアミノ基のアセチル化では,アミノ基の正電荷が中性に傾いてヌクレオソーム間の相互作用が緩み,負電荷のDNAを巻きとる力が緩むことで,転写が活性化することが知られている.しかし,現在までのところ,ヒストン修飾酵素が標的遺伝子領域にリクルートされる際,閉じたクロマチン領域を最初に開く機構や,特定の遺伝子領域にヒストン修飾酵素をリクルートする機構,さらに,ヒストン修飾酵素が転写の共調節因子やクロマチン再構成因子をリクルートする分子機構は,十分には解明されていない.

また,ヒストンの化学修飾の位置や種類,さらにその組合わせは,転写の活性状態や抑制状態に関係する.ヒストン修飾には,能動的にクロマチン構造や複合体形成を制御することが解明されているものと,転写調節因子複合体の形成やクロマチン構造変化の結果として生じる受動的な印(マーク)として捉えられているものがある.たとえば,ヒストンH3の4番目のリシン(K)のトリメチル化(H3K4me3)は転写活性化に機能し,H3K9me3やH3K27me3は転写抑制に機能することが知られている.また,H3K27アセチル化(H3K27Ac)修飾は開いたクロマチンのマークであることや,H3K27AcやH3K9me1領域がエンハンサーのマークであるなどの理解がなされている.

5. ヒストン修飾と発生・分化

多能性を持つ初期胚の幹細胞は,多分化能幹細胞,前駆細胞を経て成熟した細胞へと分化する.このとき,分化の初期段階における特定の細胞系譜(リニエージ)への運命決定(コミットメント)を受けた前駆細胞は,最終的な分化制御を受けて成熟した細胞になる.多能性幹細胞では,クロマチンがきわめて開いた状態で,種々の遺伝子が読まれることができる.この開いたクロマチン状態は,分化に伴ってコンパクトに閉じた状態へと変化する3)

開いたクロマチン構造を持つ多能性幹細胞が,多能性を維持するためには,細胞系譜への運命決定に関わる遺伝子の発現を特異的に抑制する必要がある.このような,転写が抑制されるべき遺伝子の領域では,単一のヌクレオソームに転写促進型のH3K4me3修飾と抑制型のH3K27me3修飾の両方が入ることでビバレント修飾(H3K4/K27me3)を形成し,転写が一時的に停止されている4).このピンポイントの転写停止状態からH3K27me3修飾が外れると,特定の細胞系譜への運命決定が起こり,前駆細胞を経て成熟細胞分化へと進む.

一方,細胞系譜への運命決定がなされたのちにおいても,組織の自己再生や細胞障害修復に備えて一定数の前駆細胞が維持される必要がある.前駆細胞では,すでに運命決定に関わる遺伝子領域のH3K27me3修飾が外れているため5),H3K4/K27me3ビバレント修飾とは異なる未分化性の維持機構があるはずである.最近,筆者らのグループは3T3-L1前駆脂肪細胞分化系を用いた解析によって,転写抑制型ヒストン修飾であるH3K9me3と促進型のH3K4me3による新規ビバレント修飾が転写を停止する機構を見いだした6)図1).前駆脂肪細胞では,最終分化のマスター制御因子PpargCebpa遺伝子領域のH3K27me3修飾が外れているが,転写開始点のすぐ下流にH3K9me3修飾が入っていることで,転写の活性化マークH3K4me3修飾が転写開始点の上流に停止していた(図1).H3K4/K27me3ビバレント修飾とは異なり,H3K4me3修飾とH3K9me3修飾は同一のヌクレオソームには存在しない.そのため,前駆細胞の未分化能の維持機構は,多能性幹細胞におけるピンポイントなビバレント修飾制御と異なり,最終分化制御遺伝子(PpargCebpa)の転写開始点より下流の領域のクロマチン構造を広く閉じることで,転写調節因子(C/EBPβ)の結合やRNAポリメラーゼの動きを停止していた(図1).脂肪細胞が最終的に分化すると,これらの遺伝子領域では,開いたクロマチンのマークであるH3K27アセチル化(H3K27Ac)修飾が広範囲に観察された.さらに,新規のH3K4/K9me3ビバレント修飾の形成において,特異的な遺伝子領域にH3K9me3修飾が入る機構として,ヒストンH3K9メチル化酵素であるSETDB1が,MBD1(methyl-CpG-binding domain protein 1)を介してCpG配列のDNAメチル化領域にリクルートされる機構が見いだされた(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 766-771 (2017)

図1 ビバレントクロマチンによる分化制御

初期胚の幹細胞と多分化能幹細胞の分化関連遺伝子領域においては,転写促進型のH3K4me3修飾と転写抑制型のH3K27me3修飾の両方を持つヌクレオソームのビバレント修飾(H3K4/K27me3)により,一時的に転写が停止され,多分化能が維持されている(上).前駆脂肪細胞では,H3K27me3修飾が消失するものの,H3K4me3修飾とH3K9me3修飾によるビバレント修飾(H3K4/K9me3)により,最終分化に関わる遺伝子の転写が停止する(中).このビバレント修飾(H3K4/K9me3)におけるH3K9メチル化には,DNAメチル化部位に結合したSETDB1が関与する(中).TSS:転写開始点.

上記の白色脂肪細胞分化におけるヒストン修飾制御機構に加え,褐色脂肪細胞分化やベージュ化においても,ヒストンの翻訳後修飾が分化や形質転換に関与するという報告がなされるようになってきた(総説1)参照).その例として,ヒストンH3K9のメチル化酵素であるEHMT1がPRDM16転写複合体を構成して褐色脂肪細胞分化を制御することや,ヒストンH3K9メチル化酵素G9a(EHMT2)が褐色脂肪細胞分化抑制に関わるということが報告されている1).また,JMJD3のH3K27トリメチル化による褐色脂肪細胞分化やベージュ化への関与や,MLL4のH3K4モノメチル化,ジメチル化による褐色脂肪細胞分化への関与が報告されている1).このようにヒストン修飾酵素は,ヒストン修飾変化を介して脂肪細胞の性質決定に広く関わっている.一方,ヒストン修飾酵素が酵素活性以外の機構を介して転写制御に関わる機構があることも明らかになってきた.次に,ヒストン修飾酵素が酵素活性とは異なる機構が,白色前駆脂肪細胞分化や褐色脂肪細胞の機能制御に関与する機構について紹介する(表1).

6. 酵素活性と独立したヒストン修飾酵素の作用機構(JMJD1A)

JMJD1AはヒストンH3K9の脱メチル化酵素であり7),酵素活性を介して精子形成8)や性決定9),腫瘍細胞増殖等に関与することが知られている.また,JMJD1Aの遺伝子欠損(Jmjd1a−/−)マウスが,標的遺伝子の発現抑制を介して肥満や高脂血症,インスリン抵抗性といったヒトでいうメタボリックシンドロームを呈すること,さらに寒冷や絶食で低体温をきたすことなどが,筆者らのグループと米国のグループから報告された10, 11).これは,ヒストンのメチル化制御因子が糖・脂質代謝制御に関わることを明らかにした最初の発見であった.筆者らは,Jmjd1a−/−マウスが寒冷条件下で低体温を示すことに注目し,熱産生に重要な褐色脂肪細胞を用いて,より詳細な検討を行った.その結果,寒冷刺激によって活性化されるβアドレナリン受容体シグナルを介してJMJD1Aの265番目のセリン(S265)がリン酸化されることが見いだされた.リン酸化されたJMJD1Aはクロマチン再構成因子SWI/SNFを介して核内受容体PPARγと複合体を形成し,このJMJD1A-SWI/SNF-PPARγ複合体形成によって,PPARγが結合したゲノム上のエンハンサー領域とプロモーター領域が近接化してクロマチンループを形成することで,標的となる熱産生関連遺伝子の発現を急速に促進する機構が示された12)図2).以上の結果から,エピゲノム酵素が酵素活性とは独立して働く機構として,複合体形成によるクロマチン構造変化を制御する機構が見いだされた.寒冷刺激に伴う急速な熱産生反応は,JMJD1Aのリン酸化とともに5分以内に始まり,約2時間をピークとして脱リン酸化されて基底値に戻るが,このような短時間の寒冷刺激では,ヒストンH3K9の脱メチル化変化が認められなかった.そのため,JMJD1Aがヒストン脱メチル化能を発揮するためには,標的遺伝子領域へのリクルート機構と酵素活性の制御機構という,二つの機構が関与していると想定される.この二つの機構を橋渡しする機構は現在のところ不明であるが,白色脂肪組織においては,寒冷時にアドレナリン受容体刺激を介して熱産生や脂肪分解が促進されて代謝が亢進するため,経時的な代謝状態の変化が影響する可能性も考えられる.実際,ヒストン修飾酵素の活性には,代謝産物が重要な役割を果たすことが知られている.たとえば,肝臓でのポリアミン代謝において,L-メチオニンとATPから作られるS-adenosylmethionine(SAM)は,ヒストンメチル化におけるメチル基の供与体である.また,トリカルボン酸サイクルの中間代謝産物でもあるα-ケトグルタル酸(α-KG)はJmjCドメインを持つヒストン脱メチル化酵素の活性に必須の補酵素として働く1)

Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 766-771 (2017)

図2 ヒストン脱メチル化酵素によるクロマチン構造制御を介した褐色脂肪細胞の熱産生調節機構

寒冷刺激を感知した中枢神経からのβアドレナリン受容体刺激を,褐色脂肪細胞が受けると,サイクリックAMP(cAMP)合成,プロテインキナーゼA(PKA)活性化を介して,JMJD1Aの265番目のセリンがリン酸化される.JMJD1Aのリン酸化が起こるとクロマチン再構成因子SWI/SNFを介してPPARγと複合体を形成し,PPARγが結合するエンハンサー領域をプロモーター領域に近づける.その結果,ポリメラーゼII(PolII)による転写が起こる.TSS:転写開始点.

7. 酵素活性とは独立したヒストン修飾酵素の作用機構(FBXL10他)

上記の,リン酸化JMJD1Aの複合体形成を介したクロマチン構造制御による転写調節と同様の機構を介して働く別の因子として,筆者らは,ヒストン脱メチル化酵素FBXL10(KDM2B, JHDM1B)を見いだし,報告した13).FBXL10は,前駆脂肪細胞の分化過程においてFBXL10-BCOR-SKP1複合体を形成することで,標的遺伝子の発現と白色脂肪細胞分化を抑制する(図3).詳細には,3T3-L1前駆脂肪細胞の分化誘導後約24時間と48時間後に起こる2回のMCEにおいて,FBXL10は,酵素活性とは独立に,BCOR, RING1B, SKP1, PCGF1といったタンパク質とポリコーム抑制複合体(PRC1)を形成し,クロマチン構造変化を介してPpargや細胞周期関連遺伝子の発現制御に関わる.この複合体形成は,FBXL10のF-boxドメインとLRRドメインを介して起こり,JmjCドメインを持たないFBXL10アイソフォームも同じ表現型を示す.このようにFBXL10は,SETDB1とは異なる機構で前駆脂肪細胞の未分化性の維持に関与する.

Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 766-771 (2017)

図3 ポリコーム抑制複合体形成を介した脂肪細胞分化制御機構

未分化状態にある脂肪前駆細胞では,FBXL10がRING1B, BCOR, PCGF1, SKP1とともにポリコーム抑制複合体(PRC1)を形成し,脂肪細胞のマスター制御因子Pparg遺伝子と細胞周期関連遺伝子の発現を抑制している.このPRC1複合体による脂肪細胞分化制御においては,既知の機構であるH2Aの119番目のリシンのユビキチン化やポリユビキチン化によるタンパク質分解は認めず,ヌクレオソームのコンパクションが起こる.F-box:FBXL10のF-boxドメイン,LRR:FBXL10のLRRドメイン.

以上のJMJD1AとFBXL10の例は,細胞外シグナルを感知したヒストン脱メチル化酵素が足場タンパク質として複合体を形成し,クロマチン構造を制御して転写を調節するという新概念を提示している.この概念が必ずしも特殊ではないことは,その他のいくつかのエビデンスからもうかがい知ることができる.細胞外シグナルに応答してヒストン修飾酵素がリン酸化修飾を受ける例として,JMJD1Aの264番目のセリンが熱ショック条件下にMSK1によるリン酸化を受け,ヒストン脱メチル化を介した転写制御に関わるという報告があり14),酵素活性と独立して働くエピゲノム因子の例として,ヒストン脱アセチル化酵素HDAC3が,NCORとSMRTという転写抑制コリプレッサーとの相互作用により,酵素活性とは独立した機構で代謝制御に関わることが報告されている15).また,PHF2は,JmjCドメインを持つが,ARIDドメインを持たないため,PKAによるリン酸化を受けてARID5Bと結合することで酵素活性を発揮する16).このように,ヒストン修飾酵素は酵素活性を介して機能するだけではなく,翻訳後修飾やタンパク質複合体形成といった機構を介して,遺伝子発現制御を行っている.

8. おわりに

今後,JMJD1Aの例にみられるような,動的なクロマチン構造変化を介した遺伝子発現制御機構を理解することの重要性が高まると予想される12, 17).最近,ホメオボックス遺伝子IRX3の遺伝子発現が,数百キロ塩基も離れたFTO遺伝子の非コード領域のエンハンサーによって制御され,ベージュ化を含む脂肪細胞制御を介して肥満症の発症に関与していることが注目を集めている18, 19).また,ヒストンメチル化酵素活性ドメインであるSETドメインを持つものの,ヒストン修飾酵素としての機能が認められていないSETDB2が,遠隔クロマチンの近接化の制御を介してInsig2aの発現調節に関わり,脂質代謝を制御することが報告されている20).このように,ヒストン修飾酵素としてのドメイン構造を持ちながらも酵素活性が解明されていないタンパク質の中には,複合体形成やそれに伴うクロマチン構造変化を制御する働きに特化したものがあるのではないかと推察される.非常に離れた遠隔クロマチン領域が転写に関与する機構について,今後もchromosome conformation capture(3C)法やその変法などを用いて明らかにされていくと予想され,それとともに,クロマチン構造を制御するヒストン修飾酵素の機能が明らかにされていくことが期待される.以上で紹介したように,脂肪細胞の分化,形質転換と機能制御に関する分子機構の研究が行われてきたことで,深遠な転写制御機構が解明されてきた.その意味において,アディポバイオロジーは,有用かつ重要な研究分野の一つであり,今後も,多くのアディポバイオロジー研究の成果が,肥満症や生活習慣病の治療法開発と分子生物学的な機構解明に生かされることに期待したい.

引用文献References

1) Inagaki, T., Sakai, J., & Kajimura, S. (2016) Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 480–495.

2) Tang, Q.Q. & Lane, M.D. (1999) Genes Dev., 13, 2231–2241.

3) Chen, T. & Dent, S.Y. (2014) Nat. Rev. Genet., 15, 93–106.

4) Bernstein, B.E., Mikkelsen, T.S., Xie, X., Kamal, M., Huebert, D.J., Cuff, J., Fry, B., Meissner, A., Wernig, M., Plath, K., Jaenisch, R., Wagschal, A., Feil, R., Schreiber, S.L., & Lander, E.S. (2006) Cell, 125, 315–326.

5) Mikkelsen, T.S., Xu, Z., Zhang, X., Wang, L., Gimble, J.M., Lander, E.S., & Rosen, E.D. (2010) Cell, 143, 156–169.

6) Matsumura, Y., Nakaki, R., Inagaki, T., Yoshida, A., Kano, Y., Kimura, H., Tanaka, T., Tsutsumi, S., Nakao, M., Doi, T., Fukami, K., Osborne, T.F., Kodama, T., Aburatani, H., & Sakai, J. (2015) Mol. Cell, 60, 584–596.

7) Yamane, K., Toumazou, C., Tsukada, Y., Erdjument-Bromage, H., Tempst, P., Wong, J., & Zhang, Y. (2006) Cell, 125, 483–495.

8) Okada, Y., Scott, G., Ray, M.K., Mishina, Y., & Zhang, Y. (2007) Nature, 450, 119–123.

9) Kuroki, S., Matoba, S., Akiyoshi, M., Matsumura, Y., Miyachi, H., Mise, N., Abe, K., Ogura, A., Wilhelm, D., Koopman, P., Nozaki, M., Kanai, Y., Shinkai, Y., & Tachibana, M. (2013) Science, 341, 1106–1109.

10) Inagaki, T., Tachibana, M., Magoori, K., Kudo, H., Tanaka, T., Okamura, M., Naito, M., Kodama, T., Shinkai, Y., & Sakai, J. (2009) Genes Cells, 14, 991–1001.

11) Tateishi, K., Okada, Y., Kallin, E.M., & Zhang, Y. (2009) Nature, 458, 757–761.

12) Abe, Y., Rozqie, R., Matsumura, Y., Kawamura, T., Nakaki, R., Tsurutani, Y., Tanimura-Inagaki, K., Shiono, A., Magoori, K., Nakamura, K., Ogi, S., Kajimura, S., Kimura, H., Tanaka, T., Fukami, K., Osborne, T.F., Kodama, T., Aburatani, H., Inagaki, T., & Sakai, J. (2015) Nat. Commun., 6, 7052.

13) Inagaki, T., Iwasaki, S., Matsumura, Y., Kawamura, T., Tanaka, T., Abe, Y., Yamasaki, A., Tsurutani, Y., Yoshida, A., Chikaoka, Y., Nakamura, K., Magoori, K., Nakaki, R., Osborne, T.F., Fukami, K., Aburatani, H., Kodama, T., & Sakai, J. (2015) J. Biol. Chem., 290, 4163–4177.

14) Cheng, M.B., Zhang, Y., Cao, C.Y., Zhang, W.L., Zhang, Y., & Shen, Y.F. (2014) PLoS Biol., 12, e1002026.

15) Sun, Z., Feng, D., Fang, B., Mullican, S.E., You, S.H., Lim, H.W., Everett, L.J., Nabel, C.S., Li, Y., Selvakumaran, V., Won, K.J., & Lazar, M.A. (2013) Mol. Cell, 52, 769–782.

16) Baba, A., Ohtake, F., Okuno, Y., Yokota, K., Okada, M., Imai, Y., Ni, M., Meyer, C.A., Igarashi, K., Kanno, J., Brown, M., & Kato, S. (2011) Nat. Cell Biol., 13, 668–675.

17) Mimura, I., Nangaku, M., Kanki, Y., Tsutsumi, S., Inoue, T., Kohro, T., Yamamoto, S., Fujita, T., Shimamura, T., Suehiro, J., Taguchi, A., Kobayashi, M., Tanimura, K., Inagaki, T., Tanaka, T., Hamakubo, T., Sakai, J., Aburatani, H., Kodama, T., & Wada, Y. (2012) Mol. Cell. Biol., 32, 3018–3032.

18) Claussnitzer, M., Dankel, S.N., Kim, K.H., Quon, G., Meuleman, W., Haugen, C., Glunk, V., Sousa, I.S., Beaudry, J.L., Puviindran, V., Abdennur, N.A., Liu, J., Svensson, P.A., Hsu, Y.H., Drucker, D.J., Mellgren, G., Hui, C.C., Hauner, H., & Kellis, M. (2015) N. Engl. J. Med., 373, 895–907.

19) Smemo, S., Tena, J.J., Kim, K.H., Gamazon, E.R., Sakabe, N.J., Gómez-Marín, C., Aneas, I., Credidio, F.L., Sobreira, D.R., Wasserman, N.F., Lee, J.H., Puviindran, V., Tam, D., Shen, M., Son, J.E., Vakili, N.A., Sung, H.K., Naranjo, S., Acemel, R.D., Manzanares, M., Nagy, A., Cox, N.J., Hui, C.C., Gomez-Skarmeta, J.L., & Nóbrega, M.A. (2014) Nature, 507, 371–375.

20) Roqueta-Rivera, M., Esquejo, R.M., Phelan, P.E., Sandor, K., Daniel, B., Foufelle, F., Ding, J., Li, X., Khorasanizadeh, S., & Osborne, T.F. (2016) Cell Metab., 24, 474–484.

著者紹介Author Profile

稲垣 毅(いながき たけし)

群馬大学生体調節研究所代謝エピジェネティクス分野教授.

略歴

1999年信州大学医学部医学科卒業後,信州大学医学部老年医学講座.2002年テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター研究員のち講師.08年東京大学先端科学技術究センター助教のち特任准教授.16年より現職.

研究テーマと抱負

エピゲノムや核内受容体,内分泌FGFsを介したエネルギー代謝制御機構の解明を目指して,研究しています.2016年秋から群馬大学で研究室を主宰し,生体内の代謝状態がエピゲノムとして記憶されて体質を形成するまでの詳細な分子機構を,手に取るように理解することを目指しています.

ウェブサイト

http://epigenetics.imcr.gunma-u.ac.jp/

This page was created on 2017-09-04T17:14:36.436+09:00
This page was last modified on 2017-10-17T14:13:31.694+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。