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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(6): 877-880 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890877

みにれびゅうMini Review

PTENリン酸化調節からみえたがん抑制遺伝子NDRG2の新たな機能Novel roles for the tumor suppressor gene NDRG2 via the regulation of PTEN phosphorylation

宮崎大学医学部機能制御学講座腫瘍生化学分野Division of Tumor and Cellular Biochemistry, Department of Medical Sciences, University of Miyazaki ◇ 〒889–1692 宮崎県宮崎市清武町木原5200番地 ◇ 5200 Kihara, Kiyotake, Miyazaki 889–1692, Japan

発行日:2017年12月25日Published: December 25, 2017
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1. はじめに

N-Myc downstream-regulated gene 2(NDRG2)は,ほとんどのがんで発現が損なわれている腫瘍抑制因子である.NDRG2発現低下は,がん化を導くPI3キナーゼ(PI3K)/AKTやNF-κB経路などさまざまのシグナル異常を来す.筆者らは,HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)感染に起因する成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)の発症機構を解析していくなかで,NDRG2がゲノムおよびエピジェネティック異常により不活化され,腫瘍抑制因子として働くことを同定した.NDRG2はまた,細胞ストレスに関係し,p53やHIF1α等の転写因子により,ストレス時に転写誘導される.がん細胞は,NDRG2遺伝子を不活化することで,高い増殖・生存能,浸潤能,ストレス抵抗性を獲得していると思われる.本項では,がんにおけるNDRG2の機能に焦点を当て,その発現異常によるがんの悪性化のメカニズムを紹介する.

NDRG2は4種類のNDRGファミリータンパク質の一つで,約40 kDaのタンパク質をコードする.このファミリーは,線虫,ショウジョウバエから進化的に保存されており,特にヒトやマウスの解析から,細胞増殖や分化に関与することが知られていた.NDRGという名前は,N-mycの欠損マウスの胚で発現上昇する遺伝子としてNDRG1が単離され,N-mycに制御される遺伝子という意味からつけられている.NDRGファミリーのタンパク質構造の特徴として,中央にα/β hydrolaseドメイン,そのN末端側にesterase/lipaseドメインを有するが,その酵素活性はないとされている.NDRGタンパク質は主に細胞質に局在し,さまざまなシグナル伝達経路に関わり,細胞の機能に影響を与えることが報告されているが,その分子機構は解明されていない.NDRG2の発現様式は,どの組織でもみられ,特に脳や心臓で高い.これまでにNDRGに関して報告されているもののほとんどががんとの関係で,NDRG1およびNDRG2の発現異常は,がんの悪性化に関与している.

2. がん抑制因子NDRG2の単離とPTEN活性制御

筆者らは,ATLの染色体切断点集中領域として同定した14q11領域から,がん抑制遺伝子候補としてNDRG2を単離した1)NDRG2はATL細胞においてゲノム欠失とDNAメチル化を含むエピゲノム異常により不活性化され,NDRG2の発現はATL細胞増殖を抑えるが,一方で,これまでに数多くの情報伝達系に対して負の制御を行うことが報告されている2).我々はこれまでの報告にない新たなAKT活性化機構を見いだした.PI3K/AKTシグナル経路は,多くのがん細胞で活性化され,細胞増殖,抗アポトーシス,血管新生等,多くの機能を持つ主要ながん化シグナルの一つである.その活性化機構は,多くの場合,負の制御因子であるがん抑制遺伝子PTENの不活化に依存していることが知られている.PTENは,全がんの3~4割で点突然変異や欠失による発現低下が報告されていたが,近年の全ゲノム解析等により,PTENの点突然変異例はそれほど多くなく,変異によってがんのドライバー遺伝子として機能している場合は少なく,その発現も保たれている例が数多く存在することがわかってきた.我々はATLの解析から,PTENのゲノム異常は見つからず,mRNAおよびタンパク質発現が保たれていることを見いだした.しかしながらAKTは持続的に活性化されており,PTEN機能の低下が考えられた.

我々はNDRG2を強制発現させたATL細胞を用いたLCMS/MS-IP解析から,NDRG2のさまざまな結合タンパク質を同定し,その中で,NDRG2が新たなPTEN結合タンパク質であることを見いだした.さらにNDRG2は細胞質のセリントレオニンホスファターゼであるPP2AをPTENにリクルートし,PTENリン酸化を抑制し,AKT活性化を抑制することを見いだした.これまでにPTENタンパク質修飾はそのホスファターゼ活性に及ぼす影響が報告されており,特にPTEN C-tail領域のリン酸化は,多くのリン酸化部位(Thr366, Ser370, Ser380~Ser385)3)がある.中でもSer380/Thr382/Thr383(STT)のリン酸化によってPTENはclosed formationをとり,そのC-2領域とホスファチジルセリン(PS)との結合が阻止され,細胞質にとどまり,ホスファチジルイノシトール3,4,5-トリスリン酸(PIP3)の脱リン酸化も阻害されることが知られる(不活性型PTEN)4).PTENが細胞膜に結合しPIP3ホスファターゼ活性を示すためには,このSTT領域の脱リン酸化(活性型PTEN)が必要である.STT領域のリン酸化反応にはCK2, PLK3, GSK3βなどが関与する報告があるものの5),脱リン酸化機構についてはまったく情報がなかった.我々はこのPTEN C-tailの脱リン酸化機構において,NDRG2はPTEN結合に伴いPP2AをリクルートしてPTEN-STTの脱リン酸化を促し,PTENを活性型とし,細胞膜に結合したPIP3の脱リン酸化反応を起こさせ,PI3Kからの情報を負に制御する働きを持つことを見いだした(図1).ATLではその全例,各種がんにおいては3~4割程度の細胞株においてNDRG2の発現低下がみられる.これらのがん白血病細胞では,同時にPTENそのもののゲノム変異は有さず,発現も保たれ,STT高リン酸化状態(不活性型)になっていることも明らかとなった.すなわち,NDRG2発現低下によりPTENはSTT高リン酸化状態となり細胞膜へのリクルートが妨げられ,AKTの恒常的な活性化につながっていた(図1).

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図1 がん細胞におけるNDRG2発現低下に基づくPI3K/AKT活性化の分子機構(文献1より改変)

さらに,NDRG2欠損マウスは,Tリンパ腫,肺がん,肝臓がんを含むさまざまながんを発症し,大半の組織でAKTおよびPTEN-STT領域のリン酸化が上昇していた.これらのマウスは多くの場合,脂肪肝,心筋梗塞,心肥大,動脈硬化など加齢に伴う生活習慣病がみられ(未発表),PTENヘテロ欠損マウスと類似した症状を示すことから,NDRG2の主要な機能はPTEN不活性化であることが推察される.NDRG2は各種ストレスへの応答として発現が誘導され,PI3K/AKTを含む多くの情報伝達系を負に制御し,過剰なストレス反応を抑制し,細胞の恒常性の維持に関わると考えられる.しかしながらがん細胞におけるNDRG2のメチル化異常はこれらストレス応答に反応できず,過剰なストレス反応の持続が細胞に負荷を与え,がん化につながると考えられる.

3. がん細胞の浸潤,転移におけるNDRG2の関与

口腔扁平上皮がん(OSCC)は口腔がんの主なタイプで,OSCC細胞では,NDRG2の発現がプロモーターメチル化により低下している6).がん細胞の分化の度合いはその悪性化の指標となるが,一般に未分化なほど増殖・浸潤能が高い.NDRG2の発現は,未分化なOSCC細胞でとりわけ低下しており,PTEN-STT領域およびAKTのリン酸化の上昇を伴い,細胞増殖を促進していたことから1, 6),NDRG2発現はOSCCの悪性化に関わることが示唆された.発がん物質である4-ニトロキノリン1-オキシド(4NQO)をNDRG2欠損マウスに投与し解析したところ,NDRG2の発現欠失は,4NQO誘導性OSCC発がんを促進し,さらにOSCC細胞の頸部リンパ節転移を高率に誘発した7).上皮の表現型を持つがん細胞は,E-カドヘリンを代表とする細胞接着因子により隣接する正常あるいはがん細胞と強固に接着しているため,腫瘍化した細胞の遊走が妨げられている.上皮系がん細胞の浸潤,転移の過程では,上皮間葉転換(EMT)が必須で,何らかの刺激でいったんEMTが誘導されると,がん細胞は間葉の表現型となり,上皮組織構造から離脱,遊走が惹起される.OSCC細胞では,NDRG2発現低下によるAKTの活性化がIκB kinase(IKK)のリン酸化・活性化を促進し,NF-κB経路が活性化されている.さらに,活性化したNF-κBはSnailの発現を誘導し,EMTを促進していた(図2).このメカニズムは,他の固形がんでも生じている可能性が高く,これらのシグナル経路を標的とした阻害剤は,がん細胞の増殖,浸潤転移を阻害できることが考えられ,有望な分子標的薬となる可能性がある.

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図2 NDRG2発現低下によるEMTを介したがん細胞の浸潤メカニズム(文献7より改変)

4. NDRG2とストレス応答

近年,小胞体ストレスや代謝ストレス等,さまざまの細胞ストレスが正常な細胞の機能,恒常性の維持,あるいは細胞のがん化に重要な役割を果たしていることが明らかにされている.NDRG2のプロモーターにはストレス応答を制御する種々の転写因子の結合配列が存在している.NDRG2発現とストレス応答の関係としては,まず脳のアストロサイトにおける役割がある.副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドは,身体的,精神的なストレスの血清マーカーとして注目されているが,グリア細胞の一つであるアストロサイトは糖質コルチコイド受容体(GR)を発現し,ストレス応答に働く.NDRG2は,脳で発現が高く,特にアストロサイトにその局在がみられる.NDRG2のプロモーターにはGR結合配列が存在し,筆者らの解析によると,NDRG2欠損マウスは不安様行動の低下を呈し,また抗うつ薬として知られるイミプラミンはNDRG2の発現を低下させ,AKT活性化を介したGSK3βのリン酸化・不活性化のもと,ストレスによる不安に対して抑制的な効果を示す8).これらは,NDRG2がストレスのメディエーターとして生体内で働いていることを示す結果といえる.

がんとの関連では,低酸素ストレスがある.低酸素応答に中心的な役割を果たす低酸素誘導性因子(HIF1α)は転写因子で,酸素分圧の低下に応じて種々の遺伝子の発現を活性化し,増殖,代謝,血管新生等,重要な細胞応答を促す.最近の筆者らの知見で,がん細胞の低酸素適応にNDRG2の発現低下が関与する結果が得られている.NDRG2のプロモーターには,HIF1α結合部位があり,低酸素に応答してNDRG2の発現が活性化される.NDRG2のC末端側の配列には,AKT,血清/糖質コルチコイド調節キナーゼ(SGK)などのAGCキナーゼファミリーのリン酸化部位が存在し,増殖下においてNDRG2はSGKによりリン酸化され,このリン酸化修飾がNDRG2とPP2Aの結合親和性を高め,PTENにPP2Aをリクルートし,PI3K/AKT経路を負に制御する機構が存在している.低酸素により発現誘導されたNDRG2は,これらのメカニズムによりAKTの活性化を抑制し,増殖の低下を誘導している.一方で,多くのがん細胞ではプロモーターのメチル化により,低酸素環境下でもNDRG2発現は誘導されず,AKTのリン酸化も高いままで増殖能を維持していた(未発表).興味深いことに,SGKもまたストレス応答に機能していることが示唆されており,正常細胞およびがん細胞におけるストレス応答にSGK-NDRG2経路が重要な働きを担っている可能性が推測される.

また,NDRG2は低酸素応答の他にも,DNA損傷ストレスや酸化ストレス,慢性炎症などで転写活性化され2, 9),HTLV-1感染もその一つの引き金になっている(未発表).したがってがんでのNDRG2発現低下は,これらのストレス応答の異常をもたらしている可能性がある.また,NDRG2結合タンパク質として同定した中に,がん細胞でのストレスシグナル分子に関わるものが多数見つかっており,NF-κB noncanonical pathwayのNIKのリン酸化調節にも直接関わることを同定した6).さらにNDRG2は,これらのリン酸化修飾の調節を介して,がん細胞のストレス適応に役割を果たしているものと推測し,その分子機構の全容を解明中である.また,特定のシグナル伝達の阻害によりがん細胞の細胞死を特異的に誘導することができることから,現在,分子標的薬の候補としても解析を進めているところである.

5. おわりに

がんの悪性化において,がん細胞が浸潤・転移性を持つことや抗がん剤などの治療抵抗性になることは代表的なものであるが,これらの過程にNDRG2発現の低下が関与していることがわかってきた.これまで,NDRG2の発現が多くのがんで低下し,予後因子として考えられるようになってきたが,その作用メカニズムについては,関与が予想されるシグナル経路をみているだけで限定的な情報しか得られていなかった.NDRG2がPP2Aのアダプター分子として,さまざまなシグナルタンパク質と相互作用し,各種シグナル伝達を制御していることがわかり,今後,これらのNDRG2を中心としたタンパク質ネットワークが解明され,がんの分野でも注目されつつあるストレス応答の役割が明らかになっていくものと思われ,これらを含めたさらなるNDRG2の機能解明が期待されるところである.

著者紹介Author Profile

中畑 新吾(なかはた しんご)

宮崎大学医学部機能制御学講座腫瘍生化学分野講師.理学博士.

略歴

1997年北海道大学水産学部卒業,2002年同大学院理学研究科修了,同年Duke大学研究員,03年NIH研究員,05年北海道大学研究員,06年宮崎大学助手,助教を経て17年より現職.

研究テーマと

発がんウイルスHTLV-1による白血病,リンパ腫の発症機構について研究.

森下 和広(もりした かずひろ)

宮崎大学医学部機能制御学講座腫瘍生化学分野教授.医学博士.

略歴

1980年筑波大学医学専門学群卒,同年より東京大学医科学研究所附属病院を経て化学研究部,86年東京大学医学博士取得,以降,米国NCI-Frederick研究所,米国St. Jude Children’s Research Hospital研究所,国立がんセンター研究所を経て,2000年より宮崎医科大学から宮崎大学医学部現職.

研究テーマと抱負

白血病発症機構の解明,特にHTLV-1を含むウイルス感染,日和見感染,ストレス応答など癌白血病発症に及ぼす因子群を明らかにし,発症予防治療法の開発につなげる.

趣味

テニス,下手の横好きギターやらトランペット,心身統一.

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