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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 89(6): 889-893 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890889

みにれびゅうMini Review

CO応答性ヘムタンパク質PGRMC1による悪性腫瘍の増殖と薬剤耐性のメカニズムの解明Identification of a novel CO-sensor protein PGRMC1 that contributes to cancer proliferation

慶應義塾大学医学部医化学教室Department of Biochemistry, School of Medicine, Keio University ◇ 〒160–8582 東京都新宿区信濃町35 ◇ 35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo, 160–8582 Japan

発行日:2017年12月25日Published: December 25, 2017
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1. はじめに

生体内で産生されるガス分子として,分子状酸素(O2)や一酸化窒素(NO),ヘムの分解時に生じる一酸化炭素(CO),TCA回路から主に生成される二酸化炭素(CO2),システインの代謝に伴って生成される硫化水素(H2S)などが知られている.しかしながらこれらの分子群のin vivoの多彩な生理機能の包括的なメカニズムの理解は極めて遅れている.本研究では,特にCOガス分子に対する新規の応答性のタンパク質性因子について,我々が開発を行ってきた独自のアフィニティ精製技術1)を駆使して,ガス分子を認識する補欠分子族ヘムに特異的に結合するタンパク質を網羅的に探索することにより,ガス分子を介した未知の生理機能の解明を進めている.本稿では,この解析の一環として新たに同定された新規のCO応答性タンパク質PGRMC1(progesterone receptor membrane associated component 1)のがん増殖に関わる構造的機能制御の知見について以下に紹介する2, 3)

2. CO応答性タンパク質PGRMC1の同定

COは,大量に曝露されると2価のヘム鉄を持つヘモグロビンに結合することにより,酸素運搬を阻害して化学的低酸素症(chemical hypoxia)を起こすことが知られている.通常,ミトコンドリア電子伝達系のシトクロムcオキシダーゼのヘム鉄のレドックスは3価が優位であり,COの標的にはなりにくいが,低酸素病態では本酵素も標的となり,結果としてCOによる呼吸鎖の抑制作用が発現する.さらに脳神経組織などではNOが結合しているヘムタンパク質においてCOとの「交換」が起こり,NOを介した神経毒性の発現が起こることが知られており,これらのメカニズムによって遅発性の神経障害が惹起されると考えられている4, 5).一方で生体内ではヘム分解酵素ヘムオキシゲナーゼ(ストレス誘導性のHO-1,恒常的に発現しているHO-2)によって,一過的または恒常的にさまざまな臓器や細胞でCOガスが産生されている.ここで産生されたCOは血管拡張や収縮作用,免疫制御,細胞防御など様々な生理作用を示すことが報告されているが,その作用点となる受容体についてはグアニレートシクラーゼ(GC)の制御など極めて限られた知見しか得られていなかった6).COは化学的に不活性のため,通常標的となるタンパク質に直接アクセスすることはできず,タンパク質上の主に補欠分子族ヘム(鉄)に結合することで機能を発揮する.そこで我々は,このようなCO感受性のタンパク質を系統的に探索するために,これまで確立してきたアフィニティ精製技術(FGビーズ)を駆使してヘム鉄を特異的に認識するタンパク質群を網羅的に同定してガス応答性候補タンパク質の選定を行うこととした(図1).FGビーズは,ポリスチレンおよび磁性担体(フェライト)を芯としたポリグリシジルメタクリレ-トで表面を覆われた粒径約100~200 nmの均一な球状担体で(図1左上),従来困難であったタンパク質混合液中から低分子化合物の標的となるタンパク質を,高純度に,高回収効率に,シングルステップで迅速に単離・精製することができる.これまでに我々はいくつかの新規ヘム結合性因子の同定に成功し,これらの制御機構を明らかにしてきた7, 8).本研究では,COが認識するヘム鉄および鉄が挿入されていないヘム前駆体ポルフィリンprotoporphyrin IX(PP)を比較対照としてリガンドとして用いることによって(図1右上),ヘム鉄特異的な結合タンパク質の探索を行った.この結果マウス肝臓由来の抽出液を用いて精製したところ(図1左下),●印で示したようないくつかのバンドがヘム鉄選択的に結合することがわかった.これらのタンパク質をESI-MSによるペプチドシークエンスで同定したところ,特に矢印で示した25 kDa付近のバンドが膜タンパク質PGRMC1(progesterone receptor membrane associated component 1)と同定された(図1左下).PGRMC1のCO応答性を検証するために,この組換えタンパク質を調製してヘムとの結合およびCOの応答をヘムの紫外吸光度の変動によって解析した.PGRMC1はヘム(Fe III)状態で399 nmのソーレー帯がみられ,還元状態においてこれが423 nmにシフトし,さらにCOガス添加により419 nmへとシフトすることから,PGRMC1は確かにヘムと結合して酸化還元変移してCOを配位することが明らかとなった(図1右下).以上の結果よりPGRMC1がヘムと配位してCOを認識するガス応答性候補タンパク質と考えられたことから,さらに以下の解析を進めることとした.

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図1 COガス応答性ヘムタンパク質PGRMC1の同定

3. PGRMC1のX線結晶構造の解明

PGRMC1は当初プロゲステロンが結合する膜タンパク質として同定され,様々ながん細胞において高発現していることが報告されているが,その機能についてはほとんど明らかとされていなかった.PGRMC1の二次構造としては,N末端に1回膜貫通領域を有し,細胞質側に局在する中央部にシトクロムb5に相同性を示すヘム結合モチーフが存在するが,シトクロムb5のヘム配位に必要なヒスチジン残基を持たないため,その構造様式については全く不明であった.そこで我々は京都大学・小林拓也准教授との共同研究により,PGRMC1の結晶構造解析を行った(図2).PGRMC1の細胞質領域(a.a.72–195)のヘム結合体タンパク質を調整して結晶化したところ,図2Aに示したような赤色結晶が得られた.これをX線結晶構造解析したところ,図2BのようにPGRMC1の113番目のチロシン残基(Tyr113)を介してヘムがタンパク質表面から露出した形で5配位結合することがわかった.ヘムは疎水性の高い補欠分子族のため,通常ヘムタンパク質はヘムを包み込むような形で配位することが多いが,このPGMRC1のヘム配位様式は疎水面が曝露されており不安定に思われた.そこで結晶構造をさらに精査したところ,図2Cに示したようにPGRMC1は露出したヘム分子同士が重なり合う形で会合し,二量体を形成していることがわかった.この二量体はPGRMC1のアミノ酸残基同士の接触がほとんどなく,露出したヘム平面の会合のみで構成されている.このようなヘムを介したタンパク質の二量体形成は真核生物において初めて見いだされた構造体であり,我々はこの構造様式をheme-stacking dimerと呼称した.

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図2 PGRMC1の結晶構造解析

4. PGRMC1の二量体形成制御とがん増殖との関わり

上記のようにPGRMC1はヘムが配位することにより特異な二量体を形成することが示唆されたため,このような制御について生化学的な手法を組み合わせて実証した.まず,紫外分光法による解析から,PGRMC1とヘムの結合強度はKd=40 nM程度であることがわかった.この結合強度は細胞内のヘム濃度(鉄濃度)を感作して活性が制御されるiron regulatory protein 2(IRP2)などと同程度のアフィニティであり9),PGRMC1は恒常的にはヘムと結合せず,細胞内のヘム濃度に応じてヘム結合体となることが示唆された.さらに,PGRMC1のヘム結合・解離状態における多量体化について,ゲル濾過クロマトグラフィー,native MS,沈降速度分析法(SV-AUC法)により検証を行い,ヘムの結合していないapo体では単量体,ヘム結合体では二量体へと重合度が変化することを見いだした.先述のようにPGRMC1ヘム重合体であるheme-stacking dimer構造(図2C)は,ヘム(鉄)の界面が接触することによって形成されるが,面白いことにCOガスはこの接触界面の第6配位子としてヘム鉄に結合し安定化するため,形成されていたheme-stacking dimer構造を解離することにより,二量体化は起こらないことが明らかになった.このPGRMC1の重合体制御を模式化したのが図3上であり,ヘムの結合しないapo-PGRMC1は単量体で存在するが,ヘム存在下ではheme-stacking dimer構造を形成して活性化し,COガスによりこの二量体構造が解離するという制御を受けることが明らかとなった.

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図3 PGRMC1のヘム/COを介した構造的機能制御の模式図

このようなPGRMC1の構造変換に基づいた生理的な機能に関して,PGRMC1に相互作用するタンパク質の応答性を指標として検証を行った.先述のように,PGRMC1は大腸がんや卵巣がんなどの悪性度の高いがん組織において高発現しており,がん増殖シグナルや抗がん耐性を増強する働きを持つことが示唆されていた10).そこで,がん増殖シグナル伝達に関わるEGF受容体(EGFR)との相互作用について検証したところ,PGRMC1はapo体もしくはCO配位した単量体では全くEGFRとの結合活性を示さないのに対して,heme-stacking dimerとなることによりEGFRと結合できることが明らかとなった.さらに細胞レベルにおける増殖シグナルについても,succinylacetone(SA)というヘム合成の阻害剤で細胞内ヘムを減少させるとEGFRの自己リン酸化,および下流のAKT, ERKなどのリン酸化が顕著に抑制され,同様のEGFRシグナルの抑制がPGRMC1のノックダウン株でも,COの添加によっても阻害されることが明らかにされた.また,PGRMC1のノックダウンによりEGFRの分子標的薬として使われているエルロチニブの添加によって用量依存的に細胞死が誘導されることが明らかになった.

PGRMC1はコレステロール合成に関わるシトクロムP450の一つCYP51と相互作用してその活性を増強することが報告されている11).そこで我々は,抗がん剤などの薬物の解毒化に関わるシトクロムP450のCYP1A2, CYP3A4との相互作用を検証し,EGFRと同様にヘムに依存して二量体になったPGRMC1のみが相互作用することを明らかにした.CYP3A4で分解され不活性型になる抗がん剤であるドキソルビシンはPGRMC1をノックダウンすると分解が遅くなり,不活性型のドキソルビシノールの生成が抑制されることから,腫瘍細胞のドキソルビシンに対する感受性はPGRMC1が機能することによって低下しており,本分子の発現が薬剤耐性を誘導していることが明らかになった.

以上のように,PGRMC1は細胞内のヘム濃度に応じて会合することにより特異なheme-stacking dimer構造を形成してEGFRや薬物代謝に関わるシトクロムP450と結合し,がん増殖や抗がん剤耐性の増強作用を示す一方,ヘムオキシゲナーゼによるヘム分解に応じたCOガス産生によりこのdimer構造が解離して不活性化するという,ヘムに依存したdynamicな構造変換による制御を受けるセンサーとして機能していること明らかとなった(図3).このようながんに関わる作用に加えて,最近になってPGRMC1がアルツハイマー病モデルにおいてアミロイドβオリゴマーと結合し神経細胞死を誘導する12)といった多彩な生理機能を示すことが示唆されている.我々の見いだしたヘム応答による構造的制御の知見は,PGRMC1の生理機能に対する分子的な制御機構の解明に寄与できるものと考えられる.また,この独自の構造的知見を基盤としてPGRMC1を標的とした創薬の発展に繋がることが期待される.

5. おわりに

我々はこのような独自のアフィニティスクリーニング技術を応用して,がん細胞などの培養細胞レベルまたは脳や肝臓などの様々な組織からガス応答性因子の単離・同定を網羅的に行っており,これによって得られた因子群に関して,ガス分子を介した制御機構について,分子生物学的,分光学的,情報生物学的,構造生物学的な手法を組み合わせて解析を行うことにより,ガス応答反応の分子レベルでの解明を目指したいと考えている.また,これらの解析で得られた機能情報を基に,ガス応答性因子群をクラスターとして分類を行い,ガス分子を介した多様な生体制御反応の総括的な理解のための基盤としたい.

謝辞Acknowledgments

本研究を進めるに当たって,アフィニティ精製にご協力頂いた東京医科大学・半田宏教授,結晶構造解析を行って頂いた京都大学・小林拓也准教授,ヘム分光解析をサポートして頂いた北海道大学・石森浩一郎教授と内田毅准教授,タンパク質の重合度解析を行って頂いた大阪大学・内山進准教授にそれぞれ大変感謝申し上げます.

引用文献References

1) Kabe, Y., Hatakeyam, M., Nishio, K., & Handa, H. (2009) in Chemical Biology/Chemical Genetics, CMC press.

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3) Kabe, Y., Yamamoto, T., Kajimura, M., Sugiura, Y., Koike, I., Ohmura, M., Nakamura, T., Tokumoto, Y., Tsugawa, H., Handa, H., Kobayashi, T., & Suematsu, M. (2016) Free Radic. Biol. Med., 99, 333–344.

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著者紹介Author Profile

加部 泰明(かべ やすあき)

慶應義塾大学医学部医化学教室専任講師.工学博士.

略歴

1971年町田市に生る.95年東北大学薬学部卒業.2000年東京工業大学生命理工学部博士課程卒(半田宏教授に師事),同特任助手(08年まで),09年慶應義塾大学医学部特任講師,同年同専任講師(現在に至る).

研究テーマと抱負

アフィニティ精製技術を応用した代謝物(ヘムなど)や医薬などの受容体解析を行っており,これらの知見を基に未知の生命現象を解明し,創薬展開への応用を目指したい.

趣味

読書.

末松 誠(すえまつ まこと)

日本医療研究開発機構(AMED)理事長,慶應義塾大学医学部客員教授.医学博士.

略歴

1983年慶應義塾大学医学部卒業,同内科学教室で土屋雅春教授に師事し微小循環と酸素ストレスの研究に従事.91年UC San Diego応用生体医工学部に留学,2001年慶應義塾大学医学部教授(医化学教室),07~15年慶應義塾大学医学部長,10~15年JST ERATO「末松ガスバイオロジー」研究総括,15年4月よりAMED初代理事長.

研究テーマと抱負

ガス分子による生体制御の生物学(Gas Biology).

趣味

天体写真撮影,占星術.

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