間期細胞形態による細胞分裂方向決定の分子メカニズム
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細胞が二つの娘細胞に分裂することは,生命の根本現象である.複雑に組織化された多細胞生物の細胞社会では,分裂する方向も重要な要素となってきた.とりわけ,分裂方向によって細胞運命を分けるような非対称分裂を行う場合には,分裂方向が必須の要素となる.実際,線虫・ハエ・マウス等のモデル生物の発生過程で分裂方向が制御される現象がみられ,数多くの研究によって種を超えて保存された分裂軸の制御因子が同定されてきた.分裂方向を制御する機構は,分裂期の細胞膜に局所的に位置した,Gαi/LGN/NuMA/dynein複合体が紡錘体極から伸長した星状微小管を捉え牽引することで,紡錘体軸を一定方向に定め分裂方向を定めるというものである.しかし,これらのコアとなる分裂軸制御因子を細胞膜上でどのようにして一定の位置に集積させるかについての分子機構は,種・組織・細胞種によってさまざまであるようである.平面極性や頂端–基底の細胞極性を基盤に制御する機構が報告されている.今回我々は,どちらの極性も持たない接着培養細胞であるHeLa細胞を用いて,細胞-細胞外基質間接着を基盤にしたコア因子の局在制御機構を明らかにしたので概説する.
2005年TheryらはHeLa細胞を用いて,細胞の間期における接着の形状が,その後のXY平面での分裂方向を決定することを1),さらに2007年それを理論モデルとして報告した2).彼らはマイクロパターンというμmスケールの任意の形状に細胞外接着基質をプリントできる技術によって,さまざまな接着の形状変化を試しそのときの分裂方向を計測することによって数理モデルを導き出した.たとえば,細胞外基質としてフィブロネクチンをL字形にプリントされたマイクロパターンの上に細胞を培養すると,L字の上に広がるように接着し二等辺三角形の形をとる.このとき,次の分裂期での分裂方向は高い確率で二等辺三角形の斜辺に沿った向きとなる(図1).このモデルの仮定を書き出してみると,
L字形のマイクロパターンを例として示す.(左)フィブロネクチンを細胞外基質としてL字形にプリント.(右)L字形の上に細胞を培養すると二等辺三角形を描くように細胞が伸展して接着する.分裂期に球状になった細胞の中心にピン留めされた紡錘体が細胞膜上に集積したキューによって牽引され,ピン周りのモーメントが0になる方向に向く(この場合二等辺三角形の斜辺方向).キューは間期の接着形状に依存して形成されたリトラクションファイバーに依存して配置される.
これらの仮定は,どれも的を射たものであった.特に膜上のキューの密度を仮定した放射線は,実際の細胞分裂においてみられるアクチンからなるリトラクションファイバー(retraction fiber:RF)を模しており,ファイバー上にかかる張力の存在と,張力の必要性が後述のFinkらによって後に証明された3)ことからも,慧眼であったといわざるをえない.分子実体として,接着分子であるインテグリンやその裏打ちでのシグナル伝達に関わるsrcキナーゼが関わることが示されたが,紡錘体を実際にどのように制御するのか,分子実体は不明のままであった.
RFは細胞が移動する際に,進行方向とは反対の後方で,細胞が接着をやめて引き上げるときに現れるアクチン骨格を芯とした細胞膜に包まれた構造物である.分裂期においては,細胞が球状化する際に現れ,ちょうどテントの張り綱のような役割をすると考えられてきた.つまり細胞接着面へ分裂期細胞をつなぎとめるのである.Finkらは,実際に分裂期のRF上に張力が働いていることを光ピンセットを用いて計測し証明した3).また,十字のマイクロパターンによって上下左右,十字にRFを形成させ,左右のRFをレーザーで切断すると,紡錘体の向きが残された上下のRFの方向へ回転することを示した.さらに,伸展するシリコンシート上に培養した分裂期の細胞に左右方向への伸展を行い,RFに張力を人為的に加えると,シートの伸展方向,すなわち張力の加わったRF方向へと紡錘体が回転することを示した.また,張力のかかったRFの細胞体側の細胞膜裏打ちには何かしら強いアクチン重合活性が存在することを示唆した.彼らの結果はRFとそこにかかる張力が,細胞膜上のキューの分布と相関することを示したものであるが,依然として分子実体は不明のままであった.
また清光らは,マイクロパターンを用いた分裂軸の制御にコア因子が関わることを初めて示しさらに紡錘体自体の位置が分裂期細胞の内部で動くことによって,細胞膜上の局所に集積したNuMAが固定されておらず動的であることを示した4).このことは,細胞膜上でのキューの局在を規定する難しさを表している.
我々は,HeLa細胞を用いて細胞分裂軸制御機構を網羅的に解析してきた.これは,マイクロパターンによるXY平面上の分裂軸ではなく,接着面に垂直方向のZ方向への分裂軸制御に関する研究であった.Z方向への分裂軸制御においても接着因子インテグリンは必須であり,XY平面の制御とZ軸方向への制御には共通するところもあると考えられた.実際,ABL1キナーゼはZ軸方向の分裂軸を制御する因子であり,コア因子のLGN/NuMA局在をそれぞれ制御することでZ方向への分裂軸制御に影響を与えていた5).また,低分子量Gタンパク質のCdc42はエフェクター分子であるPAK2-βPix経路によって分裂期のアクチンの再構築を制御し,RF形成を促進する6).PCTK1キナーゼもZ軸方向の分裂軸を制御する因子であり,PKAの調節サブユニットであるKAP0のリン酸化を介して,アクチンモーター分子であるミオシンXと相互作用し,RFの細胞外基質との接着面にインテグリンをとどめRFの張力に役割を担っていることが示された7).Cdc42はZ軸方向への制御に関わるPI3K経路にも関わる6, 8).同じインテグリンシグナルがZ軸方向への制御とXY方向への制御の両方に分岐していることがわかる.インテグリンは細胞外基質に結合することで3次元構造が変化し活性型として細胞内にさまざまなシグナルを送ることができる.Petridouらは細胞外基質ではなくRFの張力に依存して細胞膜上に集積したインテグリンが活性型となり,裏打ちのsrcキナーゼ/focal adhesion kinase(FAK)/p130Casが活性化することで,Z軸方向の制御に関わることを示した9)(図2A).
(A)分裂期中期.リトラクションファイバーの底面との接着にはPCTK1-MyoX経路が働く.リトラクションファイバーの張力依存的な活性型β1integrinからシグナルが入る.(B)分裂期前中期の球状に縮んでいく状態.大きく縮む領域にはRhoAの局所的な活性が生じcaveolin1の集積を促し,活性型β1integrinやGαi1の集積を促進する.この活性型β1integrinはリトラクションファイバーの張力依存的なものと相同であると考えられる.これらのキューは理論で予想されたとおりに間期の接着形状に依存して形成されたリトラクションファイバーに依存して配置される.
Petridouらとほぼ同時期に,我々は同じくRF形成がどのように分裂軸制御に結びつくのかにフォーカスしていた.RF形成過程である細胞の球状化過程に着目し,ライブイメージングによって得られた細胞の球状化と細胞分裂方向の相関を調べた.多くの画像をみるうち,他の領域と比べて大きく速く縮んだ方向に分裂方向が一致しやすいことに気づいた.この領域には高密度のRFが存在し,大きく速く縮んでいることからもRF上への張力も大きいと推察された.また縮んだ領域では何らかの物理的濃縮作用も考えられた.この領域に分子的な偏りが生じているのではと仮説を立て,まず細胞球状化に必要と報告のある低分子量Gタンパク質RhoAの局所的な活性をFRETプローブを用いて計測した.結果,この大きく縮む領域で高いRhoA活性が予想どおりにみられた.さらに,この領域に活性型インテグリンが集積することが観察された.これはPetridouらの結果とも一致する.そして分裂軸制御のコア複合体の一つ,三量体Gタンパク質アルファサブユニットGαi1の集積もみられた.これらの因子はどれもコレステロールリッチなラフトやカベオラに集積しやすいことが報告されており,大きく縮んだ領域での細胞膜の不均一性が予想された.そこでコレステロールリッチな膜を制御する因子を染色によって探索した結果,caveolin1がGαi1と共局在することが観察された(図3A).そこで,マイクロパターンを用いて活性型RhoAの現れる位置やGαi1の集積する位置,caveolin1の集積する位置,分裂方向を調べると,XY平面の分裂軸制御と強い相関がみられた.これらの結果は,大きく縮む領域にXY平面での分裂軸制御のキューが集積してくることを示唆しており,caveolin1のさらなる機能解析が重要であると考えられた10).
(A)分裂期前中期の免疫蛍光染色像.caveolin1の集積した膜上にGαi1も集積していることがわかる.(B) CLEM法での電子顕微鏡像.カベオラ様の(~100 nm)膜陥入構造がみられる(矢頭).(C)分裂期前期から前中期にかけて球状に縮んでいくGFP-caveolin1/RFP-histoneH1共発現細胞のタイムラプス画像.大きく縮んだ領域にGFP-caveolin1の集積がみられる(矢頭).(D)分裂期前中期のGFP-Myr/RFP-caveolin1共発現細胞の画像.膜がGFPで標識されリトラクションファイバーがみられる.そこにRFP-caveolin1の集積がみられる(矢頭).
そこで,蛍光観察と電子顕微鏡観察を組み合わせたcorrelative light and electron microscopy(CLEM)法を用いて,GFP-caveolin1の集積した細胞膜を調べた.結果,カベオラ様の膜の陥入構造がRFの細胞体側の根元,GFP-caveolin1の局在位置に多くみられた(図3B).さらにカベオラやラフトにみられるスフィンゴ糖脂質の一つGM1の局在を特異的結合毒素である蛍光つきコレラ毒素βサブユニットを用いて検出したところ,caveolin1や活性型インテグリンとの共局在を確認することができた.前述のように,活性型インテグリンはRFの先端にもみられるが,caveolin1やGM1はRFの根元側でのみみられた(図3B, D).またGM1は,caveolin1の集積がみられない条件ではみられなかった.caveolin1がコレステロールに直接結合できることから,caveolin1/GM1の集積はコレステロールリッチなカベオラ様の膜ドメインを形成し,Gαi1の局所的な集積を促進していると考えられた.では,どうやってcaveolin1は集積するのだろうか.RhoAの活性化した領域にcaveolin1が集積すること,RhoAとcaveolin1が相互作用することが間期において報告されていたことから,我々は分裂期でも同様ではないかと考え調べた結果,RhoA経路依存的にcaveolin1が集積することを見いだした.カベオラが分裂期にはエンドサイトーシスするという報告があり11),一見矛盾している.正常な細胞接着を阻害するポリ-L-リシンをコートしたカバーガラスを用いた場合には,GM1の集積もcaveolin1の集積も観察できないことから,おそらく,インテグリンを介した細胞接着を促進するフィブロネクチンをコートしたカバーガラスを用いたどうかの差がcaveolin1の集積を容易に観察できたかどうかの差であったと推察される.これらの因果関係から,分裂期にcaveolin1のエンドサイトーシス経路は活性化されるが,RhoA経路を介したRFの根元でのインテグリンの活性化がsrcキナーゼを介してcaveolin1のエンドサイトーシスを局所的にかつ能動的に阻害している可能性が考えられる.しかし,現時点では推測の域を出ず,証明にはさらなる研究が必要である.
最後にcaveolin1の発現を抑制すると,マイクロパターン上での分裂軸が予想された方向に向かないことが観察された.しかし,興味深いことに,このときGαi1の局所的な集積は変化なくみられGαi1の集積はcaveolin1には依存しないことがわかった.さらに,Gαi1の位置と紡錘体の向きは一致したままであった.つまり,Gαi1の集積位置に紡錘体はきちんと向かっている(コア因子自体は機能している)が,コア因子の局在位置がマイクロパターンから予測された位置に制御されていなかった.このことからcaveolin1は,マイクロパターンに規定される間期接着形状とコア因子の集積位置をつなぐ役割を果たしていることが示された.
得られた結果をまとめると,間期での接着形状は,分裂期での球状化における「縮み方」に変換され,その領域は特別な不均一性を細胞膜上に形成するように機能する.縮み方の大小はRhoAの局所活性化によるものであり,そこにcaveolin1が理論で予想されたキューとして集積しカベオラ様の膜を作り出し,このおそらくコレステロールリッチであると思われる膜がGαi1の集積位置となるための場として機能する.Gαi1はLGN/NuMA/dyneinの集積を通して紡錘体の向きを間期接着形状に規定された位置へと向ける(図2B).
本稿では接着培養細胞での細胞–細胞外基質間接着に依存した分裂軸の制御を中心に記述した.しかし,体細胞生物の個体内では,細胞–細胞外基質間接着だけという細胞は間葉系細胞だけであり,組織を形作る細胞には細胞–細胞間接着が必須である.では個体内での分裂軸制御に細胞–細胞外基質間接着が関与しないかというと,マウス皮膚基底細胞のインテグリンノックアウトマウスでの分裂軸異常が報告されている12)ように,個体内でも機能していると考えられる.すべてではないにしろ,培養細胞から得られた知見がどれくらい個体内で機能しているのか,興味深いところである.今後の研究の発展に期待したい.
1) Thery, M., Racine, V., Pepin, A., Piel, M., Chen, Y., Sibarita, J.B., & Bornens, M. (2005) Nat. Cell Biol., 7, 947–953.
2) Thery, M., Jimenez-Dalmaroni, A., Racine, V., Bornens, M., & Julicher, F. (2007) Nature, 447, 493–496.
3) Fink, J., Carpi, N., Betz, T., Betard, A., Chebah, M., Azioune, A., Bornens, M., Sykes, C., Fetler, L., Cuvelier, D., & Piel, M. (2011) Nat. Cell Biol., 13, 771–778.
4) Kiyomitsu, T. & Cheeseman, I.M. (2012) Nat. Cell Biol., 14, 311–317.
5) Matsumura, S., Hamasaki, M., Yamamoto, T., Ebisuya, M., Sato, M., Nishida, E., & Toyoshima, F. (2012) Nat. Commun., 3, 626.
6) Mitsushima, M., Toyoshima, F., & Nishida, E. (2009) Mol. Cell. Biol., 29, 2816–2827.
7) Iwano, S., Satou, A., Matsumura, S., Sugiyama, N., Ishihama, Y., & Toyoshima, F. (2015) Mol. Cell. Biol., 35, 1197–1208.
8) Toyoshima, F., Matsumura, S., Morimoto, H., Mitsushima, M., & Nishida, E. (2007) Dev. Cell, 13, 796–811.
9) Petridou, N.I. & Skourides, P.A. (2016) Nat. Commun., 7, 10899.
10) Matsumura, S., Kojidani, T., Kamioka, Y., Uchida, S., Haraguchi, T., Kimura, A., & Toyoshima, F. (2016) Nat. Commun., 7, 11858.
11) Boucrot, E., Howes, M.T., Kirchhausen, T., & Parton, R.G. (2011) J. Cell Sci., 124, 1965–1972.
12) Lechler, T. & Fuchs, E. (2005) Nature, 437, 275–280.
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