生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 89(6): 903-906 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890903

みにれびゅうMini Review

ヒトES細胞の維持・分化におけるメチオニン代謝の役割の解明Methionine metabolism regulates maintenance and differentiation of human embryonic stem cells

東京工業大学生命理工学院School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology ◇ 〒226–8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259–B32 ◇ B32 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama, Kanagawa 226–8501

発行日:2017年12月25日Published: December 25, 2017
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1. はじめに

ES(embryonic stem)/iPS(induced pluripotent stem)細胞といった多能性幹細胞は,分化した細胞とは異なる代謝機構を保持していることがわかっており,その特殊な代謝状態こそが幹細胞の未分化性維持や自己複製能などに重要であることがわかってきた.そのなかで培養液中の栄養因子,特にアミノ酸組成が幹細胞の生存および未分化性維持に及ぼす影響について注目されるようになった.本稿では,我々が近年取り組んできたヒト多能性幹細胞の未分化性維持・分化制御におけるメチオニン代謝の役割について解説する.

2. マウスES細胞はトレオニンに依存している

幹細胞におけるアミノ酸代謝研究の幕を開けたのは,2009年にScience誌に報告されたマウスES細胞のトレオニン依存性に関する論文である1).Wangらは,まずメタボローム解析を行い,マウス未分化ES細胞では一炭素(one carbon)代謝経路に炭素を供給するトレオニンが分化細胞と比較して極端に低いことを見いだした(図1).未分化細胞ではトレオニンからグリシンを合成する際の律速酵素であるトレオニン脱水素酵素(TDH)が高発現し,これがトレオニン濃度低下に寄与していた.マウスES細胞は他のアミノ酸に比べてトレオニン要求性が非常に高く,トレオニン除去培地を用いた培養では2日程度で死滅した.

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図1 葉酸代謝とメチオニン代謝を含むone carbon代謝経路

DNAやヒストンがメチル化修飾される際にメチル基供与体として機能するS-アデノシルメチオニン(SAM)は,one carbon代謝により供給される.マウスES/iPS細胞ではトレオニン,ヒトES/iPS細胞ではメチオニンがその材料として利用されている.B12:ビタミンB12,THF:テトラヒドロ葉酸,meTHF:5,10-メチレン-THF, mTHF:5-メチル-THF, SAH:S-アデノシルホモシステイン.

2013年にはShyh-ChangらはマウスES細胞ではトレオニンが葉酸回路を介して,メチオニン回路に寄与することを明らかにした.図1に示すようにトレオニンから合成されたグリシンは葉酸回路における5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸の供給源として働く.さらに葉酸代謝では5-メチル-テトラヒドロ葉酸(mTHF)からTHFに脱メチル化される際に,ビタミンB12代謝を介してメチル基がメチオニン回路に受け渡される.これら一連の反応によりグリシンは葉酸代謝やメチオニン代謝に寄与することが知られていた.同様の反応が幹細胞でも存在するかが確かめられた結果,マウスES細胞をトレオニン除去培地で培養するとトレオニン由来のグリシンが低下し,最終的にはメチオニンの代謝物でありメチル基供与体として働くS-アデノシルメチオニン(SAM)の細胞内濃度が低下して,ヒストンのメチル化修飾が低下した2).この研究はアミノ酸が幹細胞においてエピジェネティック修飾に関与することを示した最初の報告であり,幹細胞研究者とアミノ酸研究者双方にとって非常に意義のあるものとなった.一方,ヒトにおいては上記のTDHは発現しておらず,マウスの場合と異なったアミノ酸代謝が行われていることが予想されたが,詳細は不明であった.

3. ヒトES細胞はメチオニン要求性が高く,SAMが生存に重要

我々はヒト多能性幹細胞におけるアミノ酸代謝の解明の第一歩として,未分化ヒトES/iPS細胞のアミノ酸要求性について調べた.その結果,ヒトES/iPS細胞はメチオニン依存性が高く,メチオニン除去5時間後にはSAMの細胞内濃度が顕著に低下し,速やかに細胞内メチオニン代謝回路が停止することを明らかにした3).これらの結果から生体内へのSAMの供給では,マウスES細胞の場合はトレオニンが,ヒトES細胞ではTDHが機能しないためメチオニンが主として働いていることがわかった.

マウスES細胞に対するトレオニン除去培養では,ヒストンH3の4番目のリシン残基のジメチル化(H3K4me2)およびトリメチル化(H3K4me3)の低下が起きるが2),ヒトES細胞のメチオニン除去でもH3K4me3が顕著に低下した.SAM低下がなぜH3K4メチル化に選択的に作用するかは不明であるが,参考となる報告がなされた.Mentchらはヒト結腸がん細胞株に対するメチオニン除去処理でもH3K4me3のみが低下し,H3K9me3などは変化しないことを示した.その理由としてはH3K4me2/3メチル化酵素のSAM結合親和性が他のものよりも高いことがあげられており,幹細胞における選択性も同様に説明可能である4).さらに,酵母ではセリン代謝酵素,SAM合成酵素およびヒストンリン酸化酵素が複合体を形成し,H3K4メチル化酵素と相互作用することが報告された5).この報告はSAMが特定のヒストンメチル化酵素において選択的に利用される可能性を示唆するもので興味深い.

4. 未分化状態におけるメチオニン代謝抑制は,その後の分化を促進する

ヒト多能性幹細胞ではメチオニン除去操作により未分化マーカーであるNANOGの発現が低下するが,その後に培地中にメチオニンを添加することで細胞死を回避できる.そこで,ヒトiPS細胞を10時間メチオニン除去培地で培養したのちに,内胚葉・中胚葉および外胚葉への選択的分化培地で培養したところ,各胚葉への分化効率が優位に増加した.このことから,ヒト多能性幹細胞はメチオニン除去培地を用いた培養により代謝および遺伝子発現が変化し,分化が起こりやすい状態(Poised state)に変化することが示唆された(図2).なお,前述のメチオニン除去操作によるヒストン修飾変化とPoised stateへの移行との関係性については不明であり,現在検討を進めている.

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図2 ヒト多能性幹細胞におけるメチオニン代謝の役割

5. 分化過程でのメチオニン除去培地の利用は,未分化細胞の除去に有用

未分化細胞では,メチオニン代謝回路に関わる酵素群の多くが高発現し,内胚葉に比べてメチオニン消費が約5倍高い.そこで,内胚葉分化期間の後半2日間をメチオニン除去した分化誘導培地に替えると,未分化細胞選択的に細胞死が誘導された.その結果,相対的に内胚葉の分化効率が増加し,その後の肝臓分化も促進した.このことから,分化過程でメチオニン除去培地を利用することで残存する未分化細胞の除去が可能であり,分化効率が悪い細胞株を利用する場合には非常に有効であることが示唆された.また,メチオニン除去培地はヒトiPS細胞からの心筋細胞分化においても未分化細胞除去に有用であることが報告されている6).さらに,マウスの小腸オルガノイドを用いた培養においても,培養液からのメチオニンの除去で未分化マーカーが減少し,分化を促進することが明らかにされ,応用が進んでいる7)

6. ES細胞やがん細胞においてSAMは種々のメチル化反応に利用される

上記のようにヒト多能性幹細胞の未分化維持に重要な役割を果たしているSAMは,生体内では種々の反応でメチル基供与体として働いている.SAMが各種メチル化反応にどのような割合で利用されているかは細胞ごとにかなり違いがあることが最近になり報告され始めた.

マウスとヒトではSAMの主たる供給元のアミノ酸が異なることは上述したが,その利用経路についてもヒトおよびマウスES細胞で異なることが報告された8).SAMはヒトES細胞などのプライムド型多能性幹細胞ではヒストン修飾に多く利用されるが,マウスES細胞などのナイーブ型幹細胞ではニコチンアミドを1メチルニコチンアミドへと変換するメチル化酵素であるニコチンアミドN-メチルトランスフェラーゼ(NNMT)が強発現しており,ヒストン修飾よりもニコチンアミド代謝に多く利用されている.ナイーブ型からプライムド型へ移行する際にはNNMTの発現低下に伴い,SAMがヒストンメチル化に多く利用されるようになり,その結果として代謝関連遺伝子が発現変化し自身の代謝プロファイルが変化する.このように,幹細胞において代謝と転写は密接に相互作用しながら未分化および分化を制御していることがわかってきた.

2015年にはメチオニン代謝変化による各種遺伝子発現変化について,乳がんや前立腺がんの細胞株を用いて詳細に検討された9).がん細胞においてもメチオニン除去はSAM低下を引き起こし,ヒストンメチル化修飾を低下させた.さらに,がん細胞ではSAMはヒストン修飾とともにクレアチン合成におけるメチル化反応にも多く利用されていた.生体内では,グリシンとアルギニンからグリコシアミンが合成され,これがグアニジノ酢酸N-メチルトランスフェラーゼによるメチル化反応によりエネルギー貯蔵物質であるクレアチンへと変換される.非常に興味深いことに上記のがん細胞においては,培養液からメチオニンとともにアルギニンを除去しておくことでクレアチン経路におけるSAM使用量が減少し,余剰となったSAMがヒストンメチル化に転用されることでH3K4me3が維持され,メチオニン除去特異的な遺伝子発現変化を抑制可能であると報告された.このことはがん細胞では複数のアミノ酸がエピジェネティック修飾を介して,遺伝子発現を調整していることを示唆しているが,多能性幹細胞における複数のアミノ酸間の遺伝子発現制御についてはいまだ報告がない.

7. おわりに

本稿では,ヒト多能性幹細胞の未分化性維持・分化制御におけるアミノ酸代謝の役割について,我々の見いだしたメチオニンを中心に解説した.マウスとヒトではその供給源は異なるもののone carbon代謝を利用して供給されたSAMを介して,多能性幹細胞が未分化性を維持していることがわかってきた.幹細胞におけるアミノ酸代謝研究は始まったばかりであり,近年になり複数のアミノ酸が幹細胞の生存および分化に寄与していることが報告され始めた.今後は,幹細胞におけるアミノ酸代謝が他の代謝系に及ぼす影響についても明らかにしていくとともに,その代謝特性を利用した新規分化誘導方法を開発して再生医学に寄与したい.

引用文献References

1) Wang, J., Alexander, P., Wu, L., Hammer, R., Cleaver, O., & McKnight, S.L. (2009) Science, 325, 435–439.

2) Shyh-Chang, N., Locasale, J.W., Lyssiotis, C.A., Zheng, Y., Teo, R.Y., Ratanasirintrawoot, S., Zhang, J., Onder, T., Unternaehrer, J.J., Zhu, H., Asara, J.M., Daley, G.Q., & Cantley, L.C. (2013) Science, 339, 222–226.

3) Shiraki, N., Shiraki, Y., Tsuyama, T., Obata, F., Miura, M., Nagae, G., Aburatani, H., Kume, K., Endo, F., & Kume, S. (2014) Cell Metab., 19, 780–794.

4) Mentch, S.J., Mehrmohamadi, M., Huang, L., Liu, X., Gupta, D., Mattocks, D., Gomez Padilla, P., Ables, G., Bamman, M.M., Thalacker-Mercer, A.E., Nichenametla, S.N., & Locasale, J.W. (2015) Cell Metab., 22, 861–873.

5) Li, S., Swanson, S.K., Gogol, M., Florens, L., Washburn, M.P., Workman, J.L., & Suganuma, T. (2015) Mol. Cell, 60, 408–421.

6) Matsuura, K., Kodama, F., Sugiyama, K., Shimizu, T., Hagiwara, N., & Okano, T. (2015) Tissue Eng. Part C Methods, 21, 330–338.

7) Saito, Y., Iwatsuki, K., Hanyu, H., Maruyama, N., Aihara, E., Tadaishi, M., Shimizu, M., & Kobayashi-Hattori, K. (2017) Biochem. Biophys. Res. Commun., 488, 171–176.

8) Sperber, H., Mathieu, J., Wang, Y., Ferreccio, A., Hesson, J., Xu, Z., Fischer, K.A., Devi, A., Detraux, D., Gu, H., Battle, S.L., Showalter, M., Valensisi, C., Bielas, J.H., Ericson, N.G., Margaretha, L., Robitaille, A.M., Margineantu, D., Fiehn, O., Hockenbery, D., Blau, C.A., Raftery, D., Margolin, A.A., Hawkins, R.D., Moon, R.T., Ware, C.B., & Ruohola-Baker, H. (2015) Nat. Cell Biol., 17, 1523–1535.

9) Tang, X., Keenan, M.M., Wu, J., Lin, C.A., Dubois, L., Thompson, J.W., Freedland, S.J., Murphy, S.K., & Chi, J.T. (2015) PLoS Genet., 11, e1005158.

著者紹介Author Profile

白木 伸明(しらき のぶあき)

東京工業大学生命理工学院准教授.博士(医学).

略歴

1977年熊本県に生る.99年熊本大学薬学部卒業,2006年同大学院医学研究科博士課程修了,09年同大学発生医学研究所で助教,准教授.15年より現職.

研究テーマと抱負

栄養因子がヒトの発生分化に与える影響についてヒトiPS細胞分化誘導系を用いて明らかにしたいと思っています.

ウェブサイト

http://www.stem.bio.titech.ac.jp/

趣味

子供と遊ぶこと.

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