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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(1): 80-83 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900080

みにれびゅうMini Review

病原レンサ球菌の感染過程における莢膜糖鎖と糖鎖分解酵素の役割Role of streptococcal polysaccharide capsules and glycosidases in the pathogenesis

大阪大学大学院歯学研究科口腔細菌学教室Oral and Molecular Microbiology, Osaka University, Graduate School of Dentistry ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘1–8 ◇ 1–8, Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2018年2月25日Published: February 25, 2018
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1. はじめに

近年,薬剤耐性菌による感染症が国際社会における大きな脅威の一つとなっている.病原細菌の薬剤耐性化が広まることで,治療の選択肢が急速に狭まっている.さらに,収益性の問題から,多くの製薬会社が新たな抗菌剤の開発から手を引いており,近い将来には感染症による死亡者数が増大すると考えられている.このような現状を受け,新たな抗菌薬の開発に加えて,予防ワクチンの開発や革新的な治療法の研究が求められている.

我々はヒトに重篤な疾患を引き起こすレンサ球菌である,Streptococcus pyogenes(化膿レンサ球菌),Streptococcus agalactiae(B群レンサ球菌),Streptococcus pneumoniae(肺炎球菌)について着目し,解析を行ってきた.これらの病原レンサ球菌は,ヒトと同一の構造を持つ糖鎖で菌体を覆うことにより,宿主の免疫機構による認識を回避すると考えられてきた.菌体の表層に存在する分子は,外部環境(主にヒトの免疫機構)と直接相互作用をするため,菌の生存に直接的な影響を及ぼす.すなわち,進化の選択圧の影響が強い分子の一つであるといえる.興味深いことに,同じレンサ球菌属においても,種によって莢膜糖鎖の種類が異なる.我々の研究から,莢膜糖鎖の種類がそれぞれの菌が持つ糖鎖分解酵素の種類と生存戦略に影響を及ぼしている可能性が示された(図1).病原細菌の病態発症機構を明らかにすることは,新たな治療法確立の礎となる.本稿においては,レンサ球菌属の糖鎖分解酵素と莢膜多糖の多様性,ならびに多様性が及ぼす病態への影響について,最新の研究成果を踏まえて解説する.

Journal of Japanese Biochemical Society 90(1): 80-83 (2018)

図1 病原レンサ球菌における莢膜と糖鎖分解酵素の特徴

2. ヒアルロン酸を利用した免疫回避

化膿レンサ球菌は,小児の咽頭炎の主な原因菌として知られている.その一方で,成人に敗血症や壊死性筋膜炎などの劇症型感染症を引き起こす,いわゆる「人喰いバクテリア」として注目されている1).日本における劇症型感染症の症例数は,国立感染症研究所のデータで,2010年まで年間100例ほどであったが,2014年には268例,2015年には415例,2016年には速報値で492例と,年々増加傾向にあることが示されている.劇症型感染症では致死率が高い上に,治療に四肢を含む広範囲の切除が必要となる場合があり,病態発症機構の解明と効果的な予防法の確立が望まれている.

化膿レンサ球菌は,菌体表層タンパク質の一つであるMタンパク質の抗原性によって血清型分類がなされてきた.近年はMタンパク質をコードするemm遺伝子の配列によるemm遺伝子型別がしばしば用いられる.古典的に,化膿レンサ球菌はヒトと同じ成分であるヒアルロン酸の莢膜を持つことで,免疫機構による認識を逃れていることが知られていた.近年の研究で,高分子ヒアルロン酸が,既知のヒアルロン酸受容体であるCD44に加えて,ヒトのシアル酸受容体ファミリーの一つであるSiglec-9と結合することで好中球の活性化を抑制することが明らかになった2).化膿レンサ球菌のヒアルロン酸莢膜も高分子ヒアルロン酸として作用し,好中球の活性化を抑制する.

一方で,宿主側はヒアルロン酸の分子サイズを感知し,ヒアルロン酸の分解が起きると炎症応答が引き起こされる.高分子ヒアルロン酸が感染や初期の炎症応答などによって分解され,低分子ヒアルロン酸となることで,damage-associated molecular pattern molecules(DAMPs)として認識される.低分子ヒアルロン酸は,CD44の他に自然免疫受容体であるTLR2とTLR4を介して炎症応答を引き起こす3).ヒトのヒアルロン酸分解酵素HYAL-1を発現させたトランスジェニックマウスを用いた感染実験では,HYAL-1発現トランスジェニックマウスにおける化膿レンサ球菌の皮膚感染病変の大きさと検出菌数は,野生型マウスと比較して有意に小さかった4)

低分子ヒアルロン酸はDAMPsとして機能することで,感染防御に働いている.しかし,新生児髄膜炎の主な原因菌の一つであるB群レンサ球菌は,自身のヒアルロン酸分解酵素HylBによりヒアルロン酸を二糖まで分解し,DAMPsとしての機能を破壊する5).ヒトのヒアルロン酸分解酵素(EC 3.2.1.35)はヒアルロン酸を四糖に分解するが,細菌のヒアルロン酸分解酵素(EC 4.2.2.1)はヒアルロン酸を二糖に分解する.四糖であるヒアルロン酸は低分子ヒアルロン酸と同様の働きをするが,二糖となったヒアルロン酸は,TLR2およびTLR4のリガンド認識を阻害することが示された(表1).

表1 ヒアルロン酸(HA)の大きさによる宿主炎症応答の違い
HAのサイズ関連する受容体作用
高分子HA (>800 kDa)CD44, Siglec-9炎症抑制
低分子HA (30~300 kDa)CD44, TLR2, TLR4炎症促進
4-HA(四糖)CD44, TLR2, TLR4炎症促進
2-HA(二糖)TLR2, TLR4炎症抑制

化膿レンサ球菌については,ほとんどすべての血清型において,点変異によってヒアルロン酸分解酵素HylAが不活性化されている.一方で,M4血清型はヒアルロン酸を合成する酵素群をコードする遺伝子オペロンhasABCが欠落しており,ヒアルロン酸分解酵素は活性型に戻っている6).同様の傾向がM22血清型の株でも認められる.肺炎球菌やB群レンサ球菌は,莢膜多糖にヒアルロン酸を含まず,活性型のヒアルロン酸分解酵素を持っている.進化の過程において,化膿レンサ球菌はヒアルロン酸合成能を獲得し,ヒアルロン酸分解活性を失った.しかし,一部の血清型の菌株では,ヒアルロン酸合成能を失い,ヒアルロン酸分解活性を再び得たと考えられる.

3. シアル酸を利用した免疫回避

B群レンサ球菌は膣内に存在し,出産時に新生児に感染して細菌性髄膜炎や敗血症など重篤な疾患を引き起こす.B群レンサ球菌は,表層にシアル酸を含んだ多糖からなる莢膜を持ち,その抗原性の違いによって少なくとも10種類の血清型に分類される.莢膜に含まれるシアル酸は,ヒト好中球に発現しているSiglec-9に結合し,抑制性のシグナルを送らせて免疫回避に寄与する.さらに,B群レンサ球菌はβ-proteinを介して,ヒト単球や好中球上でペアとなっているSiglec-5とSiglec-14の両者に結合する.Siglec-5とSiglec-14はリガンド結合部位はほぼ同一であるが,Siglec-5は抑制性のシグナル伝達を,Siglec-14は活性型のシグナル伝達を行うことから,免疫応答の調節を行っていると考えられる.一部のヒトではSiglec-14を欠く遺伝子多型が存在しており,B群レンサ球菌感染のリスクファクターとなりうる7)

肺炎球菌は,健康な小児の口腔から分離されることがある一方で,肺炎や敗血症,髄膜炎の主たる原因菌の一つとして知られている.肺炎球菌は莢膜多糖の抗原性の違いにより97種類以上の血清型に分類されるが,莢膜にシアル酸を含んでいるとの報告はこれまでになされていない.一部の肺炎球菌とB群レンサ球菌の血清型においては,シアル酸以外の莢膜糖鎖構造が同一である.肺炎球菌は細胞壁に架橋して菌体表層に局在するシアル酸分解酵素NanAを持つ.肺炎球菌のNanAは,そのレクチン様ドメインを介して脳血管内皮細胞やマクロファージの炎症応答を誘発することで,菌の血液脳関門の突破と髄膜炎の発症に寄与することが示唆されている8–10)

化膿レンサ球菌のヒアルロン酸莢膜とヒアルロン酸分解酵素の関係と同様に,肺炎球菌はシアル酸分解酵素NanAを持ち,B群レンサ球菌はシアル酸分解酵素NonAが不活性化している11).シアル酸分解酵素の分子進化解析から,肺炎球菌においては,NanAの変異に強く制限がかかっていたのに対して,B群レンサ球菌のNonAではそのような制限は認められなかった.このことから,肺炎球菌においてNanAのアミノ酸変異が起こり,機能が変化することは種の生存に不利に働くが,B群レンサ球菌においてNonAの変異は種の生存に影響しないということが示された.さらに,遺伝子欠失株を用いた解析から,NonAの欠失はB群レンサ球菌の病原性に影響しないこと,B群レンサ球菌におけるNanAの発現は,自身の莢膜シアル酸を遊離させ,血中での生存能を低下させることが示された.これらの結果から,肺炎球菌は莢膜にシアル酸を持たず,シアル酸分解酵素の活性を利用した生存戦略を,B群レンサ球菌はシアル酸分解活性を持たず,シアル酸による宿主免疫回避を利用した生存戦略を選択したことが示唆された.

4. ヘパラン硫酸を介した深部への侵入

B群レンサ球菌は,脳血管内皮細胞のヘパラン硫酸と結合することで血液脳関門を突破することが示唆されている12).肺炎球菌においては,ヘパラン硫酸との結合と血液脳関門の突破との関連は不明であるが,少なくとも上皮細胞への侵入に寄与していることが報告されている.

肺炎球菌は,ジンクメタルプロテアーゼファミリーとして,ZmpA, B, C, Dの4種類のタンパク質を持つ.Zmpファミリーはそれぞれ異なる役割が報告されており,共通した機能は報告されていない.このうち,ZmpCは一部の肺炎球菌のみに存在しており,ヘパラン硫酸が修飾されたプロテオグリカンであるSyndecan-1を切断し,細胞から遊離させる.遺伝子欠失株を用いたin vitro, in vivoの解析から,肺炎球菌のZmpCは脳血管内皮細胞への侵入を減少させ,血液脳関門の突破を抑制することが示唆された13)

過剰な病原性の高さは,宿主の致死率を高め,結果的に細菌の増殖の場の減少につながる.数理的には,進化の過程で病原体の病原性は中程度から無害に収束すると予測されていたが,これまでにそのような遺伝子の実例の報告はなされていなかった.肺炎球菌はzmpの遺伝子重複を通じて,自身の過剰な病原性を調節する形質を得た可能性が示された13)

5. まとめ

感染成立過程において,病原レンサ球菌は糖鎖を巧みに利用して宿主による免疫機構を回避することが明らかとなってきた.しかし,ヒトの体内には多様な糖鎖が存在しており,感染における糖鎖が果たす役割には,いまだ不明な部分が多く残されている.その構造の複雑さや修飾の解読の困難さから,糖鎖研究は難しいといわれている.さらに,病原細菌の糖鎖・糖鎖分解酵素の解析については,細菌学と糖鎖生物学の両分野について深い知識と経験が必要となる.このような糖鎖生物学と他の分野にまたがる複合的な問題を解決するため,アメリカにおいては,Program of Excellence in Glycosciences(PEG, Applications Number:RFA-HL-10-026)によって,全米の糖鎖生物学研究グループおよびカウンターパートとなる研究グループのネットワーク形成を行っている.日本においても,糖鎖生物学と細菌学の研究者の連携が感染症における糖鎖研究に重要な役割を果たすと考えられる.

病原細菌はヒトの免疫機構や抗菌薬治療,ワクチンによる選択圧にさらされることで,常に進化し続けている.たとえば,肺炎球菌は莢膜糖鎖を抗原とするワクチンの導入により,ワクチンに含まれる血清型の株が分離される頻度が減り,その他の血清型が増加するという血清型置換が世界的に生じている.これまでは,代表的な株を用いた分子生物学的な解析が主として行われてきた.今後はこれまでの解析に加え,統計学的手法を利用したゲノムワイド関連解析による網羅的な解析が必要である.病原細菌を収集し,ゲノムワイド関連解析を応用することで,病原細菌の進化をほぼリアルタイムで解析することが可能となる.近い将来のアウトブレイクに備え,耐性菌の蔓延を最小限にとどめるため,病原菌の進化に対抗して,解析技術を常に革新していく必要があるだろう.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

山口 雅也(やまぐち まさや)

大阪大学大学院歯学研究科口腔細菌学教室助教.博士(歯学).

略歴

2005年大阪大学歯学部卒業.08年学振特別研究員DC2. 09年大阪大学大学院歯学研究科博士課程修了.10年学振特別研究員PD. 11年カリフォルニア大学サンディエゴ校Nizet labポスドク.13年より現職.

研究テーマと抱負

病原レンサ球菌の病態発症機構の解明.特に,臨床における病態に基づいた分子機構の解明と,分子進化解析と分子生物学的解析を併用した病原体の種としての特性の理解を目指している.

ウェブサイト

http://www.hs.ura.osaka-u.ac.jp/yamaguchimasaya/

趣味

読書(ミステリ).

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