ステロイドホルモン分泌の新たな分子機構とその意義
カリフォルニア大学リバーサイド校 ◇ 900 University Avenue, Riverside, CA 92521, USA
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ステロイドホルモンはステロイド骨格と呼ばれる特徴的な炭素骨格を持つ一連の脂溶性ホルモンであり,性成熟や糖代謝から免疫応答,がんの進行まで,さまざまな生理学的・病理学的現象の調節において中心的な役割を果たしている1–3)
.昆虫のステロイドホルモンであるエクジソンの生合成機構や作用機序は哺乳類のステロイドホルモンのそれと多くの相同性があり,分子遺伝学的手法の豊富なキイロショウジョウバエは,ステロイド研究のモデル系として重要な知見を我々に提供してくれる4).
ステロイドホルモンは脂溶性であることから,細胞膜などの脂質二重層とよく親和し,結果として細胞膜を自由に透過して分泌・吸収されるものと考えられてきた.これはステロイドホルモンの単純拡散仮説と呼ばれ,代表的な生物学の教科書はいずれもこれを所与の事実として説明している.しかし,近年我々は,キイロショウジョウバエにおいてエクジソンがその合成組織から分泌される際に,いったん分泌小胞様の構造に取り込まれた後,開口分泌(エキソサイトーシス)によって体液中に放出されていることを見いだした5).本稿ではまずこの現象について説明した後,ステロイドホルモンの単純拡散仮説を再検証し,それが否定されることの生理学的意義について考察したい.
エクジソンは脱皮ホルモンと呼ばれることからもわかるとおり,昆虫の脱皮・変態時に前胸腺と呼ばれる内分泌腺から血中に放出され,さまざまな標的組織で遺伝子発現を制御している4, 6).前胸腺におけるエクジソン合成の分子機構を研究する過程で,我々は,イノシトール三リン酸(IP3)受容体遺伝子(IP3R)を前胸腺特異的にノックダウンすると,キイロショウジョウバエの脱皮・変態が阻害されることを見いだした.IP3受容体は小胞体に貯蔵されたカルシウムイオンの放出を担っており,細胞内カルシウムシグナル伝達系の中心的な分子である.このIP3Rノックダウン個体内のエクジソンを定量すると,興味深いことに,前胸腺にエクジソンが蓄積していることを示す結果が得られた.このことから,細胞内のカルシウムシグナルはエクジソンの合成そのものには大きな影響を及ぼさない一方,前胸腺細胞からのエクジソンの放出に重要な役割を担っていることが示唆された.
カルシウムシグナル伝達系は,神経細胞や内分泌細胞において,分泌小胞と細胞膜との融合を制御することで,小胞内の神経伝達物質やペプチドホルモンの分泌を調節することが知られている.そこで我々は,エクジソン分泌の過程でも分泌小胞を介した調節性の分泌機構が存在するものと仮定し,小胞輸送やその細胞膜への融合に関与する一連の遺伝子を前胸腺においてノックダウンした.その結果,図1に示すとおり,カルシウムシグナル伝達系を介した調節性の分泌に重要な役割を果たすことが知られているさまざまな遺伝子,すなわち分泌小胞の細胞膜との融合を制御するSNARE複合体や,分泌小胞の輸送に関わるRab3,さらにRab3と結合するRIMといった分子をコードする遺伝子が,前胸腺の働きに必須であることが明らかになった.
ミトコンドリアで合成されたエクジソンはAtetの働きによって分泌小胞に取り込まれ,開口分泌を通じて細胞外に分泌される.図中の一連の分子は,この分泌経路の制御に重要であることが示唆される.
我々はさらに,IP3Rノックダウンによってカルシウムシグナル伝達系を阻害すると,前胸腺細胞内に分泌小胞様の構造が大量に蓄積することを見いだした.この小胞蓄積は上述のエクジソンの蓄積と同時期に起こることから,エクジソンがいったんこれら分泌小胞に取り込まれた後,カルシウムシグナル伝達系によって調節される開口分泌を通じて細胞外に放出される可能性が強く示唆された.前胸腺における遺伝子ノックダウンの結果は,未知のGタンパク質共役型受容体がGqサブユニットを介してホスホリパーゼCβ(PLCβ)を活性化し,細胞膜からIP3分子が遊離することでIP3受容体が活性化することを示唆している(図1).IP3受容体の働きによって小胞体から放出されたカルシウムイオンは,UNC-13やシナプトタグミン(Syt)などのカルシウムイオン結合タンパク質を活性化することで,SNARE複合体を介したエクジソンの開口分泌を制御しているものと考えられる.
仮に分泌小胞内に高濃度のエクジソンが蓄積されるのであれば,サイトゾル側との濃度勾配に逆らってエクジソンを小胞内に運び入れるような膜輸送体,おそらくはATPの加水分解をエネルギー源とするATP-binding cassette(ABC)輸送体が前胸腺に存在するはずである.こうした予測のもと,我々は候補となるABC輸送体をスクリーニングし,Atetと呼ばれるABC輸送体遺伝子が前胸腺に高発現していることを見いだした.実際にAtetを前胸腺特異的にノックダウンするとIP3Rノックダウン個体と同様の脱皮・変態阻害が観察され,Atetが前胸腺からのエクジソンの分泌に重要な役割を担っていることが示唆された.その後さらに我々は,Atetが実際に前胸腺細胞内の分泌小胞に局在すること,また培養細胞由来のアッセイ系においてAtetがエクジソンを輸送する能力を有することを確認し,図1に示すような,分泌小胞を介した新たなエクジソンの分泌機構を提唱するに至った5).
ステロイドホルモンの単純拡散仮説と一見矛盾する我々の今回の発見は,ステロイドホルモン研究にどのようなインパクトをもたらすのだろうか.実は膜輸送体を介したステロイドホルモンの輸送自体はよく知られており,これまでにさまざまな生物種において数多くの報告がある7–11)
.しかし,ステロイド膜輸送体に関するこれら過去の報告のほとんどは,標的細胞におけるステロイドホルモンの細胞外への排出,つまり脂質二重層を隔てて形成された濃度勾配に逆らった能動輸送に関するものであり(図2左),こうした輸送がエネルギーを供給する何らかの仕組み(通常はABC輸送体によるATPの加水分解)を必要とすることは論をまたない.単純拡散仮説はあくまでも濃度勾配に沿ったホルモンの移動(拡散)における輸送体の必要性の有無を論じるものであり(図2中央),したがってステロイドホルモンの能動輸送に関する過去の一連の報告は単純拡散仮説を否定しうるものではない.これは分泌小胞内腔への能動輸送機構を示した我々の研究についても同様であり,今回の研究結果からステロイドホルモンの単純拡散仮説を明確に否定することはできない.
濃度勾配に逆らった能動輸送には必然的に膜輸送体が求められるのに対して,濃度勾配に沿った拡散に関しては,これまで膜輸送体の存在やその必要性はほとんど議論されてこなかった.
しかしながら,分泌小胞を介したエクジソンの分泌機構の存在は,エクジソンが自由に脂質二重層を透過できないことを強く示唆していることは間違いない.実際に我々はその後も研究を続け,これまでに,体液中のエクジソンが細胞膜を透過して標的細胞に取り込まれる際の,濃度勾配に沿ったエクジソンの拡散においても,膜輸送体の存在が不可欠であることを明らかにしている(促進拡散モデル;図2右)(岡本ら,論文投稿中).こうした一連の事実から,少なくともエクジソンについては,単純拡散仮説ではその生理作用は十分に説明できず,複数の膜輸送体がエクジソンの膜輸送に重要な役割を果たしていると考えて間違いないものと思われる.
ステロイドホルモンが内分泌細胞で合成されてから,それが標的細胞の受容体に結合して遺伝子発現を制御するまでには,図3に示すような複数のステップが存在し,それぞれのステップにおいて太字で示した分子が中心的な役割を果たしている.エクジソンを含めたほぼすべてのステロイドホルモンに関して,特にさまざまな酵素が関与する生合成プロセスと,核内受容体による遺伝子発現制御については数多くの知見が報告されており4, 6, 12, 13)
,その全容はおおむね明らかにされているといっても過言ではないだろう.また,特に哺乳類のステロイドホルモンについては,血中輸送に関わるホルモン結合タンパク質や,ホルモンの代謝に関与する酵素なども非常によく研究されている.
仮にステロイドホルモンの単純拡散仮説が否定されると,こうしたいわば研究が「成熟期」を迎えたステップに加えて,ステロイドホルモンの「分泌」と「細胞への取り込み」という,分子的詳細がほぼ未知の二つのステップが新たに加わることとなる.これらのステップにはいずれも膜輸送体,より具体的には排出輸送体(エクスポーター)と取り込み輸送体(インポーター)が関与するはずで,こうした分子は薬剤開発の新たなターゲットになるものと期待される.ステロイドホルモンシグナルを調節する現在の薬剤は,細胞内に取り込まれて核内受容体に直接作用するものがほとんどであり,こうした薬剤は分解作用を持つ細胞内の酵素や,薬剤を非特異的に細胞外に排出する多剤排出輸送体のターゲットになりやすい.一方で,ステロイドの膜輸送体に細胞外から作用してその働きを調節することができれば,耐性が生じにくい新たな薬剤が開発できる可能性がある.さらに,細胞種や生物種ごとのステロイドホルモンの膜輸送機構の違いを詳細に分析することで,組織特異的・生物種特異的にステロイドホルモンシグナルを厳密に制御することも可能になるかもしれない.
生物学の教科書に半ば当然のことのように記述されているステロイドホルモンの単純拡散仮説は,その由来を詳細に調べていくと,決して盤石なものではないことがわかる.むしろ我々の知る限りでは,ステロイドホルモンの単純拡散仮説を生体内で明確に実証した研究は存在せず,他の多くの生物学上の仮説と同様に,そこには科学的検証の余地が存分に存在している.キイロショウジョウバエにおける我々の研究が,他の生物種のステロイドホルモンについても同様の議論を巻き起こし,ステロイドホルモンの生化学全般を再検証するきっかけになることを願って止まない.
1) Nussey, S.S. & Whitehead, S.A. (2001) Endocrinology: An Integrated Approach, BIOS Scientific Publishers, Oxford.
2) Sherwood, L. (2011) Fundamentals of Human Physiology, pp. 71–105, Cengage Learning, Boston.
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4) Yamanaka, N., Rewitz, K.F., & O’Connor, M.B. (2013) Annu. Rev. Entomol., 58, 497–516.
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