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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(1): 99-102 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900099

みにれびゅうMini Review

スカベンジャー受容体を介した無菌的炎症の収束メカニズムThe mechanism underlying the resolution of sterile inflammation through scavenger receptor

1東京都医学総合研究所脳卒中ルネサンスプロジェクトStroke Renaissance Project, Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science ◇ 〒156–8506 東京都世田谷区上北沢2–1–6

2国立研究開発法人日本医療研究開発機構Japan Agency for Medical Research and Development

3慶應義塾大学医学部微生物学免疫学教室Department of Microbiology and Immunology, School of Medicine, Keio University

発行日:2018年2月25日Published: February 25, 2018
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1. はじめに

生体内の臓器の損傷に伴って,組織内では炎症が引き起こされる.感染症のような炎症病態においては,病原体由来の成分(ウイルスや細菌由来の核酸,リポ多糖,リポタンパク質など)が免疫細胞によって認識されて,免疫細胞を活性化することにより炎症が惹起される.しかしながら脳のような無菌的な臓器においては病原体が存在しない.無菌的臓器における損傷では,組織損傷に伴って自己組織由来の成分が細胞外に放出され,これらが免疫細胞によって認識されることにより炎症が惹起される.免疫細胞を活性化する自己組織由来の分子はダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns:DAMPs)と呼ばれ,組織損傷に伴う無菌的な炎症を惹起する役割を持つことが注目されている1)

一方で,わが国において脳卒中は死因の第4位,寝たきりの原因の第1位を占め,脳卒中の7~8割程度が脳梗塞である.脳梗塞は,脳血流の途絶によって脳組織が虚血壊死に陥る病態であり,無菌的な脳内で大量の細胞死が起こる.壊死した脳組織では炎症が起こって脳浮腫を引き起こすが,脳梗塞後の炎症は,虚血壊死に陥った脳組織によって惹起される無菌的炎症の典型例であると考えられる.脳浮腫によって周囲の正常な脳組織が圧迫されると,脳梗塞巣が拡大して,患者の神経症状が悪化する.脳梗塞後の炎症を制御することにより新しい治療法を開発できると考えられるが,そのためには脳梗塞における炎症のメカニズムを詳細に解明して,治療標的と定める必要がある2).本稿では,無菌的炎症を惹起するDAMPsが,脳梗塞後の炎症過程にどのように関わるかを詳述する.

2. 脳梗塞におけるDAMPSと炎症の惹起

これまでにさまざまなDAMPsとして機能する分子が同定されており,細胞内に存在する核酸,タンパク質,脂質や,細胞外マトリックスが含まれる.特にミトコンドリアに含まれるDNAやホルミルペプチドはDAMPsとして機能することが知られている3).脳梗塞におけるDAMPsとして機能する分子の報告はまだ少ないが,high mobility group box 1(HMGB1),ペルオキシレドキシン(peroxiredoxin:PRX),S100A8, S100A9といったタンパク質が炎症の惹起に関わると考えられている.

HMGB1は脳細胞の核内に存在するDNA結合タンパク質であり,脳梗塞の発症2~4時間後に,虚血壊死に陥った脳細胞から細胞外へと放出される4).脳梗塞においてHMGB1は脳血液関門の破綻を誘導し,病態を悪化させる役割を持つ5).脳血液関門の破綻に伴い,血液中を循環していた免疫細胞は壊死に陥った脳組織へと浸潤する(図1).好中球やマクロファージの脳内浸潤は脳梗塞発症後早期からみられるが,発症数日程度でピークを迎え,その後は減少する.

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図1 脳梗塞後の炎症の惹起と遷延化のメカニズム

脳梗塞後にはHMGB1とPeroxiredoxin (PRX) の2種類のDAMPsが機能する.HMGB1は発症早期に脳血液関門を破綻させる役割がある.PRXは,脳内に浸潤した好中球,マクロファージをTLR2, TLR4依存的に活性化し,炎症性サイトカインの産生を誘導する.TNFαやIL-1βは直接的に神経細胞を傷害するが,IL-23はさらに遅れて脳内に浸潤するT細胞から,炎症性サイトカインであるIL-17の産生を誘導して炎症を遷延化させる(文献7より改変).

脳内に浸潤した好中球やマクロファージは活性化され,さまざまな炎症性因子を産生する.脳内における免疫細胞の活性化には,病原体由来の成分を認識するパターン認識受容体(pattern recognition receptor:PRR)が重要な役割を持つ6).特に好中球やマクロファージの活性化に関わるPRRは,Toll様受容体(Toll-like receptor:TLR)である.TLRは10種類ほど存在するが,特にTLR2とTLR4が脳梗塞後の無菌的炎症の惹起に重要である7).ほとんどのTLRの下流に存在するアダプター分子のMyd88を欠損したマウスを用いて,一過性の中大脳動脈閉塞によって脳梗塞を作製すると,脳内に浸潤した好中球やマクロファージからの炎症性因子の産生がほとんど観察されない.したがって脳梗塞における無菌的炎症の惹起には,TLRを活性化するDAMPsが重要な役割を持つと考えられる.

我々は脳組織の抽出液(ホモジネート)からマクロファージを活性化する成分を分画し,ショ糖密度勾配にかけることによって,およそ15~25 kDaの画分にDAMPsとして機能するタンパク質が含まれることを発見した.質量分析によって画分中のタンパク質を解析した結果,脳内に含まれるDAMPsが,ペルオキシレドキシン(PRX)と呼ばれる抗酸化タンパク質であることを見いだした7).PRXは哺乳類では6種類存在するが,細菌にもPRXは存在し,その結晶構造も種間ではほとんど相違を認めない.PRXは比較的,脳組織に多く認められるが,他にも心臓,腎臓,肺などにも多く,ほぼすべての臓器に存在する.細胞内においてPRXは過酸化水素を水に還元する過酸化水素消去酵素であるが,脳虚血のストレスに伴って細胞内でPRXの発現量が増加するため保護的な効果が誘導される.しかし,重度の虚血に陥った脳細胞が結果的に壊死に陥ると,PRXは細胞外に放出されて周囲の免疫細胞を活性化するDAMPsとして機能すると考えられる.

脳梗塞発症後12~24時間経過すると,細胞外に放出されたPRXが脳梗塞巣で観察されるようになるが,同時期には多数のマクロファージや好中球が脳内に浸潤している.細胞外のPRXはTLR2とTLR4を介して脳内に浸潤したマクロファージや好中球を活性化し,さまざまな炎症性サイトカイン,ケモカインの産生を誘導する(図1).炎症性サイトカインのうちIL-23は,発症24時間以降に脳梗塞内に浸潤するTリンパ球(主にγδT細胞)のIL-17産生を誘導し,脳梗塞後の炎症を遷延化する役割を持つ8)

3. 脳梗塞におけるDAMPsの排除と炎症の収束

臓器の損傷に伴う炎症は,原因が排除されることにより収束に至ると考えられる.たとえば,感染症においては病原体が組織から排除されればマクロファージや好中球を活性化する要因がなくなるため,炎症は収束し組織が修復される.

それでは脳梗塞のような無菌的炎症においては,どのようなメカニズムで炎症が収束に至るのだろうか.

脳梗塞においてDAMPsとして機能するHMGB1とPRXを蛍光標識し,脳梗塞巣から抽出した細胞に試験管内で添加すると,これらのDAMPsが細胞内に取り込まれることが判明した9).DAMPsは主にマクロファージによって細胞内に取り込まれており,細胞質に観察されるDAMPsは6時間程度でリソソームに局在した.したがって脳細胞の虚血壊死に伴って細胞外に放出されたDAMPsは,マクロファージによって認識,排除されると考えられた.DAMPsを認識して炎症を惹起するパターン認識受容体は,積極的な細胞内への取り込み受容体としては機能しないと考えられ,実際にTLR2とTLR4を欠損したマクロファージにおいても,蛍光標識したDAMPsの細胞内取り込みは正常である.

我々はマクロファージの細胞株であるRAW細胞を用いてランダム変異を導入し,DAMPsを取り込めない変異細胞株と元の正常株との遺伝子発現の比較によって,DAMPsの細胞内取り込みに関わる遺伝子群を網羅的に同定することを試みた.高効率な変異原であるエチルニトロソウレア(N-ethyl-N-nitrosourea:ENU)を用いてRAW細胞を処理したところ,蛍光標識したDAMPsを取り込まない細胞集団が得られたため,これらを限界希釈によってクローン化した変異細胞株を樹立し,マイクロアレイによって正常株との遺伝子発現比較解析を行った.その結果,変異細胞株では10個程度の受容体と7個の転写因子の遺伝子発現が大きく低下していることが判明した.続いて,これらの一つ一つの遺伝子をレンチウイルベクターに組み込んで変異RAW細胞株に強制発現し,蛍光標識したDAMPsの細胞内取り込みを検討した.DAMPsの取り込みに重要な遺伝子は,Msr1, Marco, Mafbの三つの遺伝子であった.

Msr1, Marcoはスカベンジャー受容体であり,さまざまなスカベンジャー受容体のうちclass Aに分類されている10)Mafbはlarge Mafファミリーに属する転写因子の一つであり,マクロファージの分化に重要な役割を持つことが知られている11).脳梗塞モデルマウスでは,発症1日目から3日目にかけてMSR1を強く発現するマクロファージが脳内に出現するが,Mafb遺伝子をマクロファージ特異的に欠損したマウスではMSR1を高発現するマクロファージが減少する.したがって,転写因子Mafbは脳梗塞巣におけるMSR1を高発現するマクロファージの誘導に重要な役割を持つと考えられた(図2).なお,MARCOは脳梗塞内のマクロファージが発現していたが,Mafbによる発現制御は認められなかった.

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図2 脳梗塞後の炎症収束メカニズム

脳梗塞後のDAMPsは,脳内に浸潤したマクロファージによってMSR1を介して細胞内に取り込まれて分解排除される.MSR1を高発現するマクロファージは,転写因子Mafb依存的に脳内で誘導され,脳内のDAMPsを効率よく排除し,神経栄養因子を産生する修復担当細胞である.

脳梗塞内においてMSR1を高発現するマクロファージと,MSR1発現の低いマクロファージの機能を比較すると,MSR1を高発現するマクロファージは試験管内において,蛍光標識したDAMPsを効率よく細胞内に取り込む細胞であることが証明できた.さらに炎症・修復に関わる遺伝子発現プロファイルを調べると,MSR1発現の低いマクロファージは主に炎症性因子を産生するが,MSR1を高発現するマクロファージは炎症性因子を産生せずに,神経修復に関わる神経栄養因子IGF1(insulin-like growth factor 1)を産生することが判明した(図2).このように,脳梗塞におけるMSR1を高発現するマクロファージは明確な修復担当細胞であると考えられた.

Msr1/Marcoダブルノックアウトマウスを用いて脳梗塞モデルを作製すると,脳梗塞巣におけるPRXの排除が阻害されており,野生型マウスと比較してPRXが顕著に残存していることが確認できた.脳内における炎症性サイトカインの産生も遷延化して,野生型と比較して脳梗塞巣の拡大が観察された.一方で,マクロファージにおけるMafbの発現はレチノイドによって誘導できることが知られており,脳梗塞マウスにビタミンA誘導体の一つであるタミバロテン(Am80)を投与することによって,脳梗塞内のマクロファージにMafbの発現を増強させる効果が観察できた.Am80の投与によるMafbの発現増強を介して,脳梗塞内のマクロファージはMSR1の発現も増強しており,脳梗塞巣におけるDAMPsの排除の亢進,梗塞体積の縮小効果が認められた.

4. 無菌的炎症の収束メカニズムと治療応用

以上のように,脳梗塞における炎症惹起と炎症収束の分子・細胞メカニズムが明らかとなった.脳梗塞に対してはさまざまな炎症抑制剤の臨床治験が試みられ,今のところ有効な治療薬は見いだされていない.強力な炎症抑制剤であるステロイドや免疫抑制剤も,脳梗塞後の予後を改善させる効果が見いだされなかったことから,最近では一連の炎症過程における治療標的となる分子や細胞を定める必要性が叫ばれている12).脳に限らず他の臓器での組織傷害においても同様に,炎症を抑制するだけでは病態が改善されない場合もあることから,炎症は修復過程のメカニズムとも密接に関連することが推測される.炎症の収束を早めて,組織修復を促進する薬剤の開発に期待が高まっており13),本研究は無菌的炎症を収束に導くための薬剤開発に寄与するものと考えている.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

七田 崇(しちた たかし)

東京都医学総合研究所脳卒中ルネサンスプロジェクトプロジェクトリーダー.医学博士.

略歴

1979年福岡県に生る.2004年九州大学医学部医学科卒業.九州医療センターにて研修医,脳血管内科レジデント.08年より慶應義塾大学医学部微生物免疫学教室,11年さきがけ研究員(慢性炎症領域),17年より現職.

研究テーマと抱負

脳卒中患者の手足を動かすような治療法の開発.

ウェブサイト

http://www.igakuken.or.jp/project/detail/stroke-renaiss.html

趣味

ピアノ,洋裁,料理.

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