生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 90(2): 169-172 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900169

みにれびゅうMini Review

がん細胞における一次繊毛消失メカニズムMolecular mechanism of loss of primary cilia in cancer cells

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科Graduate School of Biological Sciences, Nara Institute of Science and Technology ◇ 〒630–0192 奈良県生駒市高山町8916–5 ◇ 8916–5 Takayama-cho, Ikoma, Nara 630–0192, Japan

発行日:2018年4月25日Published: April 25, 2018
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1. 一次繊毛

一次繊毛は細胞表面から外側に向けて突出している1本の不動性の構造体である.精子や気管上皮,卵管などの特殊に分化した細胞に存在する運動性繊毛に対して,一次繊毛はほぼすべての哺乳動物細胞に存在する.一次繊毛には数多くの細胞膜受容体やチャネルが集積しており,これらの分子を介して一次繊毛は光,化学,機械刺激や,ヘッジホッグ,Wnt, PDGFなどのさまざまな細胞外シグナルを受容し細胞内へ伝達する.ヘッジホッグシグナル経路を例にあげると,リガンドであるヘッジホッグが存在しないときには受容体であるPatchedが一次繊毛に局在して下流へのシグナルを遮断している.ヘッジホッグがPatchedに結合すると,抑制因子であるPatchedは一次繊毛から出て,代わりに活性化因子であるSmoothened(SMO)が一次繊毛へ局在し,下流の転写因子Gli1, 2, 3が活性化される.このように,一次繊毛はシグナル伝達の場として働くことから,細胞のセンサー,あるいはアンテナと呼ばれている.

一次繊毛の根元部分(基底小体と呼ぶ)は,微小管形成中心として働く中心体の中核を担う円筒状の構造物である中心小体と構造的に同一である(図11).中心小体はG1期の細胞に2個存在し,S期からG2後期にかけて元の円筒の脇から生えるように複製されて4個となり,分裂期には2個ずつのペアが紡錘体形成を担う.培養哺乳動物細胞では,細胞を静止期(G0期)に誘導すると古い方の中心小体である母中心小体(新しい方を娘中心小体と呼ぶ)が細胞膜の内側に接着して基底小体となり,そこから細胞膜外側へ向けて微小管が伸長して一次繊毛が形成される.哺乳動物細胞において一次繊毛と紡錘体は同時に形成されないことから,一次繊毛が生えている細胞は細胞分裂が抑制されると考えられている.

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図1 中心小体と一次繊毛形成

中心小体は分裂期に紡錘体形成を担い,静止期に一次繊毛の基となる.一次繊毛形成時にはアペンデージと呼ばれる構造を持つ母中心小体が細胞膜に接着して基底小体となり,そこから微小管が伸長して軸糸を形成する.軸糸を覆う一次繊毛膜には多数の受容体・チャネルが局在している.

繊毛の構造・機能異常は繊毛性疾患と呼ばれる疾患群を引き起こすことが知られている.繊毛がヒトのほぼすべての細胞に存在することから予想されるように,繊毛性疾患の症状は脳形成異常,精神障害,てんかん,水頭症,網膜変性,難聴,無臭覚,内臓逆位,呼吸器疾患,嚢胞腎,肝線維症,男性不妊,肥満,多指症など非常に多岐にわたる.このうち,水頭症,呼吸器疾患,男性不妊は運動性繊毛の異常が原因であるが,その他は一次繊毛(あるいは,一次繊毛,運動性繊毛両方)の異常により引き起こされる.

2. 一次繊毛とがん

正常細胞に存在する一次繊毛が,多くのがん細胞において消失することが知られている.現在までに一次繊毛の減少・消失が報告されているがんは,膵管がん,乳がん,前立腺がん,卵巣がん,腎がん,胆管がん,神経膠芽腫,メラノーマ,軟骨肉腫,髄芽腫などである.前節で記したように,一次繊毛はシグナル伝達の場として働き細胞分裂を抑制すると考えられていることから,“一次繊毛の消失はシグナル伝達の撹乱や細胞分裂・増殖の異常を引き起こし、がんの発生・進行を促進する”という仮説が想定されている(図2).実際に,正常胆管細胞の一次繊毛を減少させると軟寒天培地での細胞増殖能が高まることや,マウスにおいて一次繊毛を消失させると軟骨肉腫形成が亢進することが示されている2, 3).また最近,マウス乳腺における一次繊毛の消失は,乳がんの発生と進行,浸潤を促進することが示された4).逆に,一次繊毛を増加させると,胆管がんや神経膠芽腫の増殖が抑制されることも報告されている2, 5).これらの報告は,一次繊毛の消失ががんに対して促進的に寄与するという先の仮説を支持している.

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図2 がん細胞における一次繊毛の消失がもたらす影響

正常細胞の一次繊毛はシグナル伝達の場として働き細胞分裂を抑制する.がん細胞における一次繊毛の消失は細胞分裂・増殖やシグナル伝達の異常を引き起こし,がんの発生・進行に寄与する可能性が考えられる.

一方で,仮説と合わない,つまり一次繊毛が腫瘍形成に必要であることを示した例もある.髄芽腫,基底細胞がんにおいて,ヘッジホッグシグナルの活性化因子であるSMOの活性型変異体により誘導されるがんでは一次繊毛が必要であることが報告された6, 7).SMOは一次繊毛に局在してヘッジホッグシグナルを活性化することから,一次繊毛は腫瘍形成のためのヘッジホッグシグナル伝達に寄与すると考えられる.これらの基底細胞がん,(ヘッジホッグシグナルが活性化した)髄芽腫では一次繊毛が消失していないことも示されている6, 7)

以上の知見から,多くのがんにおいては一次繊毛が減少・消失しており,その場合一次繊毛の消失はがんに対して促進的に寄与するが,一部のがんでは消失せずに残っている一次繊毛ががんに対して促進的に働く場合があると考えられる.

3. がん細胞における一次繊毛消失機構

がん細胞が一次繊毛を失う理由は,がん細胞が静止期に移行しないためであると考えられてきた.しかしながら,膵管がん,乳がん,腎がん,卵巣がん,メラノーマなどでは,細胞が静止期に移行するにもかかわらず,一次繊毛が形成されない例が報告されている.したがって,がん細胞において積極的に一次繊毛を消失させるような機構が存在すると考えられ,それを支持するいくつかの報告例がある.膵管がんではがん原遺伝子のKrasシグナルが一次繊毛形成を抑制することが示されている8).卵巣がんでは,一次繊毛形成を抑制するセリン・トレオニンキナーゼAurora A(AurA)が高発現しており,一次繊毛の形成を阻害する9).さらに,胆管がんでは微小管を脱アセチル化することにより一次繊毛分解を促進するヒストン脱アセチル化酵素HDAC62, 10),乳がんでは細胞周期中の一次繊毛形成を抑制する微小管分解活性を持つキネシンKif2411, 12),神経膠芽腫ではCCRK/CDK20とその基質ICKが一次繊毛消失に寄与する5).このように,がん細胞における一次繊毛消失に介在する分子はいくつか同定されているが,詳細な分子機構や同定された分子が異なるがんでも一次繊毛消失に寄与するかなどについてはほとんどわかっていないのが現状である.

4. 膵管がん細胞の一次繊毛消失に介在する分子メカニズム

膵臓がんは5年生存率が非常に低いがんであり,その90%以上は膵管がん(pancreatic ductal adenocarcinoma:PDAC)である.膵管がんでは,がん原遺伝子Krasの活性型変異が高頻度(90%以上)でみられる.膵臓の外分泌部は導管,腺房中心,腺房から構成され,長らく膵管がんは導管から発生すると考えられていたが,最近の研究から腺房細胞が腺房-導管異形成(acinar-to-ductal metaplasia:ADM)を経て,膵臓上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasia:PanIN)となり,膵管がんが発生することがわかった.腺房細胞は一次繊毛を形成しないが,ADMになると一次繊毛を形成するようになり,その後PanIN, PDACへ進行するにつれて一次繊毛を消失することから,膵管がんの進行は一次繊毛消失を伴うといえる.

以前の報告で,Krasの下流因子であるPI3KおよびMEKの阻害剤が膵管がん細胞の一次繊毛形成を誘導したことから8),これらのシグナル経路が一次繊毛消失に寄与していることが想定されていたが,詳細な分子メカニズムは未解明であった.筆者らは,膵管がん細胞に対してヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤処理をすると,一次繊毛形成率が増加することを見いだした.ヒトには14種類のHDACが存在するが,HDAC1, 2のみを阻害した場合にも同様の結果が得られたことから,HDAC1またはHDAC2が膵管がん細胞における一次繊毛消失を促進すると考えられた.さらに,HDAC1とHDAC2をそれぞれ発現抑制した結果,HDAC1の発現抑制では効果がみられなかったが,HDAC2の発現抑制により一次繊毛形成率が増加したことから,HDAC2が膵管がん細胞の一次繊毛消失に寄与していることが示唆された13)

HDAC2は一次繊毛や中心小体に局在せず核に存在し,さまざまな分子の転写レベルを調節している.そこで,HDAC2が一次繊毛形成に関与する因子の転写制御を介して一次繊毛消失を促進する可能性を想定し,下流分子を探索したところ,AurAが同定された.AurAは細胞分裂を制御するキナーゼであることが知られているが,間期においては一次繊毛形成を抑制していることや,膵管がんを含む多くのがん細胞で発現レベルが亢進していることが報告されている.HDAC2発現抑制,またはHDAC阻害剤処理した膵管がん細胞では,AurAのmRNAとタンパク質の発現レベル,リン酸化酵素活性が減少することから,HDAC2はAurAの発現量を正に制御することがわかった.また,膵管がん細胞に対してAurAの阻害剤処理を行ったところ一次繊毛形成率が増加したことから,膵管がん細胞においてAurAが一次繊毛消失に寄与することが示された.これらの結果から,膵管がん細胞において,HDAC2はAurAのmRNA発現レベルを正に制御することにより,一次繊毛形成を抑制することが示唆された13)

先に述べたように,膵管がん細胞ではKrasシグナルが一次繊毛形成を抑制することが知られている.また,膵管がんにおいてKrasはMAPキナーゼ経路を介して転写因子ETS2を活性化し,AurAの転写を正に制御することが報告されていた14).実際に,膵管がん細胞におけるKras発現抑制の効果を調べたところ,一次繊毛形成の誘導,およびAurA発現量の減少が確認された.膵管がん細胞においてHDAC2とKrasがどちらもAurAの発現量を正に制御することから,HDAC2とKrasが同一の経路で一次繊毛抑制に働く可能性を検証したところ,意外なことに,HDAC2とKrasは一次繊毛抑制経路において独立して働くことが示された.さらに,HDAC2,またはKras発現抑制により引き起こされる一次繊毛形成誘導が,AurAの異所的な発現により抑制されることがわかった.以上の結果から,膵管がん細胞では,HDAC2とKrasの下流でAurAが一次繊毛形成を抑制することが示唆された.

最後に,HDAC2やKrasの発現抑制により形成誘導される一次繊毛が細胞周期に与える影響を調べたところ,これらの細胞では一次繊毛形成依存的に細胞周期が停止することがわかった.以上の結果から,膵管がん細胞において,HDAC2とKrasはそれぞれ独立した経路によりAurAの発現レベルを正に制御することにより一次繊毛を消失させ,それにより膵管がん細胞の増殖を促進するというモデルが提唱された(図313, 15)

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図3 膵管がん細胞における一次繊毛消失モデル

HDAC2とKrasがそれぞれ独立した経路でAurAの転写レベルを正に制御し,AurAが一次繊毛消失に働く.一次繊毛が消失した膵管がん細胞は増殖が亢進する.

正常細胞では,AurAは一次繊毛微小管を脱アセチル化するHDAC6を活性化し,HDAC6が一次繊毛の分解を引き起こすことが報告されている10).しかしながら,筆者らの解析では膵管がん細胞におけるHDAC6の阻害剤処理,発現抑制は一次繊毛形成を誘導しなかったことから,AurAがHDAC6ではない他の分子を介して一次繊毛形成を抑制することが想定され,現在AurAの下流分子を探索している.また,HDAC2がAurAの発現を制御する機構についても,今後解析を進めていく予定である.

5. おわりに

2000年代初頭に一次繊毛の構造異常が嚢胞腎を引き起こすことが報告されたのをきっかけに,哺乳動物細胞の一次繊毛研究が盛んになり,その形成機構や機能についての理解が深まるとともに,一次繊毛と繊毛性疾患の関連についての研究も大きく進展している.一方,一次繊毛とがんの関係については解明されていないことが多く残されており,今後の研究の伸展が待たれる.筆者らも引き続き研究を進め,その一役を担いたいと考えている.

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著者紹介Author Profile

小林 哲夫(こばやし てつお)

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科分子情報薬理学研究室助教.博士(薬学).

伊東 広(いとう ひろし)

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科分子情報薬理学研究室教授.

ウェブサイト

http://bsw3.naist.jp/itoh/

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