生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 90(2): 198-202 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900198

みにれびゅうMini Review

常磁性NMR法と計算科学を組み合わせた糖鎖の動的コンホメーション解析Dynamic conformation analysis of oligosaccharides by combining paramagnetism-assisted NMR spectroscopy and molecular dynamics simulation

1名古屋市立大学・大学院薬学研究科Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya City University ◇ 〒467–8603 名古屋市瑞穂区田辺通3–1 ◇ 3–1 Tanabe-dori, Mizuho-ku, Nagoya 467–8603, Japan

2自然科学研究機構・生命創成探究センターExploratory Research Center on Life and Living Systems, National Institutes of Natural Sciences ◇ 〒444–8787 岡崎市明大寺町東山5–1 ◇ 5–1 Higashiyama, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan

発行日:2018年4月25日Published: April 25, 2018
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1. はじめに

糖鎖修飾は主要な翻訳後修飾であり,生体内に存在するおよそ50%のタンパク質が糖鎖による修飾を受けているとされている.糖鎖の機能の発現は,糖鎖を認識するタンパク質(レクチン)との相互作用を契機としている.たとえば,小胞体内において,新生タンパク質の運命は,フォールディング,輸送,分解などをつかさどるさまざまな細胞内レクチンとの糖鎖を介した相互作用を通じて決定されている(図1).一般に,糖鎖は柔軟なグリコシド結合を持つために内部運動の自由度が非常に高く,溶液中では一定の3次元構造をとっていない.つまりレクチンは本来,こうしたダイナミックな糖鎖を認識標的としているものと考えられている.したがって,糖鎖とタンパク質の相互作用のエネルギーを考慮して定量的に理解するためには,タンパク質に認識・捕捉された状態の糖鎖の構造だけではなく,遊離状態にある糖鎖の3次元構造についてその揺らぎも含めて明らかにすることが必要である.こうした状況のもと,我々は常磁性効果を利用したNMR分光法と計算科学を組み合わせた糖鎖の動的構造解析手法の開発に力を注いできた1–5).本稿ではこうした糖鎖の構造解析を紹介するとともに,糖鎖とレクチンとの相互作用に関して考察したい.

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図1 高マンノース型糖鎖の構造と細胞内レクチン

(A)高マンノース型糖鎖Glc3Man9GlcNAc2の表記.糖残基および枝の命名は文献13に従った.(B)小胞体におけるN型糖鎖依存的な糖タンパク質の細胞内運命のスキーム図.CNX:calnexin, CRT:calreticulin, Glc:glucosidase, M’ase:mannosidase, UGGT:UDP-glucose:glycoprotein glucosyl transferase, VIP36:vesicular integral protein of 36 kDa, ERGIC-53:ER–Golgi intermediate compartment protein of 53 kDa, ERp57:ER-resident protein of 57 kDa, MCFD2:multiple coagulation factor deficiency protein 2, OS-9:osteosarcoma amplified-9 protein.

2. 糖鎖のコンホメーション空間の探査

糖鎖のコンホメーションは水溶液中でダイナミックに揺らいでいるため,その3次元構造は分子動力学(MD)計算をはじめとする理論的アプローチにより記述されてきた.しかしながら,分子シミュレーションの結果は用いるプロトコル(力場,初期構造,計算時間等)に大きく依存しており,得られた計算結果が実際の糖鎖の状態を反映しているかどうかを検証することは一般的に困難である.

一方,NMR分光法は溶液中の生体分子の3次元構造とそのダイナミクスに関する情報を原子レベルの分解能で与える唯一の実験手法である.しかしながら,糖鎖は官能基の多様性に乏しいため,NMRスペクトル中でピークの縮重が激しいことに加えて,タンパク質に比べてプロトン密度が低いため,立体構造を規定するのに十分な核オーバーハウザー効果(NOE)の情報を集めることが難しい.そのため,スペクトル解析には多大な時間と労力を要し,しかも必ずしも十分とはいえない近距離情報のみに依存するために精度の面でも不安を残していた.こうした状況のもと,我々は常磁性効果を利用したNMR分光法の結果からMDシミュレーションの結果を検証することで,糖鎖の3次元構造アンサンブルを精度よく記述する方法を開発してきた1–5)

常磁性を有する分子のNMR測定においては,不対電子と原子核の間の磁気双極子–双極子相互作用により,NMR信号の化学シフトの変化や線幅の広幅化が観測される.これらの摂動の大きさは常磁性中心と各原子核との空間配置に依存しており,数十オングストロームの長距離にわたる原子核の位置情報を含んでいる.本研究では,常磁性プローブとしてランタニドイオンを糖鎖の還元末端に導入し,擬コンタクトシフト(pseudocontact shift:PCS)を観測することで,糖鎖を構成する原子と常磁性イオンの不対電子との空間配置に関する情報の取得を可能とした(図2A).こうして得られる約40 Åに及ぶ遠距離情報は,スカラーカップリングやNOEによって得られる局所の空間情報と相補的であり,MD計算による糖鎖構造アンサンブルの妥当性評価を行うにあたりきわめて有用な情報を与えることができる.

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図2 GM9糖鎖の動的3次元構造解析

(A) PCS値(Δδ)は金属イオンの中心を原点,磁化率テンソルの主方向(χxx, χyy, χzz)を座標軸とした座標系において,上記の式で表される.(B) GM9糖鎖の1H–13C HSQCスペクトル.13C標識したGM9糖鎖の還元末端にEDTA誘導体を導入し,それにLa3+およびTm3+を配位させたスペクトルをそれぞれ青および赤で示す.(C) NMRデータに裏づけられたレプリカ交換MD計算により得られたGM9糖鎖の構造アンサンブル.レプリカ交換MDによって得られた各コンホマー(260個)を還元末端GlcNAc残基で重ね合した.GlcおよびGlcNAcを青,Manを緑で示した.(D) GM9糖鎖の実験的に得られたPCS値とMD計算から得たPCS値の相関.GM9糖鎖のすべての残基に由来する31個のCHグループについてPCS値を解析に用いた.文献5より改変引用.

我々はこれまでに,常磁性NMRデータとMD計算から得られた糖鎖のコンホメーション空間の結果を照合することによって,シアル酸を含むガングリオシド糖鎖や高マンノース型糖鎖のコンホメーション空間を探査することに成功している.

3. 糖鎖の動的立体構造とレクチンとの相互作用

小胞体で生合成された糖タンパク質は,さまざまなレクチンとの相互作用を介してフォールディング,輸送,分解といった細胞内運命が決定されている6).新生糖タンパク質に結合したG3M9糖鎖は,非還元末端グルコース残基がグルコシダーゼにより順次切断され,モノグルコシル化した構造(GM9)に変換される(図1).この構造になると,レクチン活性を有する分子シャペロンであるカルネキシンやカルレティキュリン(CRT)との相互作用が可能となり,タンパク質部分の立体構造の形成が補助される.その後グルコシダーゼIIによりさらにグルコースが切断され,正しい立体構造を獲得したタンパク質はVIP36, ERGIC-53のような積荷受容体(カーゴレセプター)との相互作用を介して,小胞体–ゴルジ体間の輸送が行われている.一方で,立体構造形成が不完全な場合はフォールディングセンサーとして働くUDP-glucose:glycoprotein glucosyltransferase(UGGT)に認識され,モノグルコシル化される.これにより糖タンパク質は再度シャペロンと相互作用が可能になり,その立体構造の形成が補助される7–9).このように分子シャペロンによるフォールディングの補助,グルコシダーゼIIによるグルコース残基の切除,UGGTによるフォールディング状態のチェックと再グルコシル化といったこれらのサイクルを繰り返すことで,糖タンパク質は正しい立体構造を獲得することが知られている.

これまでに我々は,フロンタルアフィニティークロマトグラフィー法を利用して,それぞれの細胞内レクチンが特異性を示す高マンノース型糖鎖を同定することに成功している6).一方,細胞内レクチンと糖鎖の複合体の結晶構造に基づいて,レクチンの糖鎖認識の特異性の構造基盤がもたらされている10).こうした研究を通じて,糖鎖–タンパク質の相互作用において多くの場合,レクチンは糖鎖の非還元末端の2糖から4糖部分を認識していることが明らかとなっている.

一方で,細胞内レクチンの相互作用標的となる高マンノース型糖鎖の動的コンホメーションを上記のアプローチ法により明らかにしてきた3, 5).具体的には,NMR計測に供するためのM9やGM9糖鎖を安定同位体標識体として調製するため,M9糖鎖形成以降の生合成経路を遮断するように多重遺伝子変異を施した酵母変異体を用いて,これを[13C6]グルコース存在下で培養して13C標識M9糖鎖のみで修飾された酵母タンパク質混合物を得た.GM9糖鎖に関しては,このタンパク質混合物と化学的に合成したUDP-[13C6]グルコースを用いてUGGTが触媒する試験管内グルコース転移反応を行い,13C標識GM9糖鎖を調製した.こうして得られたM9およびGM9糖鎖の還元末端に常磁性プローブを導入してNMR計測を行うことで糖鎖の立体構造を反映するPCSを観測することに成功した(図2B).一方,レプリカ交換法を用いたMD計算により,これら糖鎖の3次元構造アンサンブルを得た(図2C).糖鎖のNMR計測を通して得られたPCS値と,長時間のMD計算結果の構造アンサンブルから算出したPCS値は良好な相関関係にあった.すなわち,MD計算によって溶液中で遊離状態として存在している糖鎖の3次元構造のアンサンブルを精度よく再現できた(図2D).

先行研究により,GM9の構成4糖(Glc1Man3)からなる部分糖鎖とCRTの糖鎖認識ドメインとの複合体の結晶構造が明らかにされている11).この結晶構造によると,GM9糖鎖のGlc1Man3の4糖はCRTとの相互作用に際して,レクチンドメイン中に存在するβシート上の凹みに収まっている.この結合状態における4糖間のグリコシド結合のコンホメーションと,NMRデータによって裏づけられたMD計算から導かれた立体構造アンサンブルを比較したところ,CRT結合状態におけるGlc-ManD1とManC-Man4のグリコシド結合構造は遊離状態の構造分布の高密度領域に見いだされるものの,ManD1-ManCのグリコシド結合がとる構造は遊離状態の構造分布の範囲から有意に逸脱していることが判明した(図3A, C).すなわち,CRTは誘導適合によって立体構造変化を起こした状態のGM9糖鎖を認識して捉えていることがわかる.

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図3 レクチン結合状態の糖鎖コンホマーと遊離糖鎖の構造分布との比較

(A, C) GM9糖鎖とカルレティキュリンの相互作用.(A) GM9糖鎖のレプリカ交換MD計算から得られたGlc1Man3の4糖部分のグリコシド結合について2面角分布を示す.結晶構造中(C)でカルレティキュリンと複合体を形成しているGlc1Man3の4糖残基間のグリコシド結合の2面角を(●)で示した.結合状態のGlc-ManD1, ManD1-ManC, ManC-Man4の2面角の値(Φ, Ψ)=(68.6°, −147.5°), (123.7°, −88.8°), (75.1°, −136.6°)はそれぞれ結晶構造(PDB code:3o0w)11) に基づいて算出した.(B, D) M9糖鎖とVIP36の相互作用.(B) M9糖鎖のレプリカ交換MDから得られたMan3の3糖間グリコシド結合2面角分布を示す.先行論文3) を改変引用した結晶構造中のVIP36と複合体(D)を形成しているMan3の3糖残基間グリコシド結合2面角を(●)で示した.結合状態のManD1-ManC, ManC-Man4の2面角(Φ, Ψ)=(89.0°, −108.3°), (92.2°, −111.4°)はそれぞれ結晶構造[PDB code:2dur(ManD1-ManC), 2e6v12) (ManC-Man4)]に基づいて算出した.文献5より改変引用.

一方,糖タンパク質の小胞体–ゴルジ体間の細胞内輸送に関与するレクチンVIP36とM9糖鎖の相互作用は,GM9糖鎖とCRTの相互作用とは異なり12),結晶中で捉えられた糖鎖構造は,遊離状態において分布している糖鎖構造の範囲内に見いだされる(図3B, D).すなわち,VIP36は糖鎖のとりうる多様なコンホメーションの中から特定の構造を選択して相互作用していること(配座選択)がみてとれる.

以上の結果を踏まえると,レクチンによる分子認識の機構としては誘導適合と配座選択のいずれもが存在し,糖鎖認識を特徴づけていることが明らかとなった.このように遊離糖鎖の動的構造解析によってタンパク質による糖鎖認識の仕組みをより深く理解することができる.

4. おわりに

本稿で示したように,NMR解析と計算科学を組み合わせたアプローチの進展により,水溶液中における糖鎖のダイナミックな立体構造解析を行う技術は整っている.タンパク質による糖鎖認識はがん転移やウイルス感染に関わっているため,創薬標的としても有望である.しかしながらダイナミックに揺らぐ糖鎖の立体構造の情報をもとに,いかにして糖鎖–レクチン相互作用を標的とする分子を設計するかは今後の課題である.糖鎖の3次元構造は莫大な数のコンホメーションの間をダイナミックに揺らぐ高エントロピー状態にあり,一方,レクチンに認識されている糖鎖のコンホメーションはきわめて限定されている.そのため,レクチンとの相互作用に伴って糖鎖のコンホメーションエントロピーは著しく低減することになる.このことが糖鎖とレクチンの間の結合親和性が低いことの要因となっていると考えられる.したがって,糖鎖のコンホメーションを特定の認識分子に結合した状態のコンホメーションにあらかじめ限定しておけば,その分子との特異性・親和性を向上することが可能となると期待される.すなわち,化学的に糖鎖のコンホメーション空間を合理的に制御することで,特定のレクチンに高い親和性と特異性を示す人工分子を創生できると考えられる.糖鎖のコンホメーション揺らぎを知ることは,こうした分子の設計と創成を行う上できわめて重要であり,それにより分子構造の柔軟性を考慮した創薬研究一般の進展を促すことが期待されよう.

謝辞Acknowledgments

本稿の執筆にあたり有益な議論をしていただきました山口拓実准教授(北陸先端科学技術大学院大学)にこの場をかりて感謝いたします.本研究成果の一部は,文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(JP15K07935, JP17H06414, JP25102008)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「糖鎖利用による革新的創薬技術開発事業」による支援によってなされました.

引用文献References

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4) Zhang, Y., Yamaguchi, T., Satoh, T., Yagi-Utsumi, M., Kamiya, Y., Sakae, Y., Okamoto, Y., & Kato, K. (2015) Adv. Exp. Med. Biol., 842, 217–230.

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13) Recommendations (1981) Eur. J. Biochem., 119, 5–8.

著者紹介Author Profile

矢木 宏和(やぎ ひろかず)

名古屋市立大学大学院薬学研究科講師.博士(薬学).

略歴

1979年香川県に生る.2003年名古屋市立大学薬学部卒業.08年同大学院薬学研究科博士後期課程修了.その後,同研究科および自然科学研究機構生理学研究所において日本学術振興会特別研究員.09年より名古屋市立大学大学院薬学研究科助教を経て,13年より現職.

研究テーマと抱負

核酸やタンパク質と異なり,分岐性,構造異性,不均一性といった特徴を有する糖鎖がいかにして生命現象を担っているかに興味を持ち研究を進めている.

ウェブサイト

http://www.phar.nagoya-cu.ac.jp/hp/sbk/

趣味

息子と遊ぶこと.

加藤 晃一(かとう こういち)

名古屋市立大学大学院薬学研究科,自然科学研究機構生命創成探究センター教授.

その他については本誌74巻1号(2004),p.55をご参照ください.

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