細菌べん毛特異的輸送シャペロンFlgNの構造と機能Structure and function of a bacterial flagellar export chaperone FlgN
大阪大学大学院生命機能研究科Graduate school of Frontier Biosciences, Osaka University ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘1–3 ◇ 1–3 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan
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サルモネラ属菌(以降サルモネラと呼ぶ)は,べん毛と呼ばれる運動器官を数本備えており(図1A),これらを高速回転させて水の中を泳ぐ.サルモネラのべん毛は基部体,フック,フック・繊維連結部,繊維および繊維キャップと呼ばれる五つの部分構造からなる(図1B, C).基部体は細胞表層膜系内に存在して回転モーターとして働く.フックは,フックタンパク質(FlgE)がらせん状に積み重なってできた,長さ約55 nmのチューブ状構造体で,モーターで発生したトルクを繊維に伝えるユニバーサルジョイントとして働く.繊維は,フラジェリン(FliC)と呼ばれるタンパク質がらせん状に積み重なった,十数μm程度の長さのらせん状繊維で,分子スクリューとして働く.フックと繊維の境界にはフック・繊維連結部(FlgK, FlgL)と呼ばれる構造体が存在し,構造と機能が異なるフックと繊維を連結する.繊維キャップ(FliD)は繊維の先端に存在し,繊維の重合を助ける1).
(A)サルモネラの電子顕微鏡写真.(B)サルモネラから単離精製されたべん毛の電子顕微鏡写真.(C)べん毛の構築過程.べん毛は基部体,フック,フック・繊維連結部,繊維および繊維キャップの順番に作られる.輸送シャペロンであるFlgN,FliTおよびFliSを青字で示す.FlgNがFlgKおよびFlgLの輸送を,FliTがFliDの輸送を,FliSがFliCの輸送を促進する.基部体の周りには固定子複合体が配置する.べん毛の基部にはべん毛を作るために必要なタンパク質輸送装置が存在する.OMは外膜,PGはペプチドグリカン層,CMは細胞膜を示す.
べん毛は,基部体,フック,フック・繊維連結部,繊維キャップ,繊維の順番に組み上がる(図1C).べん毛の基部には独自のタンパク質輸送装置が存在し,その輸送装置がべん毛の構築状況に応じて必要なタンパク質を細胞質から順次べん毛先端へと送り出す.輸送装置は,FlhA, FlhB, FliP, FliQおよびFliRと呼ばれる5種類の膜タンパク質からなる輸送ゲート複合体と,FliH, FliIおよびFliJと呼ばれる3種類の可溶性タンパク質からなるATPaseリング複合体から構成される.これらのタンパク質に加え,FlgN, FliSおよびFliTと呼ばれる輸送シャペロンが,自身の結合相手であるべん毛構成タンパク質に特異的に結合して細胞内での凝集を防ぎ,細胞内プロテアーゼによる分解から守る2).本稿では,最近明らかとなったFlgNの構造と機能について解説する.
FlgNは140アミノ酸からなる可溶性タンパク質で,フック・繊維連結部の構成タンパク質であるFlgKおよびFlgLのC末端近傍領域に結合する3).FlgNがFliI, FliJおよびFlhAのC末端細胞質ドメイン(FlhACと呼ぶ)と相互作用し,FlgKおよびFlgLの輸送を促進する4–6).これまでに,FlgNの81番目から100番目までの領域がFlgK, FlgLおよびFliJとの相互作用に,FlgNのC末端20残基がFlhACとの相互作用に関与することが報告されているが4, 6),その詳細な分子機構は不明であった.FlgNの輸送シャペロン機能を支える分子基盤を解明するため,サルモネラ由来のFlgN(St-FlgN)の結晶解析を試みたところ,2.3 Åの分解能で構造を決定することができた7).
St-FlgNは,α1, α2およびα3の3本のαヘリックスから構成され,結晶中で二量体を形成する(図2A,左側).116番目のヒスチジン残基からC末端側25残基の電子密度が不鮮明であることから,このC末端領域の構造はフレキシブルであると考えられる.このことはプロテアーゼによる限定分解実験の結果と一致する6).α1とα2ヘリックスをつなぐループ(Nループ)は二量体の外側に突き出た構造をとる.α2とα3ヘリックスをつなぐループ(Mループ)の電子密度は二量体の一方の分子で不鮮明であることから,このループもフレキシブルであると考えられる.α3ヘリックスはMループを介して折れ曲がり,もう一方の分子のα1′およびα2′ヘリックス(′はもう一方のサブユニットのヘリックスを表す)と相互作用をする(図2A,左側).
(A)St-FlgN(左側),Bp-FlgN(中央),Pa-FlgN(右側)の構造比較.(B)FlgNの輸送シャペロン活性の調節メカニズム.FlgNは閉じた構造(左)と伸びた構造(右)の二つの構造をとる.α1とα2ヘリックスの間に位置するNループを介してα1ヘリックスの配向がスイッチすると,FlgKに対するFlgNの結合親和性が変化する.α3ヘリックスに位置するAsn-92, Asn-95およびIle-103がFlgKとの相互作用に関与する.C末端近傍領域にある高く保存されているTyr-122がFlhAとの相互作用に関与する.
すでに蛋白質構造データバンク(Protein Data Bank:PDB)に登録されていた百日咳菌および緑膿菌由来のFlgNの結晶構造と比較したところ,百日咳菌FlgN(Bp-FlgN)はSt-FlgNと同様に伸びた構造をとり,二量体を形成する(図2A,中央).一方,緑膿菌FlgN(Pa-FlgN)はSt-FlgNやBp-FlgNとは異なって折りたたまれたコンパクトな構造をとる(図2A,右側).最も大きな構造の違いは,α1ヘリックスの配向がNループを介して変化し,その結果α1ヘリックスが自身のα2とα3ヘリックスの間の溝に結合する点である.Pa-FlgN分子も,結晶学的対称性で関連づく隣の分子と二量体を形成する.α3ヘリックスがlle-114とAla-117との間で折れ曲り,α3aとα3bヘリックスに分かれる.α3bヘリックスはα1′ヘリックスの反対側に位置するα2′とα3a′ヘリックスの間の溝に結合する.Pa-FlgNの二量体構造ではそれ以外の相互作用がみられないことから,Pa-FlgN二量体はSt-FlgNやBp-FlgN二量体と比べて安定ではないと推察される.このような構造の違いがあるにもかかわらず,Pa-FlgNのα1, α2, α3aおよびα3b′は,それぞれSt-FlgNのα1′, α2, α3およびα3′と重なる.
St-FlgNとPa-FlgNの構造比較から,Nループの構造変化によってFlgNは伸びた構造からコンパクトな閉じた構造へスイッチする可能性が考えられた.そこで,Nループを欠失させたSt-FlgN(∆29-37)を作製したところ,Nループの欠失によってFlgKに対する結合親和性が著しく低下することが判明した7).
Nループが欠失するとα1とα2ヘリックスは直接つながることから,FlgN(∆29-37)は伸びた構造をとると予想される.この仮説を検証するために野生型FlgNとFlgN(∆29-37)をゲルろ過クロマトグラフィーで解析したところ,FlgN(∆29-37)単量体のストークス半径が野生型よりも大きいことが判明した7).したがって,FlgN(∆29-37)は野生型と比べて伸びた構造をとると考えられる.沈降速度法によりFlgNのオリゴマー状態を解析したところ,野生型FlgNは単量体として安定に存在すること,FlgN(∆29-37)はタンパク質濃度に依存して単量体と二量体の平衡にあることが判明した7).上述したように,Pa-FlgNも結晶中では二量体を形成するが,その接触面積が狭いために二量体形成に関わる相互作用がSt-FlgNやBp-FlgNと比べて弱いと考えられる.このことから,溶液中では,野生型FlgNはNループを介してα1ヘリックスが折りたたまれた構造をとるために単量体として存在し,Nループを欠失させるとα1ヘリックスが伸びた構造をとるためにFlgN(∆29-37)はタンパク質濃度依存的に二量体を形成すると考えられる.以上のことから,Nループがα1ヘリックスの配向を切り替える構造スイッチとして機能することが推察される.
St-FlgNはタンパク質濃度に依存して単量体と二量体の平衡状態にあるが,それではFlgNはどのような状態でFlgKに結合するのだろうか? この問いに答えるためにFlgN–FlgK複合体の化学量論比を解析したところ,FlgNはFlgKとヘテロ二量体を形成することが判明した7).
これまでに,FlgNのα3ヘリックスの80番目から100番目の領域がFlgKとの結合に関与することが報告されている4).そこで,この領域内およびその近傍に存在する,FlgNホモログ間で保存されたアミノ酸残基に変異を導入したところ,Asn-92, Asn-95およびIle-103がFlgKとの相互作用に関与することが判明した7).FlgNがコンパクトな構造をとると,Asn-92, Asn-95およびIle-103は分子表面に露出するのに対し,伸びた構造では隣のFlgN分子のα1′ヘリックスがα2とα3ヘリックスの間の溝に結合するため,これらのアミノ酸残基は分子表面に露出しない.したがって,α1ヘリックスが同じ分子内のα2とα3ヘリックスの間の溝に結合すると,Asn-92, Asn-95およびIle-103が分子表面に露出し,その結果FlgNがFlgKに結合できると考えられる.
構造的に非常にフレキシブルであるFlgNのC末端25残基には,FlgNホモログ間で非常に高く保存されたTyr-122が存在する.このチロシン残基をアラニンに置換すると,FlgNの輸送シャペロン活性が著しく低下した6).Y122A変異によってFlhACに対する結合親和性が著しく低下するが,FlgKに対する結合親和性は変化しなかった6).このことから,Tyr-122がFlhACとの相互作用に直接関与することが示唆される.一方,Nループ欠失やN92A/N95A/I103A三重変異によってFlhACに対する結合親和性は低下しなかった7).FlhACに対するFlgN/FlgK複合体の結合親和性はFlgN単独よりも強いことから8),FlgKがFlgNのα3ヘリックスに結合すると,FlgNのC末端25残基がフォールドし,その結果FlgN–FlhAC相互作用が安定化すると推察される.
FlgKは閉じた構造をとるFlgNのα3ヘリックスに結合してヘテロ二量体を形成する.FlgN–FlgK複合体はFlgNとFliI間の相互作用を介してFliH–FliI複合体に結合する5).次に,FliH–FliI複合体の助けによりFlgN–FlgK複合体はFlhACに効率よく結合する9).FlgNのTyr-122とFlhACとの相互作用を介してFlgN–FlgK複合体が輸送ゲートへ安定に結合すると,FlgNがNループを介してα1ヘリックスがコンパクトに閉じた構造から伸びた構造へとスイッチする(図2B).その結果,FlgKはFlgNから解離する.FlgNは再びコンパクトな構造をとることで細胞質中に存在する新たなFlgKと結合する.
べん毛輸送シャペロンであるFlgN, FliTおよびFliSはべん毛遺伝子発現ネットワークにも直接作用し,菌体あたりに形成されるべん毛の数を制御する.べん毛構築過程に沿ったタンパク質輸送の順序の決定やべん毛の数の制御といった高次機能が細胞レベルで実現するため,どのようにしてこれら輸送シャペロンが自身の結合パートナーと動的相互作用ネットワークを形成するのかなどの未解決問題を今後明らかにしたいと考えている.
本稿で紹介した研究成果は大阪大学大学院生命機能研究科で行われたものである.難波啓一特任教授,古川朗進博士を始めとする難波研究室のメンバーの方々,ならびに大阪大学大学院理学研究科の今田勝巳教授と中西雄紀氏に深く感謝申し上げます.
1) Macnab, R.M. (2003) Annu. Rev. Microbiol., 57, 77–100.
2) Minamino, T. (2014) Biochim. Biophys. Acta, 1843, 1642–1648.
3) Fraser, G.M., Bennett, J.C.Q., & Hughes, C. (1999) Mol. Microbiol., 32, 569–580.
4) Evans, L.D.B., Stafford, G.P., Ahmed, S., Fraser, G.M., & Hughes, C. (2006) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 17474–17479.
5) Thomas, J., Stafford, G.P., & Hughes, C. (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 3945–3950.
6) Minamino, T., Kinoshita, M., Hara, N., Takeuchi, S., Hida, A., Koya, S., Glenwright, H., Imada, K., Aldridge, P.D., & Namba, K. (2012) Mol. Microbiol., 83, 775–788.
7) Kinoshita, M., Nakanishi, Y., Furukawa, Y., Namba, K., Imada, K., & Minamino, T. (2016) Mol. Microbiol., 101, 656–670.
8) Kinoshita, M., Hara, N., Imada, K., Namba, K., & Minamino, T. (2013) Mol. Microbiol., 90, 1249–1261.
9) Minamino, T., Kinoshita, M., Inoue, Y., Morimoto, Y.V., Ihara, K., Koya, S., Hara, N., Nishioka, N., Kojima, S., Homma, M., & Namba, K. (2016) MicrobiologyOpen, 5, 424–435.
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