リン脂質非対称組成の人工細胞膜作製と生体分子相互作用観察
1 神奈川県立産業技術総合研究所人工細胞膜システムグループ ◇ 神奈川県川崎市高津区坂戸3–2–1 KSP 東棟303
2 東京大学生産技術研究所 ◇ 東京都目黒区駒場4–6–1 Fw205
© 2018 公益社団法人日本生化学会
細胞膜は,両親媒性分子のリン脂質が会合し厚さ5 nmほどのリン脂質二重膜を形成し,細胞内外を隔てている.細胞膜上では,エネルギー変換,シグナル伝達や物質輸送等の細胞活動に重要な反応が行われている.また,細胞膜のリン脂質分布をよく観察すると,真核生物の形質膜の場合,外膜にホスファチジルコリン(phosphatidylcholine:PC)やスフィンゴミエリンが多く存在し,内膜にホスファチジルセリン(phosphatidylserine:PS)やホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine:PE)が存在するリン脂質組成非対称膜を形成している.
人工細胞膜のリポソームは,細胞膜と同様なリン脂質から構成されリン脂質二重膜を形成している1).このようにリポソームは,細胞膜と同様な成分から構成されているため,細胞との親和性が高いことが知られている.たとえば,直径約100~300 nmのリポソームはドラッグデリバリーシステムの担体や化粧品等に使用されている.光学顕微鏡で観察可能なサイズ(直径1 µm以上)のリポソームは,酵素反応や膜タンパク質の機能解析,脂質二重膜の物理的挙動についての人工細胞モデルとして使用されている2).このような研究で用いられているリポソームの多くは,静置水和法やエレクトロフォーメーション法で作製されている.静置水和法は,手軽に多くの量のリポソームを作製できるが,サイズ制御や生体分子の高濃度封入は難しい.また,真核生物の細胞膜のようにリン脂質組成非対称膜を作製することは作製過程上困難である.したがって,リポソーム研究では,細胞膜とはかけ離れたリン脂質対称膜で研究が行われており,実際の細胞膜環境が再現できているかは不明である.
近年,微小電気機械システム(micro electro mechanical systems:MEMS)技術を利用することにより,静置水和法の問題点を解決するリポソーム作製法が国内外で開発されている.MEMSは,主に機械要素部品,センサ,アクチュエータを一つのシリコン基板,ガラス基板に集積したマイクロサイズの微細なシステムである.マイクロ・ナノメートルオーダーの流路や反応器によって,気体や液体を微量でも分析できるという利点を持つため,近年,MEMS技術は化学や生物分析分野に盛んに応用されている3).国内外で,MEMS技術を用いたマイクロデバイス内でマイクロサイズのリポソームを作製する方法が考案されている4).作製法の一例としては,有機溶媒に溶解したリン脂質を用意し,マイクロ流路内で油中液滴を作製する方法がある.マイクロ流路内において,この油中液滴がオイル相から水相へ移動する際に,リン脂質を貼り合わさすことによりリポソームが形成される.この方法は,エマルションのリン脂質と貼り合わせるリン脂質の組成を変えることにより,リン脂質非対称組成を持ったリポソームが形成される5).また,マイクロデバイスを用いたリポソーム作製法により,リポソームの単分散性やリポソームへの生体分子の封入効率が向上した4).マイクロデバイスにより制御された人工膜作製により,精密に制御された人工細胞モデルの構築が可能になると考える.しかし,多くのマイクロデバイスによるリポソーム作製法では,リポソーム作製時にリン脂質を溶解する有機溶媒(n-デカンやn-ヘキサデカン等)がリポソーム膜内に残留し,リポソームの安定性や膜の流動性に影響を及ぼすことが示唆されている6).そこで,残留有機溶媒がきわめて少ないリポソーム作製法が求められている.本稿は,我々が開発したマイクロデバイスによる残留有機溶媒がきわめて少ないリン脂質組成非対称膜リポソーム作製と,このリン脂質非対称膜での生体分子の相互作用観察を紹介する7).
リン脂質組成非対称膜リポソームを作製するために,まず,平面リン脂質組成非対称膜を作製する.平面リン脂質膜は,我々が開発した液滴接触法で形成される8).液滴接触法は,「∞」状のデバイスの二つのウェルへ有機溶媒(n-デカン)に溶解したリン脂質を加える.そして,それぞれのウェルへ溶液を滴下することにより,液滴の輪郭周りにリン脂質の単分子膜が形成され,液滴間の接触界面にはリン脂質二重膜が形成される.平面リン脂質組成非対称膜を形成するために,二つのウェル間にセパレータを配置し,ウェル間でのリン脂質混和を防いだ.このセパレータには直径100~500 µmの孔があり,その孔に平面リン脂質組成非対称膜が形成される仕組みである(図1A, B).そして,この平面膜にガラスキャピラリーからある強さのジェット水流を印加すると,脂質チューブが形成される.そして,脂質チューブが不均一な変形を起こし,やがて大きなサイズのリポソーム(直径約150~200 µm)と小さなサイズのリポソーム(直径約5~10 µm程度)に分裂する(図1C, D).この大きなサイズのリポソームは,リン脂質二重膜内に作製時に使用した有機溶媒が多く残留し不安定である.一方,小さなサイズのリポソームはちょうど細胞サイズであり,残留有機溶媒もきわめて少なく安定なリポソームである(7日間程度).このリポソーム形成には,キャピラリー不安定性といわれる物理現象が支配的に関わっており,不均一なチューブ変形が生じる.その際,リン脂質二重膜内の有機溶媒がラプラス圧により大きなリポソーム膜へ移動することにより,小さなサイズのリポソームにはきわめて微量な有機溶媒しか含まれないと推測される.ラマン顕微鏡により,小さなサイズのリポソームにはn-デカン由来のピークがほとんど存在しないことが明らかになった.したがって,我々の方法で作製されたリポソームは,残留有機溶媒量がきわめて微量である.
(A)デバイス写真.(B)液滴接触法による平面リン脂質非対称膜.(C)ジェット水流によるリポソーム作製の模式図.(D)リポソーム作製の高速度カメラ像(文献7より改変).
このリポソーム膜のリン脂質非対称性の確認は,蛍光が付加されたAnnexin Vのリポソームへの結合の有無で判断した.Annexin Vはリン脂質のPSと特異的に結合することが知られている.そこで,リポソームの外側の溶液にAnnexin Vを加え,リポソーム膜上におけるAnnexin V由来の蛍光を観察した.その結果,外膜にPSが存在する場合のみに,Annexin V由来の蛍光が観察されたことから,この方法でリン脂質組成非対称膜リポソームが作製できることを確認した.
このリン脂質組成非対称膜リポソームを用いて,リン脂質の分子運動の一つであるフリップ-フロップの観察を行った.フリップ–フロップはリン脂質運動の一つで,脂質二重膜の内膜と外膜間のリン脂質の反転運動である.たとえば,外膜にPC,内膜にPC, PSを持ったリン脂質組成非対称膜リポソームを用意する.先ほどと同様に,リポソームの外側の溶液に蛍光が付加されたAnnexin Vを加え,リン脂質非対称膜上でのPSの結合挙動を顕微鏡にて観察した.はじめは,PSが内膜に存在するため,リポソーム膜上にAnnexin V由来の蛍光は観察されなかった.このリン脂質非対称組成リポソームを37°Cで数時間保存すると,リポソーム上にAnnexin Vの蛍光が観察された(図2A).このことから,内膜に存在したPSが熱運動により,外膜に露出したことがわかった.また,約10時間程度でリン脂質非対称性が完全に崩れることが明らかになった.
(A)リン脂質の分子運動.(B)シンナマイシンと非対称膜の相互作用.(C)コネキシンの非対称膜への再構成.(D)コネキシンリポソームによるローダミン漏出実験.スケールバー:10 µm(文献7より改変).
次に,膜と相互作用するペプチドとリン脂質組成非対称膜リポソームの相互作用を顕微鏡下で観察した.シンナマイシンと呼ばれる抗菌活性を有するペプチドを使用した.シンナマイシンは,PEと特異的に結合することが知られている.そこで,動物細胞の形質膜を模倣したリン脂質組成非対称膜リポソーム(外膜:PC,内膜:PC, PS, PE)を作製し,シンナマイシンと同時にAnnexin Vもリポソーム外液に加え,シンナマイシンと非対称膜の相互作用を顕微鏡により観察した.シンナマイシンを加えるとすぐに,リポソーム膜に結合することがわかった.さらに,Annexin V由来の蛍光の観察から,PEが存在しない非対称膜組成リポソーム(外膜:PC,内膜:PC, PS)に比べ,PS分子が内膜から外膜へ移動する速さが約10倍程度早くなった(図2B).したがって,シンナマイシンはPEと特異的に結合するだけでなく,リン脂質二重膜を撹乱する(膜組成の均一化を促進する)働きを持っていることが明らかになった.リン脂質組成非対称膜リポソームは,従来の対称膜リポソームと比べ,実際の細胞膜に近い構造を有することから,細胞膜における反応をよりよく模倣できると考えられる.細胞と異なり,人工系であるリン脂質組成非対称膜リポソームは,膜タンパク質や裏打ちタンパク質の影響を受けずにペプチドやタンパク質等の生体分子とリン脂質組成非対称膜の相互作用の反応が観察可能である.さらに,リン脂質組成や非対称性を自由に変えて実験することが可能であることもまた,人工系の利点である.具体的には,たとえば新規の抗菌活性を持つ物質探索等のスクリーニングとして活用可能である.
リン脂質組成非対称膜が細胞機能にどのように影響するかは,現在のところ明確には理解されていない.そこで,さまざまな組成のリン脂質非対称膜リポソームの外側から無細胞タンパク質発現系により膜タンパク質を発現させ,リポソームへの再構成を観察した.膜タンパク質はコネキシンを使用した.コネキシンは,4回膜貫通タンパク質で,六量体を形成する.リポソーム膜への取り込みは,コネキシンのC末端にEGFP(enhanced green fluorescent protein)を結合し,リポソーム膜上のEGFPの蛍光強度によって評価した.その結果,外膜にPC, PS,内膜にPCを持つリン脂質組成非対称膜リポソームがコネキシン再構成に有利に働くことがわかった(図2C).また,PSの量に依存してコネキシンの再構成量も変化することが明らかになった.しかし,この実験だけではコネキシンが機能を持った状態でリポソーム膜に再構成されているかはわからない.そこで,リポソーム内に蛍光色素のローダミンを封入し,先ほどと同様に,リポソーム外液からコネキシンを無細胞タンパク質発現系で発現させた.そして,コネキシンを介したローダミン(分子量490.59)のリポソーム内からの漏洩を観察した.先ほどの実験と同じ組成のリン脂質組成非対称膜リポソーム(外膜:PC/PS,内膜:PC)で,最もローダミンの漏出が観察された(図2D).しかし,デキストリンが付加されたローダミン(分子量4400)をリポソームへ封入し,同様な実験を行ったところ,ローダミン–デキストリンの漏出は観察されなかった.これは,コネキシンのポアを通過できる分子サイズが約1000~1800 kDaであるからである9).この結果より,リン脂質組成非対称膜リポソームに再構成されたコネキシンは,正しい構造で再構成されていることが示唆される.
生体分子とリン脂質非対称膜との相互作用実験の条件検討には,非常に多種類のリン脂質組成非対称膜リポソームが要求される.そこで,我々は一つのデバイスで複数種類のリン脂質組成非対称膜リポソームが作製可能なデバイスを開発した10).デバイスの構造は,六つのウェルを持った回転可能テーブルとジェット水流を印加する固定ウェルからなる(図3A).先行研究からウェル内で形成したリン脂質単分子膜を持った液滴どうしを回転等により接触させ,リン脂質二重膜の形成に成功している11).そこで,本デバイスで多種類のリン脂質組成非対称膜リポソームが逐次的に形成できるかを検証した.回転テーブルの各ウェルにローダミンを付加した脂質,BODIPYを付加した脂質やPCで液滴を形成した.そして,回転テーブルのウェルを回転させ固定ウェルに接触させることにより,平面リン脂質組成非対称膜を形成させる(図3B).そして,ジェット水流印加によってリポソームを形成させた.次に,回転テーブルのウェルを回転させリポソームを作製する.図3Cは回転テーブルを1回転させたときの,ウェルごとに形成したリポソームの蛍光輝度を示したグラフである.回転テーブルのウェルに存在している蛍光色素と同様の蛍光脂質のみを持つリポソームが形成された.たとえば,回転テーブルのウェルにローダミン脂質が存在している場合は,外膜にローダミン脂質を持つリン脂質組成非対称膜リポソームが形成された.最後に,蛍光色素を含んでいない6番目のウェルを接触させリポソームを形成したところ,リポソームから蛍光が観察されなかった(図3C).これは,逐次的にさまざまな組成でリポソームを作製してもリン脂質の混和が起らず,ウェル間で独立した組成のリポソームが形成可能なことを示唆している.したがって,このシステムを自動化することにより,多種類のリン脂質組成非対称膜リポソームがハイスループットに作製が可能になる.
我々が考案したマイクロデバイスを用いたリン脂質組成非対称膜リポソームは,安定的な細胞サイズのリポソームであり,また,リン脂質二重膜内の残留有機溶媒が非常に少ないリポソームである.したがって,真核細胞の細胞膜に近いリン脂質組成非対称膜リポソームによる生体分子(リン脂質,ペプチド,膜タンパク質)の相互作用観察に初めて成功した.このリン脂質組成非対称膜リポソームを用いることにより,リン脂質組成非対称膜の生物学的意義の解明や膜タンパク質等の未知機能や活性条件の発見が期待される.また,細胞を精密に模倣した人工細胞モデル構築研究における基盤技術に貢献できると考える.
1) Walde, P., Cosentino, K., Engel, H., & Stano, P. (2010) ChemBioChem, 11, 848–865.
2) Kamiya, K., Tsumoto, K., Yoshimura, T., & Akiyoshi, K. (2011) Biomaterials, 32, 9899–9907.
3) Abe, Y., Kamiya, K., Osaki, T., Sasaki, H., Kawano, R., Miki, N., & Takeuchi, S. (2015) Analyst (Lond.), 140, 5557–5562.
4) Kamiya, K. & Takeuchi, S. (2017) J. Mater. Chem. B, 5, 5911–5923.
5) Hu, P., Li, S., & Malmstadt, N. (2011) ACS Appl. Mater. Interfaces, 3, 1434–1440.
6) Funakoshi, K., Suzuki, H., & Takeuchi, S. (2007) J. Am. Chem. Soc., 129, 12608–12609.
7) Kamiya, K., Kawano, R., Osaki, T., Akiyoshi, K., & Takeuchi, S. (2016) Nat. Chem., 8, 881–889.
8) Funakoshi, K., Suzuki, H., & Takeuchi, S. (2006) Anal. Chem., 78, 8169–8174.
9) Liu, Y.J., Hansen, G.P., Venancio-Marques, A., & Baigl, D. (2013) ChemBioChem, 14, 2243–2247.
10) Gotanda, M., Kamiya, K., Osaki, T., Fujii, S., Misawa, N., Miki, N., & Takeuchi, S. (2018) Sen. Actuators B Chem., 261, 392–397.
11) Tsuji, Y., Kawano, R., Osaki, T., Kamiya, K., Miki, N., & Takeuchi, S. (2013) Anal. Chem., 85, 10913–10919.
This page was created on 2018-03-09T15:40:55.837+09:00
This page was last modified on 2018-04-16T13:54:42.768+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。