生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 255 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900255

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22年目の真実モノとり(生化学)の大切さ

東北大学総長特命教授,東北大学名誉教授

発行日:2018年6月25日Published: June 25, 2018
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今年3月に定年退職を迎えることになり,最終講義の準備のため,これまでの研究を振り返る機会がありました.私は,若い頃とは研究分野がずいぶんと変わりましたので,当時の研究がその後どのように展開しているのかを十分にフォローしていませんでした.今回,昔の研究を振り返ってみて,私の最初の論文が,意外にも最近も少しは引用されており,当時は少し残念な結果と思っていたことが,実はそうでもなかったことを知りました.そして,「モノとり(生化学)の大切さ」ということを改めて感じましたので,そのことを紹介したいと思います.

私の最初の論文は,宮崎医科大学生化学教室の松尾壽之先生のもとで行った内因性オピオイドペプチドの単離と構造決定に関するものでした.1975年にHughesらによって内因性オピオイドペプチドとしてエンケファリンが単離されたのを機に,世界中の多くの研究室で新たなオピオイドペプチドの探索が進められていました.私が参加した当時,松尾研究室ではα-ネオエンドルフィンが単離されており,さらなるbigエンケファリンの探索が進められていました.私は,松尾研究室で新たに開発されたケミカルアッセイ法を用いて,ウシ副腎髄質から新たなオピオイドペプチドの単離・構造決定に成功し,BAM-22Pと命名しました(1980年).BAM-22PはMet-エンケファリンをN末端にもつ22アミノ酸からなるペプチドで,Met-エンケファリンより20倍以上オピオイド活性が強く,当初はそれなりに意味のある発見であると考えていました.ところが,その後,沼,中西両先生のグループから前駆体であるプロエンケファリンAのcDNA構造が報告され,その配列を見ると,BAM-22Pは通常のプロセシングでみられる塩基性アミノ酸対に挟まれた構造ではなく,C末端部はGly–Gly結合が切れてできたような構造をしているのでした(下図).私たちは,副腎からの抽出の過程で非特異的に切断された分解産物を捕まえてきてしまったのではないかと思い,当時少し残念な気持ちになったのを覚えています.

Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 255 (2018)

しかし,BAM-22Pの同定から22年経った2002年,アストラゼネカ社のグループによって,BAM-22Pは脊髄後根神経節の感覚ニューロンに特異的に発現しているGPCR(MrgprX1)のリガンドであることが示されました.さらに2017年には,BAM-22Pによる持続性疼痛阻害の作用機構も明らかにされました.興味深いことに,この受容体への結合には,BAM-22PのN末端のエンケファリン構造は必要ではなく,C末端領域が関わることが示されました.つまり,BAM-22Pは,N末端のエンケファリン配列を介してオピオイド受容体に結合して鎮痛作用を示すのとは独立に,C末端領域を介してMrgprX1に結合することによっても鎮痛作用をもつことが示されたのです.さらに,筑波大の柳沢先生らは,BAM-22Pがケモカイン受容体CXCR7に結合すること,被膜下細胞過形成を起こしたマウスの副腎皮質では,BAM22PによるCXCR7の刺激を介して,グルココルチコイドの日内変動の振幅が増大し,抗不安作用を引き起こすことを示しました.この場合にも,CXCR7に対してBAM22Pは関連ペプチドの中で最も強い結合活性を示しました.これらの結果から,BAM-22Pは,抽出過程で生じた分解産物ではなく,生理機能をもつ内在性のペプチドとして存在することが強く示唆されたのです.己の不明を恥じなければなりませんが,22年を経てはじめて,BAM-22Pの生理的重要性が明らかにされたのです.

以上のことから,前駆体のcDNA構造解析から予測される成熟ペプチドとは異なる意外なペプチド産物が,内因性に存在し,生理的に機能することがあるということが分かります.国立循環器病センター(当時)の児島,寒川両先生らによって同定された摂食促進ペプチドであるグレリンも,オクタノイル化という脂質修飾がないと生理活性を示さないことから,「モノとり」の手法なしには同定することが難しかったペプチドの例と考えられます.つまり,cDNA配列の情報からだけでは予測できないことがあり,組織から抽出・精製するという昔ながらの生化学的手法(いわゆる「モノとり」)でなくては見つからない未知の活性分子はまだまだ存在する可能性があるのではないでしょうか.ゲノム配列やcDNA配列が全て分かっている現在,オミックス研究やデータサイエンスとの融合研究が盛んであるのは当然であるとしても,「モノとり(生化学)」は今なお必要な技術であると思われます.この大切な技術を引き継いでくれる後継者は育っているのでしょうか.

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