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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 261-262 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900261

特集Special Review

生体内金属の動態解明とその制御分子から細胞,臨床までDynamics and Regulation of Biometals: From Molecule to Cells and Clinical Application

1兵庫県立大学大学院生命理学研究科University of Hyogo, Graduate School of Life Science ◇ 〒678–1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都3丁目2番1号 ◇ 3–2–1 Kouto, Kamigori, Ako, Hyogo 678–1297, Japan

2北海道大学大学院理学研究院Department of Chemistry, Faculty of Science, Hokkaido University ◇ 〒060–0810 札幌市北区北10条西8丁目 ◇ Kita 10, Nishi 8, Kita-ku, Sapporo 060–0810, Hokkaido, Japan

発行日:2018年6月25日Published: June 25, 2018
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古代ギリシアの医聖ヒポクラテスが『貧血には鉄(Fe)が薬になる』と指摘しているように,金属と生命・病気との関係は非常に古くから認識されてきた.現代では,Feだけでなく,生体内に極微量存在するさまざまな金属元素・半金属元素(生体内金属)が,すべての生物において,その生命維持のさまざまな場面で必須であることが明らかになってきている.

生命体(細胞)は一つの装置としてたとえることができ,その構成部品である多数の分子が協働することで初めて稼働し,さまざまな生命現象を実現している.この観点に立つと,生命金属と生命現象との関わりも,部品と装置の関係としてとらえることができ,それらの学術的な研究も「分子という微視的レベル」と「細胞という巨視的レベル」の二つの側面から進められてきた.具体的には,生体内における金属元素の機能を分子・原子のレベルで研究する生物無機化学(Biological Inorganic Chemistry)と,生命金属の吸収や輸送といった細胞レベルでのシステム制御を研究する金属細胞生物学(Cell Biology of Metals)の二つが主な分野である.生物無機化学は,金属の特徴的な化学的,分光学的特性に興味をもつ理学・工学の研究者が中心となって発展してきた学問分野であるのに対し1),金属細胞生物学は,細胞から個体にわたる生命現象や生命維持を支える金属,あるいは疾病の原因や創薬のカギとなる金属に興味を抱く主に医学・薬学・農学を基盤とする研究者によって担われてきた2, 3)

生体内金属に関連したいずれの研究分野についても,その学術的,あるいは臨床的重要性から長い研究の歴史を持ち,一見すると個々は学術的には成熟しているような印象を与える.しかし,一方で,生体内金属や金属タンパク質という部品がどのように連携して,細胞や生体という装置を稼働させているのか,その分子・原子レベルと個体レベルを連携させて統合的に理解するにはいまだ程遠い状況にある.図1に示すように,我々は金属を食物から摂取するが,食物から細胞に至るまでは多くのタンパク質などの生体内物質が関与し,それらの間には巧妙な連携制御システムが存在することで,細胞内には過不足なく多様な金属が常に存在している.さらに,すべての遺伝子産物の約3割が金属タンパク質であり4),その多くの金属タンパク質によって我々の生命が維持されていることを考慮すると,図1に示した生体内金属の動態解明が,「生命」の理解に果たすべき役割は非常に大きい.

Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 261-262 (2018)

図1 ヒトにおける生命金属の動態(輸送・感知・貯蔵・活用)

歴史的にみてもわが国は,このような生体内金属の研究に対して非常に重要な役割を世界に先駆けて果たしてきた.いわば日本のお家芸であるともいうことができる.たとえば,生物無機化学分野では,酸素添加酵素(チトクロムP450)の発見・同定(1950年代),呼吸酵素の構造解明(1990年代),さらには,光合成反応中心の高分解能構造解析(2010年代)をはじめとして,世界最先端の研究がわが国で現在も続けられている.金属細胞生物学分野においても,トロポニンの発見(1950年代)や金属輸送タンパク質の発見(1990, 2000年代)など,生命科学を大きく展開させる研究がなされている.このような学術的な伝統を礎にして,最先端技術によりさまざまな測定・解析手法の精度が著しく向上している現在,分子を扱う生物無機化学と細胞・生体を扱う金属細胞生物学は,互いに連携しながら「生命金属科学(Integrated Biometal Sciences)」という新たな学問分野を確立し,ヒポクラテス以来の研究テーマである「生命と金属」について,微視的かつ巨視的な視点で融合的,統合的研究を展開するすべき時を迎えていると考えられる.

このような視点から,本特集では,生体金属の織り成す多様な生命現象に関して,最新で多様な生物学的,生化学的,あるいは物理化学的研究をもとに,金属に関連するタンパク質分子のレベルから細胞生物学的な研究,さらには医学,薬学への応用までの最先端研究を紹介することで,新たな学術分野となりうる「生命金属科学」の概観を試みる.具体的な生体内金属としては,生体内において多様でユニークな機能を果たしており,世界的に見ても日本の研究者がその最先端研究を担っている鉄,銅,亜鉛に注目し,それぞれの専門領域で「生命金属科学」をキーワードに金属タンパク質の構造・機能の基礎的な分子論的解析から,金属代謝異常による発病のメカニズムや臨床治療・創薬に至るまで,さまざまなバックグラウンドを有する研究者にこれまでの研究背景と最新の研究成果の紹介をお願いした.もちろん,本特集で取り上げた金属以外にも実に多種多様の金属が生体内には存在し,本稿のみで「生命金属科学」の全貌を理解することはとてもできない.しかし,本特集で紹介される内容は,いずれも生命を支える代表的な生体金属の最先端研究であり,本特集の各稿を通読されることで「生命金属科学」の一端には触れることができ,本誌読者にこの「生命金属科学」の重要性と魅力,さらにはその発展性を感じていただけたのであれば,編者として望外の幸せである.末筆ながら,本企画に御賛同いただき執筆していただいた先生方に深く感謝いたします.

引用文献References

1) Lippard, S.J. & Berg, J.M., 松本和子監訳(1997)生物無機化学,東京化学同人.

2) Culotta, V. & Scott, R.A. eds. (2013) Metals in Cells, John Wiley & Sons.

3) Ogra, Y. & Hirata, T. eds. (2017) Metallomics—Recent Analytical Techniques and Applications, Springer.

4) Andreini, C., Bertini, I., & Rosato, A. (2009) Metalloproteomes: a bioinformatic approach, Acc. Chem. Res., 42, 1471–1479.

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