Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 381-384 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900381

みにれびゅうMini Review

栄養・代謝センシング経路による寿命制御機構Nutrients- and metabolites-sensing pathways regulate lifespan

広島大学大学院先端物質科学研究科分子生命機能科学専攻Department of Molecular Biotechnology, Graduate School of Advanced and Sciences of Matter ◇ 〒739–8530 広島県東広島市鏡山1–3–1 ◇ 1–3–1 Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 739–8530, Japan

発行日:2018年6月25日Published: June 25, 2018
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

世界に類をみない超高齢社会に突入したわが国において,健康的に老いる“健康寿命”の延長は喫緊の課題である.栄養・代謝センシング経路は,アミノ酸やグルコースなどの細胞内のエネルギー状態を認識し,エネルギー代謝の恒常性を維持している.加齢に伴う生体機能調節機構の低下—とりわけエネルギー代謝恒常性維持の破綻は,生活習慣病など多様な病態発現を惹起する.過去20年間の研究から,栄養や代謝状態をモニタリングする経路が老化・寿命制御にも関与していることがわかってきた1–3).最近,栄養状態,腸内細菌叢などの環境因子が原因で生じた特定の代謝産物が,細胞の分化,老化・寿命,がん化,脳機能,免疫反応などの複雑な生命現象に甚大な影響を及ぼす例が見いだされてきた4–6).したがって,栄養・代謝機構を標的とした研究は,加齢性疾患の予防や治療による健康長寿の実現にきわめて重要であり,その分子レベルでの解明は健康寿命の延長に必須である.本稿では,著者らが線虫で明らかにした栄養・代謝センシング経路における酸化ストレス応答転写因子SKN-1(ヒトNrf2ホモログ)による寿命制御機構を中心に解説する.

2. 寿命制御に関与する栄養・代謝センシング経路

摂取する食餌を制限するとラットの寿命が延長することが80年以上前から報告されていたが,そのメカニズムは不明のままであった7).その後50年が過ぎ,一つの遺伝子の変異により長寿になることが線虫(Caenorhabditis elegans)を用いた解析から明らかになり8),寿命を遺伝子レベルで理解することが可能となった.さらにこの20年間の研究から,酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウス,サルなどのモデル生物を用いて,食餌制限による寿命延長の基本的な仕組みが明らかになり,生物種を問わず共通点が多いことがわかった(図11–3).特に酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いたカロリー制限による寿命延長機構の発見を端緒に,その他のモデル生物でも同様のシグナル伝達経路が明らかとなり,寿命におけるカロリー制限の効果は世界中で最も解析され,理解が進んできた1–3)

Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 381-384 (2018)

図1 モデル生物間で保存された寿命延長経路

図の矢印は活性化,止印は不活性化を意味する.

モデル生物間で保存された寿命制御経路として,IIS(インスリン/IGF-1シグナル)経路,mTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)経路,AMPK(AMP依存性プロテインキナーゼ)経路などが著名である(図11–3).IIS経路は,線虫からヒトにまでよく保存され,各種IIS経路は各組織で栄養に対する応答を調節する役割を担っている.mTORC1は,酵母からヒトにまで高度に保存されたプロテインキナーゼでアミノ酸などに応答してタンパク質合成などの同化作用を制御しており,免疫抑制剤ラパマイシンの標的因子としても知られている.AMPKは酵母からヒトにまで高度に保存されたセリン・トレオニンキナーゼで,細胞内のエネルギー状態をモニターし,グルコース欠乏などで細胞内ATP量が不足すると,mTORC1を阻害し異化作用を促進する.興味深いことに,これら三つの経路は栄養・代謝センシングの主要なシグナル経路である.つまり栄養や代謝経路は生体機能調節のみならず,老化・寿命といった高次な生命現象をつかさどることが浮き彫りとなった.

3. 線虫のIIS経路を介した寿命制御

線虫のIIS経路の下流では,ストレス応答および耐性幼虫としての休眠状態を調節している転写因子DAF-16(FoxO)9),および酸化ストレス耐性に重要な役割を果たす転写因子SKN-110)が寿命延長因子として機能することが知られている.IIS経路の機能欠損変異株では(たとえばage-1, daf-2),DAF-16およびSKN-1が活性化(腸の核への蓄積)され寿命が延長したことから,IIS経路はこれらの転写因子を負に制御すると考えられている(図1).実際,SKN-1はIIS経路の下流にあるキナーゼAKT-1, 2(セリン・トレオニンキナーゼAKT/PKB),SGK-1(血清・グルココルチコイド調節キナーゼ1)により直接リン酸化されると腸の核への蓄積が阻害され不活性化となり,SKN-1標的遺伝子の転写が抑制される10)

4. 線虫のmTORC1経路を介した寿命制御

我々は,SKN-1制御に関与する因子を同定するために,SKN-1とその標的因子のレポーター活性の上昇を指標にしてRNAi法によるスクリーニングを実施した.その結果,mTORC1やmTORC2複合体に含まれる因子などが同定された.mTORC1はタンパク質や脂質の合成やオートファジーの抑制など細胞の成長に関与しているが3),mTORC2の詳細な機能は不明な点が多い.

まず,mTORC1複合体の因子の一つRAGC-1(Rag GTPase)をRNAiにより,その機能を阻害した.RAGC-1のRNAiを行った線虫ではオートファジーの活性化や翻訳の低下が観察され,mTORC1の機能欠損と表現型が類似していた.そこで,RAGC-1 RNAiを野生株の線虫に行ったところ,その個体の寿命が延長し,skn-1あるいはdaf-16変異株を用いるとRAGC-1 RNAiによる寿命延長効果が消失した.さらに,RAGC-1 RNAi株ではSKN-1およびDAF-16の標的遺伝子の転写が増加した.しかし,IIS経路の変異体で観察されたSKN-1およびDAF-16の腸の核への蓄積は,mTORC1経路の阻害では観察されなかった.以上の結果から,mTORC1経路はIIS経路とは異なる機構によりSKN-1およびDAF-16を負に制御していることが示唆された(図211)

Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 381-384 (2018)

図2 線虫におけるmTORC1/2による寿命制御機構

図の矢印は活性化,止印は不活性化を意味する.

5. 線虫のmTORC2経路を介した寿命制御

ラパマイシンはモデル生物全般に共通して寿命延長を導く3).しかし,線虫におけるラパマイシンの寿命への影響は報告されていなかった.そこで,我々は線虫の野生株にラパマイシンを作用させたところ,期待どおり寿命が延長した.しかし驚いたことに,ラパマイシンによる寿命延長効果はSKN-1依存的であったがDAF-16には依存しなかった.最近,ラパマイシンはマウスのいくつかの組織ではmTORC2の複合体形成を阻害することが報告されたため12),この影響を考慮しなければならないことに気づいた.そこで,mTORC2の寿命への影響を調べた.mTORC2の構成員因子の一つRICT-1(Rictor)をRNAiにより発現抑制すると,野生株の寿命は延長した.しかし,この寿命延長効果はskn-1変異株では消失し,daf-16変異株では観察された.これらの結果から,ラパマイシンはmTORC1およびmTORC2両方を阻害したため,DAF-16非依存的に寿命延長したものと推察された.以上,mTORC1経路の下流ではSKN-1およびDAF-16が,mTORC2経路の下流ではSKN-1が機能していることが示唆された(図211)

6. 線虫の環境因子による寿命制御

変温動物の寿命について低温では長寿命,高温では短寿命となることが知られていたが,その分子基盤は不明であった.我々は,HT115(大腸菌K-12株由来)を食餌として与えたrict-1変異株を高温(25°C)で飼育すると野生株と比較して寿命が延長したが,中・低温(20, 15°C)では逆に短かくなることに気づいた.この事実から,RICT-1の制御下に高温で寿命短縮に,一方,中・低温では寿命延長に働く因子が存在することが予想された.さらに,OP50(大腸菌B株由来)を食餌したrict-1変異株はいずれの温度でも野生株と比較して短命であった.したがって,HT115には寿命延長効果があることが示唆された.HT115を食餌として与えたrict-1変異株の高温における寿命延長はskn-1変異株では観察されなかったことから,SKN-1がRICT-1経路により負に調節されていることが示唆された.各温度におけるsgk-1変異株の寿命はrict-1変異株と同程度であったことから,IIS経路と同様にSGK-1がSKN-1を負に制御していると予想した.実際,rict-1sgk-1変異株では,HT115依存的にSKN-1の腸の核への蓄積が観察された.さらに,rict-1変異株においてSGK-1によるSKN-1のリン酸化レベルが減少したことなどから,RICT-1はSGK-1を介してSKN-1を負に調節していることがわかった(図213)

中・低温での寿命延長には,6回膜貫通型の温度受容体であるTRPチャンネルTRPA-1を介したCa2+刺激によりPKC-2(プロテインキナーゼC2)が活性化され,さらにSGK-1によるDAF-16の活性化が重要であることが報告された14).中・低温で機能獲得型SGK-1を発現させた生体ではDAF-16依存的に寿命が延長したことなどから,中・低温ではDAF-16がRICT-1経路により正に調節されていることが示唆された.さらに,RICT-1は中・低温では神経,高温では腸における機能が寿命制御に重要であることも示唆された13)

以上,寿命制御においてmTORC2が関与し,その下流でSGK-1, SKN-1, DAF-16が機能することを発見した.本寿命制御は,温度と食餌に依存する新規メカニズムで,SGK-1は中・低温ではDAF-16の機能を高め,高温ではSKN-1の機能を弱めることによりそれぞれ寿命延長や短縮化といった二つの異なる作用を持つことがわかった(図213).また,HT115の寿命延長効果はSKN-1を介していることも判明した13)

7. おわりに

栄養・代謝センシング経路の下流でSKN-1が寿命延長に主要な役割を担うことが示唆された.興味深いことに2型糖尿病治療薬としてすでに臨床で使用されているメトホルミンがAAK-2(線虫AMPK)の活性化を通してSKN-1の亢進に関わっていることが報告されている2).また,SKN-1活性化は早老症の病態改善にも貢献することも示唆されている.さらに,これまでに我々は,SKN-1活性化に熟成ニンニク成分のS-アリルシステインなどの硫黄含有アミノ酸が関わることや15),本稿で示したように,細菌叢(HT115など)が関与することを見いだした.したがって,機能性成分や食餌によりSKN-1活性化ができれば,加齢に伴う各種疾患(生活習慣病やがんなど)の予防・改善につながることが期待される.今回,寿命制御に関する因子として,遺伝子のみならず環境因子(温度および食餌)の重要性についてその一端を科学的根拠に基づいて示した.本メカニズムの発見を契機に温度や食餌が織りなす寿命制御の詳細を究明したい.特に食餌による寿命延長機構は,近年明らかにされつつある腸内細菌叢による各種疾患予防・改善と密接に関連することが予想されるため,今後は,これらの点も考慮することが重要である.

引用文献References

1) Fontana, L., Partridge, L., & Longo, V.D. (2010) Extending healthy life span—From yeast to humans. Science, 328, 321–326.

2) López-Otín, C., Galluzzi, L., Freije, J.M.P., Madeo, F., & Kroemer, G. (2016) Metabolic control of longevity. Cell, 166, 802–821.

3) Templeman, N.M. & Murphy, C.T. (2018) Regulation of reproduction and longevity by nutrient-sensing pathways. J. Cell Biol., 217, 93–106.

4) Fukuda, S., Toh, H., Hase, K., Oshima, K., Nakanishi, Y., Yoshimura, K., Tobe, T., Clarke, J.M., Topping, D.M., Suzuki, T., et al. (2011) Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate. Nature, 469, 543–547.

5) Hine, C., Harputlugil, E., Zhang, Y., Ruckenstuhl, C., Lee, B.C., Brace, L., Longchamp, A., Treviño-Villarreal, J.H., Mejia, P., Ozaki, C.K., et al. (2015) Endogenous hydrogen sulfide production is essential for dietary restriction benefits. Cell, 160, 132–144.

6) Ogawa, T., Tsubakiyama, R., Kanai, M., Koyama, T., Fujii, T., Iefuji, H., Soga, T., Kume, K., Miyakawa, T., Hirata, D., et al. (2016) Stimulating S-adenosyl-l-methionine synthesis extends lifespan via activation of AMPK. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11913–11918.

7) McCay, C.M., Crowell, M.F., & Maynard, L.A. (1935) The effect of retarded growth upon the length of life span and upon the ultimate body size. J. Nutr., 10, 63–79.

8) Friedman, D.B. & Johnson, T.E. (1988) A mutation in the age-1 gene in Caenorhabditis elegans lengthens life and reduces hermaphrodite fertility. Genetics, 118, 75–86.

9) Kenyon, C. (2005) The plasticity of aging:insights from long-lived mutants. Cell, 120, 449–460.

10) Tullet, J.M., Hertweck, M., An, J.H., Baker, J., Hwang, J.Y., Liu, S., Oliveira, R.P., Baumeister, R., & Blackwell, T.K. (2008) Direct inhibition of the longevity-promoting factor SKN-1 by insulin-like signaling in C. elegans. Cell, 132, 1025–1038.

11) Robida-Stubbs, S., Glover-Cutter, K., Lamming, D.W., Mizunuma, M., Narasimhan, S.D., Neumann-Haefelin, E., Sabatini, D.M., & Blackwell, T.K. (2012) TOR signaling and rapamycin influence longevity by regulating SKN-1/Nrf and DAF-16/FoxO. Cell Metab., 15, 713–724.

12) Lamming, D.W., Ye, L., Katajisto, P., Goncalves, M.D., Saitoh, M., Stevens, D.M., Davis, J.G., Salmon, A.B., Richardson, A., Ahima, R.S., et al. (2012) Rapamycin-induced insulin resistance is mediated by mTORC2 loss and uncoupled from longevity. Science, 335, 1638–1643.

13) Mizunuma, M., Neumann-Haefelin, E., Moroz, N., Li, Y., & Blackwell, T.K. (2014) mTORC2-SGK-1 acts in two environmentally responsive pathways with opposing effects on longevity. Aging Cell, 13, 869–878.

14) Xiao, R., Zhang, B., Dong, Y., Gong, J., Xu, T., Liu, J., & Xu, X.Z. (2013) A genetic program promotes C. elegans longevity at cold temperatures via a thermosensitive TRP channel. Cell, 152, 806–817.

15) Ogawa, T., Kodera, Y., Hirata, D., Blackwell, T.K., & Mizunuma, M. (2016) Natural thioallyl compounds increase oxidative stress resistance and lifespan in Caenorhabditis elegans by modulating SKN-1/Nrf. Sci. Rep., 6, 21611.

著者紹介Author Profile

水沼 正樹(みずぬま まさき)

広島大学大学院先端物質科学研究科分子生命機能科学専攻准教授.博士(工学).

略歴

1996年広島大学工学部第三類(化学系)卒業.2001年同大学院工学研究科博士課程修了.日本学術振興会特別研究員(DC1, PD).同大学院先端物質科学研究科助手,助教を経て,11年2月より現職.09年から約2年米国ハーバード大学医学部客員研究員(T. Keith Blackwell教授).

研究テーマと抱負

モデル生物(酵母と線虫)を用いた寿命制御機構の解明.手軽なアンチエイジング法を提唱したい.

ウェブサイト

https://www.hiroshima-u.ac.jp/adsm/graduateschool/bio/cellbio(研究室)

http://hiha.hiroshima-u.ac.jp/(広島大学健康長寿研究拠点)

趣味

動植物の世話(特に犬)と野球観戦.

This page was created on 2018-04-24T15:41:20.095+09:00
This page was last modified on 2018-06-18T09:47:01.926+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。