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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 385-387 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900385

みにれびゅうMini Review

酸素代謝による心筋細胞の細胞周期制御と心臓再生Oxidative Metabolism Regulates Cardiomyocyte Cell Cycle and Cardiac Regeneration

理化学研究所生命機能科学研究センター心臓再生研究チームRIKEN Center for Biosystems Dynamics Research ◇ 〒650–0047 兵庫県神戸市中央区港島南町2–2–3 ◇ 2–2–3 Minatojima-Minamimachi, Chuo-ku, Kobe, Hyogo 650–0047

発行日:2018年6月25日Published: June 25, 2018
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1. はじめに

心不全は全世界における主要な死因の一つである.心不全の病態生理学的機序を考える上で重要な事実は,我々哺乳類の成体の心臓が,損傷を受けた心筋を再生する能力を持たないことである.対照的に,同じ脊椎動物でも有尾両生類や胎児期・新生児期の哺乳類など,心筋損傷に対する再生能力を有するものもいる.この心臓再生能の有無を決定づけている要因の一つは心筋細胞の増殖能力であり,心筋細胞の細胞周期を制御する機構の解明は多くの研究者を惹きつけてやまない研究課題となっている.近年,代謝およびレドックス制御が多くの種類の細胞での細胞周期制御において重要なプレイヤーであることが明らかにされてきている.本稿では代謝およびレドックス制御が心筋細胞の細胞周期調節に与える影響と心臓再生について,最近の知見をまとめて紹介する.

2. 個体発生と系統発生における心臓再生

心臓発生のツールキットは動物種間でよく保存されているのに対して,心臓再生能は同じ脊椎動物でも種によってさまざまである.イモリやサンショウウオなどの有尾両生類の心臓再生能については70年代から記載されている.その能力の程度において議論はあるものの,イモリやサンショウウオなどは既存の心筋細胞の脱分化,細胞周期エントリーを経て損傷を受けた心筋を再生できることが示されている1).また2002年にはゼブラフィッシュに心室切除後の心筋再生能があることが示され2),運命追跡により,やはりすでに分化している心筋細胞の増殖により心筋を再生していることが明らかになった3, 4).さらに,2008年には胎仔期のマウスに5),2011年には新生仔期のマウスに心臓再生能があり,しかしそれは生後1週間以内に失われることが報告された6).新生仔マウスでの心臓再生はゼブラフィッシュ,イモリ等と同様に既存の心筋細胞の増殖によるものであり,また出生後に心筋再生能が失われる時期は,心筋細胞が二核化し細胞周期を停止する時期と一致している.したがって心筋細胞の増殖能と心臓再生能はおおむね一致しているとみなすことができる.なぜ哺乳類は心臓再生能を出生後に維持せず,大多数の心筋細胞は細胞周期に入る能力を失うのだろうか.

3. 酸素代謝と心筋細胞の細胞周期制御

哺乳類の心筋細胞は,胎児環境から出生後の環境への大きな転換に適応すべく嫌気的解糖系からミトコンドリア好気呼吸へとエネルギー代謝が大きく転換する.この変化は,心筋細胞の出生後の細胞周期停止および二核化と同調している.代謝およびそれに付随するレドックス状態の変化は,細胞周期制御において重要な役割を果たすことが近年明らかにされつつある.なかでもミトコンドリア好気呼吸はその副産物として生じる活性酸素種(ROS)が生体内分子の酸化によるダメージ(酸化ストレス)の原因となり,とりわけゲノムDNAに対する酸化損傷を残したまま細胞周期を進めることは細胞にとって危険である.そのため多能性幹細胞や組織幹細胞など増殖性を保った細胞ではミトコンドリア好気呼吸を低く保ったり,酸化ストレスに対する防御機構を備えていたりする場合が多くみられる.これは心筋細胞でもあてはまり,分裂能を維持している心筋細胞は酸素代謝を低く保っている.哺乳類の胎仔環境はゼブラフィッシュやイモリなどが棲む水中環境と似た低酸素環境であることに加え,胎盤でのガス交換直後の酸素に富む血液は臍帯静脈から静脈管へと送られ,下大静脈と合流することで酸素飽和度の低い血液と混ざり合う.これにより胎仔期での動脈血酸素分圧は約30 mmHgにとどまっており,心筋細胞も発生初期,後期ともに低酸素マーカーpimonidazole陽性を示す7).その一方,出生後は胎盤循環から肺循環への急速な移行を経て,動脈血酸素分圧は約100 mmHgへと一気に上昇する.ほぼ同時に心筋細胞は,主要なATP産生源を胎仔期の嫌気的解糖系からミトコンドリア好気呼吸(とりわけ脂肪酸β酸化)へと切り替える.この代謝の切り替わりは生後1週間以内に起こり,かつ前述のようにROSの産生およびDNA酸化損傷を含む酸化ストレスの蓄積を伴っている.我々はミトコンドリア由来のROSを除去することで心筋細胞が増殖可能である時期,および心筋が再生能を維持している時期が出生後に延長することを見いだした.また,DNA損傷応答経路の阻害剤投与により,同様に出生後の心筋細胞の増殖可能期間の延長が観察された8).これらの結果は心筋細胞でのミトコンドリア好気呼吸の開始がROS発生からDNA損傷応答経路の活性化を介して出生後の心筋細胞の細胞周期停止を誘導していることを示唆するものであった.

心臓は全身の約15%の酸素を消費する酸素消費量が高い臓器であるため,そのエネルギー消費の中心である心筋細胞が酸化損傷によるDNA変異の蓄積を防ぐために細胞周期を停止することは理にかなっているように思える.その一方で,近年の細胞運命系譜追跡の技術進展により,マウスやヒトなど成体の哺乳類において心筋細胞の入れ替わり(ターンオーバー)が起こっており,少なくともマウスでは新たな心筋細胞の供給源はすでに分化した心筋細胞であることが示されている.すなわち,限られたポピュレーションではあるものの,成体心臓において増殖能を維持した心筋細胞が存在することが示唆されている.これらはいかなる性質の心筋細胞なのであろうか? 前述のように,我々は酸素代謝および酸化ストレスが心筋細胞の増殖制御において重要な役割を持つことを示してきた.このことから,我々は哺乳類成体の心臓において増殖能を保った心筋細胞は,胎仔期のように低酸素(代謝)を保っているのではないかと予想した.このアイデアを検証するため,低酸素応答のマスター制御因子であるHif-1α特異的なCre活性化により,Cre-loxPシステムを用いた細胞系譜追跡を行った.その結果,Hif-1αを活性化した心筋細胞がDNA酸化損傷を低く保ち,かつ増殖能を維持し心筋細胞ターンオーバーに寄与することが明らかになった.またRNAシークエンシングによる遺伝子発現解析から,このような心筋細胞はHif-1α自体をはじめとして低酸素応答経路を酸素濃度によらず活性化していること,また周囲の増殖能を持たない心筋細胞と比較し,抗酸化物質やDNA修復因子等のストレス応答因子の一部の発現が高いことを示唆する結果が得られている9).これは周囲の酸素濃度が高い臓器である心臓において酸化ストレスを低く保つ機構の一つなのではないかと考えられる.この性質を支える分子機構の解明は次の重要な研究課題であろう.

4. 酸化ストレス応答による心臓再生

上記の知見は,酸化ストレスおよびそれに対する防御機構が心筋細胞の細胞周期制御において重要であることを示すものであった.ここから,酸素代謝および酸化ストレスの制御により,成体の心筋細胞の細胞周期再エントリーを誘導できるかどうか,という問いが浮かぶ.問題はいかにして酸素代謝や酸化ストレスを人為的に制御しうるかということであろう.我々はシンプルに,成体マウスをエベレスト山頂に相当する7%の酸素環境下に2週間置くという操作を試みた.その結果,通常の酸素環境下(約20.9%)におかれたマウスと比較し,心筋でのミトコンドリア代謝,ROS産生,そしてDNA酸化損傷のいずれも有意に低下していることを見いだした.同時にこの低酸素曝露により,心筋細胞の細胞周期再エントリーが誘導されていることが明らかになった.この心筋細胞増殖は梗塞心においても観察され,かつ重要なことに部分的ではあるが梗塞心において左室収縮能の回復を誘導することが可能であった10).これは低酸素曝露が新たな心臓再生法となる可能性を示唆するとともに,代謝やストレス応答の分子機構を標的とする新たな心臓再生法の可能性をも示唆するものであるように思われる(図1).その候補はすでにいくつか報告されている.たとえばNrg1-ErbB2/4はゼブラフィッシュ,マウスにおいて心筋細胞増殖を誘導するとともに,筋肉のエネルギー代謝とレドックス制御において重要な役割を果たすことが知られている.また転写因子Meis111)やc-Myc12)も心筋細胞増殖と細胞におけるエネルギー代謝のいずれも制御することが知られている因子としてあげられる.転写因子ではHif-1αもその有力な候補であろう.実際に,ゼブラフィッシュでの心臓再生にはHif-1αが必要とされるうえ,哺乳類では胎仔期の心筋細胞の増殖にも必要とされること,またHif-1αの心筋細胞特異的ノックアウトにより胎仔期心臓において嫌気的解糖系が抑制されミトコンドリア好気呼吸が活性化され,DNA損傷が増加することも報告された13).これらに加え,近年ではHippoシグナリングのエフェクターである転写因子Yapが,同じく転写因子であるPitx2とともに抗酸化因子などのストレス応答経路の活性化を介して新生仔の心臓再生に必要とされることが示されている14).この知見がとりわけ注目に値すると思われるのは,Pitx2のgain-of-functionや,Hippoシグナル下流でYapを抑制しているSalvのノックアウトにより誘導される心機能回復の効果が顕著である点にある15).これらの分子を標的とする心臓再生法の確立に期待が高まる.

Journal of Japanese Biochemical Society 90(3): 385-387 (2018)

図1 酸素環境と心筋細胞の増殖能との関連,および代謝と細胞周期の両者を制御する因子

引用文献References

1) Laube, F., Heister, M., Scholz, C., Borchardt, T., & Braun, T. (2006) Re-programming of newt cardiomyocytes is induced by tissue regeneration. J. Cell Sci., 119, 4719–4729.

2) Poss, K.D., Wilson, L.G., & Keating, M.T. (2002) Heart regeneration in zebrafish. Science, 298, 2188–2190.

3) Jopling, C., Sleep, E., Raya, M., Marti, M., Raya, A., & Izpisua Belmonte, J.C. (2010) Zebrafish heart regeneration occurs by cardiomyocyte dedifferentiation and proliferation. Nature, 464, 606–609.

4) Kikuchi, K., Holdway, J.E., Werdich, A.A., Anderson, R.M., Fang, Y., Egnaczyk, G.F., Evans, T., Macrae, C.A., Stainier, D.Y., & Poss, K.D. (2010) Primary contribution to zebrafish heart regeneration by gata4(+) cardiomyocytes. Nature, 464, 601–605.

5) Drenckhahn, J.D., Schwarz, Q.P., Gray, S., Laskowski, A., Kiriazis, H., Ming, Z., Harvey, R.P., Du, X.J., Thorburn, D.R., & Cox, T.C. (2008) Compensatory growth of healthy cardiac cells in the presence of diseased cells restores tissue homeostasis during heart development. Dev. Cell, 15, 521–533.

6) Porrello, E.R., Mahmoud, A.I., Simpson, E., Hill, J.A., Richardson, J.A., Olson, E.N., & Sadek, H.A. (2011) Transient regenerative potential of the neonatal mouse heart. Science, 331, 1078–1080.

7) Dawes, G.S., Mott, J.C., & Widdicombe, J.G. (1954) The foetal circulation in the lamb. J. Physiol., 126, 563–587.

8) Puente, B.N., Kimura, W., Muralidhar, S.A., Moon, J., Amatruda, J.F., Phelps, K.L., Grinsfelder, D., Rothermel, B.A., Chen, R., Garcia, J.A., et al. (2014) The oxygen-rich postnatal environment induces cardiomyocyte cell-cycle arrest through DNA damage response. Cell, 157, 565–579.

9) Kimura, W., Xiao, F., Canseco, D.C., Muralidhar, S., Thet, S., Zhang, H.M., Abderrahman, Y., Chen, R., Garcia, J.A., Shelton, J.M., et al. (2015) Hypoxia fate mapping identifies cycling cardiomyocytes in the adult heart. Nature, 523, 226–230.

10) Nakada, Y., Canseco, D.C., Thet, S., Abdisalaam, S., Asaithamby, A., Santos, C.X., Shah, A.M., Zhang, H., Faber, J.E., Kinter, M.T., et al. (2017) Hypoxia induces heart regeneration in adult mice. Nature, 541, 222–227.

11) Mahmoud, A.I., Kocabas, F., Muralidhar, S.A., Kimura, W., Koura, A.S., Thet, S., Porrello, E.R., & Sadek, H.A. (2013) Meis1 regulates postnatal cardiomyocyte cell cycle arrest. Nature, 497, 249–253.

12) Villa del Campo, C., Claveria, C., Sierra, R., & Torres, M. (2014) Cell competition promotes phenotypically silent cardiomyocyte replacement in the mammalian heart. Cell Reports, 8, 1741–1751.

13) Guimaraes-Camboa, N., Stowe, J., Aneas, I., Sakabe, N., Cattaneo, P., Henderson, L., Kilberg, M.S., Johnson, R.S., Chen, J., McCulloch, A.D., et al. (2015) HIF1alpha Represses Cell Stress Pathways to Allow Proliferation of Hypoxic Fetal Cardiomyocytes. Dev. Cell, 33, 507–521.

14) Tao, G., Kahr, P.C., Morikawa, Y., Zhang, M., Rahmani, M., Heallen, T.R., Li, L., Sun, Z., Olson, E.N., Amendt, B.A., et al. (2016) Pitx2 promotes heart repair by activating the antioxidant response after cardiac injury. Nature, 534, 119–123.

15) Leach, J.P., Heallen, T., Zhang, M., Rahmani, M., Morikawa, Y., Hill, M.C., Segura, A., Willerson, J.T., & Martin, J.F. (2017) Hippo pathway deficiency reverses systolic heart failure after infarction. Nature, 550, 260–264.

著者紹介Author Profile

木村 航

理化学研究所生命機能科学研究センター心臓再生研究チームチームリーダー.博士(理学).

略歴

2002年3月名古屋大学理学部生命理学科卒業.04年3月東京都立大学大学院理学研究科生物科学専攻修士課程修了,修士(理学).07年3月同大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了,博士(理学).同年4月浜松医科大学医学部特任研究員.12年9月テキサス大学サウスウェスタン医学センター客員シニアフェロー.14年5月同アシスタントインストラクター.15年5月筑波大学生命領域学際研究センター助教,兼テキサス大学サウスウェスタン医学センター客員助教.17年9月理化学研究所多細胞システム形成研究センターチームリーダー.18年4月理化学研究所生命機能科学研究センター(センター改変に伴う名称変更)チームリーダー.現在に至る.

研究テーマと抱負

酸素代謝と心筋再生.

ウェブサイト

http://www.riken.jp/research/labs/bdr/heart_regen/

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