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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(4): 482-485 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900482

みにれびゅうMini Review

糖鎖プロファイリングによる疾患特異的マーカーの開発Development of a disease-specific glycol-biomarker with glycan profiling

慶應義塾大学医学部医化学教室Department of biochemistry, Keio University School of Medicine ◇ 〒160–8582 東京都新宿区信濃町35 ◇ 35 Sinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo 160–8582, Japan

発行日:2018年8月25日Published: August 25, 2018
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1. はじめに

核酸,タンパク質に次ぐ第三の生命鎖と呼ばれる糖鎖は,糖タンパク質,糖脂質,プロテオグリカンなどの複合糖質を形成し生体内のあらゆる場所に存在する.糖鎖は「細胞の顔」ともいわれ,細胞表面を覆い,細胞識別や受容体の機能制御に寄与していることが知られている.また,細胞の老化や各種疾患などでその細胞が作り出す糖鎖構造は大きく変化することから,糖鎖は細胞の状態を反映するとされる.ある種の細菌や毒素,ウイルスはその感染に細胞表層糖鎖を利用するものが多く,治療や診断の標的となっている.また,がんの発生・浸潤・転移等にも密接に関わっており,がん細胞表層あるいは分泌される糖タンパク質糖鎖は,がん化によってその構造が変化する.今日用いられている腫瘍マーカーの多くは,糖鎖を抗原とする.ゆえに,糖鎖研究は新たなバイオマーカー開発,分子標的薬創出への可能性を秘めており,その医薬応用への期待も大きい.

2. 糖鎖腫瘍マーカー

糖鎖腫瘍マーカー最大のブレークスルーはCA19-9であろう.ヒト結腸がん細胞株SW1116を免疫したマウスから樹立され1)たNS19-9抗体により認識される糖鎖抗原が四糖構造(Siaα2-3Galβ1-3GlcNAcβ1[Fucα1-4])のCA19-9(シアリルルイスA)である.現在までさまざまな腫瘍特異的糖鎖が報告されており,その医療応用への期待が高まっている.しかしながら,血中糖鎖マーカー開発はそう容易ではない.なぜなら,血清中の全糖鎖を解析すると,量的に多い糖タンパク質糖鎖を解析することになるからである.圧倒的に多いのはIgG糖鎖であり,これが真に有用な血清マーカー開発の大きな障壁となる.微量ながん特異的糖鎖を捉えるには特段の工夫が必要である.一方,タンパク質の増減(量的変化)とそのタンパク質に付加している糖鎖構造の変化(質的変化)を同時に捉え,糖タンパク質として包括的に解析することによりマーカーとしての診断確度を上げることを期待する,いわゆるグライコプロテオミクス解析がマーカー開発アプローチとして期待される2).その最たる好例が,分子中に1本のN型糖鎖を有する肝細胞がんマーカー,α-フェトプロテイン(AFP)-L3である.AFPは慢性肝炎や肝硬変でもその血中濃度が上昇するが,AFPの中でも根元のN-アセチルグルコサミンにフコースがα1-6結合で配位したフコシル化AFPは,肝細胞がん特異的に上昇する.すなわち,コアフコース特異的認識レクチンLCAと抗AFP抗体とを組み合わせることで見事に肝細胞がん特異的AFPが検出可能になった.このAFP-L3を皮切りに,現在,糖鎖マーカー開発はグライコプロテオミクス解析を中心とした新たなフェーズを迎えている.

3. 新規胆管がんマーカーWFA-MUC1の開発

胆管がんは最も予後不良な難治性腫瘍の一つである.早期診断がきわめて困難で,慢性炎症と早期胆管がんとの識別も難しい.マーカーとして用いられるCA19-9は胆管がん以外の消化器系腫瘍や慢性炎症疾患でも上昇するため,現在,胆管がんマーカーとして保険収載されているものは存在しない.胆管がんの予後改善には早期診断,他の炎症性疾患などと識別可能なマーカーの開発が求められる.著者らはこれまでに,MUC1糖鎖プロファイリングによる胆管がんマーカー開発を実施してきた.MUC1は胆管がんをはじめさまざまな腫瘍でその発現が上昇することがよく知られているが,正常上皮細胞にも存在し,炎症性疾患でもその血中量が上昇する.しかし,MUC1上の胆管がん特異的糖鎖変化を捉えることが可能となれば,有用な胆管がんマーカーとなりうる.近年の質量分析やマイクロアレイ技術の革新により糖鎖構造解析精度は著しく飛躍した.しかしながら,MUC1のようなO結合型糖鎖の解析は依然として難しく,それが生体試料中の微量なMUC1となればさらにハードルが上がる.一方,数十種類のレクチンをガラス基板上に固相化したレクチンアレイ応用技術の一つである抗体オーバーレイ・レクチンアレイ法は,MUC1糖鎖解析にかなう方法論として期待される3).本システムの最大の利点は,高感度解析が可能で(糖タンパク質量として:数百pg~数ng),標的糖タンパク質を完全精製する必要もない.ここではレクチンの反応パターンから糖鎖構造を推定することを糖鎖プロファイリングと呼ぶ.まず著者らはMUC1産生・非産生の胆管がん細胞培養上清を用いてMUC1糖鎖プロファイリングを実施したところ,MUC1産生株のみで糖鎖プロファイルが取得できた(図14).つまり,本法はMUC1上糖鎖解析に有効であることが示された.次に,胆管がん患者30例,肝内結石症患者38例,健常者48例分の血中MUC1の比較糖鎖プロファイリングを実施したところ,胆管がんで最も有意に上昇するレクチンとして非還元末端N-アセチルガラクトサミンを認識するWisteria floribunda agglutinin(WFA)が見いだされた(図2A).WFA結合性MUC1(WFA-MUC1)が胆管がん検出に有効であることが示唆されたわけである.本法は,健常人血清中MUC1でも血清量として5 µLあれば検出可能であった.これは現在までに報告されているMUC1上糖鎖解析例の中でも世界最高の検出感度を誇る.一方,臨床応用を念頭に置いた場合,バリデーションに耐えうる検出系が要求される.具体的にはより安価で簡便な方法が好ましい.これにはレクチン/抗体ELISAのようなイムノアッセイが容易に思いつく.しかしながら通常の抗体/抗体サンドイッチELISAと比べその構築はたやすくない.なぜならレクチンによっては抗体糖鎖に結合してしまうためそれがノイズとなるからである.レクチンアレイでは選ばれたレクチンが使用する抗体の糖鎖に結合するか否かも見きわめることができる.ELISAに使用するレクチンを効率的に選別できることも心強い.つまり,最適なレクチン/抗体サンドイッチELISAの組合わせを導き出してくれるというわけである.著者らは,WFAをプレートに固相化したWFA/MUC1サンドイッチELISAを構築した.本ELISAは血清を供した場合,1ウェル中に血清が1 µLもあれば有意な吸光度が得られるまでに最適化されている.血清検体を測定した結果,胆管がん患者血清中WFA-MUC1量は健常者・結石症患者に比べて有意に高値であった(図2B4, 5).胆汁を用いた検討でも,当該マーカーは胆管がん患者胆汁中で有意に増大していた.しかもその胆汁中量は術後速やかに減少していくことも示され,胆管がんマーカーとして有用であることが示された6, 7)

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図1 MUC1比較糖鎖プロファイリング(抗体オーバーレイ・レクチンアレイ法)

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図2 血中MUC1比較糖鎖プロファイリングとWFA-MUC1 ELISA

(A)抗体オーバーレイレクチンマイクロアレイによる血清MUC1上WFAシグナルの変動.(B)WFA-MUC1 ELISAによる血中WFA-MUC1量の変動.

4. 組織切片由来MUC1糖鎖プロファイリング

ここでもう一つ,MUC1上糖鎖解析例を紹介したい.それは血清中ではなく,がん細胞が産生しているMUC1上糖鎖を直接検出する.すなわち,組織切片上で,MUC1免疫染色下で陽性になったがん細胞由来のMUC1上糖鎖プロファイリングである.本法は,がんの進展に応じたMUC1上糖鎖変化を鋭敏に捉えられ,ホルマリン固定組織でも可能であるため,後ろ向き検討も可能である.したがって,より実践的なバイオマーカー開発,あるいは糖鎖変化とがんの生物学的意味づけを追跡することも期待される.まず,レーザーマイクロダイセクション法にて目的の組織片を採取する.これによりMUC1陽性がん細胞のみを選択的に採取することが可能だ.次に,抗MUC1抗体オーバーレイ・レクチンアレイ解析を実施したところ,MUC1陽性領域でのみ糖鎖プロファイルが取得できた.最終的に著者らは5 µm厚の組織切片でMUC1陽性領域が2.5 mm2以上あれば解析可能なプロトコルを作成している.本法を用い,MUC1陽性胆管がん組織21症例を用いて比較糖鎖プロファイリングを実施したところ,術後予後と最も相関するレクチンとしてα2-3シアル酸結合レクチンMaackia amurensis hemagglutinin(MAH)を見いだしている8).MAH-MUC1高値群は低値群に比べて術後予後はきわめて悪い結果であった(図3).このように,同じ胆管がん由来MUC1であっても,WFA, MAHと結合特異性のまったく異なるレクチンが抽出されたことは大変興味深い.この点については現在,より詳細な解析を実施中である.

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図3 血中MUC1比較糖鎖プロファイリング

(A)膵臓がん各ステージにおけるMAHのシグナル強度.MAHのシグナル強度は,がんのステージ依存的に増加する.(B)生存曲線(Kaplan–Meier).MAH高値の患者群は低値に比べ予後不良であった.

5. おわりに

本稿ではMUC1を標的分子として,レクチンアレイを用いた比較糖鎖プロファイリングによる糖鎖マーカー開発の一端を紹介した.著者らはこれまでに,生体のあらゆる試料形態,臓器などの解析プロトコルはほぼ網羅してきた.現在,注目を集める血中エクソソーム表層糖鎖解析も可能にし,疾患特異的なエクソソーム表層の糖鎖変化も見いだしている(論文投稿中).しかしながら,現行のレクチンアレイで解析可能な糖鎖は一部のN型,O型糖鎖で,我々が解析しているものは生体内で生じている糖鎖変化のほんの一部分にすぎない.また解析が難しいとされる,生体内の超微量分子やグリコサミノグリカンなど,これら未知の標的をいかにして解析可能とするか,その課題は多分に残されているが,レクチンアレイによる糖鎖プロファイリングは,糖鎖バイオマーカー開発を強力に推し進める方法論であることは間違いない.

謝辞Acknowledgments

本研究を遂行するにあたり,終始御指導・御鞭撻いただきました国立研究開発法人産業技術総合研究の久野敦先生,平林淳先生,成松久先生,糖鎖医工学研究センターの皆様,慶應義塾大学医学部医化学教室,加部泰明先生,末松誠先生には深く感謝申し上げます.また,臨床検体の収集・評価をしていただきました筑波大学消化器内科正田純一教授,産業技術総合研究所の池原譲先生,鹿児島大学病理の米澤傑先生,東美智代先生に深く感謝致します.

引用文献References

1) Koprowski, H., Steplewski, Z., Mitchell, K., Herlyn, M., Herlyn, D., & Fuhrer, P. (1979) Colorectal carcinoma antigens detected by hybridoma antibodies. Somatic Cell Genet., 5, 957–971.

2) Narimatsu, H., Sawaki, H., Kuno, A., Kaji, H., Ito, H., & Ikehara, Y. (2010) A strategy for discovery of cancer glyco-biomarkers in serum using newly developed technologies for glycoproteomics. FEBS J., 277, 95–105.

3) Kuno, A., Kato, Y., Matsuda, A., Kaneko, M.K., Ito, H., Amano, K., Chiba, Y., Narimatsu, H., & Hirabayashi, J. (2009) Focused differential glycan analysis with the platform antibody-assisted lectin profiling for glycan-related biomarker verification. Mol. Cell. Proteomics, 8, 99–108.

4) Matsuda, A., Kuno, A., Nakagawa, T., Ikehara, Y., Irimura, T., Yamamoto, M., Nakanuma, Y., Miyoshi, E., Nakamori, S., Nakanishi, H., et al. (2015) Lectin microarray-based sero-biomarker verification targeting aberrant O-linked glycosylation on mucin 1. Anal. Chem., 87, 7274–7281.

5) Shoda, J., Matsuda, A., Shida, T., Yamamoto, M., Nagino, M., Tsuyuguchi, T., Yasaka, T., Tazuma, S., Uchiyama, K., Unno, M., et al. (2017) Wisteria floribunda agglutinin-sialylated mucin core polypeptide 1 is a sensitive biomarker for biliary tract carcinoma and intrahepatic chalnagiocarcinoma: A multicenter study. J. Gastroenterol., 52, 218–228.

6) Matsuda, A., Kuno, A., Kawamoto, T., Matsuzaki, H., Irimura, T., Ikehara, Y., Zen, Y., Nakanuma, Y., Yamamoto, M., Ohkohchi, N., et al. (2010) Wisteria floribunda agglutinin-positive mucin 1 is a sensitive biliary marker for human cholangiocarcinoma. Hepatology, 52, 174–182.

7) Yamaguchi, T., Yokoyama, Y., Ebata, T., Matsuda, A., Kuno, A., Ikehara, Y., Shoda, J., Narimatsu, H., & Nagino, M. (2016) Verification of WFA-sialylated MUC1 as a sensitive biliary biomarker for human biliary tract cancer. Ann. Surg. Oncol., 23, 671–677.

8) Matsuda, A., Higashi, M., Nakagawa, T., Yokoyama, S., Kuno, A., Yonezawa, S., & Narimatsu, H. (2017) Assessment of tumor characteristics based on glycoform analysis of membrane-tethered MUC1. Lab. Invest., 9, 1103–1113.

著者紹介Author Profile

松田 厚志(まつだ あつし)

慶應義塾大学医学部医化学教室助教.薬学.

略歴

1978年神奈川県に生る.2004年東北薬科大学薬学部卒業.06年同大学院修士課程修了.06~16年産業技術総合研究所糖鎖医工学研究センター研究員.16年より現職.

研究テーマと抱負

レクチンを活用した糖鎖バイオマーカーの創出を研究テーマとしている.医療に貢献できる研究を推進する.

趣味

筋トレ,旅行.

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