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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(4): 495-498 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900495

みにれびゅうMini Review

がんに対するキメラ抗原受容体発現T細胞療法Chimeric antigen receptor T cell therapy against cancer

大阪大学大学院医学系研究科癌幹細胞制御学Department of Cancer Stem Cell Biology, Osaka University Graduate School of Medicine ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘1–7 ◇ 1–7 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2018年8月25日Published: August 25, 2018
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1. がん免疫療法

がんの治療としては,長年の間,外科による手術,抗がん剤による化学療法,放射線治療の三つが行われてきた.一方,がん免疫療法というアイデア自体はかなり古くから存在し,かなり以前から研究が行われてきたが,その有効性を長年示すことができずにいた.しかし,近年,“チェックポイント抗体療法”と“キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)T細胞”という二つの明らかな有効性を示すがん免疫療法が開発され,“がん免疫療法”は第4のがん治療として,一気にがん治療の表舞台に飛び出した.がんに特異的な変異タンパク質由来のペプチド(ネオアンチゲンペプチド)は,本来自己の体内には存在しない“非自己”である.したがって,それを認識しうる免疫細胞は胸腺あるいは末梢での選択を受けずに体内に残存しており,がん細胞を攻撃しうる.では,どうして,異物であるがんを細胞傷害性T細胞(cytotoxic T-lymphocyte:CTL)は排除することができないのかが問題であるが,それには大きな二つの理由がある(図1).一つはがんに対する免疫には強いブレーキがかかっているということである.PD-1やCTLA-4といったチェックポイント分子から入るシグナルがCTLに強いブレーキをかけているのである.そこで,それらの抑制性受容体に対する中和抗体(チェックポイント抗体)を用いれば,がん特異的CTLを再活性化し,がんを排除することができる.チェックポイント抗体療法が機能するためには,もともと体内に,がん特異的CTLが存在している必要があるので,遺伝子変異が多く変異タンパク質を多く発現するメラノーマ,肺がん,腎がんなどに特に有効である.がん免疫が十分に働かないもう一つの理由は,そもそもがんに対する免疫のアクセルが弱すぎるということであった.特に遺伝子変異が少なく免疫原性の低いがんに対しては,がん免疫のアクセルを強化する方法が必要で,それを実現したのがCAR T細胞療法である.本稿では特にこのCAR T細胞に関して,我々の成果を含めたその現況,および今後の課題について述べる.

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図1 がん免疫療法のブレイクスルー

2. CAR T細胞療法とは

がんに特異的な抗原があったとして,それを標的としてがんを攻撃するための免疫療法としては,抗体を用いたものとCTLをエフェクターとして用いたものの2通りが考えられる.抗体を用いたがん治療は,標的抗原に対する高い特異性を活かし,すでに多くのがんにおいて中心的な役割を果たしている.一方,CTLは非常に強い細胞傷害能力を持ち,しかも体内で非常に強く増殖しうるが,T細胞受容体(TCR)は主要組織適合性抗原[MHC(ヒトではHLA)]と抗原タンパク質由来のペプチドの複合体を認識するので,HLA型ごとに標的となるペプチド配列もCTLが有するTCRも異なることが問題である.

抗体とCTLの両者のよい点を併せ持ったのがCAR T細胞である.がん細胞が発現する細胞表面抗原を認識するモノクローナル抗体由来のscFv(single chain Fv)をCD3zおよび共刺激分子(CD28, 4-1BBなど)と融合させて作製したCARを患者のT細胞に導入して得られるCAR T細胞は,がん細胞表面抗原を認識して活性化されがん細胞を傷害する.すなわち,抗体の特異性の高さをもってがん特異的抗原を認識し,CTLの強い細胞傷害活性と高い増殖力をもってがんを攻撃するのである.患者から採取した末梢血リンパ球にCAR遺伝子を導入し,増幅培養した後,体内へ戻してやることで治療が行われる(図2).

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図2 CAR T細胞療法とは

CAR T細胞療法の原理と実際の臨床応用の流れを示す.

B細胞由来の急性白血病および悪性リンパ腫に対するCD19を標的としたCAR T細胞の臨床試験では,非常に高い完全寛解率が報告された1–3).これらの疾患において他の治療が無効であった場合にはほぼ治癒は不可能であり,多くは1年以内に死亡する.しかし,CD19 CAR T療法を受けた急性リンパ性白血病患者では70%程度という驚異的な長期生存が報告された.これらの結果を受けて米国では,2017年にCD19 CAR T細胞療法がFDAにより承認された.その高い有効性の裏返しとして,有害事象の高い頻度が懸念されていたが,支持療法の発達等により,より安全に施行可能な治療となりつつある.頻度が高く,重篤な有害事象は,サイトカイン放出症候群(cytokine release syndrome:CRS)および神経症状である.CRSはいわばCAR T細胞の“効きすぎ”により起こる高サイトカイン血症であるが,これに対しては抗IL6受容体抗体の使用により,かなり対応が可能になってきた.

3. 多発性骨髄腫に対する新規CAR T細胞療法の開発

骨髄腫は,抗体を産生する細胞である形質細胞が腫瘍化した血液がんで,日本における患者数は約18,000人といわれている.近年の治療の進歩は著しいものの,いまだに治癒はきわめて困難であり,新たな治療薬の開発が待ち望まれており,CAR T細胞療法は,治癒を目指した治療として有望であると考えられている.その開発のためには骨髄腫細胞においてのみ発現している細胞表面抗原を見つけることが必要だが,骨髄腫細胞でのみ発現している遺伝子やタンパク質の探索はすでに世界中で徹底的に行われ,新規治療標的の同定はきわめて困難と考えられていた.しかし,タンパク質の翻訳後変化(糖鎖修飾や立体構造変化など)により形成されるがん抗原があって,それらは今までの網羅的解析では見逃されているのではないかと筆者らは考えた.

そこで,我々は,骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体を多種類作製し,新たな抗原を探すところから研究をスタートした.その結果,骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体10,000クローン以上の中から,骨髄腫細胞には結合するが正常血液細胞には結合しない抗体として,MMG49という抗体を同定した.次に,骨髄腫細胞において,MMG49が結合しているタンパク質がインテグリンβ7であることを明らかにした.不思議なことに,正常な血液細胞にもインテグリンβ7タンパク質は発現しているにもかかわらず,MMG49は正常血液細胞には結合しなかった.より詳細に解析したところ,MMG49は活性型立体構造をとったインテグリンβ7のみに結合することがわかった.さらに,ほとんどの正常血液細胞ではインテグリンβ7は不活性型構造で存在するのに対し,骨髄腫細胞では多くのインテグリンβ7が恒常的に活性化型構造の状態にあることを見いだした.また,インテグリンβ7は血液細胞以外の組織では発現がみられないので,活性化インテグリンβ7を認識するMMG49は特異的に骨髄腫細胞に結合する.そこで,MMG49の抗原認識部位を持つCAR T細胞を作製した.マウスを用いた実験において,MMG49由来CAR T細胞は正常細胞を傷害せずに,骨髄腫細胞のみを特異的に排除することを示した4)

これらの結果は,活性型インテグリンβ7を標的としたMMG49 CAR T細胞療法が骨髄腫に対する有望な新規免疫療法であることを示しており,現在,医師主導治験の準備が進められている.さらに重要なことは,タンパク質自体ががんに特異的でなくても,その立体構造にがん特異的なものがあれば,その“がん特異的立体構造”を標的とした免疫療法が可能であることを示したことにあり,今後,他の多くのがん種において同様の“がん特異的立体構造”が治療標的として同定されることが期待される.

4. より有効かつ安全なCAR T細胞療法の開発へ向けて

CAR T細胞療法は最新の免疫療法であり,まだまだ解決すべき課題があり,世界中がその解決に向けて研究を進めている.

1)新規標的抗原の同定:特に固形がんに対する標的抗原

CAR T細胞療法は今のところ,血液がんに対してのみ十分な有効性が示されており,腺がんや肉腫などの固形腫瘍を効果的かつ安全に治療するためのCAR T細胞療法の開発は大きな課題である.その大きな理由はまだ適切な特異性を持った標的抗原が見いだされていないことにあると考えられる.CARを開発する上で最も重要なポイントは,がん細胞と正常細胞を完全に区別できる標的を見いだすことにある.しかし,実際のところ,今までに試されている標的抗原のすべては正常細胞での発現がみられるものばかりである.その場合,交差反応により傷害される組織が生体の恒常性維持に必須かどうかで標的となりうるかが決まる.たとえば,CD19 CAR T細胞の場合,CD19を発現する正常なB細胞の死滅をもたらすが,それ自体は生命を脅かすものではないので許容されるのである.しかしながら,失われても大丈夫な組織とはそうそうヒトの体にはないもので,それがCAR T細胞の標的抗原の同定を困難にしている.

がん特異的な抗原としては,当然,がんの有する変異に由来する抗原が理論的には有望である.その代表的なものが脳腫瘍(膠芽腫)で多くみられるEGFRvIII(epidermal growth factor receptor variant III)であり,実際抗体療法およびCAR T細胞療法の開発が進んでいる.しかし,EGFRvIIIは特殊な例である.近年のがんゲノム解析の進歩によって明らかになってきているように,がん細胞が持つ変異は,患者によって大きく異なり,また1人の患者のがんの中にも大きな多様性があるため,多くのがん患者に適用可能ながん特異的変異抗原の同定はきわめて難しそうである.最近なされた一つの興味深い報告はがん特異的に起こる糖鎖修飾の異常により形成される抗原(Tn-Muc1)を標的とするものである5).このアプローチでは,Muc1を発現する多くのがんに適用が可能で今後の展開が期待されている.

2)T細胞の腫瘍局所への遊走,浸潤の制御

いうまでもなく,T細胞療法の成功のためには,T細胞が腫瘍部位に効率的に移行することが重要である.T細胞の遊走,浸潤は血液がん(CD19 CAR T細胞など)の場合にはあまり大きな問題ではないが,固形腫瘍を治療する場合にはきわめて重要な問題である.いくつかの腫瘍はより線維組織に囲まれT細胞が浸潤しにくいと考えられている.また,腫瘍がT細胞の浸潤を媒介するのに役立つケモカインシグナル伝達を抑制することも報告されている.CAR T細胞の遊走および浸潤を改善するためのより一般化された方法はいまだになく,基礎免疫学の知見の集積とその応用が今後望まれる.

3)T細胞疲弊の回避あるいは疲弊状態からの回復

慢性的な抗原曝露および炎症の条件下では,T細胞は機能的にエフェクター活性を発現することができなくなり,T細胞疲弊と呼ばれる状態となる6).多くのがん患者において,特に腫瘍局所においては,腫瘍特異的T細胞が疲弊状態にある7).疲弊状態の顕著な特徴は,T細胞が最終的に増殖能力を失うことである8).この問題に対処するために明白な方法は,抗PD-1, PD-L1, CTLA-4(および開発中の他のもの)のようなチェックポイント阻害剤抗体を併用することである.別のストラテジーとしてはCAR T細胞に操作を加えて疲弊しにくい細胞を作ることが考えられている.一番ダイレクトな方法として考えられているのはゲノム編集によってPD-1受容体をT細胞から除去し,PD-L1媒介性の抑制に応答しないようにすることであり,すでにいくつかの報告がある9).このようにゲノム編集を用いたT細胞の改変は,ゲノム編集技術の目覚ましい発展に伴って,どんどん容易になりつつある10)

4)Tリンパ球代謝の制御

近年,T細胞の分化や機能発現に代謝が重要であることが次々と明らかにされている.腫瘍は栄養枯渇により,T細胞の代謝に影響を与えることにより,抗腫瘍免疫を阻害することができる11).腫瘍微小環境では,腫瘍とT細胞との間でグルコースの利用について競合が起こり,それによりT細胞の機能が抑制されている12).また,死んだ腫瘍細胞から放出されたカリウムのため,腫瘍微小環境におけるカリウムイオンのレベルは,血流中のT細胞が遭遇するものより5~10倍高く,それはT細胞活性化を強力に阻害する13).このように,特定栄養素の利用可能性の低下と代謝廃棄物の蓄積とが協調して微小環境を変化させ,T細胞機能に悪影響を与える.また,CAR刺激の違いによるT細胞代謝への影響についても報告があり,CD28シグナル伝達ドメインを有するCAR T細胞は好気性解糖を増強し,4-1BBシグナル伝達ドメインを有するCAR T細胞はミトコンドリア生合成を増強し,脂肪酸酸化を増加させる14).これらの知見をもとに,細胞代謝の制御を介してT細胞機能を制御することにより,より有効なCAR T細胞療法を行うことが可能になると考えられる.

引用文献References

1) Brentjens, R.J., Davila, M.L., Riviere, I., Park, J., Wang, X., Cowell, L.G., Bartido, S., Stefanski, J., Taylor, C., Olszewska, M., et al. (2013) CD19-targeted T cells rapidly induce molecular remissions in adults with chemotherapy-refractory acute lymphoblastic leukemia. Sci. Transl. Med., 5, 177ra138.

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著者紹介Author Profile

保仙 直毅(ほせん なおき)

大阪大学大学院医学系研究科癌幹細胞制御学寄附講座准教授.医学博士.

略歴

1994年大阪大学医学部卒業,内科および血液内科臨床研修の後,2002年大阪大学大学院修了,04~07年スタンフォード大学医学部ポスドク研究員(PI;IrvingWeissman),07年~現職.

研究テーマと抱負

“がん幹細胞”に発現する細胞表面抗原の同定とそれを標的とした“がん免疫療法”の開発.一貫してこのテーマで研究を進めており,今後もぶれずにまっすぐ進みたい.

ウェブサイト

http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/index.html (大阪大学医学部呼吸器免疫内科)

趣味

テニス.

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