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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(4): 499-501 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900499

みにれびゅうMini Review

中枢神経系の修復における多臓器連関の意義Systemic mille regulates central nervous system regeneration

1大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学Department of Molecular Neuroscience, Graduate School of Medicine, Osaka University ◇ 大阪府吹田市山田丘2–2 ◇ 2–2 Yamadaoka, Suita, Osaka

2国立精神・神経医療研究センター神経研究所Department of Molecular Pharmacology, National Institute of Neuroscience, N.C.N.P. ◇ 東京都小平市小川東町4–1–1 ◇ 4–1–1 Ogawa-Higashi, Kodaira, Tokyo

発行日:2018年8月25日Published: August 25, 2018
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1. 脳の髄鞘修復と脳外部環境との関連

脳や脊髄の疾患に罹患すると,病巣が形成された部位に応じて,さまざまな症状が現れる.疾患の種類や個人差はあるものの,症状はしばしば自然に回復するが,これは傷ついた神経回路が修復したためと考えられている.再髄鞘化は,有髄神経回路の修復に必須なプロセスであり,グリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトがその細胞膜を神経軸索に巻きつけることで髄鞘が形成される.オリゴデンドロサイトは,正常の脳や脊髄に広範囲に配置しているが,傷害を受けると多くの神経細胞と同様に脱落するため,傷害部位では新たにオリゴデンドロサイトが供給される必要がある.オリゴデンドロサイトの供給は,その素となる細胞であるオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte precursor cell:OPC)に担われている.傷害による刺激を受けたOPCは盛んに増殖し,病巣へと遊走する.さらに,OPCは分化してオリゴデンドロサイトへ成熟して,髄鞘が修復すると考えられている.

髄鞘化を制御する分子メカニズムに関しては,これまで,OPCの周囲の細胞や分子の役割に注目が集まっていた.たとえば,アストロサイトが発現するplatelet-derived growth factor(PDGF)やbasic fibroblast growth factor(FGF)によるOPCの増殖作用1, 2)や,血管内皮細胞から豊富に産生されるプロスタサイクリンが髄鞘修復を促す3).これらの知見を含め,これまでの多くの研究は脳の内部の細胞や分子の働きを解明するものであり,これは正常の脳が血液脳関門によって脳の外部環境から隔離されていることからも納得できる.一方,脳の髄鞘修復における脳の外部環境の関与については,まったくわかっていない.

一部の脳領域を除き,脳の血管には強固なバリア機能が備わっているが,種々の疾患の病巣で,バリア機能の破綻が観察されている.血管のバリア機能の破綻は,浮腫を生じたり免疫系細胞の脳内への浸潤を容易にさせたりするため,病態を悪化させるものと捉えがちである.しかし,髄鞘化の観点からは,血管のバリア機能が低下した部位でOPCの増殖が促進する様子が観察されている4).また,血液には,全身の臓器から産生される液性因子が多く含まれるが,脳内の細胞にはインスリンやミネラルコルチコイドなどの脳以外の臓器で産生されたホルモンに対する受容体が発現していて,それらは神経細胞新生に関わっている5, 6).これらのことから,OPCなどの脳内の細胞には血液に含まれる分子に対する感受性があり,病態で血液が脳内に流入する状況では,血液に含まれるホルモンの作用を受けて髄鞘化が導かれるという仮説に至った(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 90(4): 499-501 (2018)

図1 脳の外部環境が脳の修復を制御

中枢神経傷害後に血液が脳内へ流入する.流入した血液に含まれるFGF21が,脳内のオリゴデンドロサイト前駆細胞へ働きかけ,細胞増殖を促し,髄鞘を修復させる.

2. 血液に含まれるFGF21による髄鞘修復効果

1)血液流入とOPCの増殖のタイミングの一致

血液の流入と髄鞘修復の関連を調べるために,2種類の脱髄モデルマウスを用いた組織解析を行った.lysophosphatidylcholine(LPC)を局所的に脳実質に注入するモデルでは,注入部位の周囲に限局して血管傷害7)と脱髄3, 8)が生じる.一方,クプリゾン食餌では,脱髄は認められるが顕著な血管傷害は伴わない9, 10).血管傷害の程度が異なる二つの脱髄モデルマウスにおいて,脱髄後の髄鞘の修復を比較したところ,血管傷害があるモデルの方が髄鞘がよく修復した.このことから,血管傷害によって髄鞘修復のいずれかのプロセスが促進されると考えた.さらにマウスに蛍光色素を静脈内投与し,血管傷害の程度を経時的に観察し,さらに同じ時間軸でOPCの挙動を解析したところ,血管傷害が顕著な時期にOPCの増殖が盛んであることがわかった.このことから,血管傷害による血液の流入が,OPCの増殖を促進させる可能性を考えた.

2)血液中のFGF21がOPCの増殖を促進

続いて,血液がOPCの増殖を促進させるか,培養実験で検証した.マウスOPCの初代培養細胞に対して,成体マウスから採取した血清を加え,OPCへの5-bromo-2′-deoxyuridine(BrdU)の取り込みを評価した.すると,血清曝露群ではBrdUの取り込みが高まっており,このことから成体マウスの血清にOPCの増殖を促進させる作用があることが示された.そこで,血清によるOPC増殖効果に関わる分子メカニズムを検証するため,OPCにあらかじめ種々のシグナル伝達阻害剤を処置し,その後に血清を添加した場合にBrdUの取り込みに影響が出るか,薬理学的にスクリーニング実験を行った.すると,あらかじめFGF受容体の阻害剤を処置した群では,血清によるBrdUの取り込みの促進が有意に阻害された.この結果から,血清によるOPC増殖効果にはFGF受容体が関与することが示された.FGFはヒトでは22種類同定されているが,ホルモン様の挙動をとるのはFGF19, 21, 23である11).そこで,それぞれのリコンビナントタンパク質を培養OPCに添加したところ,FGF21がOPCのBrdU取り込み能を増加させた.さらに,FGF21の中和抗体を培養OPCに添加し,そこへ血清を曝露すると,コントロール群(コントロールIgG+血清曝露)と比較してBrdUの取り込みが少なかったことから,血液に含まれるFGF21がOPCの増殖を促進させることが示唆された.FGF21による細胞内シグナル伝達はFGF受容体に担われるが,それには補助受容体のβ-Klothoが必要である.そこで,OPC側のβ-Klothoが血清によるBrdU取り込みの増加に寄与するか,検討した.β-KlothoのsiRNAを導入したOPCに血清を曝露したところ,コントロールsiRNA群で検出されるBrdUの取り込み増加が阻害されており,これらのことから血清に含まれるFGF21は直接OPCに働きかけて,細胞増殖を導くことが示された.

3)FGF21の発現パターンの解析

FGF21のin vivoでの作用を検討するため,まずFGF21の全身での発現パターンを解析した.全身の臓器を採取し,タンパク質およびmRNAレベルでFGF21量を計測したところ,膵臓での発現量が顕著に高かった.膵臓は内分泌器官であるが,内分泌機能を担うのは膵島の一部の細胞である.そこで,膵臓で検出されたFGF21が分泌されるか検討するため,膵臓の組織切片でFGF21および内分泌機能を担う細胞のマーカーとの共染色を行った.すると,グルカゴン陽性のα細胞でFGF21が豊富に発現している様子が観察され,膵臓で産生されるFGF21が血中に分泌する可能性が推察された.それを確認するために,膵臓にFGF21のsiRNAを導入したマウスの血液とコントロールsiRNA群の血液を採取し,血中FGF21量を比較した.すると,膵臓でFGF21の発現を抑制させたマウスの血液のFGF21量は低く,またその血液を培養OPCに曝露するとコントロールsiRNA群のマウスの血液で認められるOPC増殖効果が失われた.以上のことから,膵臓から分泌されるFGF21が脳のOPCの増殖を制御する可能性が示唆された.

4)個体レベルでのFGF21の髄鞘修復効果

マウスの髄鞘修復における血中FGF21の寄与を検討するため,LPC脱髄モデルでのFGF21量を検討した.LPCを注入したマウスの脊髄では,コントロール群と比較し,LPC注入1日後よりFGF21量が増加した.また,蛍光色素を結合させたFGF21を静脈内投与したマウスの脊髄へLPCを注入した場合も,脊髄で蛍光色素が検出された.一方,LPC注入部位のFGF21 mRNAは,コントロールと比較し有意な差が認められなかったため,LPC注入に伴い,血液中のFGF21が脊髄へ流入したと考えた.

続いて,髄鞘の修復におけるFGF21の寄与を検討するため,FGF21のノックアウトマウスの脊髄にLPCを注入し,時間経過に伴う髄鞘の修復を評価した.コントロールマウスでは,LPC注入1週間後に,顕著なOPCの増殖が認められ,2週間後には髄鞘の修復が観察される.ところが,FGF21ノックアウトマウスでは,増殖するOPCは少なく,髄鞘の修復もあまり生じなかった.LPC注入による脱髄の広さについては,コントロール群でもFGF21ノックアウト群でも差が認められなかったことから,FGF21の欠損により脱髄の誘導が促進させるわけではなく,髄鞘の修復が阻害されると考えられた.本研究ではマウスの脊髄背側に脱髄を誘導しており,下位胸髄へ脱髄を誘導すると後肢の運動機能に障害が現れる.髄鞘の修復と同じように,運動機能も自然に回復していくが,FGF21ノックアウトマウスでは症状の回復が阻害された.以上のことから,FGF21が髄鞘の自発的な修復や症状の自然回復に寄与することが示唆された.

5)FGF21による治療効果とヒト細胞での作用

FGF21を処置することで髄鞘の修復が促進するか検討するため,LPCによる脱髄モデルに対してFGF21を髄腔内へ持続的に処置した.FGF21投与群では,コントロール群と比較して脱髄領域が狭くなっており,このことからFGF21が髄鞘の修復を促進させる作用があることが示された.LPC誘導性の脱髄以外に対してもFGF21が治療効果を発揮するか検討するため,脳挫傷モデルマウスに対してFGF21を脳室内へ持続的に投与した.脳梁における髄鞘を可視化して観察し,FGF21投与群では髄鞘の修復が促進する様子を観察した.これらの結果から,FGF21の投与は髄鞘の修復を促進することが示唆された.

これまでのマウスの実験で得られたFGF21による髄鞘修復効果がヒトでも保存されているかを,ヒト細胞を用いて検証した.多発性硬化症患者の剖検組織(脳)の切片を用いて,脳切片内のOPCにβ-Klothoが発現している様子を免疫染色法で検出した.さらに,培養ヒトOPCに対して,ヒトFGF21を処置し,BrdUの取り込みが増加する様子を観察した.以上の結果から,ヒトでもFGF21によるOPC増殖効果が保存されていることが示唆された.

3. まとめ

本研究は,脳の外部環境が脳の修復を促すという仮説を実証するものであり,これまで脳の内部環境が制御すると考えられていた脳神経回路の修復に新しいコンセプトを付与するものである.メカニズムとして,FGF21によるOPCの増殖効果を示しているが12),OPCが髄鞘を修復させるためには,増殖したOPCが脱髄部位へ遊走し,成熟オリゴデンドロサイトへ分化する必要がある.髄鞘の修復と血管のバリア機能の経時変化を照らし合わせると,血液中の分子がOPCの分化にも影響する可能性があるが,FGF21はOPCの分化を促進させなかった.今後,血液中の分子がOPCの分化に与える影響や,そのメカニズムについても解明していくことで,髄鞘修復の新しい分子メカニズムが発掘されることが期待される.

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著者紹介Author Profile

村松 里衣子(むらまつ りえこ)

国立精神・神経医療研究センター神経研究所部長.博士(薬学).

略歴

2008年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了,大阪大学大学院医学系研究科特任助教,助教,准教授を経て,18年より現職.

研究テーマと抱負

中枢神経系の神経回路の修復のメカニズムに興味があります.分子メカニズムを解明し,得られた知見を活かして,中枢神経疾患の後遺症に対する治療薬の開発へ展開させていきたいと考えています.

ウェブサイト

https://www.hs.ura.osaka-u.ac.jp/muramatsurieko/

趣味

ガーデニング.

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