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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(4): 539-542 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900539

テクニカルノートTechnical Note

立体構造解析のための大腸菌無細胞タンパク質合成系を用いた哺乳類由来膜タンパク質調製手法Preparation techniques using an Escherichia coli cell-free system to produce membrane proteins for structural analysis

理化学研究所生命機能科学研究センタータンパク質機能・構造研究チームLaboratory for Protein Functional and Structural Biology, RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research ◇ 〒230–0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1–7–22 ◇ 1–7–22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama, Kanagawa 230–0045, Japan

発行日:2018年8月25日Published: August 25, 2018
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1. はじめに

細胞膜上の膜タンパク質は,情報伝達分子などの認識と情報伝達,イオンや糖などの物質輸送,エネルギー生産,細胞間接着などを担うことから,生命活動に欠かすことができない分子群である.また,膜タンパク質は既存薬剤の標的分子となっているものが多く,将来の薬剤標的分子として期待されるものも多い.現在,タンパク質の機能や創薬の研究において,X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡単粒子解析などによる詳細な立体構造解析は欠かすことができない研究手法となっており,膜タンパク質もその限りではない.しかしながら,実際には膜タンパク質,特にヒトなど哺乳類由来の膜タンパク質の立体構造解析例は球状タンパク質と比べてはるかに少ない.この理由の一つとして試料調製の難しさがある.本稿では,高難度膜タンパク質調製に関わる課題を克服するために開発された,大腸菌無細胞タンパク質合成技術に基づいた新しい膜タンパク質調製手法について,実例を交えながら紹介する.

2. 膜タンパク質調製における課題

立体構造解析用,特に現在主流となっているX線結晶構造解析用のタンパク質試料調製では,正しい立体構造を保持した高純度の精製試料がミリグラム単位で必要となる.哺乳類由来の膜タンパク質の発現では,大腸菌生細胞を用いた発現系が不向きであるため,酵母や昆虫細胞,哺乳動物細胞などの発現系を用いることが一般的であるが,膜タンパク質は球状タンパク質と比べて低発現となるケースが多い上,過剰発現により細胞死を引き起こすことがある.また,界面活性剤で溶かし出して細胞膜から抽出する工程(=可溶化)における効率の悪さも大きな問題となっている.特に,界面活性剤に抵抗性を示す膜ドメインに局在する膜タンパク質は,ドデシルマルトシド(DDM)のような作用が緩和な界面活性剤では脂質膜から効率よく抽出することが困難である.さらに,界面活性剤で可溶化された膜タンパク質の膜貫通ドメインは脂質膜の側圧から解放されることで不安定度が増し,精製工程中に変性・失活するものも少なくない.以上の問題点から,高品質な精製サンプルを高収量得ることが困難となっている.

3. 大腸菌無細胞タンパク質合成技術

本稿で紹介する「大腸菌無細胞タンパク質合成技術に基づいた膜タンパク質調製手法」は,調製困難な膜タンパク質の発現量と可溶化に関わる問題を克服した実験手法である.大腸菌無細胞タンパク質合成技術とは,大腸菌から抽出したライセートに核酸やアミノ酸等の材料と目的タンパク質をコードする遺伝子を添加して,in vitroで目的タンパク質を合成させる手法であり,生きた細胞を用いないため,過剰発現させると細胞死を引き起こすようなタンパク質でも調製可能である1).また,合成反応に用いる液量が数mL程度と少ないことから,大きな培養用振とう器が不要なことも利点であると言える(図1a~c).さらに,大腸菌無細胞タンパク質合成技術は,コムギ胚芽や昆虫細胞のライセートを用いた無細胞合成技術と比べて合成効率が非常に高く,3~5時間程度の短い反応時間でミリグラム単位のタンパク質調製が容易である.タンパク質の立体構造解析では大量の精製試料が必要となることから,これは非常に大きな利点といえる.実際,理化学研究所の横山茂之らおよび我々の研究グループでは,X線結晶構造解析用タンパク質試料調製に大腸菌無細胞タンパク質合成技術を利用して数多くの実績を挙げている2, 3)

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図1 大腸菌無細胞タンパク質合成技術

(a)大腸菌無細胞タンパク質合成の概念図.(b)大量調製を行う際の大腸菌無細胞タンパク質合成のセットアップ(9 mL反応液/90 mL透析外液.溶液組成は文献9を参照).(c)無細胞合成反応に用いる小型の保温振とう器.

4. 大腸菌無細胞タンパク質合成技術を利用した膜タンパク質調製の従来法の課題

水溶液中に曝露された膜タンパク質の膜貫通ドメインは,好ましからぬ疎水性相互作用によって,凝集の原因となる.このため,無細胞タンパク質合成技術による膜タンパク質の合成では,この問題を克服する工夫が必要である.現時点において,大腸菌無細胞タンパク質合成技術を利用した膜タンパク質調製では,「脂質や界面活性剤を用いずに合成し,沈殿物として得られた目的膜タンパク質を強力な界面活性剤(SDS等)で可溶化してから巻き戻す方法」と,「脂質や界面活性剤の存在下で合成し,脂質二重膜あるいはミセル内に包み込む方法」の2種類の手法に大別される.前者は合成量に秀でているものの,ポリペプチド鎖の折りたたみが複雑である真核生物由来の膜タンパク質の生産には不向きであり,実際,立体構造解析実施例については原核生物由来のものに限られている4, 5).一方,後者では,界面活性剤ミセルのみ6),あるいは脂質リポソームのみを添加したもの7)や,nanodisc化した脂質膜を添加した手法8)が提案されているが,いずれも無細胞合成反応液に脂質あるいは界面活性剤を添加することで,合成された膜タンパク質を脂質二重膜あるいは界面活性剤ミセルで包み込むことで正常に折りたたませることを期待した手法である.ここにあげたいくつかの手法は,前者の手法では正しく折りたたむことが困難な膜タンパク質であっても調製可能であるため,機能解析などで利用されている.しかしながら,いずれも膜タンパク質の性状や収量に問題があるため,一部のケースを除いて,真核生物由来膜タンパク質のような比較的困難なターゲットについては高分解能での立体構造解析を目的とした試料調製に対応できていない.

5. 大腸菌無細胞タンパク質合成技術を利用した新しい膜タンパク質調製手法

理化学研究所の我々の研究グループと横山らの研究グループでは,この手法を基に,脂質と界面活性剤の種類や混合比を工夫することで,比較的高難度なターゲットであっても立体構造解析に利用可能なサンプルを大量に調製できる二つの手法,「Precipitating-Membrane Fragment(P-MF)法」と「Soluble-Membrane Fragment(S-MF)法」を開発した9).この二つの手法は,脂質に適量の界面活性剤を作用させることで,合成反応により生じたポリペプチドを脂質膜内に挿入させやすくし,収量とタンパク質性状の改善を図ったことが特徴である.

1)P-MF法

P-MF法は,100,000×g程度の高速遠心で沈殿する大きな膜断片となるように混合比を調整した脂質[phosphatidylcholine(PC)の他,任意の脂質種を使用可能]と界面活性剤(主にdigitoninを使用)の混合液を反応液に添加して合成する手法である.翻訳された膜タンパク質は脂質膜断片に包埋され,合成反応終了後,100,000×g遠心の沈殿画分として回収される.このとき,きょう雑タンパク質の多くは遠心上清として除去されるため,遠心操作のみで脂質膜に包埋された比較的高純度の試料を調製可能である.したがって,本手法はターゲットタンパク質の合成の可否や合成量の迅速な調査,あるいは可溶化により不安定になりやすい膜タンパク質の調製や機能解析に適している.

実際,我々は,膜貫通へリックス数が1~9本のヒト由来膜タンパク質19種について,P-MF法による標準条件(卵黄PCとdigitonin)下での合成試験を実施したところ,いずれの膜タンパク質においても,クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色で容易に視認可能なレベルであり,19種の平均で反応液1 mLあたり0.3 mgの合成量となり,本手法がさまざまな膜タンパク質の合成に適用可能であることを確認した9).また,既存の生細胞を使用した発現システムでは発現量が乏しく大量調製に不向きな膜タンパク質であるヒトグルコシルセラミド合成酵素(GlcT)10)について,合成量と酵素活性の最適化を目的として,P-MF法を用いてさまざまな脂質条件下で合成したところ,脂質にブタ脳極性脂質抽出物を用いることで,CBB染色で検出可能なレベルでの合成量と高い酵素活性を示すことが判明した.さらに,この脂質条件で調製したヒトGlcTに強く結合する脂質としてLC-MS解析によって検出されたhexosylceramideをP-MF法での無細胞合成に使用したところ,より高活性の試料調製が可能となり,P-MF法が膜タンパク質の機能と脂質種との関連性を研究するツールとしても有用であることを確認した9)

2)S-MF法

S-MF法は,P-MF法とは対照的に,100,000×g程度の高速遠心でも沈殿しない小さな浮遊性の脂質膜断片となるように混合比を調整した脂質と界面活性剤の混合液を,反応液に添加して合成する手法である.翻訳された膜タンパク質は,浮遊性の脂質膜断片に包埋され,合成反応終了後,100,000×g遠心の上清画分として回収される.生細胞の発現システムを利用した精製時につまずきやすい可溶化工程を省略して,合成反応後の無細胞合成反応液から直接カラム精製することが可能であるため,可溶化が困難な膜タンパク質の大量調製に適している.

claudinは,密着結合の構成分子として古瀬ら11)により発見された4回膜貫通型膜タンパク質である.この膜タンパク質は,コレステロールやスフィンゴミエリンに富み界面活性剤に抵抗性を示す膜ドメインに局在するため,生細胞を用いた発現システムでは,界面活性剤による脂質膜からの抽出が困難となっており,大量調製が難しいサンプルとして知られている12).先述のとおり,P-MF法を利用した無細胞タンパク質合成では,合成させた膜タンパク質を任意の脂質種で構成された膜内に包み込むことが可能であるため,卵黄PCのような比較的界面活性剤で溶かしやすい脂質種を合成反応に用いることで,claudinであっても効率よく可溶化し,精製することが可能である.一方,S-MF法では,合成されたclaudinを100,000×g遠心上清中にほぼ完全に回収することができるため,P-MF法より高収量を期待できる.実際,P-MF法を用いて調製したヒトclaudin-4は,DDMでの可溶化の際には完全に抽出されないが,S-MF法では合成後の遠心上清へほぼ完全に回収され,収量は約3.5倍となった9).さらに,S-MF法は,可溶化工程の省略によって,合成反応からアフィニティー精製やゲルろ過カラム精製に至る一連の精製を約1日で終えることができるため,大量の精製試料調製を繰り返す必要がある立体構造解析,特にX線結晶構造解析では非常に有効な手法であるといえる.実際,我々は,S-MF法を用いて調製したヒトclaudin-4を利用して,ヒトclaudin-4・C-CPE複合体のX線結晶構造解析を実施し,3.5 Å分解能で立体構造を決定した(PDB:5B2G)13)

6. まとめ

本稿で紹介した無細胞タンパク質合成手法であるP-MF法とS-MF法によって,これまで調製困難とされていた哺乳動物由来の膜タンパク質についても結晶化品質の試料調製が可能となった.特に,これまで生細胞を利用した発現システムでは可溶化が困難であった膜タンパク質についても,S-MF法によって可溶化工程を経ずに迅速に精製可能となったことで,本手法の適用範囲が大きく拡大した.

本手法により調製した高品質な膜タンパク質試料は,立体構造解析だけにとどまらず,さまざまな生化学実験,薬効評価,あるいは抗体取得のための免疫原調製等,さまざまな実験に適用可能である.

引用文献References

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3) Kimura-Soyema, T., Shirouzu, M., & Yokoyama, S. (2014) Cell-free membrane protein expression. Methods Mol. Biol., 1118, 267–273.

4) Chen, V.B., Arendall, W.B. 3rd, Headd, J.J., Keedy, D.A., Immormino, R.M., Kapral, G.J., Murray, L.W., Richardson, J.S., & Richardson, D.C. (2010) MolProbity: All-atom structure validation for macromolecular crystallography. Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 66, 12–21.

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12) Suzuki, H., Nishizawa, T., Tani, K., Yamazaki, Y., Tamura, A., Ishitani, R., Dohmae, N., Tsukita, S., Nureki, O., & Fujiyoshi, Y. (2014) Crystal structure of a claudin provides insight into the architecture of tight junctions. Science, 344, 304–307.

13) Shinoda, T., Shinya, N., Ito, K., Ohsawa, N., Terada, T., Hirata, K., Kawano, Y., Yamamoto, M., Kimura-Someya, T., Yokoyama, S., et al. (2016) Structural basis for disruption of claudin assembly in tight junctions by an enterotoxin. Sci. Rep., 6, 33632.

著者紹介Author Profile

篠田 雄大(しのだ たけひろ)

国立研究開発法人理化学研究所生命機能科学研究センター研究員.博士(農学).

略歴

1977年東京都に生る.2002年帝京大学薬学部卒業.04年同大大学院修士課程修了.08年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程単位取得退学.09年理化学研究所特別研究員.12年同研究所研究員.18年より現職.

研究テーマと抱負

大腸菌無細胞タンパク質合成技術や構造解析を主な研究手法として,密着結合の機能や構造の全容解明に挑んでいる.

ウェブサイト

https://www.bdr.riken.jp/jp/research/labs/shirouzu-m-protein/index.html

趣味

バードウォッチング,ツーリング.

染谷 友美(きむら-そめや ともみ)

国立研究開発法人理化学研究所生命機能科学研究センター上級研究員.博士(薬学).

略歴

1992年千葉大学薬学部卒業.97年同大学院薬学研究科博士課程修了.97年大阪大学産業科学研究所,2001年国立感染症研究所ウイルス第二部,03年University of California, San Francisco, 06年(独)理化学研究所,18年より現職.

研究テーマと抱負

膜タンパク質の生化学的・構造生物学的研究.膜タンパク質を標的とした創薬に結びつく研究に関わっていきたいと常々考えています.

趣味

子供たちと音楽を楽しむこと.

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