リゾリン脂質メディエーターとして,リゾホスファチジン酸(LPA)とスフィンゴシン1-リン酸(S1P)の研究が先行しており,受容体や産生酵素,輸送体が同定され,その遺伝子欠損(KO)マウスや遺伝子変異を有する疾患患者から,LPAやS1Pの多様な生理機能が明らかとなっている.一方,リゾホスファチジルセリン[LysoPS,本稿ではリポポリサッカライド(LPSと略されることが多い)と区別するためLysoPSの略語を用いる]は,その受容体や産生酵素の全容がいまだ明らかとなっていない.しかし,LPAやS1Pとは異なる生理機能に関与することが示唆されており,LysoPSは近年着目を集めつつあるリゾリン脂質メディエーターである.
LysoPSの分子構造はグリセロール骨格にアシル基を1本と極性頭部にリン酸基とセリンを含有する.LPAと同様に,アシル基の脂肪酸種は多様であり,その結合位置はグリセロール骨格のsn-1位(1-アシル型)とsn-2位(2-アシル型)の2種類がある.LysoPSに含有するアシル基の種類は,体内に多い脂肪酸種である炭素数16から22,不飽和度は0から6の脂肪酸である(以下,LysoPSに含有される脂肪酸分子種を炭素数:不飽和度で表す).生体内にはLysoPSをde novoで合成する経路は存在せず,後述するように,LysoPSの前駆体はアシル基を2本有するホスファチジルセリン(PS)であると考えられている.他の多くのリン脂質と同様,PSのsn-1位とsn-2位にはそれぞれ飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の非対称的な分布があることから,対応するLysoPSも1-アシル型が飽和脂肪酸を含有し,2-アシル型が不飽和脂肪酸を含有する場合が多い.LPAではアシル基の種類やグリセロール骨格の結合位置の違いにより,薬理作用や受容体活性化作用が異なることが知られている1–3).LysoPS受容体に関しては,LPS1が不飽和脂肪酸を含有するLysoPSに対して反応性が高い4).
近年の質量分析計の発達により,さまざまな臨床サンプル中のLysoPS量を測定することが可能となった.多くの臨床サンプルを測定した結果,血漿中には数~10 nMのLysoPSが存在することがわかっている.この濃度は,LPA(~数10 nM),S1P(~1 µM)と比較してやや少なく,また,LysoPS受容体(7節参照)を活性化する濃度に達していない.このことは,LysoPSが全身性よりも局所的なメディエーターとして機能する可能性を示唆している.血液以外では,胃がん患者の腹水中において18:0-,18:1-LysoPSの濃度が増加しており,LysoPS濃度とLysoPS産生酵素であるPS-PLA1濃度に正の相関性があることが報告されている5).LysoPSは組織中にも検出され,急性冠症候群の病変部位で検出されるLysoPSはPS-PLA1(5節参照)の濃度との間に正の相関性があることが見いだされている6).
LysoPSの生理活性はラットの腹腔マスト細胞の脱顆粒反応を促進する作用として見いだされた7).マスト細胞はIgE依存的な脱顆粒応答を引き起こす免疫細胞の一種であり,ヒスタミンの放出などを介してアレルギー疾患を引き起こす細胞として知られる.IgEを感作させたマスト細胞に対して,抗原とLysoPSを添加すると,抗原単独添加に比べて顕著な脱顆粒反応の促進がみられる.その後のLysoPS誘導体を用いた薬理学的な解析から,この脱顆粒促進作用は極性基のセリンの立体構造を厳密に認識していることがわかり8, 9),LysoPSを特異的に認識する受容体の存在が想定されている.後述のように,LPS1/GPR34がマスト細胞のLysoPS受容体として着目されたが,LPS1遺伝子KOマウスのマウス細胞はLysoPSに応答して脱顆粒促進作用を示すことから,LPS1以外の分子が脱顆粒促進作用を担うと考えられる10).
LysoPSはマスト細胞の脱顆粒促進作用以外にも,T細胞の増殖抑制作用11),細胞遊走能の促進作用4, 12),マクロファージの貪食能促進作用13, 14),PC12細胞の神経突起伸長作用15),シトクロムP450の機能制御16)を有することが報告されている.
LysoPSの産生経路として,PSの脱アシル化(ホスホリパーゼA1もしくはA2反応,以下それぞれの反応を触媒する酵素をPLA1,PLA2と略記)が想定されている.細胞内でde novoで合成されるLPAとは異なり,LysoPSを含む他のグリセロリゾリン脂質はde novoで合成されない.また,細胞内外にはPSに作用しLysoPSを産生しうるさまざまなPLA1/PLA2分子が存在する.このうち細胞外でPSの脱アシル化反応を担う酵素が我々のグループにより精製・同定されている.
PSは通常,脂質二重膜の内層に分布し,その非対称性はフリッパーゼにより積極的に維持されている.アポトーシスや血小板の活性化などの特殊な環境下においては,PSが脂質二重膜の外層に露出する.この露出したPSは,アポトーシス細胞のイートミーシグナル(貪食細胞による除去の目印)としての機能や,血小板上における血液凝固因子の結合促進の機能が知られる.
我々はこれらのPS自体の機能に加えて,PSのアシル基が積極的に分解を受けてLysoPSとして別の機能を発揮すると想定している.物性の違いから,PSは細胞膜にとどまって機能する一方,LysoPSは両親媒性化合物として細胞膜から細胞間隙に移行し,拡散して周囲の細胞に達することができる.細胞外でのLysoPS産生の律速段階は,PSの脱アシル化よりもPSの膜表面への輸送であると考えられる.血小板の活性化時やアポトーシス時にPSを内膜から外膜へ輸送するスクランブラーゼとして,TMEM16FやXkr8が同定されているものの17, 18),LysoPS産生と共役しているかは明らかとなっておらず,この点は今後の研究課題である.
我々は以前の研究において,活性化血小板からLysoPSが産生されることに着目し,PSに対するホスホリパーゼA1活性を指標(実際の実験はLysoPSに対するリゾホスホリパーゼA1活性)にセリン含有リン脂質を選択的な基質とする酵素を精製・同定し,PS-PLA1と命名した19).遺伝子クローニングにより,このタンパク質の全長のアミノ酸配列を決定したところ,PS-PLA1はトリアシルグリセロールを基質とするリパーゼファミリー(膵リパーゼやリポタンパク質リパーゼなどがメンバーに含まれる)と相同性を有することがわかった.これらのリパーゼはトリアシルグリセロールのsn-1位とsn-3位のアシル基を加水分解して,それぞれ腸管内や血中リポタンパク質のトリアシルグリセロール代謝に関与する.その後の研究により,リパーゼファミリーにはリン脂質を基質とする複数のメンバーが含まれることが判明している.たとえば肝リパーゼと内皮リパーゼは血中リポタンパク質のリン脂質代謝に関わる20).肝リパーゼはトリアシルグリセロールも基質とするが,PS-PLA1と2種類のホスファチジン酸選択的PLA1(PA-PLA1αとPA-PLA1β)は,トリアシルグリセロールに対する活性を示さず,リン脂質のみを基質とする.
PS-PLA1は細胞外に分泌され,好中球に作用しLysoPSを産生することでマスト細胞の脱顆粒に関与しうることが示されている21).しかし,PS-PLA1はLysoPSを分解する活性も有しているため(次節参照),PS-PLA1がLysoPS産生酵素として機能するかについては慎重に考えなければならない.
PS-PLA1と最も相同性の高いタンパク質はPA-PLA1α(アミノ酸配列上77%の類似度,33%の一致度を示す)であるものの,極性頭部(それぞれホスホセリン基とリン酸基)とアシル基(PS-PLA1はリン脂質とリゾリン脂質を基質とし,PA-PLA1αはリン脂質のみ)の選択性が異なる.我々は基質認識機構に興味を持ち,この分子機構を理解すべく,基質選択性に関わるアミノ酸残基の同定を試みた22).膵リパーゼの構造解析の知見から基質ポケットを覆う三つのループに着目し,酵素のキメラ体を作製してその酵素活性を測定したところ,このうちβ5ループがPS-PLA1のリゾホスホリパーゼ活性とPA-PLA1αのリン酸基認識に寄与していることがわかった.特にPS-PLA1の広いアシル基選択性はβ5ループ上の一つのアミノ酸残基(A93)で説明されることがわかった.
近年,新規LysoPS産生酵素としてα/βヒドロラーゼファミリーの一種であるABHD16Aが同定された23).ABHD16Aは脳および活性化マクロファージにおいて高発現し,これに対応するようにABHD16A KOマウスの脳および活性化マクロファージ培養上清中のLysoPS量が減少していた.ABHD16Aを過剰発現させたHEK293の膜画分を用いたin vitroの解析から,ABHD16AはPSを基質としてLysoPSを産生することがわかった.他のジアシルリン脂質についても検討しており,ホスファチジルコリン,ホスファチジルイノシトール,ホスファチジルグリセロール,ホスファチジン酸も代謝され,それぞれのリゾ体を産生することもわかった.培養細胞レベルの解析では,チオグリコレート誘導性マクロファージにおいて,ABHD16Aがリポポリサッカライド活性化刺激時のTNFα産生の促進作用を示すことがわかった.この論文において,ABHD16Aに対する選択性の高い阻害剤KC-01が開発されており,このツール化合物を用いた今後の研究の発展が期待される.一方,別のグループの論文では,ABHD16AはLysoPSやモノアシルグリセロール,プロスタグランジン結合型グリセロールを基質とし,脂肪酸やプロスタグランジンを産生することが示されており,個体内で本酵素の主要な基質がPSであり,LysoPS産生酵素として生理的な役割を発揮しているかどうかについてはさらなる解析が必要である24).
LysoPSの分解活性を有する酵素が複数報告されている.まず,上述したPS-PLA1はPSのsn-1位のアシル基を加水分解するだけでなく,LysoPSのsn-1位のアシル基も加水分解する19, 25).我々の予備的知見では,血清産生時に産生される不飽和型のLysoPSはPS-PLA1 KOマウスで著減するが,逆に,飽和型LysoPSの産生はPS-PLA1 KOマウスで増加する.このように,グリセロール骨格に結合する脂肪酸の違いにより生じる2-アシル型LysoPS(不飽和脂肪酸を有する)と1-アシル型LysoPS(飽和脂肪酸を有する)でその産生系,消去系は大きく異なるようである.
一方,Cravattのグループはケミカルバイオロジーの手法により,いくつかのLysoPS分解酵素を同定している.ABHD12遺伝子は失聴・運動失調等を特徴とする遺伝疾患(polyneuropathy, hearing loss, ataxia, retinitis pigmentosa, and cataract:PHARC)の原因遺伝子として同定されており26),当初その基質として2-アラキドノイルグリセロールが想定されていた27).ABHD12 KOマウスはPHARCの病態を示したが,脳内の2-アラキドノイルグリセロールの量に顕著な差は認められなかった28).質量分析計を用いた網羅的脂質解析により,ABHD12 KOマウスではLysoPSが蓄積し,特に長鎖脂肪酸を有するLysoPSが顕著に増加した.in vitroの解析で,リコンビナントABHD12はLysoPSのアシル基を加水分解する活性を示した.彼らはin viroの解析からABHD6もLysoPS分解酵素であると報告している.しかし,上述のABHD16と同様,ABHD6, 12ともin vitroではさまざまなリン脂質,中性脂質の脂肪酸を加水分解する活性を示す29).したがって,これらが真のLysoPS分解酵素であることを示すためにはさらなる解析,特に,次に述べるLysoPS受容体との共役実験が必要であると著者らは考える.
以前に同定されていたLPA受容体とS1P受容体がいずれもGタンパク質共役型受容体(GPCR)であったことから,LysoPS受容体もGPCRであると想定されていた.LPA受容体とS1P受容体は1990年代後半に同定されたが,その約10年後,初めてのLysoPS受容体としてGPR34(その後筆者らのグループがLPS1と呼ぶことを提唱)が報告された30).しかし,Schönebergのグループは,GPR34はLysoPSには反応しないと主張し,GPR34がLysoPS応答性受容体であるかは議論の的となった31).同論文ではヒトとマウスのGPR34はLysoPS応答性が検出されないものの魚類(コイ)由来のGPR34はLysoPS応答性があると報告している.我々は,GPR34を強制発現させたGPR34がLysoPS依存的にカルシウム応答と細胞遊走を引き起こすこと9),当研究室で開発されたGPCR活性化測定法TGFα切断アッセイを用い,GPR34がLysoPSに応答する4)ことを示している.特記すべきは,GPR34はLysoPSの化学構造にきわめて高い特異性を示すことである.たとえば,LysoPSのセリン残基が少しでも修飾されているLysoPS誘導体(たとえば,L-セリンの代わりにホモセリン,D-セリン,L-トレオニン,エタノールアミンを極性頭部に持つリゾリン脂質)は,まったくGPR34には応答しない32).また,GPR34発現細胞に上述のLysoPS産生候補酵素であるPS-PLA1を添加すると,LysoPSの産生とともに,GPR34の活性化が観察される4).これらの結果はGPR34がLysoPS応答性の受容体であることを強く示唆している.
我々はLPS2/P2Y10, LPS2L/A630033H20Rik(ヒトでは偽遺伝子),LPS3/GPR174を新規LysoPS受容体として同定した33).LPS2については,LPAおよびS1Pに応答すると報告されているが34),我々はLPS2のLPAやS1P応答を確認できていない.
LysoPS受容体の中でも,LPS1とその他の受容体(LPS2,LPS2L,LPS3)では特徴が異なっている.LPS1はGiに共役し,発現が全身で検出され,特にマスト細胞上で高く発現している.一方で,LPS2,LPS2L,LPS3はいずれもG12/13に共役し(LPS3はGsにも共役し),発現が免疫系細胞に限局しているため,生体内における機能が重複している可能性が考えられる.LPS2,LPS2L,LPS3の機能解析には,LPS2/2L/3遺伝子を同時に欠失させたマウスが必要であると考えられるが,いずれの遺伝子もX染色体上の近接した位置に存在しており,シングルKOマウスどうしの交配では,トリプルKOマウスの作製は困難である.高効率ゲノム編集技術であるCRISPR-Cas9システムを用いることにより,我々はトリプルKOマウスおよびLPS2/2LダブルKOマウスを作製しており,今後これらの遺伝子改変マウスを用いたLysoPS受容体の機能解明に興味が持たれる.
我々は各LysoPS受容体に対して選択性・親和性が高いアゴニストの開発を目指し,LysoPSの類似化合物を有機化学的に合成し,そのLysoPS受容体アゴニスト活性を指標に合成展開してきた.LysoPSの極性頭部とグリセロール骨格を修飾した化合物から,LPS1は他の受容体よりも極性頭部を厳密に認識すること,LPS3はグリセロール骨格中のヒドロキシル基を厳密に認識していることなどを見いだし,受容体ごとにLysoPSを認識している部位が大きく異なることがわかった32).これまでおよそ400種のLysoPS構造類似体を合成し,各LysoPS受容体に対して選択性が高く,高親和性のアゴニストを開発している35–37).
我々は,LysoPS構造類似体を用いることにより,マスト細胞の強力な脱顆粒活性を有する化合物の開発についても成功している9, 38).本化合物は,18:1-LysoPSの数十倍の脱顆粒促進作用を有していたが,LPS1,LPS2,LPS3のいずれに対してもアゴニスト活性を示さなかった.このことから,マスト細胞の脱顆粒促進作用に未同定のLysoPS受容体が関与しているものと筆者らは想定している.
9. LysoPS受容体KOマウス,ヒト疾患との関連
これまで,LPS1/GPR34に関してKOマウス10)の知見が,LPS3/GPR174に関してKOマウス39–41)からの知見に加えてヒトの疾患とSNPの関連が報告されている.
LPS1/GPR34 KOマウスは顕著な表現型は示さないものの,免疫刺激した際,さまざまな血球細胞やサイトカインレベルが野生型マウスと比べて顕著に増減した10).また,マスト細胞の活性化には影響がないことから,上述したマスト細胞に存在するLysoPS受容体はLPS1/GPR34ではないことが証明された.上記のKOマウスの解析では,LPS1/GPR34がどの細胞に発現し,どのような細胞機能を担うのかは明らかになっていない.しかし,脳内ではLPS1/GPR34はミクログリアに高発現していることが判明しており,ミクログリアにおける何らかの機能が想定される.
LPS3/GPR174 KOマウスに関しては,抑制性の制御性T細胞(Treg)の機能が亢進している可能性が示唆されている39).興味深いことに,LPS3/GPR174はさまざまなT細胞に比較的高い発現を示し,T細胞が活性化した際,Gsシグナルを介し,Tregの増殖促進因子であるIL-2産生を抑制することが示された40, 41).
LPS3/GPR174とバセドウ病の関連がヒトのゲノムワイド関連解析から示唆されている.バセドウ病患者では,LPS3/GPR174遺伝子のコード領域(GPCRの細胞外ループ)にSNP(rs3827440)によるミスセンス変異(S162P)があり,バセドウ病の発症と相関を示す42, 43).このSNPはアリル頻度が高く(44%),メジャーアリル(S162, 56%)が疾患のリスクアリルであり,そのオッズ比は約1.6倍である.末梢血の血球細胞では,リスクアリルを有する検体はGPR174 mRNA量が有意に高く,GPR174がバセドウ病を正に誘導することが想定される.一方,我々の予備的検討では,同アミノ酸変異は受容体活性化へ明確な差を示さず,この変異はシグナルには影響しないようである.しかし,バセドウ病が自己免疫疾患に位置づけられることからも,これらの知見は免疫制御因子としてのLysoPS-LPS3/GPR174軸の役割を暗示しているものと考えられる.
LPS2/P2Y10とLPS2Lに関しては明確な機能は報告されていないが,ごく最近,LPS2/P2Y10が好塩基球の脱顆粒反応に関与する可能性が報告された44).
LysoPSは古くから生理・薬理作用が知られていたものの,その産生酵素や分解酵素,受容体は最近の10年程度でようやくその一端がわかってきた.これらLysoPSの代謝や標的に関わる遺伝子の改変マウスを用いた個体レベルの解析が可能となり,生体内のLysoPSの意義が判明しつつある.一方,これらLysoPS関連遺伝子のKOマウスは一見,マイルドな表現型にとどまることから,複数の遺伝子が重複した機能を有していることや,産生系・分解系が単純ではないこと,LysoPSシステムは炎症時などの特定の状況下で作動することが想定される.1点目の例としては,LPS2,LPS2L,LPS3があげられる.これらは,同一組織に発現し,互いに類似した下流シグナルを誘導することで相補的な機能を発揮していると考えられる.我々が作製したLPS2,LPS2L,LPS3のトリプルKOマウスの解析により重複した受容体機能についての新たな知見が得られると期待される.2点目の例としてはPS-PLA1がある.この酵素はPSとLysoPSの両者を脱アシル化反応の基質とし,それぞれLysoPSの産生と分解に寄与する.PS-PLA1のKOマウスとLysoPS受容体KOマウスの表現型を比較することやPS-PLA1とLysoPS受容体KOマウスの多重KOマウスを作製することなどによって,PS-PLA1がどの程度LysoPSの産生を介して機能を果たしているかを丁寧に調べることが望まれる.また,ABHDファミリーの一群は基質特異性が比較的広く,KOマウスの表現型がLysoPSの代謝変化による影響なのか,他の脂質代謝によるものかを一段と慎重に調べることが必要である.
LysoPSの代謝・標的タンパク質の同定により,有用な薬理ツールが開発されてきている.LysoPS受容体については,それぞれの受容体を選択的かつ高親和性に活性化できるLysoPS誘導体が開発されている.ABHD16A阻害剤であるKC-01は選択性の高い阻害剤としての利用が期待される.LPAやS1Pの研究分野でもこのような薬理ツールを研究者が容易に入手・実験できるようになったことで,さまざまな知見が報告されたこともあり,今後のLysoPS研究の発展には必須の研究ツールである.遺伝子改変や遺伝子導入を行うことが難しい初代培養を用いた実験での解析での活用が見込まれる.現状ではこれら化合物の動物投与実験の報告はほとんどないが,今後薬物動態の良好な化合物が開発された際には,個体レベルでの解析が加速することが期待される.
近年,発展の著しい質量分析計によるLysoPSの測定解析からLysoPSの新たな機能に迫る研究も展開されている.我々は血漿中LysoPSをサブnMレベルで分子種ごとに定量可能なシステムを立ち上げ,種々の疾患患者由来の臨床検体のLysoPSレベルを測定し,LysoPSが変動する病態を絞り込み,その病態におけるLysoPSの意義を明らかにするという研究を進めている(AMED,LEAP研究課題「リゾリン脂質メディエーター研究の医療応用」など).たとえば,LysoPSが胃がん患者の腹水で増加することを見いだしており,胃がんの形成・進展にLysoPSがどのような寄与を示すかを今後興味が持たれる.我々はイメージング質量分析計による組織切片におけるLysoPSの分布の解析も試みており,このような手法を種々の病理組織に適用することで,LysoPSの画像情報からこれまでのすりつぶしの実験では平均化されて見逃されてきた局所的なLysoPS濃度変化を検出することができ,その現象の意義の解明に近づくことができると期待している.
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著者紹介Author Profile
井上 飛鳥(いのうえ あすか)東北大学大学院薬学研究科准教授.博士(薬学).
略歴1981年神奈川県に生れる.2004年東京大学薬学部卒業,06年同研究科修士課程修了,08年同博士課程中退,同年より東北大学大学院薬学研究科助手,14年より同助教,16年より現職.13~17年JST・さきがけ「疾患代謝」研究員,16年よりAMED・PRIME「脂質」研究員.
研究テーマと抱負GPCRのアッセイツールの開発とその応用.シグナル伝達や構造研究を通じてGPCRの全体像を理解し,次世代型のGPCR創薬につなげたい.
ウェブサイトhttp://www.pharm.tohoku.ac.jp/~seika/H28/index.html
趣味子供と日々新たな発見をすること.