生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 90(5): 637-642 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900637

特集Special Review

神経回路の構築を制御するリゾリン脂質メディエーターLysophospholipid mediators controlling neuronal circuit formation

1理化学研究所脳神経科学研究センターRIKEN Center for Brain Science ◇ 〒351–0198 埼玉県和光市広沢2–1 ◇ 2–1 Hirosawa, Wako, Saitama 351–0198, Japan

2順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所Institute for Environmental and Gender Specific Medicine, Juntendo University, Graduate school of Medicine ◇ 〒279–0021 千葉県浦安市富岡2–1–1 ◇ 2–1–1 Tomioka Urayasu-shi, Chiba 279–0021, Japan

発行日:2018年10月25日Published: October 25, 2018
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複雑な神経回路を構築・再編するためには,神経細胞から伸びる軸索を標的へ誘導するためのガイダンス機構の多様性が求められる.遺伝子がコードする限られた数のタンパク質のみでは軸索ガイダンスの多様性を生み出すことは不可能であり,脳脊髄に豊富に存在する脂質の関与が想定されている.筆者らは,発生段階の脊髄の特定部位に限局して未分化グリア細胞が放出する軸索ガイダンス分子リゾホスファチジルグルコシドを同定し,このリゾリン脂質が神経軸索に発現するGタンパク質共役型受容体GPR55を介して神経回路の構築を制御することを発見した.本稿では,リゾホスファチジルグルコシドの特徴的な分子構造と生合成経路からGPR55依存的な生物活性に至る最近の知見を紹介し,神経生物学分野におけるリゾリン脂質研究の展望を概説する.

1. はじめに

脊椎動物の中枢神経組織はスフィンゴ脂質の宝庫であり,特に普遍的な化合物であるグルコースを利用して合成されるスフィンゴ糖脂質は,古くから中枢機能を理解する上で重要な研究対象とされてきた.最近の高速かつ高感度な質量分析計の発達は,グルコシルセラミドに加えて,ステロールやホスファチジン酸がグルコース修飾された糖脂質であるステリルグルコシドとホスファチジルグルコシド(phosphatidylglucoside:PtdGlc)が微量成分として存在することを明らかにした.これら三つのグルコース化脂質はいずれも進化的に保存されており,普遍的な生物機能に関わることが想定された.事実,筆者らは,発生段階の中枢神経系の放射状グリア細胞が時空間特異的にPtdGlcを合成し,その細胞表面から遊離されるPtdGlcのリゾ体は,近接した神経軸索の細胞表面に発現するGタンパク質共役型受容体GPR55を活性化することにより神経回路の構築過程を制御することを発見した.本稿では,新たなリゾ体生理活性脂質の元となるPtdGlcの特性からGPR55の個体レベルでの生物機能まで,筆者らの発見を中心に最新の成果を紹介する.

2. 研究の背景——神経系における新しい糖グリセロリン脂質の存在

筆者らはラット胎仔脳からグルコースとリン酸を含みアルカリに不安定な微量成分脂質を単離精製し,その分子構造をPtdGlc(図1)であると報告した1).この糖脂質は,グリセロール骨格のsn-1位にC18:0, sn-2位にC20:0の飽和脂肪酸のみで構成されており,通常の生体膜脂質分子にはみられないきわめてまれな糖脂質であった.また,飽和脂肪酸のみで構成されているため,この糖脂質の融点温度は76°Cとスフィンゴ糖脂質であるグルコシルセラミドに類似した値を示す2).しかし,人工膜で行った実験ではスフィンゴ糖脂質のドメインとPtdGlcのそれは,互いに混じり合うことのない性質を有しており,生体膜上においても独立した脂質ドメイン(ラフト)として存在している.この新しい糖脂質の他に,グルコースの6位がアセチル基で修飾されたPtdGlcが存在する.さらに興味深いことに,PtdGlcのグリセロール骨格のR, S配置に関し,哺乳動物での存在が知られていなかったS型異性体がPtdGlcに約15%混在している.

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図1 PtdGlcとLysoPtdGlcの分子構造

PtdGlcは飽和脂肪酸のみで構成され,生体膜上で独自の脂質ドメインを形成する.PtdGlcはホスホリパーゼA2により加水分解され,生理活性脂質リゾ体(LysoPtdGlc)が産生される.

PtdGlcおよびそのリゾ体は存在量が少なく,かつ質量数がホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol:PtdIns)と完全に一致するため,質量分析法での解析には細心の注意が求められる.PtdGlcの存在は,特異的なモノクローナル抗体DIM21を使って鋭敏に捉えることが可能である.DIM21は,HL60細胞より調製した脂質ラフトを抗原としてマウスを免疫することにより得られた抗体であり,PtdGlcを特異的に認識する3, 4).しかし,DIM21のPtdGlcとの反応性は細胞からコレステロールを除くと失われる.中枢神経系でのPtdGlcの局在を解析すると,発生段階のグリア線維性酸性タンパク質(glial fibrillary acidic protein:GFAP)陽性のアストログリア系細胞および放射状グリア細胞に高発現している5).PtdGlcを合成する細胞はグリア細胞の一部であり,たとえば発生初期の脊髄においては,背側部に存在する放射状グリア細胞がDIM21陽性である(図2).成体の中枢神経組織ではPtdGlc合成は著減し,発生段階と比較してさらに限られた種類の細胞のみがDIM21陽性である.たとえば,第三脳室の脳室下帯において,臭化デオキシウリジンとGFAPの両者に陽性の神経幹細胞がPtdGlcを合成する.しかし,神経細胞のDIM21染色性は検出限界未満であり,神経細胞はPtdGlcをほとんど合成しないと考えられている.

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図2 発生段階の脊髄でのPtdGlc産生細胞

ニワトリ胚脊髄組織の水平断切片をDIM21(マゼンタ)および抗transitin抗体(放射状グリア細胞のマーカー;緑)で二重染色した.脊髄背側は各パネルの上方に位置する.下段は,脊髄の背側片側の拡大像.スケールバーは100 µmに相当.Science 349, 974–977(2015)より転載.

グルコース修飾に関わる合成酵素遺伝子の同定は,この糖脂質の本質を理解する上で必須の課題である.筆者らのこれまでの研究では,PtdGlc合成は主に小胞体で行われ,UDP-グルコースに依存した反応で合成されることから,β-グルコース転移酵素の存在が予想されていた.しかし,グルコシルセラミド合成酵素にはPtdGlc合成活性が認められないことから,ホスファチジン酸を基質とする特異的なβ-グルコース転移酵素の存在が示唆されており,この糖転移反応はホスファチジン酸を構成する飽和脂肪酸を認識した新たな生合成プロセスであると考えられる(投稿準備中).

3. 脂質による神経軸索ガイダンス

脳脊髄の機能発現に不可欠な神経回路を構築するためには,神経細胞から伸長する軸索突起が正しい経路を選択して最終標的まで誘導されることが必須である.このプロセスを軸索ガイダンスと呼ぶ.発生再生過程の軸索先端部は成長円錐と呼ばれ,その細胞外環境に存在するさまざまな分子情報を読み取り,旋回・前進・退縮を繰り返して軸索を正確にナビゲートする.このような成長円錐の進行方向を制御する細胞外分子群には,成長円錐を引き寄せる誘引性ガイダンス分子と,成長円錐をはねのける反発性ガイダンス分子が存在する.1980年代からの国内外の研究により,誘引性/反発性ガイダンスを担う多くのタンパク質分子が発見され,神経回路形成の仕組みの一端が明らかになってきた6, 7).しかし,遺伝子がコードする限られた数の軸索ガイダンス分子だけでは,複雑かつ精巧な神経回路の構築を説明することは到底不可能である.生体には軸索ガイダンスの多様性を生み出しその多様性を制御する仕組みが備わっているはずであるが,これらの課題は長年にわたり未解明のままであった.中枢神経組織は多種多彩な脂質を豊富に含有するため,神経系構成細胞が放出する脂質メディエーターが軸索ガイダンス分子として働くのであれば,複雑な神経回路の構築制御機構の一端を説明することが可能となる.筆者らは,軸索ガイダンス分子として働く脂質の存在を仮定し,脂質による回路形成の制御機構を研究してきた.

末梢から中枢へ体性感覚を伝える軸索は,感覚の種類の違いに応じて脳脊髄の異なる部位へ投射する.たとえば,脊髄後根神経節に存在する痛覚と固有感覚(身体の運動や位置についての情報)を担う神経細胞は,それぞれの軸索を脊髄の背外側部白質と背内側部白質(後索)へ伸ばす(図3A).これらの軸索は,共通の経路である後根を通過して脊髄へ到達するが,脊髄に入った直後に分別され,混線することなくそれぞれの標的へ誘導される8, 9).このように体性感覚の種類の違いによって軸索を分別するタンパク質は見つかっていなかったが,筆者らは脂質がこの役割を担うことを発見した10).脊髄後索原基の放射状グリア細胞が産生・放出するリゾリン脂質がガイダンス分子として感覚神経軸索を分別して,神経回路の構築に寄与することを証明した.TrkCをマーカとして免疫染色した固有感覚神経軸索は後索原基内(PtdGlc陽性領域)を脊髄長軸方向へ走行するが(図3C),TrkA陽性の痛覚神経軸索はPtdGlc陽性領域と明確な境界を形成し後索原基へ進入することができない(図3B).放射状グリアの形質膜の構成成分であるPtdGlcは,ホスホリパーゼA2によりsn-2位が加水分解されたリゾホスファチジルグルコシド(lysophosphatidylglucoside:LysoPtdGlc)(図1)として細胞外へ放出され,成長円錐に存在する特異的受容体(後述)を介して痛覚神経軸索のみを反発する.痛覚神経軸索と固有感覚神経軸索がLysoPtdGlcに対して異なる応答性を示すことが,これら感覚神経軸索が適切に分別される理由である(詳細は後述).このように,リゾリン脂質による軸索ガイダンスが神経回路の構築を制御することが明らかになった.

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図3 脊髄感覚神経軸索とPtdGlc/LysoPtdGlc供給源との位置関係

(A)発生段階の脊髄の模式図.PtdGlcとLysoPtdGlcが分布する後索原基をマゼンタで,脊髄後根神経節神経細胞から伸びる痛覚神経軸索(TrkA陽性)および固有感覚神経軸索(TrkC陽性)を緑で示した.(B, C)脊髄の側方から見たPtdGlcと感覚神経軸索の位置関係.痛覚神経軸索(B)と固有感覚神経軸索(C)の走行をそれぞれのマーカーで免疫染色した.スケールバーは250 µmに相当.Science 349, 974–977(2015)より転載.

4. グルコース含有リゾリン脂質に応答するGタンパク質共役型受容体

本特集で紹介されているように,生体膜グリセロ型リン脂質の代謝産物であるリゾ体がその特異的なGタンパク質共役型受容体(G protein–coupled receptor:GPCR)を活性化し,さまざまな生理機能をコントロールすることが明らかにされつつある.リゾ体に応答するGPCR型受容体の同定も急ピッチで進められ脱オーファン化されている.特に井上らが開発した網羅的なリガンド活性測定法は,Gタンパク質Gα12/13に依存したシグナルを鋭敏に捉えることが可能であり,有力な方法である11).本方法によりLysoPtdGlc受容体として働くGPCRを探索したところ,GPR55がLysoPtdGlcに応答してGα13を活性化することが示された.GPR55活性化におけるLysoPtdGlcの50%効果濃度(half maximal effective concentration:EC50)は約16 nMであり,同濃度のLysoPtdGlcはin vitroアッセイでの痛覚神経軸索の反発に十分であった10).リゾリン脂質による軸索ガイダンスの定量を目的としたin vitroアッセイでは,培養用カバーガラス上を伸長する単一の成長円錐に対して斜め横方向からの脂質濃度勾配を作製し,軸索の挙動を解析した.痛覚神経軸索はLysoPtdGlc濃度勾配を下る方向に(反発方向に)旋回したが(図4A),固有感覚神経軸索はLysoPtdGlc濃度勾配に応答せず直進した.さらに,LysoPtdGlcによる痛覚神経軸索の反発は,Gα13およびその下流のRhoとRhoキナーゼに依存することが判明した.中枢神経組織からLysoPtdGlcを分離精製する過程で混入した他の生理活性物質の影響を否定するため,有機化学合成したLysoPtdGlcを用いてin vitroアッセイを行い,同様の軸索ガイダンス応答を確認した.また,GPR55遺伝子欠損マウスから培養した痛覚神経軸索はLysoPtdGlcに応答せず直進したことから(図4B),LysoPtdGlcによる軸索ガイダンスを媒介する神経細胞側の受容体はGPR55であることが示された10).さらに,LysoPtdGlcが軸索ガイダンス分子として機能する場である脊髄後索原基においては,EC50の約500倍の濃度(7.4 µM)のLysoPtdGlcが検出されており,このリゾリン脂質が脊髄内で生理機能を担うことを示唆する十分な実験データが得られた.

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図4 LysoPtdGlcによる痛覚神経軸索ガイダンス

野生型(A)あるいはGPR55遺伝子欠損マウス(B)から培養した痛覚神経軸索.成長円錐の左前方へLysoPtdGlcを投与し,培養液中にLysoPtdGlc濃度勾配を作製した(矢印).投与開始直前と60分後の位相差顕微鏡画像を示す.スケールバーは10 µmに相当.Science 349, 974–977(2015)より転載.

GPR55は,他のリゾリン脂質であるLysoPtdInsに応答することも知られており12),本特集の山下らの稿に記されているように,LysoPtdInsをリガンドとしたさまざまな生物活性が報告されている.ラット副腎髄質クロム親和性細胞腫から樹立された細胞株PC12は,神経成長因子を作用させることで交感神経細胞様に分化し,神経突起を模倣した突起構造を形成することが知られている.このPC12細胞株の培養液中にLysoPtdInsを均一に添加すると(10 µM),受容体GPR55および細胞内シグナル(Gα13とRho)を介した細胞突起の退縮が観察された13).脊髄後根神経節から培養した痛覚神経細胞の軸索突起もLysoPtdIns濃度勾配(成長円錐近傍で約20 nM)に応答して反発方向に旋回したが,この軸索ガイダンス応答はGPR55非依存的であった10).これらの実験結果の相違は使用した細胞種の違いに起因するかもしれないが,そもそも細胞突起退縮と反発性軸索ガイダンスは異なる現象であり,同一のリガンドが別個の受容体を利用している可能性を否定できない.実際,LysoPtdInsはGPR55非依存的な細胞内シグナルを惹起することが報告されており14),LysoPtdInsによる軸索ガイダンスを媒介する受容体の同定は今後の課題である.以上のように,少なくとも2種類のリゾリン脂質(LysoPtdGlcとLysoPtdIns)がGPR55のリガンドであることは確からしく,GPR55は生体内のさまざまな局面でこれらのリガンドを使い分けて細胞機能を制御しているものと推察できる.これらリゾリン脂質の元となるPtdGlcとPtdInsが細胞膜脂質二重層の異なる層に局在することを考えると,GPR55を活性化するリガンドの切り替えは未知の精巧なメカニズムで制御されているのかもしれない.形質膜の外葉に存在するPtdGlcは2),リゾ体LysoPtdGlcとして細胞外へ遊離されることでGPR55を介した細胞間情報伝達を担う.一方,主として内葉に局在するPtdInsから遊離するリゾ体は,何らかの機序で細胞外へ放出されてGPR55依存的な細胞間情報伝達を担う可能性に加え,細胞内のオルガネラ間での情報伝達を媒介する可能性も想定できる.

5. LysoPtdGlc-GPR55シグナルによる神経回路の構築制御

発生段階の中枢神経組織におけるPtdGlcとLysoPtdGlcの分布を明らかにし,かつ感覚神経軸索に対するGPR55依存的な生物活性をin vitro実験系で証明したのち,これらの実験データから想定できるLysoPtdGlc-GPR55シグナルの生体内での役割を検証した.モノクローナル抗体作製法であるAutonomously Diversifying Library System15)により特異的LysoPtdGlc機能阻害抗体を獲得し,この抗体を発生段階の動物の髄腔内に注入し,脊髄後索原基の放射状グリア細胞が放出するLysoPtdGlcの軸索ガイダンス活性を阻害した.すると,コントロール動物では痛覚神経軸索が後索原基(固有感覚神経軸索の走行領域)へ進入しないのに対して,LysoPtdGlc機能阻害群では痛覚神経軸索が固有感覚神経軸索とともに後索原基へ進入するといった回路形成異常が観察された.同様の表現型はGPR55遺伝子欠損マウスの脊髄でも確認され,動物個体レベルでのリガンド(LysoPtdGlc)の機能阻害と受容体(GPR55)の欠失が酷似した神経回路形成異常を引き起こした10).以上の各種実験結果から,脊髄後索原基の放射状グリア細胞から遊離したLysoPtdGlcは,受容体GPR55を介して痛覚神経軸索を反発し,これらの軸索を固有感覚神経軸索とは異なる領域へ誘導するための細胞外メディエーターであることが示された(図5).PtdGlcにアセチル化体や立体異性体が存在するように,LysoPtdGlcも生体内でさまざまな構造修飾を受ける可能性が高く,これら内在性構造類似体が多種類の神経細胞の軸索ガイダンスを多様に制御することで複雑な神経回路の構築を担っているのであろう.本稿で紹介した長距離作動型軸索ガイダンスに加え,細胞外脂質メディエーターはシナプス形成の制御にも関与しており16),神経発生過程の複数のプロセスで脂質の重要性が明らかになってきている.特に中枢神経組織は脂質に富んだ臓器であることを考えると,新たな機能性脂質の研究は神経科学のフロンティアであり続けるであろう.

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図5 LysoPtdGlc-GPR55シグナルによる軸索ガイダンス

発生段階の脊髄へ進入した痛覚神経軸索は,脊髄背側部に突起を伸ばす放射状グリアから遊離されたLysoPtdGlcに遭遇し,GPR55下流の細胞内シグナル(Gα13)を介してLysoPtdGlc供給源を避ける方向へ旋回する(反発性ガイダンス).

6. おわりに

グルコースは,あらゆる生命体にとって生きるために必須の化合物である.一般的にグルコースは栄養源として利用されるが,脂質の親水基のヘッドグループとしての役割も担っている.脂質にグルコースが付加されるという簡単な生化学反応ではあるが,元の脂質の物性に大きな変化を与え,かつ進化的に保存された生理機能の獲得に寄与している.実際,LysoPtdGlcに応答するGPCR型受容体GPR55の存在は,このリゾ体糖脂質が多様な生物機能を有している可能性を示唆している.LysoPtdGlc-GPR55シグナルの機能的意義を解明するための研究はまだ始まったばかりであり,発生段階の組織形態形成に加え,成体での生理機能および疾患病態における役割の探索が進められている.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究10) にご協力いただきました青木淳賢先生(東北大学),太田邦史先生(東京大学),伊藤幸成先生(理化学研究所)および研究室メンバーの皆様に感謝いたします.

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著者紹介Author Profile

上口 裕之(かみぐち ひろゆき)

理化学研究所脳神経科学研究センター副センター長.医学博士.

略歴

1989年 慶應義塾大学医学部卒業.95年脳神経外科専門医.96年ケースウェスタンリザーブ大学神経科学部門研究員.99年理化学研究所脳科学総合研究センターに研究室を主宰.2018年より現職.

研究テーマと抱負

軸索ガイダンスをはじめとする神経細胞の動態制御の仕組みを分子レベルで研究し,神経回路構築の基本原理の解明および神経回路修復へ向けた新戦略の開発に貢献します.

ウェブサイト

https://cbs.riken.jp/jp/faculty/h.kamiguchi/

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