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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(5): 715-718 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900715

みにれびゅうMini Review

ワールブルグ効果様代謝変化による抗腫瘍機能An anti-tumorigenic role of the Warburg effect-like metabolic shift

東京理科大学生命医科学研究所発生および老化研究部門Division of Development and Aging, Research Institute for Biomedical Sciences, Tokyo University of Science ◇ 〒278–0022 千葉県野田市山崎2669 ◇ 2669 Yamazaki, Noda-shi, Chiba 278–0022, Japan

発行日:2018年10月25日Published: October 25, 2018
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1. ワールブルグ効果

ドイツの生理学者であるオットー・ワールブルグ博士は,がん細胞が正常細胞とは異なるエネルギー代謝を行っていることを発見した1).酸素が十分に存在している条件下でも,ミトコンドリア活性を抑え,主に解糖系にグルコース代謝をシフトさせるというものである.この特性は「ワールブルグ効果」として認知され,ワールブルグ効果によるがん進展説は今もなお有力な作業仮説である.しかしながら,いまだにいくつかの点が解決されていない.たとえば,ワールブルグ効果は発がんの直接的なドライバー因子になりうるのか,もしくは悪性化したがん細胞の増殖や浸潤に必要な二次的な性状変化なのかについては,いまだ明確な答えが得られていない.一般的にワールブルグ効果はがん細胞の生存・増殖を助長すると考えられているが,がんの各ステージにおける腫瘍促進作用は正確にはわかっていない.「がんとは代謝疾患である」という概念も提唱されているなか2),発がん初期におけるワールブルグ効果の意義を真に理解するためには,がん変異細胞の産生時に生じる代謝変化を詳細に検証する必要がある.本稿では,上皮層にがん細胞が出現したときのワールブルグ効果様代謝変化の意義について最新の知見を概説したい.

2. 細胞競合によりワールブルグ効果様代謝変化ががん変異細胞に生じ,上皮層より排除される

正常上皮細胞層は抗腫瘍的な環境が整備しており,「細胞競合」と呼ばれる現象が重要な役割を担っていることが明らかとなってきている.細胞競合は,がん変異を有した細胞など個体にとって危険なものや環境に適応していない細胞を組織から排除することにより,生体内の恒常性維持に寄与する3).著者らの研究グループは,H-RasG12Vを発現した細胞(Ras変異細胞)と正常上皮細胞との細胞競合の結果,Ras変異細胞ではワールブルグ効果様の代謝変化が引き起こされ,管腔側に排除されることを見いだした4).ミトコンドリア内膜の電位差依存的に集積するtetramethylrhodamine methyl ester(TMRM)を用いてミトコンドリア活性を評価したところ,正常細胞に囲まれたRas変異細胞ではTMRMの集積が顕著に低下していた.一方,グルコースの細胞内への取り込みは促進し,乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase A:LDHA)が細胞非自律的に発現亢進した結果,乳酸の産生量が増加した.Ras変異細胞を単独で培養したときにはこのような代謝変動は認められなかったことから,正常細胞と相互作用したRas変異細胞特異的にワールブルグ効果様の代謝変化が惹起されることがわかった.さらには,代謝関連酵素群の発現量を検討した結果,ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ4(pyruvate dehydrogenase kinase 4:PDK4)が正常細胞と混合培養したRas変異細胞で増加することを突き止めた.PDK4はトリカルボン酸回路(tricarboxylic acid cycle:TCA cycle)のゲートキーパー分子であるピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase:PDH)をリン酸化することにより,その活性を阻害する.すなわち,PDK4が過剰発現すると,ピルビン酸のTCA cycleへの流入が抑えられるためにミトコンドリアの機能が低下する.実際に,正常細胞に囲まれたRas変異細胞ではPDHが著しくリン酸化されており,PDK4を阻害すると,PDHのリン酸化は減弱しミトコンドリア機能が回復した.正常上皮細胞が変異細胞を管腔側に押し出す現象はepithelial defence against cancer(EDAC)と呼ばれ,アクチンフィラメントのクロスリンカーであるFilamin Aの集積がEDACに必須である5).一方,変異細胞内ではepithelial protein lost in neoplasm(EPLIN)がEDACのシグナルを下流分子に伝達することがわかっている6).Filamin AもしくはEPLINをノックダウンした,つまりEDACが不全な細胞ではPDK4の発現増加は認められず,ミトコンドリア活性も正常だったことから,EDACがワールブルグ効果様代謝変化を引き起こすことが明らかとなった.さらに重要なこととして,PDK4をノックアウトしたRas変異細胞を正常細胞と混合培養すると,管腔側への逸脱が顕著に抑制された.これらの結果より,EDACがPDK4を介した代謝変化を誘起させ,変異細胞を排除していることが示された.続いて,このような代謝制御によるがん変異細胞の排除が生体内で起きているかを検証するため,細胞競合マウスモデルを作出した.Cre依存的に活性化Ras変異を誘導でき,かつGFPでRas変異細胞を可視化できるLoxP-stop-LoxP-RasV12-ires-eGFPマウスを,腸管上皮特異的にCre-ERT2を発現するvillin-CreERT2マウスと掛け合わせた.タモキシフェンによるCre-ERT2の核内移行は確率論的に起きるため,タモキシフェンの投与量依存的に変異細胞の誘導率を調整できる.すなわち,低濃度のタモキシフェン添加下では少数のRas変異細胞が産生され,正常細胞とRas変異細胞との細胞競合を観察できる系を構築した.このマウスモデルの解析より,正常細胞に囲まれたRas変異細胞のほとんどが腸管の管腔へと排除されることがわかり,哺乳動物生体内において,細胞競合によりがん変異細胞が排除されることを世界で初めて実証した.また,マウス小腸陰窩のオルガノイドを用いてミトコンドリア活性を評価した結果,正常細胞に隣接するRas変異細胞ではTMRMシグナルが減弱することがわかった.さらに,iGT(intestine-specific gene transfer)法7)によりマウス小腸上皮細胞特異的にPDK4をノックダウンしたところ,Ras変異細胞の排除効率が有意に低下した.これらの結果より,マウス個体内においても,正常細胞に囲まれたRas変異細胞ではPDK4を介したワールブルグ効果様代謝変化が起こり,上皮層より排除されることがわかった.

3. EDACが誘導するワールブルグ効果と古典的ワールブルグ効果との違い

これまで述べてきたように,EDACが誘導するワールブルグ効果様代謝変化はがん変異細胞を排除するのに対し,従来の古典的ワールブルグ効果はがん細胞の生存や浸潤を促進する.このように両者はがん進展においては相反する役割を担うが,グルコースの取り込み亢進や乳酸産生量の増加などの代謝特性は共通する.また,ワールブルグ博士は,ミトコンドリアの機能低下を代償するために解糖系が活性化すると考えており1),EDACによる代謝リプログラミングにおいてもミトコンドリアの脱分極が生じる.しかしながら,腫瘍細胞でもミトコンドリア機能は正常であるという報告が多数なされており,現在ではミトコンドリアの機能低下はワールブルグ効果を規定する指標の一つに必ずしも含まれていない8).分子機構の観点において,古典的なワールブルグ効果は,低酸素誘導因子1α(hypoxia inducible factor-1α:HIF-1α)が活性化され,下流のグルコース輸送体(glucose transporters:GLUTs),ヘキソキナーゼ1/2(hexokinase 1/2:HK1/2),LDHA, PDK1/3などを発現誘導することにより好気的解糖を促進する.一方,EDAC誘導型の代謝変化ではHIF-1αの活性化は認められず,PDK1/3ではなくPDK4が中心的な役割を果たしている4).PDK4の転写調節因子としてよく知られているのがペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(peroxisome proliferator-activated receptor:PPAR)ファミリーである.大変興味深いことに,外部から細胞への圧縮刺激でPPARγの発現は変動し,EPLINもまた接着結合におけるアクチン重合を感知するメカノセンサーとして機能する9, 10).したがって,PPAR転写調節複合体がEDACに関与するかは現在のところ不明ではあるが,EDACによる物理的作用がワールブルグ効果様代謝変化を誘引する機序の一つであることが推察される.これが,低酸素や栄養枯渇などの腫瘍環境ストレスで誘引される古典的なワールブルグ効果の分子基盤との相違に起因すると考えられる(図1).

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図1 EDAC誘導ワールブルグ効果と古典的ワールブルグ効果との違い

EDACが誘導するワールブルグ効果では,正常細胞からのEDACにより,変異細胞内でEPLIN→PDK4を介したワールブルグ効果様代謝変化が誘起され,上皮層より排除される.一方,古典的なワールブルグ効果は低酸素などの腫瘍環境ストレスによって引き起こされ,がん細胞の生存や浸潤を促進する.

4. EDACが誘導するワールブルグ効果の生物学的意義

ワールブルグ効果によってグルコースを積極的に乳酸へと発酵することの生理的意義については,これまでにさまざまな議論がなされてきた.一つには,核酸やアミノ酸,脂肪酸などのバイオマスの合成量を増加させることにより,増殖が盛んながん細胞の代謝要求性を満たしているという解釈である.解糖系の中間代謝産物であるグルコース6-リン酸やフルクトース6-リン酸は核酸合成に用いられる一方,3-ホスホグリセリン酸やピルビン酸はアミノ酸の前駆体である.好気的解糖下では,ミトコンドリア内のアセチルCoAは細胞質へと排出され,脂肪酸合成にリサイクルされる.このような生合成経路の変動に加えて,ワールブルグ効果は細胞内の活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)のバランスにも大きな影響を及ぼす.ワールブルグ効果によりペントースリン酸経路(pentose phosphate pathway:PPP)が活性化し,抗酸化剤である還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate, reduced:NADPH)の産生を促す.また,ミトコンドリアは主要なROS発生器官であるため,がん細胞は自発的にミトコンドリアを不活性化させ,細胞増殖の副産物であるROSのレベルを低下させることも提唱されている.よって,細胞競合下で観察されるミトコンドリアの機能低下は,EDACによる酸化ストレスへの耐性獲得に寄与しているのかもしれない.しかしながら最近の研究成果によると,TCA cycleの酵素であるイソクエン酸デヒドロゲナーゼ2(isocitrate dehydrogenase 2:IDH2)がNADPHを産生することで,ミトコンドリアはROS産生に拮抗的に働くことが示唆されている11).また,ROSはDNA障害を引き起こすばかりでなく,シグナル伝達因子としても機能する12).具体的には,ROSがphosphatase and tensin homolog(PTEN)やチロシンホスファターゼなどの脱リン酸化酵素を不活性化することが知られており,EDACシグナルを仲介するメディエーターとしてROSが機能する可能性も考えられる.このような点からも,細胞競合時のがん変異細胞がどのようなレドックス状態になっているかは大変興味深く,今後詳細に検討する必要がある.ミトコンドリアの電子伝達系では36分子のATPが産生されるのに対し,解糖では2分子のATPしか産生されない.このように解糖は一見効率が悪いが,ATPの合成速度に着目すると,呼吸鎖に比べて解糖の方が100倍ほど早い13).つまり,細胞外にグルコースが豊富にある環境では,積極的に解糖系で代謝することによりATPが過剰に産生される.実際に,FRETプローブを用いた結果より,正常細胞と共培養したRas変異細胞のATPレベルは単独培養時に比べて有意に増加していた4).この結果から,ミトコンドリア代謝から解糖へのシフトは,局時的にATP産生量を増加させ,変異細胞が上皮層より逸脱するために必要な細胞内活動を支持することが示唆された(図2).

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図2 EDACが誘導するワールブルグ効果様代謝変化の生物学的意義

正常細胞に隣接する変異細胞は,ミトコンドリアの機能低下に伴って解糖が亢進する.この代謝シフトによって細胞内ATP量は増加するが,ROSのレベルがどう変化するかは現在のところ明らかではない.

5. まとめ

がんの進展を促進するという従来のワールブルグ効果とは対照的に,がん細胞が産生されたときに生じるワールブルグ効果様の代謝変化は,むしろ発がんに抑制的に機能することが示された.分子レベルでの相違点はあるものの,代謝特性は非常に類似していることから,ワールブルグ効果の多様な役割が明らかとなってきた.今後,がんの各ステージで特異的に機能する代謝関連因子を同定することによって,代謝をターゲットとしたがん治療法のブレークスルーになることを期待したい.

謝辞Acknowledgments

北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野の藤田恭之教授はじめ,教室員のメンバーには多大なるサポート賜りましたことを厚く御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

昆 俊亮(こん しゅんすけ)

東京理科大学生命医科学研究所講師.生命科学博士(東北大学).

略歴

1979年愛媛県松山市生まれ.2003年東北大学工学部卒業.その後,東北大学加齢医学研究所免疫遺伝子制御分野(佐竹正延教授)にて生命科学博士を取得後,同研究室にて博士研究員,助教を経て,13年7月より北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野(藤田恭之教授)にて助教,講師を務める.18年4月より現職.

研究テーマと抱負

がん細胞が誕生したときに生じる生体内現象に着目して,新しいがん研究を開拓していきたい.

ウェブサイト

https://konshunsukelab.wixsite.com/rs-tus

趣味

ラグビー,野球,映画,マラソン.

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