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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(6): 791-796 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900791

みにれびゅうMini Review

ピリドキサール酵素はシグマトロピー転位の場を提供する——メチオニン分解酵素の反応機構——Pyridoxal enzyme provides an architecture for the sigmatropic rearrangement: the reaction mechanism of methionine degradation enzyme

1奈良女子大学理学部化学生物環境学科Department of Chemistry, Nara Women’s University ◇ 〒630–8506 奈良県奈良市北魚屋西町 ◇ Kitauoyanishi-machi, Nara 630–8506, Japan

2京都工芸繊維大学工芸科学部応用生物学域Department of Applied Biology, Kyoto Institute of Technology ◇ 〒606–8585 京都府京都市左京区松ヶ崎御所海道町 ◇ Gosho Kaido-cho, Matsugasaki, Sakyo-ku, Kyoto 606–8585, Japan

発行日:2018年12月25日Published: December 25, 2018
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1. はじめに

生体で起こる化学反応は主に酵素によって触媒され,その多くはタンパク質以外の成分である補因子を必要とする.補因子の中でも低分子の有機化合物は補酵素と呼ばれる.酵素は補酵素を得ることによって触媒できる化学反応が飛躍的に多様化したが,生化学的にみると補酵素はどれも1~2種類の反応に関与するにすぎない.たとえば,NAD(P)は酸化還元反応,ビオチンはカルボキシル化,補酵素Aはアシル基の転移,葉酸は1炭素断片の移動,シアノコバラミンは異性化やメチル基の転移に関与する.しかしピリドキサールリン酸(pyridoxal phosphate:PLP)だけは例外であり,アミノ基転移,ラセミ化,脱炭酸,異性化,脱離反応,置換反応,酸化とさまざまである.分子量が247とシアノコバラミンの5分の1に満たないPLPが,なぜこのように共通点が明確にできないほど多彩な反応を触媒できるのか? このPLPの多機能性を明らかにすべく多くの研究者が挑んできた.

PLPのアルデヒド基は基質が存在しない場合,タンパク質のリシン側鎖のアミノ基と結合してシッフ塩基を形成している.メチオニン分解酵素(methionine γ-lyase:MGL)では活性部位に基質が結合するとリシン側鎖のアミノ基と入れ替わり,基質とのシッフ塩基を形成する.この構造がプロトン化したピリジン環の誘起効果により基質のα炭素(Cα)の脱プロトン化を促し,生じたカルボアニオンを安定化させることで,反応性を高めると考えられている(図1a).

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図1 PLP酵素およびMGLの反応

(a) PLP酵素の多彩な反応.(b)MGLの反応式.メチオニンに対してはα,γ-脱離反応を,システインに対してはα,β-脱離反応を触媒する.

ここまでの過程はPLP酵素に共通であり,その後どのようにして多様な反応に至るかについては,優れた反応マップが林により総説としてまとめられている1).それによるとPLP酵素の反応はわずか7種類の中間体を経由すると考えてほぼ説明できる.詳細はその総説に譲るとして,なぜ“ほぼ”なのかは,これら7種類の中間体の相互転換の機構に不明な点が残っているからである.本稿ではPLP酵素の一つであるMGLのγ-脱離反応について,反応中間体の構造情報をもとにした新たな視点から反応機構を提案してみたい.

2. メチオニン分解酵素の特徴

MGLは植物と一部の寄生虫や細菌でメチオニンやホモシステインなどの含硫アミノ酸を2-オキソ酪酸,アンモニア,メタンチオールや硫化水素に分解するα,γ-脱離反応2)やシステインのα,β-脱離反応を触媒し(図1b),さまざまな生理的役割を担うことが知られている.植物では2-オキソ酪酸がイソロイシンに,メタンチオールがS-メチルシステインへと代謝されて硫黄の貯蔵に関与する3).寄生虫では2-オキソ酪酸がエネルギー源となる可能性が示唆されており4)S-メチルシステインは抗酸化物質として機能する5).ある種の放線菌では産生する抗生物質にメタンチオールが使われている6).MGLはヒトに存在しないことから,寄生虫や歯周病菌に対する創薬標的,メチオニンを欠乏させることによるがんの治療,動脈硬化の危険因子であるホモシステインの検出などへの応用が期待されている2)

3. X線結晶構造解析と反応中間体の作製

MGLの立体構造の概要を図2aに示す7).MGLは強く結合した二量体二つが会合したホモ四量体から形成される.活性中心は一つのサブユニットと隣のサブユニットのN末端付近から構成され(図2b),PLPはLys205と結合し,いくつかのアミノ酸残基と相互作用している(図2c).これらのアミノ酸残基は類似の酵素でよく保存されている2)

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図2 MGLの立体構造のモデル図と反応中間体の構造

(a) MGLの立体構造全体のモデル図.強く結びついた二量体(A–DサブユニットとB–Cサブユニット)が2個会合して四量体を形成する.(b)Aサブユニットのモデル図.N末端(オレンジ),中央(緑),C末端(ピンク)の領域を色分けで示す.PLPをボールモデルで示す.DサブユニットのN末端領域(ティールグリーン)が図の下側からPLPに接近している.(c)活性中心の構造(基質なし).隣のサブユニット由来のアミノ酸残基を*で示す.基質が結合する位置にみられる硫酸イオンは結晶化剤由来である.黄色の点線は水素結合を表す.(d)基質なしおよび反応中間体の構造のモデル図と電子密度マップ(シグマレベル=1.0).基質なしとミカエリス複合体ではPLPと共有結合したLys205側鎖も表示している.硫黄由来の強い電子密度(シグマレベル=2.0)を赤で示す.

反応中間体を捕捉するため,メチオニンを添加した抗凍結剤に結晶を浸し,一定時間後に液体窒素で凍結して反応を止めてX線構造解析を行った.このとき溶液のpHと浸す時間を変えることで6種類の結晶を得た.この6種類に含まれる活性中心は構造が異なる上,同じ結晶内でも,たとえばAサブユニットが反応後半,BとCが反応前半,Dがミカエリス複合体といったように異なる構造が共存することが明らかになった.結局,基質を含まない構造と合わせて7種類の結晶から28個の活性中心の構造を解明した.この28個は基質なし,ミカエリス複合体,中間体1a,中間体1b,中間体2,中間体3,中間体4a,中間体4bの計8種類に分類できた(図2d).以下にこれらの構造をもとに推定したMGLの反応機構を概説する.

4. MGLの反応機構

我々が推定したMGLの反応機構を図3に示す.大きく四つの段階に分けて説明する.

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図3 MGLの全反応過程

原子の位置番号を左上枠内に青字で示す.観察できなかった中間体を括弧で示す.[1,5]-シグマトロピー転位する水素を赤字で示す.[1,5]-シグマトロピー転位については図5を参照のこと.

1)基質なし–ミカエリス複合体–中間体1a–中間体1b

基質が結合して中間体1bに達するまでは既知のPLP酵素と同じ過程をたどる.つまり,基質のアミノ基がPLP-C4′を求核攻撃してアルジミン結合でつながった基質–PLP複合体を形成し,その後,基質が四面体中間体を経て“反転”して中間体1bに至る.反転後の基質は,カルボキシ基とAsn155, Arg365, Ser332との水素結合によって固定されているようにみえる.以下のプロセスはほぼこの固定された状態で進行する.

2)中間体2–中間体3

これに続く中間体2の構造では,PLPから離れて自由になったLys205が基質のCβに近接しているのが観察された(図4a).中間体2と次の中間体3との大きな違いは,中間体2ではCβがsp3混成の四面体構造でPLP-C4′がsp2混成の平面構造をとるのに対し,中間体3では中間体2のCβプロトンの一つがPLP-C4′に移動しているようにみえる点である(図4b).この二つの構造から,脱離反応は中間体3を共役塩基(cB)とするE1cB機構で進行すると考えた.そこでトリフルオロメチオニンやセレノメチオニン,O-メチルホモセリンなど,メチオニンの脱離基をそれぞれCF3S, CH3Se, CH3Oに変えた基質アナログを使ってMGLの酵素活性を比較した.その結果,実際に脱離基の性質がkcatに大きく影響することが判明した.また,脱離基をプロトン化できる位置にあるTyr108をPheに置換すると,特にメチオニンやO-メチルホモセリンに対して酵素活性が著しく低下した.このことから,脱離反応はTyr108による脱離基のプロトン化によって促進されるE1cB機構に従って進行すると考えるのが妥当であろう.

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図4 反応中間体の構造のモデル図

(a)中間体2, (b)中間体3, (c)中間体4a, (d)中間体4b. C4′, Cβ, Cγ上の水素をシアンで,水素結合を黄色い点線で示す.

3)中間体4a–中間体4b

中間体4については,Cα–Cβ結合に関してEZの異性体を同時にもつ構造とEのみの構造の2通りが観察された.Z体の構造を中間体4a, E体の構造を中間体4bとした(図2d).脱離したメタンチオールに相当する強い電子密度はZ体を含む構造で観察され,E体のみの構造では観察されなかったことから(図2d),反応は4a→4bの順序で進行すると考えられる.中間体3と中間体4aの構造から考えて,γ-脱離の直後にはCα–Cβ結合に関してs-transとなり,次いでs-cis型との平衡状態が生じると推定できる.このうちs-cis型の中間体では,CγとPLP-C4′との距離が次の中間体と予想されるZ体と同程度(2.7 Å)まで近づき,Nα–CαとCβ–Cγの二つの共役した二重結合を含めたペリ環状反応に適した環状構造がとれるであろう.ここでPLPのC4′-H結合とNα=Cα–Cβ=Cγからなる共役ジエン系の軌道の対称性を考慮すると,C4′上の水素原子が[1,5]-シグマトロピー転位によってCγに移動する協奏反応が可能である(図5).水素が移動した直後は中間体4a(Z体)を生じるが,CγとPLP-C4′の距離が離れて立体障害がより少ないE体に移行する.完全にE体となった中間体4bは環状構造をとれないため,水素原子がもとのC4′位に戻る逆向きの反応は不可能である.

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図5 中間体4aの前駆体と考えられるs-シス体(図3)における水素原子のC4′からCγへの[1,5]-シフト(文献7より改変)

C4′-Hのσ結合の最高被占軌道(HOMO)の位相と,NαからCγまでの共役ジエンの最低空軌道(LUMO)の位相を比べると,σ結合をしている水素原子のs軌道とCγのp軌道,およびC4′のsp3軌道とNαのp軌道の位相がともに一致するためC4′(1)上の水素原子のCγ(5)への[1,5]-シフトは対称許容となる(点線aとc).一方,C4′(1)上の水素原子のCα(3)への[1,3]-シフトは,C4′のsp3軌道とNαのp軌道の位相が一致したとき(点線c)水素原子とCαのp軌道の位相は逆になる(点線b)ため対称禁制である.シグマトロピー転位を含むペリ環状反応の詳細は成書を参照されたい15)

4)2-イミノブタン酸の遊離とPLPの再生

この過程は基質の結合と逆の過程をたどると思われる.すなわちLys205がPLP–基質複合体のC4′を攻撃して2-イミノブタン酸が遊離する.2-イミノブタン酸は不安定であり,2-オキソ酪酸とアンモニアに加水分解される.PLPは再びLys205と結合する.

5. おわりに

以上がMGLの反応機構の全容である.紙幅の都合でかなり省略したので詳細は文献7を参照されたい.最後にこの反応機構を他の酵素の例と比較してみたい.メタンチオールがE1cB機構で脱離した後に生じる共役エナミン構造は,シスタチオニンγ-シンテターゼ(CGS)8)と共通の反応中間体である.この中間体に対し,CGSではMichael付加によって求核種がCγ炭素を攻撃し,反応経路を逆行してシスタチオニンが生成するが,本酵素ではC4′からCγに水素が移動する.このC4′からCγへの水素の移動に関して,カルボアニオン中間体を経る反応機構が提案されている9).これはX線結晶解析によって証明されたものではなく,我々の結果でもその中間体は見いだされていない.また,C4′やCγとプロトンの受け渡しを行う塩基が何なのかという疑問がつきまとう.これに対して,図3の中間体3から中間体4aへの過程は,水素の移動がプロトン移動ではなく電気的に中性な水素原子のシグマトロピー転位であると考えれば容易に理解できる.ちなみにシグマトロピー転位に基づく反応機構が提唱されている酵素は,コリスミン酸ムターゼ10),イソコリスミン酸–ピルビン酸リアーゼ11),プレコリン-8xメチルムターゼ12)であり,PLP酵素としては本酵素が最初の例となるであろう.

α,γ-脱離反応を触媒する酵素はMGLとCGSの他にシスタチオニンγ-リアーゼ(CSE)が知られている13).CSEはシスタチオニンのCγ–Sδ結合を切断することからMGLと同じ反応機構で説明できる.CGSはO-スクシニルホモセリンとシステインの二つを基質として上述のようにシスタチオニンを作る反応を触媒する.このとき基質がO-スクシニルホモセリンのみの場合はγ-脱離を経て2-オキソ酪酸を生じることから13),CGSの中ではMGLと同様に[1,5]-シグマトロピー転位が起こりうると予想される.

今から4半世紀以上前,WalshらはL-ノルバリンのCβ–Cγ不飽和アナログにMGLを作用させた場合,transE)体は分解されてα-ケト酸を生成するがcisZ)体は不可逆的阻害剤となるという興味深い報告を行っている14).この実験結果は,Z体ではCδ位のメチル基とPLP-C4′の立体障害によって水素原子の[1,5]-シグマトロピー転位に必要な環状構造が形成できなくなったためと解釈できる.

MGLの反応では,水素結合を通してプロトン移動に関与すると思われるアミノ酸残基が数多くみられるが,その中で基質と直接コンタクトするのはLys205, Tyr108, Asn155, Ser322, Arg365の五つのみである.このうち後者三つは主に基質の固定に関わり,反応に直接関与するのはLys205とTyr108の二つである.しかもTyr108については上述のように反応に必須ではない.反応は補酵素PLPの側によるところが大きく,むしろタンパク質の方を“補”とみなしたほうがいいかもしれない.PLP酵素の多様な反応は長年にわたって研究しつくされているようにみえるが,個々の反応については未解明な点がまだ残されている.

引用文献References

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3) Rébeillé, F., Jabrin, S., Bligny, R., Loizeau, K., Gambonnet, B., Van Wilder, V., Douce, R., & Ravanel, S. (2006) Methionine catabolism in Arabidopsis cells is initiated by a γ-cleavage process and leads to S-methylcysteine and isoleucine syntheses. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15687–15692.

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6) Song, H., Xu, R., & Guo, Z. (2014) Identification and characterization of a methionine γ-lyase in the calicheamicin biosynthetic cluster of Micromonospora echinospora. ChemBioChem, 16, 100–109.

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13) Singh, S. & Banerjee, R. (2011) PLP-dependent H2S biogenesis. Biochim. Biophys. Acta, 1814, 1518–1527.

14) Johnston, M., Raines, R., Chang, M., Esaki, N., Soda, K., & Walsh, C. (1981) Mechanistic studies on reactions of bacterial methionine γ-lyase with olefinic amino acids. Biochemistry, 20, 4325–4333.

15) Fleming, I.(2002)ペリ環状反応—第三の有機反応機構(鈴木啓介,千田憲孝訳),pp. 109–127, 化学同人.

著者紹介Author Profile

佐藤 暖(さとう だん)

博士(地球環境科学).

略歴

1999年北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程修了.慶応義塾大学先端生命科学研究所特任助教などを経て2013年から京都工芸繊維大学研究員.17年2月末に雇用終了を通告され3月末に退職.無職で現在に至る.

研究テーマと抱負

PLP酵素の反応機構.私は突然雇止めに遭い,しかも次の職が見つからず研究を続けることが難しくなりましたが,この分野には手付かずの鉱脈がまだまだ眠っています.多くの研究者のチャレンジを熱望します.

中沢 隆(なかざわ たかし)

奈良女子大学研究院自然科学系教授.理学博士.

略歴

1954年埼玉県に生る.77年大阪大学理学部化学科卒業.82年同大学大学院理学研究科有機化学専攻修了. 岡崎国立共同研究機構生理学研究所協力研究員,奈良女子大学助手,同助教授を経て2008年より現職.

研究テーマと抱負

有機化学と質量分析を用いたタンパク質の構造解析と考古学への応用.タンパク質の構造形成や分解過程,酵素の反応機構の研究が絹や膠,旧石器時代の動物骨などを対象とする考古学に結びついた.

ウェブサイト

http://www.nara-wu.ac.jp/rigaku/coursestaff_pdf/chem-nakazawa.pdf

趣味

研究テーマから派生した古代の遺跡・博物館巡り.

原田 繁春(はらだ しげはる)

京都工芸繊維大学応用生物学系教授.理学博士.

略歴

1954年大阪市に生る.77年大阪大学理学部化学科卒業.82年同大学院理学研究科博士課程高分子学専攻修了.大阪大学工学部助手,東京大学大学院薬学系研究科助教授を経て2004年より現職.

研究テーマと抱負

X線結晶解析によるタンパク質の構造研究.寄生虫の生存や増殖に関わるタンパク質の構造機能相関の解明と創薬につながる阻害剤の分子設計.「顧みられない熱帯病」に苦しんでいる人々のために日本の科学技術を生かしたいと思います.

ウェブサイト

http://www. bio.kit.ac.jp/laboratories/laboratories_09

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