脂質を介したネクロプトーシス制御Regulation of necroptosis by lipids
摂南大学薬学部薬効薬理学Laboratory of Immunopharmacology, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Setsunan University ◇ 〒573–0101 大阪府枚方市長尾峠町45–1 ◇ 45–1 Nagaotouge-cho, Hirakata, Osaka 573–0101, Japan
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細胞死は大別して二つのタイプ,アポトーシスおよびネクローシスに分類される.アポトーシスは不必要な細胞を排除するためのプログラム化された細胞死として認識され,これまで唯一のプログラム細胞死と考えられてきた.一方,ネクローシスは物理的なストレスなどにより誘導される偶発的な細胞死と考えられてきた.しかしながら,近年,一部のネクローシスはプログラム的に実行されることが明らかにされた.たとえばネクロプトーシス,フェロトーシスおよびピロトーシスと呼ばれるものである.これら3種類のプログラム化ネクローシスにおいて,ネクロプトーシスのプログラム解明が最も進んでいる.
これまでにネクロプトーシスを制御するタンパク質分子としてreceptor-interacting protein kinase(RIPK)1, RIPK3, mixed lineage kinase-domain like(MLKL)が同定されている1).通常,細胞死受容体(death receptor)の活性化によりプログラムに従いアポトーシスが実行される.この経路において,普段RIPK1およびRIPK3はカスパーゼ8により不活性化される.しかしながら,カスパーゼ8の活性化を阻害すると,TNF-α刺激下にRIPK1およびRIPK3が活性化されることでネクロプトーシスが誘発される2).このネクロプトーシス誘導において,RIPK3を介したMLKLの活性化は重要なステップの一つである.MLKLはRIPK3によりリン酸化されることでオリゴマー化・活性化する.さらに,このオリゴマー化MLKLは細胞膜へ移行する3).現在,特に八量体オリゴマーが細胞膜上でイオンチャンネルとして働くと考えられている.このチャンネルを介した細胞内へのカルシウムイオンなどの流入と細胞内濃度の増加が,浸透圧上昇や水の流入を経て最終的に細胞の膨潤または細胞膜の破綻を来すと推察されている4).
このような一連のネクロプトーシスのプログラム(図1)において,脂質の新たな機能が着目されている.例として,MLKLの細胞膜への移行は脂質ラフトの破壊により抑えられることから,脂質ラフトはMLKLの膜への移行を促進することが示されている3).本稿では,脂質を介したネクロプトーシス制御について概説する.
脂質は,近年,エネルギー貯蔵や構造分子としての役割に加えて,細胞増殖や細胞死などの細胞応答において重要な細胞内シグナル制御分子として機能していることが判明している5).ネクロプトーシス中に起こる細胞膜の変化が劇的であることから,複数の研究グループは脂質がこの過程において主要な役割を果たすと考え,ネクロプトーシスにおける脂質の関与を解析してきた.その結果,脂質性分子(脂肪酸,スフィンゴ脂質やイノシトールリン脂質)が積極的にネクロプトーシスを制御する可能性が見いだされている6).
スフィンゴ脂質はスフィンゴイド塩基(スフィンゴシンやジヒドロスフィンゴシン)を含む脂質の総称であり,セラミドはスフィンゴ脂質代謝の中心分子である.スフィンゴ脂質は細胞内シグナル伝達のプラットホームである脂質ラフトの構成分子であることが知られ,長年にわたりスフィンゴ脂質生物学の解明が盛んに行われている.近年,新たな証拠から,ネクロプトーシス制御におけるスフィンゴ脂質の新たな役割が示唆されている.
セラミドはアポトーシスを誘導する細胞内シグナル伝達分子として知られている7, 8).2014年Wang博士の研究グループは,ネクロプトーシス阻害剤necrostatinを用いて短鎖セラミド(C2-セラミド)がプログラム化されたネクローシスを引き起こすことを初めて報告した9).しかしながら,その分子メカニズムはまだ明らかにされていない.
セラミドは高い疎水性を有し,本分子単体での製剤化は非常に難しいため,ドラッグデリバリーシステムを改善することで,がん治療を目的としたセラミド製剤が開発された10).我々の研究グループは,卵巣がん細胞におけるセラミド製剤の抗腫瘍作用を検証し,その作用機序を解明してきた11, 12).その結果,ナノリポソーム化セラミド製剤(セラミドナノリポソーム,図2)は卵巣がん細胞において強い細胞傷害性を示し,MLKL依存的なネクロプトーシスを誘導することを見いだした12).着目すべき点は,ネクロプトーシス介在分子であるMLKLのオリゴマー化・活性化が亢進したことである.さらにMLKLをノックダウンすることで,本製剤の細胞傷害性が有意に減弱した.これらの結果から,セラミド製剤はアポトーシスを引き起こすのではなく,MLKL依存的なネクロプトーシスを誘導すると考えられる.なお,MLKLの上流分子であるRIPK1およびRIPK3を阻害したが,セラミド製剤の細胞傷害性は変化しなかった.したがって,セラミド製剤は,RIPK1/RIPK3ではなく,MLKLを標的分子としてネクロプトーシスを引き起こすと考えられる(図2).このセラミド製剤によるMLKL活性化の詳細な機序は依然として不明であるが,セラミドまたは代謝物がネクロプトーシスの脂質性制御分子として機能する可能性は考えられる.
またヒト卵巣がん細胞の担がんマウスモデルにおいて,セラミド製剤の投与が転移性増殖を抑えることも明らかとなった.よって,当製剤はネクロプトーシスを誘導する新たなタイプの抗腫瘍薬剤であると思われ,セラミド代謝を標的としたネクロプトーシス誘導型抗腫瘍薬の開発も期待される.
FTY720(フィンゴリモド)は人工合成されたスフィンゴシンアナログであり,スフィンゴシンキナーゼによりリン酸化され,スフィンゴシン1-リン酸受容体に作用すると考えられている.2013年Saddoughiらは,FTY720がI2PP2A/SETに直接結合し,PP2A活性化をもたらし,その後RIPK1依存性ネクロプトーシスの誘導を引き起こすことを報告した13).だが,FTY720の処理によるPP2Aの活性化がRIPK1を直接調節するか否かはいまだ不明である.今後,この分子メカニズムの解明が期待される.
MLKLはネクロプトーシスにおいて細胞膜に移行し,細胞膜の破壊を担う分子である.当分子はプロテインキナーゼ様ドメインを有するいわゆる偽キナーゼであり,ネクロプトーシスのリン酸化的なシグナル伝達の最終分子としてRIPK3の基質となる.MLKLは陰性荷電のリン脂質と相互作用することで細胞膜に結合し,膜孔形成と引き続く膜破壊を惹起するモデルが提唱されている.これまでにホスファチジルイノシトールおよびカルジオリピンがMLKLの相互作用脂質として報告されている.2016年Green博士の研究グループは,MLKL依存的ネクロプトーシス実行の段階的な仕組みを明らかにした14).MLKLのN末端ヘリックスバンドルに近い部位(オリゴマー化の留め具部位)はオリゴマー化に寄与し,このオリゴマー化が細胞膜への結合に必要であることが判明した.この仕組みの中で,ホスファチジルイノシトールリン酸はその極性頭部基を介してN末端ヘリックスバンドルに低親和性結合し,細胞膜への移行を促進する.その後,N末端ヘリックスバンドルは細胞膜上において,ロールオーバーメカニズムを通じて,高親和性ホスファチジルイノシトールリン酸結合部位を露出させ,細胞膜と強く結合する.このような仕組みにより,ホスファチジルイノシトールリン酸はネクロプトーシスの脂質性調節因子として提唱されている.
2017年Gokcumen博士らの研究グループより,極長鎖脂肪酸によるネクロプトーシス制御の可能性が示された15).当研究において最も着目すべき点は,セラミドおよび特定の極長鎖脂肪酸がこのネクロプトーシスの過程において顕著に蓄積することである.これらの脂質蓄積はRIPK1シグナル伝達の下流で起こり,ネクロプトーシスの遂行に機能的に関与する可能性が示された.よって,極長鎖脂肪酸,およびこの構造を有する脂質が,ネクロプトーシスにおける膜透過性の亢進など,何らかに寄与すると思われる.今後,これら脂質の標的分子の同定が必要である.
ネクロプトーシスはプログラム化された細胞死であり,このプログラムの実行にはタンパク質分子に加えて脂質分子が機能性分子として関与すると考えられる.おそらく脂質はタンパク質の活性を調節する分子と思われ,ネクロプトーシス制御の全容解明には脂質・タンパク質間の分子相互作用に着目した重点的な研究が必要である.このネクロプトーシスはがん治療の標的として考えられており,この全容解明は脂質を基盤とした新たながん治療薬戦略の構築に寄与すると期待される.
1) Linkermann, A. & Green, D.R. (2014) Necroptosis. N. Engl. J. Med., 370, 455–465.
2) Weinlich, R., Oberst, A., Beere, H.M., & Green, D.R. (2017) Necroptosis in development, inflammation and disease. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18, 127–136.
3) Chen, X., Li, W., Ren, J., Huang, D., He, W.T., Song, Y., Yang, C., Li, W., Zheng, X., Chen, P., et al. (2014) Translocation of mixed lineage kinase domain-like protein to plasma membrane leads to necrotic cell death. Cell Res., 24, 105–121.
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5) Magtanong, L., Ko, P.J., & Dixon, S.J. (2016) Emerging roles for lipids in non-apoptotic cell death. Cell Death Differ., 23, 1099–1109.
6) Parisi, L.R., Morrow, L.M., Visser, M.B., & Atilla-Gokcumen, G.E. (2018) Turning the Spotlight on Lipids in Non-Apoptotic Cell Death. ACS Chem. Biol., 13, 506–515.
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14) Quarato, G., Guy, C.S., Grace, C.R., Llambi, F., Nourse, A., Rodriguez, D.A., Wakefield, R., Frase, S., Moldoveanu, T., & Green, D.R. (2016) Sequential Engagement of Distinct MLKL Phosphatidylinositol-Binding Sites Executes Necroptosis. Mol. Cell, 61, 589–601.
15) Parisi, L.R., Li, N., & Atilla-Gokcumen, G.E. (2017) Very Long Chain Fatty Acids Are Functionally Involved in Necroptosis. Cell Chem. Biol., 24, 1445–1454.
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