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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(6): 810-814 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900810

みにれびゅうMini Review

プロテオミクス解析による脊髄後角後シナプス肥厚部からの新規神経障害性疼痛関連分子の同定Proteomic identification of novel neuropathic pain-related proteins in the postsynaptic density (PSD) fraction of the spinal dorsal horn

関西医科大学医化学講座Department of Medical Chemistry, Kansai Medical University ◇ 〒573–1010 大阪府枚方市新町2–5–1 ◇ 2–5–1 Shinmachi, Hirakata, Osaka 573–1010, Japan

発行日:2018年12月25日Published: December 25, 2018
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1. はじめに

「痛み」は,誰もが経験する体性感覚であり,古くから研究対象とされてきた.しかしながら,その機序はいまだ完全にはわかっておらず,「治らない」あるいは繰り返す何らかの疼痛を有する患者は多い.筆者らが本稿で紹介する神経障害性疼痛も,しばしば消炎鎮痛薬やモルヒネが効かず,難治性になることから,機序の解明と創薬の開発が強く望まれる.本稿では,脊髄における慢性疼痛機序と筆者らが近年プロテオミクス解析から同定した神経障害性疼痛に関わる分子について概説する.

2. 慢性疼痛は脊髄後角の中枢性感作で維持される

末梢組織からの体性感覚は,一次求心性線維によって脊髄後角へ入力する.一次求心性線維には,直径の異なるAβ, Aδ, C線維があり,それぞれ異なる感覚を,脊髄後角の異なる層へ伝達する(図1A).侵害刺激は,AδあるいはC線維によって脊髄の浅い層(I–II層)に入力する.その際,I層に存在する投射ニューロンへ,直接あるいはII–III層に存在する介在ニューロンを介して入力し,脳に伝達され「痛み」として認識される.非侵害性刺激は,一部のAδおよびAβ線維によって,脊髄のより深い層(III–V層)に入力する.そして,直接あるいは介在ニューロンを介してIII–V層に存在する投射ニューロンに入力し,脳に伝達され「触覚」として認識される1, 2)

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図1 脊髄後角の構造とゲートコントロールシステム

(A)脊髄後角への入力と層構造.体性感覚は,一次求心性線維によって,脊髄の各層に分別入力された後,興奮性あるいは抑制性の介在ニューロンの修飾を受け,投射ニューロンによって脳へ伝達,認識される.(B)ゲートコントロールシステム.末梢からの入力は,投射ニューロン(T)に伝達する際に膠様質ニューロン(SG)によるシナプス前抑制を受ける.Tニューロンの活性は,自律神経系や下行性疼痛抑制系など中枢からの制御も受ける.

これら末梢からの体性感覚は,常に一定の入力が同じように認識されるわけではなく,脊髄内で修飾され変化する.たとえば,腹痛時に,手をお腹に当て軽くおさえたり,痛みのある部位をさするなどして,本能的に鎮痛を図る.ゲートコントロールシステム2)として広く知られるように,このとき,Aβ線維による触圧覚の入力によりシナプス前抑制が生じ,痛みを抑制するように脊髄レベルで入力が修飾される(図1B).実際に「手当て」が痛みを抑制するわかりやすい例である.他方,慢性痛では,維持する必要のない「痛み」が,疼痛伝達経路である脳と脊髄で「記憶」のように,固定あるいは強化される可塑的変化が生じている.これは中枢性感作と呼ばれており,触覚を激しい疼痛と認識するアロディニアや,痛覚域値の顕著な低下による痛覚過敏を引き起こす.脊髄内では,疼痛が増悪する方向で修飾されており2),この感受性の増大は,脊髄内神経回路の再編による変化3–5),シナプス分子の翻訳後修飾と活性化6, 7)や局在の変化8, 9)として理解されている.これらの知見は,Aβ線維による触覚が,III–V層ではなくI層の投射ニューロンへ入力し,さらにその伝達効率を強化することで,触覚を激しい痛みと認識するアロディニアや痛覚過敏を発症させるという病態をよく説明している.そのことから,慢性疼痛モデルの脊髄後角を解析対象とすることで,痛み特異的に強化,再編された回路に関わる分子変化を捉えることが期待できる.

3. 後シナプス肥厚部(PSD)からの機能性分子の探索

筆者らはこれまでに,慢性炎症性疼痛惹起剤(complete Freund’s adjuvant)投与ラットの後シナプス肥厚部(postsynaptic density:PSD)画分を用いたプロテオミクス解析で,AMPA受容体のアダプター分子であるN-ethylmaleimide-sensitive fusion proteinを,減少する分子として見いだし,AMPA受容体サブユニットの置換が慢性炎症性疼痛に関わることを明らかにした9).また,spared nerve injury(SNI)10)図2A)などの神経障害性疼痛モデルではアロディニアが発症するが,筆者らはその際にNMDA受容体のサブユニットGluN2Bの1472番目のチロシン(Y1472)のリン酸化が有意に亢進し,GluN2Bサブユニットを含むNMDA受容体の選択的阻害剤が,一過性にアロディニアを抑制することを明らかにした11).さらにGluN2BのY1472のリン酸化が生じないマウス(Y1472をFに置換したノックイン;YF-KI)では,カルシウムイオンの流入や,calcium/calmodulin dependent protein kinase II(CaMKII)の活性化が減弱することで,アロディニアが有意に抑制される(図2B)こともわかった6, 12)

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図2 神経障害性疼痛モデルマウスによる比較プロテオミクス解析

(A) spared nerve injury(SNI)モデル.総腓骨神経と脛骨神経を完全に結紮する(原著論文では,結紮部位の末梢側を切断).(B)機械的刺激に対する応答性を,von Frey試験で評価.von Frey試験では,径の異なるフィラメントを段階的に足底部に押し当て,その刺激により生じるマウスの逃避行動を評価する.径の細いフィラメントでは触刺激,太くなるに従い侵害刺激となる.逃避行動を示したフィラメント径から閾値を換算する.アロディニアが発症していると,径の細いフィラメントによる弱い触刺激で逃避行動を示す.Y1472F(YF)-KIマウスと,GluN2Bのアンタゴニスト(Ro25-6981)投与でアロディニアは抑制される.(C)定量的プロテオミクス解析.PSD画分を10%のSDS-PAGEゲルで分離し分子量ごとに6分画,24サンプルとする.トリプシン消化した後,ペプチドは,それぞれ異なるチューブでiTRAQ標識し,反応停止後,同一分子量レンジの4群のサンプルを混合した.nanoLCにて分画後,質量分析装置で測定し,6画分の測定データを統合し,全PSDタンパク質と,BEGAINを含むSNI群でのみ特異的に増減する分子を同定した.(D)脊髄後角におけるBEGAINの発現量変化を免疫染色法で解析し,野生型SNIマウスでBEGAINの増加を確認した.

AMPAやNMDA受容体は,PSDで足場タンパク質を介し,多様な分子と機能的に相互作用することで,シナプスの伝達効率を変化させるが,関連するPSDタンパク質のすべては同定されておらず,新規分子の発見は,疼痛機序の解明や創薬に必要不可欠である.

4. BEGAINの同定とユニークな分子局在

筆者らの解析では,末梢神経損傷後に亢進するアロディニアが安定して観察できるSNI処置後7日目の腰部脊髄の後角組織からPSD画分を精製した.さらに,GluN2B Y1472のリン酸化依存的な経路に関わる分子に焦点を当て分子探索を行うために,1)野生型無処置群,2)野生型SNI群,3)YF-KI無処置群,そして4)YF-KI SNI群の4群による比較プロテオミクス解析を,同位体タグiTRAQを用いて実施した.そして,300近くのPSDタンパク質と,野生型SNI群でのみ特異的に増加する13の候補分子を同定した.この中には,すでにGluN2BY1472のリン酸化亢進との機能的相互作用が明らかなCaMKIIも含まれていた.候補分子の中で,筆者らはbrain-enriched guanylate kinase-associated protein(BEGAIN)に着目した.

BEGAINはPSD-95に結合し,脳に特異的に発現する分子として1998年に初めて報告され13),ラット海馬の初代培養細胞に過剰発現させたBEGAINが,NMDA受容体アンタゴニスト投与で,シナプスから減少することが示された14).これらの報告は,BEGAINのNMDA受容体との機能的相互作用を示唆している.しかしながら,分子機能やin vivoにおける生理機能は,その後も不明のままであったことから,神経障害性疼痛の候補分子としてBEGAINが同定されたことは興味深かった.

マウス脊髄におけるBEGAINの発現は,後角のみに層状の限局したパターンで示され,さらに脊髄層構造特異的なマーカー,IB4およびPKCγ(図1A)と共局在したことから,BEGAINは侵害刺激と一部の非侵害刺激が入力するIIi–IIIo層に局在化することが示された11).そしてプロテオミクス解析の結果と同様に,この領域のBEGAINがSNI後に増加することが,免疫染色法でも確認された(図2D).神経障害性疼痛の発症特異的に増加するGluN2BやCaMKIIのリン酸化と,神経型一酸化窒素合成酵素の活性化も脊髄II層を中心とした浅い層で限局して認められていることからも6, 7),BEGAINのIIi–IIIo層の局在とタンパク質レベルの発現増加は,神経障害性疼痛におけるシナプス機能を担う可能性を示す重要な情報である.

5. BEGAINの欠損はアロディニアの発症を抑制する

BEGAINの神経障害性疼痛への関与を明らかにするために,BEGAINのノックアウト(BEG-KO)マウスを作製し,アロディニアの発症を評価した.手術前の機械的刺激に対する閾値は,野生型とBEG-KOマウス間で有意差はなかった.SNIモデル作製後,術後1日目には野生型およびBEG-KOマウスの両方で,閾値の低下が認められ,BEG-KO群で認められた閾値の低下は,野生型に比べ有意に抑制されていた.この差異は少なくとも術後42日目まで持続していた(図3A).これらの結果は,BEG-KOマウスでは,機械的アロディニアの発症が抑制されることを示している.本稿の一連の解析結果によって,これまで機能が不明であったBEGAINが神経障害性疼痛の発症維持機構に関わることが明らかになった.

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図3 BEGAINの欠損は機械的アロディニアの発症を抑制する

(A) BEGAIN欠損マウス(BEG-KO)および野生型マウスでSNIモデルを作製した.von Frey試験を実施し,アロディニアの発症を評価した.野生型では術後1日目よりアロディニアを発症した.BEG-KOでは術後1日目から野生型に比べ,有意に機械的閾値の低下が抑制された.抑制効果は42日後でも持続していた.(B) BEGAINは脊髄後角IIi層の後シナプスにおいて,GluN2B-NMDA受容体と機能的に相互作用することで,末梢神経傷害後のアロディニアの発症に関与する.他方,BEGAINの欠損は,生理的な疼痛の伝達には影響しないがアロディニアの発症は抑制する.

6. おわりに

本稿では,アロディニアの発症維持にBEGAINのPSDでの増加とGluN2B-NMDA受容体との機能的相互作用が必要であることを示した(図3B).また本稿では紹介しなかったが,BEG-KOマウスではNMDA受容体の興奮性後シナプス電流が変化することも見いだしている.しかしながら現時点では,BEGAINがどのようにGluN2B-NMDA受容体の機能や興奮性を増大させる脊髄疼痛回路に関与するのかはわかっておらず,明らかにすべき多くの課題が残っている.今後,これらの解明により慢性痛のメカニズムの全容が明らかになることを期待している.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究成果は,関西医科大学医化学講座の伊藤誠二前教授(現名誉教授)をはじめ,多くの共同研究者の尽力により達成できた成果です.この場を借りて心から感謝申し上げます.また今後の研究の発展により,ご恩返しができればと願っています.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

片野 泰代(かたの たよ)

関西医科大学医化学准教授.博士(医学).

略歴

1994年関西鍼灸短期大学卒業.2000年トリガーポイント刺激による関連痛の研究で鍼灸学士取得.2003年北里大学大学院医学研究科修士課程終了,07年関西医科大学大学院医学研究科博士課程終了.08~18年関西医科大学医化学講座にて,研究員,助教,講師,准教授(現職).

研究テーマと抱負

疼痛治療に携わっていた経験から「痛み」の治療につながる研究を行いたいと思うようになった.現在,慢性疼痛の発生維持機構の解明に取り組んでおり,複雑化した患者病態の理解に繋がる研究に発展させていきたい.

趣味

生け花(紫雲華),ベランダ菜園.

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