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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(6): 829-833 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900829

みにれびゅうMini Review

ホスファチジルセリンのフリップ・フロップによる筋管形成制御Cell surface flip-flop of phosphatidylserine is critical for PIEZO1-mediated myotube formation

京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻生体認識化学分野Department of Synthetic Chemistry and Biological Chemistry, Graduate School of Engineering, Kyoto University ◇ 〒615–8510 京都府京都市西京区京都大学桂 ◇ Kyotodaigaku-Katsura, Nishikyo-ku, Kyoto 615–8510, Japan

発行日:2018年12月25日Published: December 25, 2018
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1. はじめに

細胞膜の構成因子として機能するリン脂質は,イオンチャネルをはじめとする膜タンパク質群の活性や細胞内シグナル伝達などを制御することで,さまざまな細胞現象に関与する.細胞膜を形成する脂質二重層において,内・外層間でのリン脂質分子の能動的な輸送(外層から内層への輸送:フリップ,内層から外層への輸送:フロップ)が,リン脂質分布を厳密に決定する.哺乳動物細胞では通常時,ホスファチジルセリンなどの特定のリン脂質が細胞膜内層に,一方ホスファチジルコリンなどは細胞膜外層に局在することが知られている.しかしリン脂質非対称分布の維持および破綻がいかにして細胞現象に結びつくか,その全容はいまだ明らかではない.我々は骨格筋の形成過程をモデル系として,リン脂質フリップ・フロップの意義について解明を目指した.その結果,リン脂質の一つであるホスファチジルセリンの膜外層から内層へのフリップが,膜張力を感知する機械受容イオンチャネルPIEZO1の活性化を介して筋管の形態を制御することを明らかにした.

2. リン脂質フリップ・フロップによる膜リン脂質の非対称分布

リン脂質はリン酸基を有する極性頭部に疎水性のアシル鎖が付加した構造を示す.親水性の極性頭部が水分子と接するように,逆にアシル鎖が水分子から避けるように配向されることで脂質二重層を形成する.リン脂質は極性頭部の種類により分類されており,その分子構造および電荷の有無によりそれぞれのリン脂質分子固有の性質が規定される.またアシル鎖の鎖長の違いや不飽和度の有無により,細胞膜の流動性などの膜物性が変化することが知られている1)

これまでにリン脂質の挙動を検出するさまざまな試みがなされてきた.リン脂質頭部に対する特異的な抗体やプローブを用い,凍結割断法により形質膜内層,外層におけるリン脂質組成を検討したところ,哺乳類由来の細胞では細胞膜内層にはホスファチジルセリン(PS)やホスファチジルエタノールアミンおよびホスホイノシチドが,また外層にはホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンが主に存在することが示された1, 2).すなわちリン脂質は細胞膜の内・外層間で非対称に分布することが明らかになった(図1).

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図1 筋芽細胞におけるリン脂質分布の変化

(A)代表的なホスファチジルセリン(PS)の構造.(B)筋管形成時の内・外層間でのPSの動態.

リン脂質の非対称分布の形成において,細胞膜内・外層間でリン脂質が選択的に輸送される必要がある.親水性を示すリン脂質頭部が細胞膜内の疎水性領域を自発的に拡散することはエネルギー的な障壁が高く,きわめて起こりにくい.そこで能動的にリン脂質を輸送するタンパク質群の存在が想定された.実際,リン脂質を外層から内層に輸送するリン脂質フリッパーゼ,内層から外層に輸送するリン脂質フロッパーゼ,両方向に輸送するリン脂質スクランブラーゼが同定され,これらのリン脂質輸送体群の働きにより,PSをはじめとするリン脂質の分布が決定されることが示された3).一方,リン脂質分子の非対称分布が崩壊する現象も知られている.たとえばアポトーシス誘導時において,PSの内層から外層への露出がいわゆる「eat me」シグナルとして働き,アポトーシス誘導細胞がマクロファージなどにより貪食される.この過程では,内・外層間にてPSを双方向に輸送するリン脂質スクランブラーゼの活性化,およびリン脂質フリッパーゼの分解に伴うPSフリップ活性の減弱化が,PSの形質膜外層への露出を誘導すると考えられている4, 5)

膜タンパク質はリン脂質と結合する性質上,近接するリン脂質により活性制御を受けることが知られている6).たとえばTRP(transient receptor potential)チャネルをはじめとする種々のイオンチャネルは,ホスホイノシチドの一種であるホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸と結合することによりそのチャネル活性が制御される.しかしリン脂質輸送体を介したリン脂質のフリップ・フロップ運動により,どのように膜タンパク質が活性制御を受けるかいまだ明らかではない.我々はリン脂質輸送体による膜タンパク質の活性制御機構を明らかにするため,骨格筋形成過程をモデル系として解明を試みた.

3. 筋管形成過程におけるリン脂質フリッパーゼの役割

骨格筋は,細長い筋細胞(筋線維)が数多く束となる構造を有しており,筋線維の筋収縮・弛緩を介して運動器官として機能する.筋線維の形成過程において,微小な筋前駆細胞(筋芽細胞)が融合しあい,管状の融合細胞(筋管)を形成する.さらに筋管が長軸方向に伸長・成熟することで筋線維が形成される(図17).筋線維の形成は運動機能だけでなく,骨格筋の有する熱産生をはじめとするエネルギー代謝器官としての機能に必須であり,生体の恒常性維持に不可欠である.しかし筋線維特有の細長い形態を決定するメカニズムは長らく不明であった.筋芽細胞どうしの融合過程では,細胞膜を構成するリン脂質の挙動が大きく変化し,融合後に再配置されると考えられる.実際に,定常状態時には形質膜内層に存在するPSが,筋芽細胞の融合時に一過的に外層に露出すること,さらに露出したPSはBAI1やStabilin-2などのPS受容体群により認識され,下流経路の活性化を経て筋管形成が促進されることが報告されている(図1).以上の知見をもとに,我々は細胞膜の外層から内層へのリン脂質輸送に関わるリン脂質フリッパーゼに着目し,特にPSの膜間輸送による筋管の形態決定メカニズムの解明を試みた.

リン脂質フリッパーゼは主要ユニットP4-ATPase,補助ユニットCDC50各ファミリーの複合体から構成され,PSをはじめとするリン脂質を細胞膜外層から内層へと輸送することで,リン脂質分子の非対称分布に重要な役割を果たす.さらにリン脂質フリッパーゼはリン脂質の局在決定を介して,種を超えてさまざまな細胞現象を制御することが知られている3, 8, 9).マウス筋芽細胞株C2C12における発現プロファイルを検討したところ,主要ユニットATP11Aが高発現すること,また補助ユニットについてはCDC50Aのみが発現することをそれぞれ明らかにした.筋芽細胞の融合を介した筋管形成過程におけるリン脂質フリッパーゼの役割を検討するため,CRISPR/Cas9法にて上記遺伝子群の欠損株樹立およびその表現型解析を行った.通常,筋芽細胞の分化誘導により,筋芽細胞どうしの秩序だった融合および筋管の伸長が行われるのに対し,ATP11A, CDC50A各欠損株では過剰な融合および融合後の伸長不全に伴うシート状の異常な形態を呈した(図2).さらにこれらのリン脂質フリッパーゼ欠損細胞においては,PSの形質膜外層への露出が認められたことから,リン脂質フリッパーゼATP11A/CDC50A複合体はPSの形質膜内層への輸送を介して筋管形態の形成に関わることが示唆された10)

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図2 リン脂質フリッパーゼ欠損による筋管形態の異常

(A)リン脂質フリッパーゼの構造模式図.(B)リン脂質フリッパーゼ主要ユニットATP11A, 補助ユニットCDC50A各欠損筋芽細胞による筋管形態の異常[筋分化マーカーであるミオシン重鎖(赤)および核(DAPI, 青)染色により筋管を検出].(文献10より改変)

4. リン脂質の非対称分布を感知する膜タンパク質の同定

リン脂質フリッパーゼがもたらす下流経路を明らかにするため,我々は「リン脂質フリッパーゼ依存的な形質膜PSの非対称分布が,膜タンパク質群により感知されることで,秩序だった筋管形態をもたらす」という作業仮説を提唱した.筋芽細胞の融合過程では細胞膜にかかる張力が融合過程の促進に重要であることが報告されている11).膜張力をはじめ細胞にかかる物理的な力(機械刺激)を感知する機構として,機械受容イオンチャネルが知られており,膜張力に伴う機械受容チャネル活性化を介したカルシウムイオン(Ca2+)の流入はさまざまな細胞現象に関わることから12),特に機械受容イオンチャネルを候補分子と定めた.筋芽細胞にて発現する機械受容チャネル群の網羅的解析の結果,我々はPIEZO1イオンチャネルが筋管形態の決定に関わる因子であることを明らかにした.PIEZO1は2010年に同定された機械受容イオンチャネルであり,膜張力により直接活性化されることが知られている13).最近の研究により,PIEZO1チャネルは胎生期における血管形成や赤血球の機能,幹細胞の活性化などさまざまな生体機能に関与することが報告されている14).CRISPR/Cas9法によりPIEZO1欠損筋芽細胞株を樹立・解析したところ,同欠損株ではリン脂質フリッパーゼ欠損株と同様に融合後の形態異常を示したことから,リン脂質フリッパーゼとPIEZOが機能的に関わる可能性が示唆された.これらの分子の機能的な相互作用を明らかにするため,リン脂質フリッパーゼ欠損筋芽細胞株にてPIEZO1チャネル活性を検討した.その結果リン脂質フリッパーゼ欠損によりPIEZO1チャネルの著しい活性減弱が認められた.以上の結果から,リン脂質フリッパーゼはPIEZO1チャネルの機能に重要な役割を果たすことが示された10)

続いてリン脂質フリッパーゼによるPIEZO1チャネル活性制御機構のさらなる解明のため,リン脂質輸送体の一つであり,膜内・外層双方向にリン脂質を輸送するリン脂質スクランブラーゼを用いた解析を行った.リン脂質スクランブラーゼ活性を有する分子のうち,TMEM16Fは分子機構解析が進んでおり,スクランブラーゼ活性の恒常活性化を惹起することでPSの形質膜外層への露出をもたらす変異が同定されている5).HEK293細胞にTMEM16F恒常活性化体およびPIEZO1を共発現させ,PS局在を乱した状態でのPIEZO1活性を検討したところ,PIEZO1チャネル活性に対する顕著な抑制効果が認められた.これらの結果を総合すると,リン脂質輸送体によるPSの局在変化を介してPIEZO1チャネル活性は変化を受けると推察された.この仮説をさらに検証するため,我々は膜リン脂質分布を人為的に変化させた際のPIEZO1チャネル活性を計測した.リン脂質の2本の疎水性アシル鎖のうち,一方のアシル鎖を持たないリゾリン脂質を細胞に添加することで,外層のリン脂質組成を変化させる実験を行った.哺乳動物細胞ではリゾリン脂質は膜に比較的容易に取り込まれるものの,リン脂質フリッパーゼの基質となりにくいため膜外層にリン脂質がとどまると考えられている.各リゾリン脂質を用いて検討を行ったところ,リゾリン脂質分子種の一つであるリゾホスファチジルセリン(LysoPS)添加によりPIEZO1チャネル活性が有意に減弱した.一方他のリゾリン脂質では同チャネル抑制効果が認められなかった.またウシ血清アルブミンを用いて,形質膜外層に挿入されたLysoPSを除去したところ,PIEZO1チャネル活性の回復が認められた.さらにシクロデキストリン化合物(methyl α-cyclodextrin)にPSを包含させたのちに細胞に添加することで,形質膜外層のPS含量を増加させたところ,PIEZO1チャネルの活性が著しく減弱することが示された.以上の結果により,リン脂質フリッパーゼは外層に存在するPSを内層側へ輸送しPIEZO1チャネル活性を正に制御することで,秩序だった筋管形態に関わることが明らかになった.

5. リン脂質フリッパーゼ-PIEZO1チャネル機能軸を介した筋管形態決定メカニズム

PSの細胞膜間の輸送を介したPIEZO1チャネル活性が,どのように筋管形態の決定に関わるのであろうか.我々は下流因子として細胞骨格タンパク質に着目した.アクチン骨格および非筋型ミオシン分子の複合体(アクトミオシン)が筋管側方部へ集積することで,筋管の秩序だった形態がもたらされる15).一方リン脂質フリッパーゼおよびPIEZO1の各欠損株では,アクトミオシンの集積が筋管形成過程で消失していた.続いてアクトミオシン形成の上流にて機能する低分子量GTP結合タンパク質RhoAおよびそのエフェクターであるROCK(Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase)の寄与を検討した.ROCKによりリン酸化を受けたMLC2(myosin light chain 2)はアクトミオシンの集積を正に制御する.RhoA-ROCK経路の活性化剤であるCN03(RhoA活性化剤)やCalyculin A(MLC脱リン酸化阻害剤)を添加したところ,各欠損株の形態異常が顕著に抑制された.さらにMLC2のリン酸化模倣変異体(18番目のトレオニン,19番目のセリン各残基をアスパラギン酸に置換した変異体)をPIEZO1欠損株に安定発現させたところ,PIEZO1欠損株の形態異常がレスキューされたことからも,ATP11A/PIEZO1/RhoA-ROCK機能軸の筋管形態における重要性が示された(図3).

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図3 リン脂質フリッパーゼ依存的なPS輸送によるPIEZO1チャネル活性化とその下流経路概要図

6. リン脂質フリッパーゼ-PIEZO1機能軸の生体レベルでの役割

最後にリン脂質フリッパーゼによるPIEZO1活性化が生体レベルでどのような役割を果たすか検討するため,我々はAtp11a欠損マウスの解析を試みた.Atp11a遺伝子の全身性欠損は胎生致死を示すことから,筋芽細胞特異的なCreレコンビナーゼ(Myf5-Cre)によるAtp11a欠損マウスを作出・解析を行った.同欠損マウス由来の単離筋芽細胞では,PIEZO1チャネル活性の減弱と筋管の形態異常が認められたものの,骨格筋そのものの機能・形態は野生型と比較して顕著な差はみられなかった.発生過程においては,他のリン脂質フリッパーゼがAtp11a欠損を相補する可能性が考えられる.

骨格筋の形成過程は発生段階だけでなく,成体でも観察されることが知られている.筋線維の損傷過程では,骨格筋に内在する筋幹細胞(筋衛星細胞)が活性化され,筋芽細胞へと運命決定を受ける.その後筋芽細胞どうしあるいは損傷を受けた筋線維への融合を経て,筋線維の再生・修復がもたらされる7).さらに興味深いことに,PIEZO1は筋衛星細胞の細胞膜に限局して発現が認められるとともに,筋再生過程において発現が増強することが示された.成体の筋再生過程におけるATP11Aの役割を明らかにするため,筋融解作用を示すカルジオトキシンを骨格筋に注入後,筋衛星細胞活性化を介した筋再生過程を検討した.野生型マウスでは筋変性後,形態的に正常な筋線維が形成されたのに対し,Atp11a欠損マウス由来の再生筋線維では,隣接する筋線維どうしの異常な融合に伴う形態異常が認められた.以上,リン脂質フリッパーゼは骨格筋再生過程における筋線維の形態決定に関わることが示唆された.

7. おわりに

本研究では,リン脂質フリッパーゼを介した機械受容チャネルPIEZO1の活性化が,アクトミオシン形成を介した筋管形態の決定に関わることを明らかにした.リン脂質は膜タンパク質の活性を制御することが古くから知られていたものの,リン脂質分子の動的な局在変化に伴う膜タンパク質活性制御機構については,ほとんど報告がなされていなかった.今回の知見をもとに,我々はリン脂質フリッパーゼをはじめとするリン脂質輸送体を介した形質膜内・外層間のPS輸送が,イオンチャネル活性を制御するという「フリップ・フロップスイッチ」機構を提唱したい.今後,PIEZO1チャネルにおけるPSの感知部位の同定,フリップ・フロップスイッチにより制御される膜タンパク質群の網羅的同定,Piezo1遺伝子欠損マウスの解析などを通じ,リン脂質フリップ・フロップによる膜タンパク質の活性制御機構やその生理的意義の全容解明が期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究は京都大学大学院工学研究科梅田眞郷教授の指導のもと遂行されました.梅田教授をはじめ,共著者の先生方にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.

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著者紹介Author Profile

土谷 正樹(つちや まさき)

京都大学大学院工学研究科教務補佐員.

略歴

東京都出身.2018年京都大学大学院工学研究科博士課程修了.

研究テーマと抱負

生体膜の脂質環境を精密に制御したい.膜脂質によるタンパク質の機能調節の仕組みを解明したい.

趣味

バイクとツーリング.

原 雄二(はら ゆうじ)

京都大学大学院工学研究科准教授.

略歴

長野県出身.1997年京都大学薬学部卒,99年同大学院薬学研究科修士課程修了,2002年総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了,02~03年岡崎統合バイオサイエンスセンター非常勤研究員,03年~05年京都大学大学院工学研究科助手,05~12年米国アイオワ大学医学部ポストドクトラルフェロー(うち06~08年日本学術振興会海外特別研究員,12年同大学アソシエート),12~13年東京女子医科大学統合医科学研究所テニュアトラック准教授,13年~京都大学大学院工学研究科准教授.

研究テーマと抱負

生体膜の脂質動態とイオンチャネル活性制御を通じ,骨格筋の恒常性維持機構の全容解明を目指したい.

趣味

テニス,囲碁・将棋観戦.

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